66話 あたしとミナさん
「アンタこの状態についても何か知ってるんでしょう?」
遠くで女の人の声が聞こえる…
「まあ、こうなった原因は分からなくはないがミナちゃんが知るべきはそこじゃない。こいつの病気についてしっかり理解することだと思うぞ?
まあ、まずはこの娘について知ってもらうところからだな。」
あ、緋哉さんの声も聞こえる…
なんかさっきぼんやりしてた状況でぽろぽろ会話したような気はするけどはっきり聞こえてくるとやっぱり安心する。
「緋那ちゃん。起きてるんだろ?おいで?」
そんな風に二人の会話を聞いていたら不意に緋哉さんから声がかかった。
「はーい。」
緋哉さんなら寝てるふりをして誤魔化してもあれだと思ってあたしは素直にそう返事をした。
「茜ちゃん?…案外元気なんじゃない…
……ん?なんか茜ちゃんとは違うような。」
寝かせられてたソファから跳ねるように起き上がったわたしを見て緋哉さんと話していた女の人がわたしを茜ちゃんと間違えたのか安堵した表情で言った後で何かに気づいたような感じでひどく混乱した表情になった。
「あれ?緋哉さんこのl女もしかしてなにも知らないの?」
その表情を見てあたしは思わずそう言ってしまった。
あんまりこういう物言いは良くないなって思いながらもこの状況であたしのことを全く知らないっていうのもなんか変だと思ってそう言ってしまった。
「何も知らないわけじゃないわ?一応代理人格っていうものも理解してるつもりだし…
初めて目の当たりにして驚いてしまっただけよ」
あたしの呟きに返すように女の人はそう答えた…
「一応紹介しておくな。こっちが茜達の叔母さんの風上碧菜さんだ。
そしてこっちが茜の代理人格の緋那ちゃんだ…」
「よろしくね。緋那ちゃん…
あたしのことはミナさんって呼んでくれて構わないわ?一応あたしの姪っ子に当たるわけだからね。」
「ええ、よろしくお願いします、ミナさん。」
しぶしぶといった感じであたしに微笑みかけるミナさんにわたしは屈託のない笑みで返した。
「なんていうか貴女…心なしかあたしとお姉ちゃんを足して二で割ったような性格をしてるのね…
茜ちゃんとも雪菜とも緋雪ちゃんとも違う…」
「この短い間でよくわかりますね。
まあ、あたしの性格は茜ちゃんがもし元から女の子だったらていう性格をしてるから二人とは違うのは当たり前ですよ。」
なんだか感慨深げにつぶやくミナさんにあたしはちょっとだけシニカルに含みありげに返した。
「まあ、貴女の言う通りかもしれないわね。」
ミナさんはあたしの言い分に折れたような体でそう返してきた。
「そうですよ。あたしはあたしですから」
これでこの話題は終わりっていう意味を込めてあたしはその言葉で会話を終わらせた。
「それであたしをこんなところに連れ出してどうさせたいんです?」
あたしはあえて少し含みのある感じで次の会話を始めた。
「そうね。そろそろ本題に入らないとよね。
正直茜ちゃんがいきなり倒れたから慌ててたっていうのもあるけれど一つだけ辻褄を合わせておかないといけないことがあったのよ。」
まだまださっきの感慨を残した感じだったけどミナさんはキリッとした感じであたしの切り返しにそう返してきた。
「辻褄…ですか…」
確かに辻褄を合わせておくのは大事な事だと思うけどそんなに急ぐ事なのかなぁ…
だって学校でだってみんなわかってくれた訳なんだしそんなに心配する事なのかな?
「学校では2人は別人として扱ってもらってるって話も聞いてるから緋那ちゃんの存在自体は隠しもしないけど問題は茜ちゃんの病気についてよね…
まあ、本当は多重人格みたいなイメージがついちゃうのは問題だけれどもそれは大っぴらに公表しなければ問題もないでしょう。
茜ちゃんの本当の病気が世間様に知られてしまうよりはよっぽどいいわ。」
あたしが少し疑問ありげな顔をしていたからかミナさんは"辻褄"の部分について詳しく説明してくれた。
「まあ、緋那ちゃんの事はスタッフに周知しておくくらいで十分だろ、仕事中とかにいきなり緋那ちゃんになってしまった時に対処してもらう為な訳だしな。
ただ、本当の部分はここにいる俺たちと契約のときにいた3人くらいまでにしか知らせないつもりだ。
もちろん緋那ちゃんもそこは気をつけてくれよ?」
「はーい。まあ、元からそのつもりですけどね…
ほら、わたしみたいなのって毛嫌いする人もいるじゃないですか。」
そう言ってあたしはやれやれと言った風に手を横に振った。
「まあ、そうだなぁ…そういう話は聞かないこともないけど…
そういう人の方が稀だと思うぞ?
