64話 頑張ることはいろいろある
「はぁ、はぁ。なんとか形にはなって来たかなぁ…」
事務所と契約をした日から2日、GWでお休みなのをいいことにわたしはほとんどの時間をお家の地下にあるスタジオで過ごしていた。
もちろんやってるのは歌の練習だけど本音を言うならギターの練習もしたいし曲だって書いていたい。
せっかくスタジオでずーっと過ごしてるわけだし…
でも日曜日にどれだけ歌えるかテストするって言われてしまったからには元ボーカリストとしてはできる限りのクオリティに持っていきたい。
その一心で課題曲って言われたひーちゃんの楽曲をひたすら練習していた。
もちろん歌い込むことで精神的なズレみたいなのを埋めて本番であかちゃんのお世話にならないようにするっていうのも大きな理由だけどそれよりも今はこの声でこの身体でできる精一杯の表現をする為にわたしの持ちうる知識でなるべく基本に忠実で技術的なところを詰め直したかった。
もともと技術で歌うタイプじゃなかったしそんなに歌が上手かったわけじゃないけど(もちろん"歌"に関する"技術"だけの話だけど)それでもボーカリストとして必要な基礎は出来てたはず…
今はそこすら怪しいからまずはそこまで持っていかないと…
とは言ってもやっぱり色んな表現を試して見たくなるのは性というかなんというか…
2日間で5回くらいあかちゃんのお世話になってしまったことはナイショにしておきたい…
そのおかげかひーちゃんみたいにアイドルっぽく可愛く歌うだけじゃなくってカッコよく歌ってみたりできるようにはなった。
まだまだわたしらしくって訳にはいかないけど一歩近づけたかなって気はする…
「はぁ…でもまだ自分の曲をしっかり歌えるレベルには達してないよねぇ。」
「なにそんな溜息ついてるの〜?」
ひと息ついて床に寝転がりながらそんな事を考えてたわたしにギターを下げてボードを持ったお姉ちゃんがそう声をかけた。
「あーいつのまにぃ…
って練習?使うなら退くよ?」
知らぬ間にスタジオに入った来ていた事を抗議しようと思ったけどお姉ちゃんがギターを下げてる事に今更気づいたわたしはそう問い返した。
「いいわよ。まだ使いたいって言うなら。」
お姉ちゃんだってGWが終わってしばらくしたら解散ライブがあるわけだしわたしばっかりが占領してちゃ悪いよね…
「いや、いいや。昨日からずっと独占しちゃってたし…
……ねぇ、歌も込みで練習するんだったら少しだけ見ていってもいい?」
わたしはふと思いついた事をお姉ちゃんに提案してみた。
お姉ちゃんだって一応事務所に入って活動するプロ?みたいなもんなんだしその練習を見るのは少しでも実りがあるんじゃないかと思った。
昔はお姉ちゃんは女の子で自分は男だからとかって思ってたけど今はわたしも同じ女の子なんだし吸収するものもあるはず…
「もちろんいいわよ?
ん〜…そうは言っても私は発声と確認くらいしかしないつもりだけどね?」
「うん。それでもいいから見てみたい。」
口元に人差し指を当ててなにかを思案するように言うお姉ちゃんにわたしは詰め寄るようにしてそう言った。
「わかったわ。
あ、そういえば…あーちゃんが見てくれるなら私もギターで相談に乗って貰いたいところがあったのよ。」
「ギターで?お姉ちゃんがそんな事を言うなんて珍しいね。」
わたしの記憶の限りレーゾンを結成してからはそんな事を言ったのは初めてだと思う。
お姉ちゃんがギターを始めたのは中学校に入ってからだったと思うけど中学2年生の時にレーゾンを結成して以来ギターとか機材の話はメンバーの人に教えてもらってたみたいだし。
「うーん。テツにも慎二にも相談しにくいって言うか…
橙くん…うん…これに関しては間違ってないよね…そう、橙くんの奔放なギターみたいなのも取り入れたいなって…
っていうかなんていうか…レーゾンの雪菜じゃなくて新しい私を見せていきたいなって…
だから2人には相談できなくて…」
なんていうかそう言うお姉ちゃんは普通の悩める女の子って感じがした。
まあ、内容は普通の女の子がそうそうたどり着くレベルじゃないと思うけど…
「そうしたらわたしでよければ相談に乗るよ?」
わたしは優しくお姉ちゃんにそう返した。
「じゃあ、お互いに意見交換のしあいっこだね。」
「なんだか楽しそうだね!それ!」
こうして姉妹仲睦まじく楽しい時間は始まった。
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「ここはいつもこんな風だけどどうかなぁ。」
「うーん。わたしがアレンジするならこうするかなぁ。」
「そういうフレーズワークは考えてなかったわ…
じゃ、じゃあこんなのは?」
「うん。とってもいいと思う。
わたしにはそのフレーズ真似できないしお姉ちゃんっぽくていいと思う!」
ちゃっかり部屋から自分のギターやボード(エフェクターを持ち運びする入れ物でエフェクター類全般を指すこともある)まで持ち出してお互いにフレーズを交換しあった。
「うーん。その感じだと音色はこっちの方がいいかなぁ…」
「あぁー。そうかもねぇ!
