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茜色で描く未来  作者: みやしろましろ
橙哉→茜 茜の過去と今
9/68

9話 お母さんの思い出 中編

「起きなさい!

橙くん!もう朝だよ!」


少し遠くから雪ねぇの声が聞こえる。


「んぁ?

んばっば…」


バタッ…


俺は一度起きるがすぐにベッドに倒れ伏す。


「ぐぉらぁぁぁ。

早く起きろよぉ!お母さんの見舞いに行くんだろぉ!?」


「んぐはっ…」


寝ぼけてベッドに横たわる俺に雪ねぇは横から蹴りを入れてきた。

いくら起こすためでもこれはやりすぎだろ…

口調もだいぶ悪くなってるし…


ステージでの雪ねぇって雪ねぇのこういう面が顕著に現れているのだろうな。


「起きれたぁ?

ほら早く支度して。

早く戻ってきてお母さんのとこ行かなきゃっ!」


倒れ伏す俺の前にしゃがんでニッコリと笑いながらそう言ってきた雪ねぇはやけに張り切っている。


それにしても感情の落差激しすぎでしょ…

さっきまでむっちゃ怒ってたのに今や笑顔で鼻歌まで歌っている。


「はいはい。わかったよ。

あ、そうだ。今日から夜お母さんについてるの当番制みたいな感じで交代しながらにしない?

この宿泊所だってずっとお母さんに付きっきりじゃ俺たちが倒れちゃうからってことで貸してもらえたわけてしょ?」


俺は着替えながら昨日から思ってたことを口にした。


「それもそうね。

お母さんも心配しちゃうものね。」


雪ねぇはやけに納得したような表情でそう言った。


「でしょ?

後で当番決めないとね…

お父さん帰ってきたらたくさん当番回してあげないとねっ!」


俺はそこらに脱ぎ散らかしてあった服をきて鞄を持ってリビングまで出た。


「うん。

でも、今はそれは後にして早く着替えとか取りに行かないとね。」


雪ねぇはとびっきりの笑顔でそう言ってきた。


「そういえばバスの時間大丈夫?

ここって結構待たされなかったっけ?」


今にも飛び出しそうな雪ねぇを見て慌てて声をかける。


今でもそうだけど昔はもっと抜けてるとこがあったからなぁ…


「あ、そっかぁ…

まあ、どっちにしろ病院に一回寄ってなんかあったら私にかけてもらえるように言っておかないとだし気にしてもあれでしょ」


雪ねぇは可愛らしく舌を出しながらそう言ってきた。


今で言うてへぺろって奴だな…

この頃はそんな言葉は無かったけど…


「もー。

雪ねぇったらしっかりしてよ…。

まあ、病院寄るなら時刻表見て時間あれば先にお母さんとこ行けばいいわけだし。」


この頃の俺はこんなにも頭が回ったのか…

今じゃ思いつきもしないだろう。


「そうだねっ。

じゃあ、行こっか!」


雪ねぇはそう言って部屋から出て行った。

何も持たずに…



「はあ、はあ…何にも持たないで出て行くとか頭大丈夫? はい、鞄。」


俺は息を切らしながら雪ねぇにやっとの思いで追いついて雪ねぇのいつも使ってる鞄を渡した。


「あははは…

なんか張り切りすぎちゃった」


今日の雪ねぇはなんか変だ…

いつものキャラじゃない…

いつも抜けてはいるけどここまででは無かった…


「雪ねぇどうしたの?

今日はなんだか変だよ?」


俺はストレートに聞いてみることを選択した。



「え?そう?

なんだろうなぁ…特に変わったことはないと思うよぉ?」


そう言う雪ねぇの顔をみると何かあるのはバレバレであった。


「ほんとどうしちゃったの?

そんなじゃお母さんも心配するよ?」


雪ねぇが変になってる理由はわからないけど今の雪ねぇに一番効くであろう言葉を放った。


「……だって…

だってこうでもしてなきゃ今にも涙がこぼれそうなんだもん…

お母さん心配させないって決めたんだもん

それに、弟の前で何回も泣いてられないじゃない…」


雪ねぇは今にも泣きそうになりながらもやっと素の雪ねぇを晒してくれた。


なかなか素の自分を出さない雪ねぇが素の自分を晒してくれたのが嬉しかった。


「大丈夫だよ。雪ねぇ…

ここはお母さんの前じゃないんだから…


俺は雪ねぇの弟だけど弟以前に家族だよ?

