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スープ

アリットセンの家を出て少ししてから、レナードは魔犬の群れに遭遇していた。

彼の知識では魔獣がこの辺りで出現するかどうかなど分かりもしない。ただ、セドリックやアイヴィーから忠告がなかったことを考えるとそうそう出会ったりはしないのだろう。

もちろんレナードにとって魔獣など記憶にある限り初めての遭遇だ。どう対処するのがいいのか分からない。

腰の剣を抜き、魔犬を牽制しつつ、裏に回り込まれないように動く。

逃げようにも背は見せられない。

進退を考えあぐねていると、痺れを切らした一匹の魔犬が正面からレナードに襲いかかった。


「てやぁっ!」


愚直に飛びかかってきた魔犬を下段から縦に剣を振り上げる。

魔犬の牙がレナードに到達する前に、魔犬は両断されたのだった。

それを見た周りの魔犬は次々と襲いかかってくる。

レナードは特別戦闘の訓練をしているわけではない。正確に言えば、記憶にある限り訓練をした覚えはない。

一匹ずつならともかく、一度に多くの相手を出来るほどレナードは戦闘慣れしていない。そのため、肉薄してくる牙を剣で弾きつつ、逃げることにした。

魔犬の走る速さに苦戦したが、あまり体力がないのか、一匹、二匹と脱落していき、最後にはなんとか逃げ切ることができた。

しかし、安心したのも束の間、完全に魔犬を撒いてからふと周りを見渡せば森の中にいたのだった。

夢中で走っていたため、森の中に入ったことすら気づかなかった。


(ここはセドリックさんの言っていたリムルの南に位置する森だよな?それならここから北に行けばリムルに辿り着けるのか。でもその前に魔犬の返り血が顔についてしまってるし、どうにか洗い流したいな。どこかに川か湖でもあれば……)


顔を洗い流せるような所を探しながら森を彷徨いていると、奥の方で人の気配がした。

なんとなく感じ取れるだけの気配で、どれくらいの人数がいるのかは分からない。しかし、その気配からは少し距離があるようなので少しずつ歩いて近づいて行く。

やがて近くに人の気配を感じたため、近くの少し大きめな岩に隠れ様子を伺う。その先には綺麗な湖が存在していた。

すぐにでも顔を洗いたい衝動を堪え、人の気配を探る。

すると、湖の中に人がいるのを見つけた。水浴びをしているのだろうか、身体には何も身につけていない。

よく見ずともそれが女性だと分かったので、レナードは進退に困ってしまった。


(……ん?)


どうするべきか悩んでいたレナードであったが、その女性とは別の人の気配を感じた。

もう一度岩に身を隠しながら様子を伺う。よく目を凝らして見ると、湖の向こう岸の林の中、分からないよう擬装して湖を伺っている人を見つけた。その気配からただの覗きではないことが分かる。

詳しいことはわからないが、あの女性の身にあまりよくない状況であることは明らかだった。しかし、それと同時にレナードはどういうわけか、かの擬装している人はかなりの使い手だということを悟ることができた。

とにかく女性を現状の無防備なままではなく避難させないといけない。

戦闘になれば太刀打ち出来ないだろう。どのようにして女性に危険を知らせるか。レナードは頭を抱えた。

どうするか悩んでいると、向こう側の人間から膨大な殺気を感じた。


(やばい、あいつ殺る気だ……!)


考えている場合じゃない、とにかくあの女性に危険を知らせないと!

バッと岩から飛び出る。そして、ゆっくりと警戒されないよう近付いて少し大きめの声を出す。


「あ、あれ、ここはどこなんだろうか。迷ってしまったなあ」


女性は一瞬でこっちに気付き、露出していた上半身をサッと湖の中に沈める。それと同時に向こう岸の人間も気配を消し、どこかに消えたようだ。それについてはひとまず安心したが……。


かの女性はその怒りを表すかのように真っ赤な瞳をこちらに睨みつけていた。

先ほどの向こう岸の人間とは比べ物にならないほどの殺気にあてられ、彼女が一瞬のうちに湖の中から姿を消したのを見ると、もうダメだと諦めた。首に衝撃があったのと同時に自分は簡単に意識を手放してしまった。









「だから俺は護衛を連れて行けと言っただろ!お前はいつもそうだ、俺の言うことを全く聞かない!」


「……」


「護衛がいた方がむしろ危ない?調子に乗るな!これがその結果だぞ!分かってるのか!?」


「もう、分かったわよ。ごめんなさい、私が悪かったわ。まさかあんなに近づかれるまで気配に気付かないとは思わなかったの」


意識が戻ってくる。

まだ自分は生きていたのか……。

あの時は死を受けて入れてしまうほどの圧倒的な力の差になすすべもなかったけど、殺されはしなかったみたいだ。でも、体を縄で縛られているな。それでここは、どこかの酒場か。