さっきより雰囲気出てると思う。
でも曲から浮きすぎてない?」
「じゃあ、こうとか!」
「こうもいいんじゃない?」
「逆に音色じゃなくてフレーズを寄せに行くってのもアリなのね!!
じゃあ、それで通し練してみるわね!」
そう言ってお姉ちゃんはミキサーに繋がれた音楽プレイヤーを操作した。
そしてお姉ちゃんがマイクの前に戻ってくる頃に流れてくるのは聞き慣れたドラムのカウント音。
あー、この感じはやっぱり俊哉さんだろうなぁ。
そしてカウントの後に始まったのは聞き慣れたレーゾンのアップテンポな曲の代名詞fly highだ。
イントロの入りはお姉ちゃんも完璧。
そのまま慎二さんの豪快で独特なリフを裏で支えるお姉ちゃん。
こういうギターボーカルとしてのリードの支え方はお姉ちゃんの方が格段に上手だなぁ。
わたしは地味にぶつけに行っちゃうきらいがあるから…
そして流れるように始まったAメロ…
技術的なところもそうだけどわたしの歌い方よりニュアンスの出し方が柔らかい感じがするなぁ。
アップテンポな曲なのに女の子が歌ってる柔らかさみたいなのがよく表れてるような気がする。
わたしの歌から感じるちょっとした硬さみたいなのは発声とかのニュアンスの問題なのかなぁ。
気づけば曲はサビに入っていてお姉ちゃんのボルテージも最高潮に達しようとしていた。
サビに近づくにつれて力強くなってきたお姉ちゃんの歌声は今のわたしが全力で歌う時の感じより全然力強かった。
うーん。やっぱりすぐそばで聴くとわたしの声の力強さのなさが顕著なのがよくわかる。
「どうだった?」
わたしが悶々としている間に曲は終わってしまってお姉ちゃんがそんな質問を投げかけてきた。
「うん。ソロのところは新しいお姉ちゃんな感じがして良かったと思うよ。」
「うんうん。私もそう思う。歌の方はなんか掴めた?」
お姉ちゃんのギターの方の質問かと思ったからそう返したらそれだけじゃなかったみたい。
「少しだけ…
でもまだまだなんか違うなぁってところはどうにもならない感じがしてまだまだ掴めないなぁ…」
「それって力強さとか音圧みたいなところの事を言ってるのかな?」
正直に答えつつ少しぼかして返すとお姉ちゃんにまさに図星なところを突かれてしまった。
「それだったら心配ないと思うけどなぁ。
もちろん本気で歌えてる時の話だけど全然あーちゃんの声がか細いわけじゃないと思うしあーちゃんの声はもっと別の良さがいっぱいあると思うんだよね。
それにしっかりと通る声ではあると思うし。」
「でもさ!このままじゃわたしらしい表現ができないんだよ!!かっこよく力強く歌って訴えたいんだ!」
「うーん。
なんていうのかなぁ。女の子には女の子の伝え方があるんだよ?表現って今自分ができる精一杯ってよく言ってたじゃない。
だから今は"宮代茜"ができる精一杯を見つけないと。」
これはお姉ちゃんに完全論破されてしまったなぁ…
昔わたしがお姉ちゃんに言ったことを引用されてしまえば引き下がるしかなかった。
確かにわたしはそう思ってたし今でも思ってる。
「きっとあーちゃんは今の自分に合う音がどんなのか悩んでるだけなんだよ。
橙くんだって最初は色々試行錯誤してたじゃない。
お父さんの真似にならないようにとか自分の声がどうとか…
それに今はまだあーちゃんが自分の声に慣れてないだけかもしれないしね。」
お姉ちゃんのそんな言葉は意外にもすっと心の中に入ってきた。
「そっか。じゃあまだまだ練習してみないとだね。」
「そうね。色んなのを試してみるのは良いことだと思うし色々やってみると案外しっくりくる歌い方があるかもよ?