家族が辛い時はお互い助け合わないと。


今までだってそうしてきたじゃん…

雪ねぇは自分を騙さないと涙が溢れちゃうほど辛いんでしょ?


お母さんの前で泣いちゃうより今いっぱい泣いてすっきりしよ?」


俺はひゆちゃんにするような優しい口調と声で雪ねぇに語りかけた。


「いいの?

こんなお姉ちゃん嫌じゃない?」


雪ねぇは年相応の表情でウルウルした瞳を僕に向けてきた。


「うん。

大丈夫だよ?

雪ねぇは充分強いお姉ちゃんだから…

たまには弱いとこあってもいいと思う。」


クサいセリフを言いながら雪ねぇに向かって「抱きついていいよ」と言わんばかりに両手を広げた。


「んふっ…

橙くんは優しいよね。

その優しさに甘えちゃおうかな…」


雪ねぇは今にも泣きそうな顔をしながら俺に抱きついてきて泣きじゃくった。


俺はまだちょっと背の高い雪ねぇの頭を頑張って撫でていた。


ただ、俺は場所と時間を考えるべきであった。


周りから「お熱いわねぇ〜」とか「可愛いカップルさんね」とかヒソヒソ話す声が聞こえてきて慌てて周囲を見回すとちょっと歳の食ったお姉さまがたがこっちをジロジロと見ていた。


「あちゃー…

完全にカップルとかと勘違いされてるよ…

時間と場所を考えるべきだったな…」


俺がボソッと零すと


「あら、橙くんは嫌だった?

私は勘違いさせておいても良かったかなと思ってたんだけど…」


いつの間にか復活していた雪ねぇは俺に抱きつく腕に力を入れながらそう言い放った。


「雪ねぇ、離して…」


俺は苦しそうな声をあげる…


実際ちょっと締められすぎて苦しい…


「いーや♪

離さないよぉ?」


雪ねぇがブラコンの素質を発揮した瞬間だった…


「く、苦しい…」


俺はもがいていた腕から力が抜けていくのがわかった…

もうダメかも…


「え、橙くん落ちちゃった?

え?うそでしょ?」


グッタリとしている俺をみて雪ねぇはようやく手を離してくれた。


「はあ、はあ…大丈夫…

落ちてはいない…」


俺は荒くなった呼吸を整えながら雪ねぇの言葉に応える。


実際は落ちる寸前であったが一言しゃべるので精一杯だったためそこまで言わないことにした。


「それはいいから、早く用事済ませてお母さんとこ行こうよ。」


俺は話を大きく変えてバス停の方へ歩き出した。


「ちょっと待ってよ! 橙くん!」


そう言って雪ねえが小走りで追いかけてくる。


「はいはい。

えーと、今日は土曜日だから…

あ、バス20分後だって。

用事済ませたらちょうどいいんじゃない?」


俺は雪ねぇを軽くあしらってバスの時刻表を覗き込み時間を確認する。


「あら、ならさっさと用事済ませちゃおっか!」


雪ねぇが口に手を当てて上品に言うが口調がほぼ雪ねぇのままなので正直上品さのかけらもない。


そんな雪ねぇがすたすたと病院のエントランスまで歩いていく。


「そんなに急がなくてもいいんじゃない?

バスは少なくとも20分こないわけだし。」


雪ねぇの歩調に合わせて早足になりながら俺は急いでいるように見える雪ねぇを軽くたしなめた。


「時間ができたらあそこによってご飯でも買おうかと思って。

朝ごはんまだでしょ?」


そう言って雪ねぇは昨日晩御飯を買ったコンビニを指差す。


「ああ、そっか…」


盛大に寝坊をした俺は朝ごはんを食べている余裕も無かった。


きっと雪ねぇも俺と似たようなものだったのだろう…

雪ねぇだったら一人でも朝ごはん買って食べたりしそうだし…


「本日はどうされました?」


エントランスホールの総合受付のカウンターまで行くとお姉さんが声をかけてきてくれた。


「あの〜、宮代と言うんですけど…

宮代茜菜の緊急連絡先に私の番号を追加したいんですけど…」


雪ねぇが申し訳なさそうに受付のお姉さんに言う。


「ああっ!宮代さんのお子さんですね?