「それにこんなやつ連れてきてどうするんだ!これから王都に帰るっていうのに!」


「仕方ないじゃない、殺すのはちょっとかわいそうで……って、ほら目覚めたわ」


「あ、えっと、どうも……」


「てめぇ!!どうもじゃねえ!!死ね!!!」


縛られ手足の自由はきかない。それでもかなりの大振りの、当たったらそれこそまた意識を確実に飛ばしてしまいそうなパンチをなんとか上半身を反らして躱す。

パンチを放ってきた男はかわされるとは思っておらず、ズサッとそのままの勢いで前に倒れこんだ。


「ふふふっ」


その様子を見て、先ほどからその男と口論をしていた女性は笑った。この女性、あの森の中で見た人だ。自分を一瞬にして気を失わせた人。


「いたた、おいてめえ!かわしてんじゃねえ!」


「そ、そんな無茶な」


「そうよ、かわされる方が悪いわ」


「おいアリス!お前はどっちの味方なんだ!」


「そんなことより、貴方、あの森で何をしていたの?まさか本当に覗き?」


アリスと呼ばれた女性、いや自分くらいと同じ年齢だろうか。どちらかというと少女の身なりだ。その少女は自分にそう問いかけたが、その言い方だと自分が覗きではなかったことを知っているみたいだった。


「そうね、ごめんなさい、あの時は見られたと思ってついやっちゃったけど、あの森にわざわざ覗きで来たりしないでしょう?何か別の目的があったんじゃないかと思って」


先ほどと打って変わって、その少女の紅い瞳はとても真剣なものに変わっている。

この酒場がどの町のものかわからないが、リムルに近い町であることは間違いない。その近くの森をこの時期に彷徨いているとなると、怪しいにもほどがあるのだろう。


「怪しいものではないのです。ただ、道に迷ってしまって」


「道に迷って?道に迷ってあの森に行くことなんてあるかしら。それで、どこからどこに行こうとしていたの?」


「テムペランスの東にある草原、そこに建っているアリットセン家からリムルに向かっていました」


「アリットセン家?」


その少女は周りに立っていた兵士の一人に指示し、地図を持って来させ、アリットセン家の場所を記させた。どうやら、テトス王国は小国であるが強国である理由の一つに戸籍制度があげられているらしい。だから、アリットセン家の位置も少し調べたのち分かったようだ。


「アリットセン家からリムルだあ?どこをどう間違ったらそこからあの森に行くってんだ?しかもリムルに行こうとしてた?お前何者か知らねえが怪し過ぎるにもほどがあるな」


先ほど殴りかかってきた男性が地図とこちらを交互に見ながらそう言った。そう言われてもと思い、少女の方を見やっても、少女もこちらを疑うように見てくる。

それほど疑われるようなことだろうか。アリットセン家からリムルに向かって、少し方角がズレて東の森に行き当たることが、それほど変なことだろうか。どうも話しが噛み合っていないように感じる。

地図を見せてほしいと言おうとした時、


「マクファーデン様、少佐殿、お食事の用意が出来ました。どうされますか?」


「ああ、通してくれ」


続々と食事が運ばれ始めた。側から見るに、二人のための料理だろう。それを見ると何故か分からないが、嫌な予感がして鳥肌がたつ。


「おお、うまそうだな、特にこのスープなんてすごくうまそうだ。おい、お前、ちょっと飯食うから妹の覗きをしたいいわけでも考えてろ」


「お兄様ってば軍人気質で、食べられるときに食べろなんて、どんなことよりも食事を優先させるの。ごめんなさい」


そういって食事を始めようとする。

まず少佐殿と呼ばれた男性の方がスープを一口、口にする。


「おおおお!!なんだこれ!超おいしいぞ!おいアリス、お前も食ってみろ!」


「はいはい、食べてみますね」


そう言って少女は自分に配給された分のスープにスプーンを入れる。その瞬間、先ほどまで感じていた気持ち悪さが最大限にまで引き上がり、じっとしていられないほどゾワゾワとする感覚が身体を突き抜けた。


「ダメだ!!やめろ!!!」


思わず叫ぶ。スープを何度も飲んでいる男性も、周りにいた兵士も、そしてスープにスプーン入れていざ飲もうとしていた少女も、みなこちらを見て唖然としている。それでも自分は叫ぶしかない。なぜだか、そのスープは飲んじゃだめなものだと"分かる"のだから。

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