63話 ジムショと進む先
「それじゃあ、ここにハンコを押してもらえれば契約は完了ね。」
色々見て回ってる間に喜多山さんとミナさんのお話はまとまったみたいでまたさっきの部屋で今後について詳しく聞いて最後に雪ねえに保護者代理として立ち会ってもらって契約書にサインを書いてハンコを押した。
一応今日からk'sプロ所属のブロウ預りという形で事務所に所属する事になった。
当面は毎週火曜日と金曜日のレッスンとお休みの日にプロモーション活動の準備だったりを進めていくことになるって。
あと、今度の日曜日にわたしの歌の状態といろいろを見るためにブロウの事務所で軽くレコーディング形式で歌のテストをするって決まった。
何か連絡とかがある場合はすぐに連絡できるようにすみれさんと壮一さんとお互いに連絡先を交換しあった。
すみれさんと壮一さんと喜多山さんとミナさんがわたしの面倒を見てくれるチームだって言ってたけどわたし一人にこんなに沢山の大人の人がつきっきりになってくれるなんて正直今までだったらあり得ないお話だと思ってしまう。
昨日ひーちゃんが『わたしなんてマネージャーチームの人が多すぎて何人いるかわかんないくらいだからそんなもんじゃない?』なんてメールで言ってたけど正直異例なんじゃないかと思う。
「それじゃあ私達は擦り合わせとすみれちゃんと壮一くんの仕事の割り振りとかいろいろあるから茜ちゃんはお姉さんと一緒に待っててくれるとありがたいわ。」
「茜ちゃん、今日のお仕事終わったらご飯食べに行くわよ!!お祝いだからちょっといいご飯食べに行きましょ!!だから雪菜と待っててね。」
全員で連絡先を交換し終わると喜多山さんとミナさん二人からそう言われた。
このままじゃあお邪魔しましたーってなるのかと思ったけど案外そうじゃなかったみたい。
「あらー。いいわねぇ。ミナちゃんの奢り?
あんまり経費切りすぎちゃアレなんじゃない?」
「キタちゃんも言うようになったわねぇ。
まあ、今日のところはアタシがポケットマネーで出しますけどね?」
「あははは…じゃあ楽しみにして待ってますね!」
そう言ってわたしは表面上すごいにこやかなやり取りの続く部屋を出た。
ガチャ。
「あ、あーちゃんおかえりぃ。
これで今日からあーちゃんもうちの事務所の仲間入りだね。」
部屋を出るとすぐにお姉ちゃんが声をかけてきてくれた。
「うん。ありがとう。
あ、お姉ちゃんミナさんが今日はみんなでご飯食べに行くから待っててって。」
「あーー。社長とご飯?…ちょっと気がひけるかも…」
わたしがさっきのミナさんの言葉をお姉ちゃんに伝えるとお姉ちゃんは少しだけ嫌そうな顔をしてそう言った。
「お姉ちゃん一応保護者代理なんだからちゃんとついてきてよ?それにいいご飯って言ってたよ?お祝いだからって。」
「そっかぁ。じゃあまあ、行くしかないよね?」
そう言ってお姉ちゃんはいい笑顔でガッツポーズを決めた。
「ねぇ、お姉ちゃん。
待ってる間に他のスタッフさん達にもお仕事の邪魔にならない程度に挨拶しに行きたいんだけど。」
ミナさんが食べさせてくれるっていういいご飯に手放しで喜んでいるお姉ちゃんにわたしはそんな風に問いかけた。
やっぱりイメージっていうのは大事だと思うんだよね。
だからなるべく色んな人に挨拶はしておきたい。
「うん。いいよ?案内してあげる。
どうしよっか。どの辺の人達から行く?」
その辺をわかってるからかお姉ちゃんは二つ返事でそう言ってくれた。
「できれば忙しそうにしてない人の方がいいなぁ。
どんな人達が働いてるのか全然わかんないし。」
「じゃあ、とりあえず今手が空いてそうな人から声かけて行こうか。そんなに人もいないしちゃちゃっと回っちゃお?」
お姉ちゃんはそう言ってさっき事務所に入ってくるときに見たオフィスっぽい雰囲気の所にわたしを引っ張っていった。
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「k'sプロからの預かりなんだって?すごいね。
一緒に頑張ろうね。」
「そうかー雪菜ちゃんの妹さんなのかー。
有望株だねぇ」
「僕らも精一杯サポートするから頑張ってね!」
お姉ちゃんに連れられて挨拶して回ってたらいつのまにかお仕事をしていたはずの人達がわらわらと集まって来て囲まれてしまった。
一人一人挨拶をしようと思ったけど逆に質問責めというかそんな感じになってしまった。
「はいっ!ありがとうございます!