じゃあ連絡先教えてもらっていいですか?」


すると何故だかお姉さんは納得したように紙とペンを差し出してきた。


「あ、あのっ!

お母さんと知り合いなんですか?」


雪ねぇが連絡先を書いている間に俺はお姉さんに話しかける。


「知り合いっていうか…

こっちが一方的に知ってるだけっていうか…」


なんだかお姉さんの歯切れが悪くなった…


「宮代さんって何かと病院内で有名なのよ。

綺麗で可愛らしくて気立てのいい若いお姉さんが入院してるって…」


俺が頭の上にクエスチョンマークを浮かべていたのに気付いたのかお姉さんは詳しい説明を入れてくれた。


「お母さんってこんなとこでも話題になってるんだね…」


雪ねぇがボソッと漏らした。


ほんとにそのとおりである。

授業参観に来るたびにお姉さんと間違えられ、おとうさんと街を歩けばおとうさんが職務質問をされる。

俺たちと街を歩けばナンパをされる。


俺らとしては若く見えてきれいなお母さんが誇りでもあったがナンパされたりいろいろ大変だなぁと思ってしまう。


(橙哉たちは見慣れているからこんな感想になるが実際には宮代茜菜みやしろせんなという女性は街を歩けばだれもが振り向くような美少女(間違っても美女ではない)で36歳にしてティーン誌のモデルにスカウトされるくらいの童顔美少女(36歳)なのである。)


「あんまりお母さんには言わないでくださいね。

わたしたちがこんな噂してるって知れたら気を悪くしてしまうかもしれないので…」


俺がそんなことを考えているとお姉さんがそんな一言を放った。

きっと看護師さんたちは患者さんの噂話であふれてるのだろう。


「わかりました。ここだけの内緒にとどめておきます。

なんかあったら連絡よろしくお願いします。」


「任せてください!」


ここに長居するとほかの患者さんに迷惑になるから移動することにした。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★



「早く選ばないとバスの時間遅れちゃうよ?」


コンビニで朝ご飯を吟味している俺を雪ねぇは急かしてくる。


「はいはい、じゃあこれにしますよ」


時間がないことはわかっていたので俺はさっさと決めることにした。


「早くお母さんのとこ行かないとだからバスは逃せないよ」


二人で会計を済ませながら雪ねぇはそう言った。


「わかってるって…

あ、レシートいいです。」


俺はそういってコンビニを出た。


「あ、結構人いるじゃん。

この時間にここからバス乗るなんてどんな人なんだろうね」


雪ねぇがそういうがこんな時間からここからバスに乗ろうとしてる俺が言えた話じゃない。

まあ、ここはだいぶ山奥にあるし不思議になる気持ちもわかる。


「あれじゃない?夜勤の看護師さんとかさ!

あとは俺らみたいにつきっきりで看病していた人たちとか」


俺は思いついた答えを適当に言ってみた。

実際は前者がほとんどだろう。


「うーんそっか…

わたしたちと同じような境遇の人もここにはいっぱいいるってことだよね…」


雪ねぇは無駄なことで悩んでしまったようでバスが駅に着くまでずっと静かだった。


「いやー、土曜ともなるとここらもちょっと混んでるんだね」


雪ねぇは伸びをしながらそう言ったが平日でも混んでるときはこれくらい混んでるはずだ。

ここはこの辺じゃ一番の繁華街で休日ともなると結構な人ごみになったりする。

ちなみに、俺らの家まではここから2駅ほど行ったところある。


「そんな混んでないでしょ、まだ9時だよ?」


「えー?私この辺出てこないからわかんないんだよね」


雪ねぇとそんな会話をしていると電車が来た。


「ほら、そんな混んでないでしょ?」


やってきた電車を見て俺そう言う。


「ほんとだあ…

橙くんのほうがこの辺のことよく知ってるんだね」


雪ねぇはぼやーっとそんなことを言う。

きっとまだ悲しい気持ちをどっかに隠そうと必死になっているのだろう。


いきなりしゃべらなくなった雪ねぇをみて俺は自分の気持ちに整理をつけようとする。

きっと俺が雪ねぇのように哀しみに包まれてしまわないのはまだ実感がわかないからだろう。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★



「なるべく早く準備してね!

