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アリットセン家

「……今度はどこなんだ」


気がつくと知らない天井、知らない部屋、そして、何故かベッドの中にいた。

体の痛みは町から逃げ出した時ほど痛くはなかったが、動こうとすると鈍い頭痛が走る。

なので動かず思い出せることだけを思い出そうとする。

自分が覚えていることは、どこかの町で何かに襲われそこから逃げ出したこと。

逃げ出したその先の家で不貞を働こうとした男二人組を殺したことだけだ。

それ以外については何もと言っていいほど覚えていない。

自分は誰なんだろうか……



「あ、目が覚めました?」


部屋の扉が開く音がした後、入ってきた女性は自分が目を開けているのに気付き、そう声をかけてきた。


「いったいここは……」


そう言いつつ、寝たままでは失礼になると思い起き上がろうとすると頭痛に阻まれてしまう。


「まだ痛むでしょう?そのままでいいから安静にしていてちょうだい」


女性は微笑んでそう言い、ちょっと待っててねと扉の向こう側へと消えていった。

少し経って、今度は一人の男性を連れ立って部屋に入ってきた。


「目が覚めてよかった!具合の方はどうだい?」


入ってきた男性は、少年が気がついたことに心底嬉しそうにし、心配してくれているように見える。

具合はそれほど悪くなく、動かそうとすると少し頭痛がする程度だということを伝えると、本当によかったと男と女の二人は安堵の表情を浮かべた。


「あの、よければ今どういう状況なのか説明してもらえませんか?」


ここの家がどこなのか、どうしてこの部屋のベッドで寝ているのか、何も分からない。


「何も覚えていないのかい?君は妻の恩人なんだ」


恩人?

自分の記憶にひっかかるものはあったので、妻だと紹介された女性をよく見る。

あの時は二人の男の動きに注視していたので、あまりよく女性の方は見ていなかったが、確かにその男の横に立つ微笑んでいる女性はあの時襲われていた女性に間違いなかった。


その後、女性は事細かに少年が気を失ってしまった後の話しをしてくれた。

少年が気を失ってしまった後、女性自身もあまりの非現実的な展開に気を失ってしまったそうだ。

その次の日の昼、突然の兵役に駆り出されていた夫が帰ってきて起こされ、事態のあらましを夫に説明し、恩人だとする少年を別の部屋のベッドで看病してくれたとのこと。


「君はあの日から二日も眠り続けていたんだよ」


男はそう言う。

そう聞くと急激にお腹が空いてきて、周りも憚らず盛大な音を立ててお腹が鳴るのであった。













「すいません、ご馳走になってしまって」


ベッドの横には簡易テーブルが用意され、その上には羊の肉や野菜などが沢山入ったシチューが置かれていた。


「いいのよ、むしろこれくらいのことしか出来なくてごめんなさいね」


そう言って女性の人は微笑んでくれた。


「君には本当に感謝しているんだ。何かあればなんでも言ってくれ」


少し照れくさい思いになりながら、あの時助けに入って良かったと思う。


「そういえばまだ君の名前を聞いていなかったね。なんていうんだい?」


「ごめんなさい、それが分からないんです……」


一瞬にして申し訳なさそうになった少年の顔に、夫婦はその少年が本当に自分の名前を覚えていないのだと確信した。


「そうか……何か覚えていることはあるかい?」


「はい、この家に辿り着く前に近くの町にいました。気が付いた時には町はすでに炎に巻かれ、自分もそこから逃げ出すのに必死で」


そう言うと夫婦は驚いた顔をつき合わせた後、少し納得したように頷いた。


「君がいた町というのはリムルという名前なんだ。僕が緊急招集をかけられていた理由というのもその町に関係していてね。ああ、この話をする前にシチューを食べるといい。冷めてしまう前にね」


リムル、聞いた覚えのないように思える町の名前だった。

自分はどうしてリムルにいたのだろうか、自分はリムルに住んでいたのか。

町の名前を聞いても何も思い出せない。

何か記憶を失う前に持ち得ていた知識を得られれば何か思い出せるかもしれないという淡い期待は気泡の如く溶けていった。

しかし、なんにせよ、一度リムルには訪れないといけないとは思う。一番記憶を取り戻せる可能性の高い場所だからだ。


(考えても仕方ない、今は食事を楽しもう)


夫婦に一言お礼を告げてからまだ暖かいシチューにスプーンをいれたのだった。











「さっきの話をする前にまだ自己紹介してなかったからね、僕の名前はセドリック。セドリック・アリットセンだ。改めてよろしく」


シチューを食べ終わって少し休んだ後、先ほど見られていては食べにくいだろうと言って退室したセドリックが部屋に入ってきて自己紹介をしてくれた。一緒に妻の方も入ってくる。


「私はアイヴィー・アリットセンよ。あの時は本当にありがとう。とても感謝しているわ」


「いえ、自分もあの時は夢中で何がなんだかよく分かっていませんでしたし。それより……」


それより、リムルのことについて早く聞きたい。


「それじゃあ僕が知っていることについてはなんでも答えるよ。でも少し長くなりそうだから、その前に君の名前を考えよう。早く思い出せるに越したことはないが、仮でも名前はあったほうがいいだろう?」


確かに、もし自分のことを思い出せるのが1ヶ月、いや、半年も1年も、もしかすると一生思い出せないかもしれないことを考えると名前はなくてはならない。

あまり考えたくはないが、そういうことだ。

しかし、急に名前と言われても何も思いついたりしない。


うーんと悩んでいるとセドリックが実は、と切り出す。


「さっきアイヴィーと君の名前について話していたんだ。僕たちにはまだ子供はいないけど、すごく真剣に考えてみた。気に入ってもらえると嬉しいんだけど」


「あなたの仮の名前に"レナード"なんてどうかしら?あなたみたいに逞しい男の子にはぴったりだと思うの」


レナード。

自分にはもったいないくらいすごくいい名前だと思った。

なにより、自分ですらよく分からない自分の像を少し形成できてきたことに嬉しさを感じた。


「はい、ありがとうございます。記憶が戻るまでの間、そう名乗らせてもらいますね」


嬉しく思っているのがバレるのが恥ずかしく少し落ち着かせて返したつもりが、アイヴィーの顔から嬉しさを全く隠してきれてないんだなと感じた。

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