それにしてもよくそんなこと知ってたな」
あたしの反応にちょっとだけ驚いた様子で緋哉さんはそう言った。
「まあ、自分のことですから。」
あたしはちょっだけクールにカッコつけてそう言った。
実際そういう話はたまに聞くし倉田先生にも気をつける様に口すっぱく言われてるからよく知っていた。
「まあ、そういう事なら緋那ちゃんの方から秘密が広がる事はないでしょうけど緋那ちゃんに知っておいて欲しいのは貴女がどういう存在っていう設定なのかってところよ」
「そこ設定って言っちゃうんですね」
ミナさんの言葉の端を切り取ってあたしはそうツッコんだ。
「まあ、実際は違うんだからそういうことになるだろ」
緋哉さんがすかさずフォローに入ってくれて上手い事この場の空気がいい感じになってきた。
「そっか…まあそうですよねぇ。
でも学校で使ってる ”設定”そのままじゃダメなんですか?
割とみんな受け入れてくれてますし…」
「まあ、ベースはそこでいいと思うんだけどより詳しくって言うのかな…
緋那ちゃんはしっかり自分のことを理解してるのかとかそういうところまで突き詰めておきたいんだ…」
「あーそういうことですか…
わかりました!茜ちゃんのためですし全力で協力させてもらいますね!」
あたしは今までちょっと懐疑的な感じに見せてた表情をいつも通りの元気な感じに戻した。
「緋那ちゃんも結構そういう素養ありそうね…
その表情、すごくイイわよ?」
「伊達に茜ちゃんの代理人格やってないですよ?
まあ、あたしには茜ちゃんの全くの代わりを務めるのは無理ですから茜ちゃんと一緒にとかって話はご遠慮させてもらいますけど」
何か言いたげなミナさんにあたしは先制攻撃でそいう投げ返した。
「そう…まあ、こういうのは本人のやる気が一番だし無理強いはしないけど…」
あたしの言い分にミナさんは歯切れ悪いままだったけどしっかり納得してくれた。
「まあ、それをするのは茜にとっても緋那ちゃんにとっても俺たちにとってもリスクでしかないからやらないでもらった方が嬉しいけどな。」
緋哉さんの援護もあってか、この話題は終わりといった雰囲気が醸し出されてきた。
「それもそうね。じゃあ話を戻すけど実際問題気になってくるのは貴女が自分の事をどう解釈してるのかってことなのよ。」
その空気を感じてかミナさんは話をさっきの話題に戻した。
「うーん……まあ、普通にあたしは自分は自分で茜ちゃんとは違うって思ってますけどわかってはいるんですよ?
あたしが代理人格で茜ちゃんを支えてあげないといけないってことも。
それに…あたしがこうしていられるのもそう長くないってわかってますから。」
あたしはわかってた…
自分は茜ちゃんの代理でしかないって。
多分みんながあたしをあたしとして扱ってくれてるからこそしっかり感じられてるんだと思う…
きっと代理人格ってきっと病気になって自分の状態に理解が追いつかない人の為に現状を受け入れられる様に後押ししてあげるためのシステムにしか過ぎないんだ
だからきっと代理で居られる時間にはリミットがある。
自分のことだからよくわかっているんだ。
他の代理人格の子達が後押ししたり乗っ取ってしまったりするのはきっとずっとそのままじゃ居られないのをわかっているからなんだと思う…
「そう…」
「まあ、そんなくらい顔すんなよ…その分緋那ちゃんは今を精いっぱい生きようって思ってるってことだろ?」
あたしの話を聞いて神妙な感じになってしまったミナさんと何故かあたしにも向かって緋哉さんはそう言った。
それもあたしの頭をなでなでしながら…
髪の毛が乱れちゃうし何より恥ずかしいから抗議の眼差しで緋哉さんを見つめるけど緋哉さんは素知らぬ顔でなでなでを続けている。
それにしてもなんだかこうされてるととても恥ずかしいけど心の奥があったかくなる様な不思議な感じがした。
「ねえ……緋哉さん…恥ずかしい……」
あたしはそう言って緋哉さんの手を頭から退けた。
「なんだよ…そんなに恥ずかしがる事ないじゃんか
親子なんだからそのくらいするだろ」
「一応あたしからしたらお父さんって感じじゃないんですから危うくセクハラものですよっ?