…それに色々試行錯誤してるあーちゃんはとっても可愛かったわ!」
最初は真面目な感じの顔だったのに最後の一言でいつもの変態フェイスに変わってしまったから台無しだ…
しかも抱きついてくるし。
「んぁー。もー!
せっかく良い話な雰囲気だったのに台無しじゃん!」
「両腕をあげて怒ってるあーちゃんのその感じほんとカワイイっ!!」
一回スイッチが入ってしまったお姉ちゃんはもうどうしようもないのはわかってたけどこんなにもどうしようもないとわたしは諦めるしかない…
諦めて抱きしめられたままお姉ちゃんのナデナデ攻撃に耐えるとしよう…
こうして楽しかった時間はなんだか色々ウヤムヤにして終わりを告げてしまった。
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「へー。それで日曜に会った時より心なしかげっそりしてるわけね。」
「もー。茜ったらそんな無理しちゃダメだよ〜?
ただでさえこれから忙しくなるんでしょ?」
紀穂と奏と遊びに来て昨日までスタジオに籠ってた事を話したらそんな反応を返されてしまった。
紀穂に至っては冷静に返しているように見えてるけど内心少し怒ってるんじゃないかってのが表情から見てとれる。
「う、うん。なんかごめんね。心配させちゃって。」
「茜が謝ることはないでしょ。
でも本当に気をつけなきゃダメだよ〜?
茜ただでさえ退院したばっかりなのに…
橙哉君みたいになっちゃったら私…」
言葉を詰まらせてしまった紀穂の表情はなんだかとても悲しそうだった。
「大丈夫だよ?紀穂。わたしはここにいるしどこにもいかないもん。」
そう言って紀穂の手を握る。
「あたしをおいて二人でラブラブしないでよ?
しかもこんなカフェのど真ん中で…」
少し寂しそうにしながら白い目を向けて来る奏。
「そんなラブラブなんてしてわよ?ねー。茜。」
「う、うん。そうだよ。」
そう言って紀穂はわたしに抱きついて来る。
む、胸が…顔に当たる…
まあ、最近紀穂は大分わたしにデレデレするようになったとは思うけど…
「はー。茜も紀穂に毒され始めたか…
まあ、そんな紀穂にも彼氏ができて良かったよね。
どうなの?最近、大和君とは。」
そんなわたし達を見て奏は額に手を当ててやれやれと言った感じで首を振った。
でもすぐに次の話題に切り返してニヤニヤしながらわたしに抱きついたままの紀穂に詰め寄った。
「えー…そりゃあ進展がないわけじゃないよ…
今度の土日に2人でフェスに行ってくることになってるんだ。」
恥ずかしそうにしながらも幸せそうに紀穂はそのささやかな進展を報告してくれた。
「ひゅー。おアツいですなぁ。
二人っきりで2日間フェスですかぁ。」
「ってことはお泊りするの!?」
奏の茶々を聞いてわたしは大和と紀穂のあらぬ妄想をしてしまい真っ赤になりながらそう答えた。
男女が二人っきりでお泊りってことは…
あー。大和も大人の階段を登っちゃうのかぁ。
「ち、違うわよっ!!何想像してるの!?
河中湖の反対側でやるフェスだから2日間ともお家から通うの!!」
「ちぇー。なぁーんだ。
やっぱり二人にそれは早すぎだよねぇ。」
慌ててわたしの言葉を否定する紀穂に奏はつまらなさそうに言った。
わたしは奏に同意するように首を振るしかできなかった。
ちなみに河中湖とはレイクモールがある湖よりもわたし達の街寄りにある大きな湖だ。
バスで20分もしないくらいの距離にあるからフェスだって余裕で通えるレベルだ。
「こ、これでも最近は大和の方から手を握ってくれるようになったんだからね!?」
顔を赤くしながらそういう紀穂はやっぱりとっても可愛かった。
「はいはい。おアツぅございますね。
惚気られたらこっちはどうしようもできないしこれで終わりー。」
「あー、私ばかりに言わせてズルいわよ!