よろしくお願いします!!」
結局挨拶回りというよりは私の自己紹介みたいになってしまって思ってた感じとは違ってしまった。
「お、なんか盛り上がってる。」
「どうせサボってお喋りにでも花咲かせてんでしょ?」
「アキヨシさん流石に辛辣すぎるんじゃないっすか?」
わたしの自己紹介に事務所の人達がわらわら集まって盛り上がってるところにわたしの後ろ側から軽い雰囲気で3人の男の人が入ってきた。
全員聞いたことある声だなぁ…
一人はすごくよく聞いたことある気が…
「あ、アキヨシ先輩とソウタ先輩お疲れ様です!!
あとテツもおつかれ…」
わたしとは逆に入口側を向いていたお姉ちゃんが即座に反応して挨拶をしていた。
お姉ちゃんの挨拶を聞いてやっと聞き覚えのある声の主を理解した。
一人はレーゾンのテツさんで後の二人はこの辺の伝説的バンドで今はメジャーデビューしてバリバリ活躍中のASILYのアキヨシさんとソウタさんだ。
「おう。おつかれ様。
連休だってのに雪菜ちゃんは頑張るねぇ。」
「テツなんて駅前で呑気にラーメンなんて食べてたから連れてきちまったよ。」
お姉ちゃんの挨拶に軽く返すASILYの二人。
ソウタさんなんてテツさんの肩をがっしり掴んで豪快に笑いながらそう言った。
うわぁー本当にこの人ステージ上のイメージ通りの人なんだ…
ステージ上では縦横無尽に駆け回る獣のようなボーカルで豪快なお兄さんなような感じのイメージだもんなぁ…
まさかあのままとは…
「今日は雪菜が用事あるからって言ってたからオフってただけっすから!
……ってそこの娘は?みない顔だけど…」
テツさんがわたしに気づいてそう言ってくれた。
今がしっかり自己紹介するチャンスだよね!
「はじめまして!
今日から所属させていただきます!
AKANEと申します!よろしくお願いします!」
わたしはそう言って3人にぺこりと頭を下げた。
ちなみに芸名はローマ字でAKANEになった。
これからひーちゃんの姉妹として活動することも出て来るだろうし下の名前だけでも違和感の無いようにって事らしい。
宮永茜って案もあったんだけどなんかど直球にひーちゃんの姉感があってなんだか嫌だったからやめてもらった。
サインした時も雑誌に載った時もローマ字でAKANEって出てたから確かにこれが妥当かなって気はする。
「おう。よろしくな。」
「頑張るんだぞ?」
ASILYの二人は手慣れた感じでわたしの頭をポンポンしたり撫でたりしてそう言った。
「応援してるよ!お互い頑張ろうな。」
対照的にテツさんはそこまで手慣れた感じじゃなかったけど握手してそう言ってくれた。
「ん…AKANEちゃんってもしかしてあの湖の乙女?」
テツさんと握手を交わすわたしをまじまじと見つめていたアキヨシさんはそう呟いた。
「んぐっ…え、…ええ、まあそうです。」
「すげーじゃん!よくあんな時の人スカウトして来れたな…」
「あーその娘所属はk'sプロだから。
うちはただの預かり。
そもそもあんなに知名度が高くなった娘を大手が放っておくわけないだろ?」
わたしの答えを聞いて感心するアキヨシさんに事務所の人がそうツッコんだ。
「うぇっ!?まじかよ!あのk'sプロの所属なのかよ…
すげぇなぁ…」
「じゃあ俺たちの目指す先にいる人なのかもな。
まあ、ジャンルは違うと思うけどお互い切磋琢磨しようぜ。じゃあ俺らは先行くわ。いくぞ、アキヨシ。」
ソウタさんはなんだか優しくも厳しそうな目でわたしにそう言うとアキヨシさんを引っ張って奥の方に行ってしまった。
「あれ、テツついて行かなくて良かったの?」
取り残されてしまったテツさんにお姉ちゃんがそう声をかけた。