早くお母さんとこ行かないと心配だし…」


雪ねぇはそういって自分の部屋に消えていった。


「さ、俺もはやく支度しないと…

なるべく早く準備してピアノでも弾きながら待ってよう…」


きっと雪ねぇは部屋で一人になったら泣いてしまうだろうという予感があったのでちょっとでも早く支度して雪ねぇの好きな曲でも弾きながら待っていようと決めてさっさと用意を始める。



「結構早く用意できたな…

まあ、ピアノ弾いてれば時間もつぶせるか…

ほんとならギター弾きたいところだけど時間ないしな…」


最近になって始めたギターではふと弾ける曲なんてないし、一回練習をはじめてしまうと熱中してしまって雪ねぇの声も聞こえなくなってしまうだろう。



「ごめんね、橙くん…ちょっと遅れちゃった…

でもね、もうちょっとだけ橙くんのピアノを聞かせてほしいな…」


部屋の前で雪ねぇと別れてから1時間くらいしてから雪ねえはひょっこりとリビングに現れた。

ふと見ると雪ねぇの目は腫れていた。

仕方ないので雪ねぇの好きな曲を何曲かセレクトして弾くことにした。


「ごめん、もう大丈夫…

ありがと、やっぱり橙くんの音は心に突き刺さってくるよ…

おかげで大分落ち着いた…」


雪ねぇは本当に落ち着いた声音でそう言った。


「落ち着いたなら行こうか…

そろそろいかないとお母さん心配しちゃうよ?」


俺は鍵盤を拭いてピアノの蓋を閉めながら早く行こうと急かした。


「そうね、もうお昼近いもんね…」


雪ねぇも同意してくれたので用意した荷物をもって家を出た。


ここまで来たときと同じ道のりをたどって病院まで戻る。

病院まで戻るバスの途中でふと外を見ると紅葉に染まった山を上から見渡すことができた。

とてもきれいな光景だ…


「きれい…

お母さんとこの光景を見れたらよかったのに」


同じ景色を見ていた雪ねぇがボソッとこぼした。


これまで考えないようにしていたが、もうお母さんとはこうやって出かけたりすることもすることはできないんだ…

そうやって考えると急に哀しみが襲ってきた。


「と、橙くん大丈夫?

いきなり悲しさが来ちゃったの?」


振り返った俺を見て雪ねぇがそんなことを言ってきたのでその意味を分かりかねていると頬を何か熱いものが伝う感覚があった。


「え、なんで…」


悲しさはあったけどまだ漠然としたものだったのに…

涙を流しているのが不思議で仕方がない…


「橙くんも無理とかしちゃだめだからね」


そういって雪ねぇは俺を抱きしめてくれた。

俺は雪ねぇに体を預けて心のままに泣いた。


「ほら、病院ついたよ… 降りないと…」


雪ねえにしがみついて泣いていたおれもバスがいつの間にか病院に到着していたのに気付くいた。


「そ、そうだね…降りないと!」


俺はそういって急いでバスを降りた。


「橙くんすっきりした?

わたしもさっき泣かせてもらったら少しすっきりしたから…

橙くんもすっきりするかと思って…」


雪ねぇがちょっと恥ずかし気にそう言った。

実際泣いたことによって少しすっきりしたので別に良かった。


「大丈夫、すっきりした。」


俺はそういいながらエントランスへと歩を進めた。



☆★☆★☆★☆★☆★☆★



ガラガラ…


「お母さん起きてる?」


雪ねぇがそう言って病室に入った後に俺が続いた…


「あら…

二人とも…遅かったわね…だいぶ…お寝坊さん…じゃない?…

近くに…泊まってたんじゃ…ないの?…」


お母さんは寝たまま首だけこちらに向けてそう言った。


「ごめんね、お母さん…

着替えとか取りに行ってたら遅れちゃった…」


二人でベッドサイドに椅子を出して座り、雪ねぇが後頭部に手を当てながら可愛らしく言った。


「そっか…うたがって…ごめんね…

着替え…大切だもんね…

お母さん…ちょっと寂しくて…変なこと…考えちゃってたわ…」


お母さんは少し悲しそうにそう言った。


「あはは…待たせちゃってごめんね…」


雪ねぇが乾いた笑いを浮かべる。


「ピアノ弾いたりしちゃったのがいけなかったかな…」


お母さんのそんな顔をみて俺は罪悪感を覚えた。


「あら、橙くん…今日は…ピアノ弾いたのね…

雪ちゃんは…弾かなかったの?…」


お母さんが幸せそうな笑みを浮かべる。


「私は…準備とか色々してたら時間なくって…

あと、橙くんの素敵なピアノ聴いてたら私はいいかなってなっちゃった…」


雪ねぇは泣いていた事をごまかしながら話したためにちょっともじもじしながら言った後に目を輝かせて言い放った。


「そうねぇ…橙くんのピアノ…素敵だもんね…

私も…聞きたかったわ…」


お母さんは雪ねぇの言葉を聞いて物思いに耽るように遠くを見つめながらそう言った。


「今度録音してくるから聞いてよ!