それに世の女子高生は基本的にお父さんからなでなでされたりしないと思います!!」
悪びれる様子もなくさらっとそう言う緋哉さんにあたしは割とテンション高めに抗議をした。
「そ、そうか…すまんな…
ま、まああれだ。緋那ちゃんが自分についてどう考えてるのかとかはよくわかったし俺たちから緋那ちゃんにお願いするのは茜の夢に協力してやってほしいってだけだな。」
あたしの抗議にウンウンと頷きながら緋哉さんに冷たい視線を浴びせてたミナさんの援護射撃(目線の)があった効果か緋哉さんはなんだか所在なさげに謝ってくれたので許してあげることにした。
「そんな事わかってますって。
あたしだって茜ちゃんがやりたい事は応援してあげたいしその為にできる事はしてあげたいですから。」
「そう言ってくれるとほんと助かるわ。
茜ちゃんにもそう言ってあげると茜ちゃんも頑張れると思うわ。」
「それはそうとミナさんは茜ちゃんをどうしてあげるつもりなんですか?」
ミナさんの優しそうな視線を受けているとなんだかむず痒くなってしまってあたしは戯けて話題を明後日の方に飛ばしてしまった。
「どうって…そりゃあ、あの子のしたい様にしてあげるつもりだしあの子に合うことを見極めていきたいと思ってるわよ?」
「そういう建前みたいなのじゃなくって、ミナさんは茜ちゃんをどう仕立て上げるつもりなのかなって知りたいんです」
あたしはミナさんにまるですがりつくかの様にしてそう聞いてみた。
「そりゃあ…あの子には音楽をやって欲しいしそれだけの力があると思うけど…
本音を言うならあのままアイドルとかタレントとして進んで欲しいものだけどね…
だってそれが一番確実で一番近道だもの」
「ミナちゃんは本当にそう言うところこだわるよな。」
「あんたがいつまでたっても気持ちとかに拘って大切な何かを壊したせいよ」
ミナさんにツッコミを入れた緋哉をミナさんは強い眼差しで睨みつける様にしてそう言った。
この2人、なんだか意外とお互いのことよく知ってるみたいだしそれになんか確執がありそうに感じる。
「俺は茜には自分の好きな音楽をやり続けて進んでもらえればいいと思ってるんだけどな…
まあ、それとあいつの才能の”商品価値” は全くの別で考えてるけどな」
「商品価値ですか…
それってほんとは緋哉さんもミナさんみたいに茜ちゃんにタレントさんとかみたいなお仕事をしてほしいってことですか?」
「あー…まったくもって違うとは言い切れないけどそうとも言えないんだなぁ…
俺はあいつが望むならどっちも取るって選択ができるんだからそうすればいいって思ってるだけだよ。
一つを確実に取るんじゃなくて取りたいものすべてを取りに行くってだけよ。」
緋哉さんの目はとてもまっすぐだったそしてなんだか底知れない黒いものを抱えてるような感じがして少し怖かった。
「まったく…娘に対してそこまでさせようとかどういう神経してるのよ。」
「お、そうだそうだ。
緋那ちゃん。今茜と変われるか?」
少し呆れたような顔のミナさんと何か思い出したといった感じの緋哉さん。
「うーん。少し休んだわけだしさすがに起きてると思いますけど…
もしかして茜ちゃんに何か大事な話でも?」
そうだ、今日ここに呼ばれたのは茜ちゃんであたしじゃないんだ。
芸能人になるのは茜ちゃんであたしは一般人のままでいるって決めたんだ…
だから、あたしにしなきゃいけない話が終わって茜ちゃんが出てこれるんだったら変わってあげるべきなんだ…
「ああ、なかなか家で仕事の話をするのは気がひけるもんでな…
ここでしておきたい話なんだ」
「そっか…解りました。
じゃあ、茜ちゃん呼んできますね」
そう言ってあたしはまたあの部屋に戻る事にした。
一番体力を削られることの無い、居心地のいい何も無いつまらない部屋に…
「緋那ちゃん…茜ちゃんの事…よろしくね…
これは事務所の社長からじゃなくて、叔母としてね…
もちろん緋那ちゃんのことも大切な姪っ子だと思ってるから…」
「ええ、わかってますって。
ありがとうございます。ミナ叔母さん!」
あたしはミナさんのその言葉が嬉しくってちょっと失礼かなって思ったけどそう言ってしまった。
「ちょっと…叔母さんはやめてよ…
ミナさんのままでいいわ…」
「はーい!じゃあ、また!」
あたしはそう言ってソファに腰掛けて扉を開いた。
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『茜ちゃん…茜ちゃん…
ほら、起きて……なんか大事な話があるんだって…』
「んぁぁ…まだ寝るぅ…」
『こらっ!早く起きなさい!』
なんだかぽわぽわ微睡んでたらどうやらあかちゃんが起こしに来たみたいだ。
そろそろ起きなきゃ。
「はーい…ありがとね。あかちゃん…」
わたしはそう言ってなんだかまだまだ寝ぼけたまま外への扉に向けて歩き始めた。