「あー。いいんだよ。なんか打ち合わせがあるんだと。っていうか雪菜とその娘どんな関係?」
「ん?この娘は私の可愛い妹よ?」
「お前妹いたっけ? まあ、いっか。
AKANEちゃん。お兄ちゃんの事もあって大変だと思うけどお姉ちゃんと一緒に頑張ってね。
あ、俺はお姉ちゃんと一緒にバンド組まさせてもらってるテツって言うんだ。改めてよろしくな。」
そう言ってテツさんは優しい笑顔でわたしの頭を撫でながらそう言った。
見知った顔にまるで小さい子にするみたいにされたからなんだかむず痒い気分になる。
「は、はい。…よろしくお願いします。」
なんだかそのむず痒さと恥ずかしさで真っ赤になりながらわたしはそう言う事しか出来なかった。
「俺とりあえず予定とか見に行ってくるわ。
雪菜このあとどうするんだ?よかったらメシでも行くか?妹ちゃんも良ければ」
「いや、やめておくね?
私このあとあーちゃんとデートだから。」
「いやいや、デートじゃなくてみんなでお食事会でしょ?」
さらっとそんな事を言うお姉ちゃんに軽くツッコミを入れるとテツさんはなんだか鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「みんなで?
っていうか妹ちゃん結構アグレッシブにトークできるのね。もっとふわふわした感じの娘かと思ったよ」
テツさんの中でのわたしの呼称がいつのまにか妹ちゃんになってしまっているのがなんだか気にくわない感じはするけど気にするところはそこじゃない。
「そりゃあ姉妹ですからこれくらいは言い合いますよ
それに少しキンチョーしてただけで割といつもはふつうに喋ってますよ?
それに…さっきは急に撫でられたから恥ずかしくなっちゃっただけです!」
テツさんの中に芽生えつつあるイメージをなんとかして払拭してしまいたかった。
緊張しいだから最初は大人しい感じの娘だと思われてしまうけどこれからはそういうイメージばかり持たれてしまうのはよくないと思うから。
それとさっきのナデナデに対しての抗議も軽く付け加えた。
「そっか。そりゃすまなかった。今度からしないように気をつけるよ。
雪菜達に予定があるなら今日は早めに帰って新曲でも書くかなぁ
あ、雪菜。あとで新しいの送っとくから確認しといてくれよな。」
「うん。わかった。」
そう言ってテツさんはフラフラとさっきの休憩スペースのようなところに向かってしまった。
一言返してテツさんを見送るお姉ちゃんの顔は今まであまり見た事ないまるで恋する乙女かのような顔だった。
「ねぇ。お姉ちゃん。恋でもしてる?」
「なっ…なっ…そっ、そんな訳ないじゃない。
今はあーちゃん一筋よ?」
そう言うお姉ちゃんの顔はいつもの変態モードの顔に戻っていた。
うーん。お姉ちゃんはテツさんのこと好きなのかな…
「っていうか新曲って!?もしかしてレーゾン最後に新曲書いてるの!?」
「ちっ…ちがうわよっ…
その…テツから誘われてるの。新しいバンド。」
ふと思い返したテツさんの言葉の意味をお姉ちゃんに投げかけると斜め上な回答が返ってきた。
「あ、そっか。新しい先を見つめてるんだね。
テツさんもお姉ちゃんも。」
わたしは何故だかこんなありきたりな答えしか捻り出すことができなかった。
「それはあーちゃんも一緒でしょ?
お互い頑張らないとなのよね。」
お姉ちゃんはなんだか遠い目をしてるけどそれでもしっかりと前を見つめていた。
「そうだね。頑張らないとね。」
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「それでは!茜ちゃんとそーくんとすみれちゃんの歓迎会をはじめまーす。
みんなグラス持った?