今日弾いてた曲もすごいステキだったんだよ!」


なぜか雪ねぇが興奮しながら言ってきた。


「そうねぇ…

そのうちでいいわよ…

今は一緒にいたいのよ…」


お母さんは流れるようにそう言った。


でも、そのうちって…

もうお母さんには時間がないのに…


「橙くん…

あなたは…お父さんに似て…輝くセンスを持ってるわ…


私は…あなたの奏でる音が…大好きよ…

あなたの…音楽にかける…思いも…知ってるわ…


だから…これからも…くじけずに…諦めずに…やりたい音楽…やりたいことを…やりなさい…


家族を大切に生きてね…

お母さんは…あなたの成功を…信じているわ…」



お母さんの一言に俺たちが言葉を失っているといきなり強い口調でお母さんはそう切り出した。


「雪ちゃん…

あなたは…私に似て…ステキな感性を…持ってるわ…

橙くんの…才能を…最初に見つけたのも…あなただったわね…


ステキな感性があるのはあなたの武器になるわ…


これからも…いっぱい…ステキなものを感じて…ステキな女の子に…なってね…


あなたなら…きっと幸せになれる…

お父さん頼りないから…みんなのことを…頼んだわ…よろしくね…」


俺たちが絶句しているのも御構い無しにお母さんは畳み掛けるように続ける…


「ひーちゃんにも…伝えたいことが…あったの…

あなた達から…伝えてくれる?…」


どうやらお母さんは家族にメッセージを残そうとしているらしい。


「わかった…

待ってね…今ここに録音するから…」


雪ねぇが慌ててケータイを取り出し録音を開始する。


「わかったわ…

大丈夫?…

ひーちゃんは…誰よりも…努力できる…私の自慢の娘よ…


今だって…アイドルになるために…必死に努力しているんでしょうね…


昔から…私はあんまり楽器とかできないって言って…家族と一緒に…音楽を楽しむ方法を…一生懸命探していたのを…私は知ってるわ…


努力家で…誰よりも家族思いの…ひーちゃんだからこそ…私は…ひーちゃんが…色んなものに…押しつぶされないか…心配だわ…

だから…少しは…息抜きするのよ?

きっと…みんなが…支えてくれるから…」


言いたいことを言えたのか、お母さんはこちらに目配せをしてくる。


そのサインをキッチリ受け取って雪ねぇは録音を止めた。


「お母さん…なんでいきなり…」


俺は混乱してお母さんに問いかける。

頬を何か熱いものが伝っている感覚がある。

最近ありすぎて慣れてしまった涙の感覚であった。


「橙くん…泣かないで…

ごめんね…私はもう長くないわ…

最期になる前にあなた達に伝えたかったの…

ごめんね…疲れちゃった…

少し眠らせて…」


そう言ってお母さんは目をつむった…。


俺は寝息を立て始めたお母さんの手を握って泣いた。

ただひたすら泣いた…

同じ場所にいるはずの雪ねぇがどうしてるかすらわからないほどに…



☆★☆★☆★☆★



ふと気付くとあたりは暗くなっていた。


周りを見渡してもお母さんしかいない…


「あれ?雪ねぇは?」


雪ねぇがいないことに気付いた俺はとりあえずケータイを確認してみる…。


すると、雪ねぇからのメールが届いていた。


『あ、橙くんおきた?

なんか泣いたまま寝ちゃったみたいだから私先に休ませてもらうね…

2時になったらそっち行くから交代しよ?』


「なんだよ…

先に休むとか…

ってか今何時だろう…」


ちょっと拗ねた気分でケータイで時間を確認するともう午後11時だった…


「これなら雪ねぇも寝たくなるか…」


そう一人で納得してお母さんの手をまた握ったのだった…。


この後僕らにどんなことが待ち受けているかも知らずに…

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