奏こそどうなのよ!そろそろ彼氏作らないと乗り遅れるわよー?」
両手を横に開いてやれやれといった感じで言う奏に紀穂は少しだけムキになったようにそう言った。
「あたしはいいの!別に素敵な人との出会いがある訳でもないし…
それに放送部の期待の新鋭に彼氏なんてゴシップのネタを作る訳にいかないしね?」
「そう言うの自分で言っちゃう〜?
それに今は雪菜さんと茜で人気者枠はいっぱいだから奏に彼氏ができてもみんなさほど騒がないわよ。
栞さんじゃあるまいし。」
「あー。そこと比べるのはズルいよぉ!
二人ともほとんど芸能人なんだし栞さんは全校生徒の憧れだった放送部のエースじゃん!」
栞さんはいくらなんでもわたしも知ってる。
お昼の放送でもひときわ上手で人気だった人だ。
声も綺麗だったし見た目もキレイだったらしく1年生の時同じクラスだった人でも告白して玉砕したアホな人が何人もいたらしい。
まあ、わたしはそんな余裕なかったからそんな情報くらいしか知らないけど。
「去年の放送部の先輩に栞さんっていう雪菜さんに並び立つ全校生徒の憧れだった人が居たんだよ?」
わたしが話についていけなくならないように気を遣ってくれたのか紀穂が栞さんについてそう説明してくれた。
「うん。わたしも聞いたことある。
日向がそんな事何回か言ってたしお姉ちゃんを初めてラジオに呼んだ人で面倒見が良かったってお姉ちゃんも言ってた。」
わたしは栞さんについてはほとんど聞きかじりの情報しか元々持ってなかったから答えるのも簡単だった。
「そっかぁ。そうだよね、栞さんくらい有名な人なら日向くん達とか雪菜さんから聞いてるよね。
ほんと茜ならあの人みたいになれると思うんだけどなぁ…」
「ちょっと奏!!」
奏がぽろっと言った一言に紀穂が過剰に反応した。
あー。きっとまだ部活を決めていない私に二人は放送部に入って欲しいんだろうなぁ。
でもわたしが芸能人だからとか注目されてるからとかそういう風にとられたくないんだろうな…
わたしがやりたいのがバンドだってのは二人も知ってるわけだし…
「うーん…放送部かぁ…
この間さっちゃんにもそろそろ部活決めないとダメだよって言われたばっかりなんだよねぇ。」
ちょっとズルイかもって思ったけどわたしはどっちとも取れない発言でお茶を濁した…
実際にさっちゃんにそう言われてるのは事実だし…
「そっか。部活一応必須だもんねうちの学校。」
「まあ、茜が名義だけの変な部活に入るっていうのも悪目立ちしそうだし悩みどころだもんね…
さっちゃん先生もその辺融通利かせてくれてもいいのにね。」
紀穂も奏も少し期待したような表情をしつつそう返してきた。
それでも奏なんかさっちゃんへの軽い不満を漏らすくらいでわたしのことを第一に考えてくれるのがよくわかる…
「そういう訳にはいかないよ…
わたしばっかり特別扱いしてもらうなんてそんなの良くないもん。
それに、わたし少しだけやってみたい部活があるんだよね。」
そんな二人に応えるためにもわたしは自分の気持ちをぶつける事にした。
「わたしね。放送部に入りたいなって思ってるんだ。」
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「それにしても茜が放送部に入ってくれるなら百人力だと思うけど2年生の番組争いがまた激しくなっちゃうね」
「そればっかりは私も心配で仕方ないわよ…」
お茶してた喫茶店を後にして家路を歩きながら奏と紀穂はそんな話題をふりはじめた。
「うーん。でもまだ事務所の人にどうしたらいいのか聞いてないからまだほんとに放送部に入るのかわからない訳だしそんなに心配することじゃないんじゃない?
それに二人とも私よりおしゃべり上手だしわたしじゃ追い付けないんじゃないかなって思うよ?」
わたしは少し心配そうな紀穂に少しフォローを入れる形でそう返した。
「そんなことないよぉ。
何より茜は可愛いし今や全校生徒の注目の的だよ?
すぐにレギュラーもらえちゃうだろうし秋の番組改編には番組もらえちゃうかもだよ?」
紀穂はわたしにベタベタしながらそう言った。
「そうしたらそこで負けないように紀穂も頑張らないとだね?」
わたしに軽く抱きつきながら歩く紀穂の背中に軽く寄り添って奏はそういった。
「そーだね!三人で頑張って三人でラジオできるように頑張らなきゃだね!」
「うん!!」
こうしてわたし達はそんな気持ちを持って家路を進むのであった。