それじゃあ茜ちゃんの活躍とk'sプロとブロウの発展を願って、カンパーイ。」
「「「カンパーイ」」」
「か、カンパーイ。」
結構静かな感じにお食事会なのかと思ったけどミナさんも喜多山さん達も割とはっちゃけてるように見えてなんだか肩透かしを食らったような感じがする。
お陰でわたしだけなんだかワンテンポズレてしまったような気がする。
「さあ、今日は茜ちゃんのお祝いなんだからなんでも好きなもの食べてね」
「そうよー。ここのお肉本当に美味しいんだから。」
両脇をミナさんと喜多山さんに固められてしまったわたしはタジタジになってしまう。
「いや…あんまりいっぱい食べられないので皆さんと分けていろんなの食べたい…です…」
わたしはタジタジになりながらも流されることなく今の心境を言った。
実際この身体になってからいっぱい食べたい時でも昔の半分も食べられなくなってしまった。
だから1切れずつとかをいろんな種類食べてみたい。
せっかくお父さんにすら連れてきてもらった事のないこの辺で一番高価そうな焼肉屋に来たのだから。
まあ、お父さんの場合仕事でしょっちゅう焼肉とかだからこっちに帰ってきてまで焼肉を食べる気にならなかったらしいけど。
「それじゃあ、お店の人に言っていろんな部位を半人前ずつくらい頂こうかしらね?」
「そうね。私達だけじゃ何人前も食べられないものね。あ、茜ちゃんと雪菜ちゃんは食べられないものとかある?」
「わたしレバーとかダメ…です…」
わたしは小さい頃に一回だけ食べたあの感覚を思い出して少しだけ苦々しい顔になった。
「まあ、食べられないものは仕方がないしそんなに嫌ならアタシ達も頼まないようにしておこうかしらね」
わたしがそんなに嫌そうな顔をしていたのかミナさんが気を遣ってそんな事を言いだした。
「いや、そこまでして貰わなくて大丈夫ですよ!!
食べたい人もいるでしょうし。」
そう言って全員に目線を向けるとみんなして目線を逸らしたり優しい顔で見守ってたりどう考えてもみんな特に食べたくないから大丈夫みたいな顔をしていた。
「こう言うのは遠慮するもんじゃないわよ?
だってわたし達は茜ちゃんを支えるためのチームなわけだしね。」
ミナさんが大真面目な顔でそう言うとみんな優しい顔をしてうなづいていた。
ミナさんのその発言でわたしをマネジメントしてくれる人達ってこう言う人なんだって言うのがわかって気持ちが引き締まった。
結局わたしが苦手そうな部位以外を少しづつ食べさせて貰って色んな話を聞かせて貰って有意義な時間を過ごすことができた。
時間も夜遅くなってしまった事もあって結局わたしとお姉ちゃんはミナさんの車でお家まで送って貰った。
すみれさんと壮一さんはブロウに正式赴任するまでまだちょっと時間があるらしく喜多山さんと一緒に東京へ帰っていった。
ピコーン。
家に着いて退院してからの日課になっている病院に提出するレポートと言う名の日記を書いているとケータイが鳴った。
『俺明日早いから少し早いけど電話してもいいか?』
ベッドサイドで充電をしていた私のケータイを鳴らしたのは日向のそんなメッセージだった。
金曜日に心配して電話くれてから毎日おんなじ時間に電話してたのを律儀に守ろうとしてくれる日向がなんだか可愛らしかった。
別に約束をしたとかじゃないのにそうしてくれるのは素直に嬉しい。
『うん。大丈夫だよ。今からでも大丈夫?』っと…」
そう返信するとすぐに日向から電話がかかってきた。
『ごめんな。明日朝からバイトだから早く寝たくて』
「朝早いんだったら別に電話してこなくっても良かったのに。」
わたしが出るなりいきなりそんなことを言い出した日向にわたしは少し遠慮してそう言った。
『あはは…なら今度からはそうするよ。でもさ、ちょっと言いたいことがあってさ。
俺さ、茜がしっかりまたバンド出来るようになるまで待ってるつもりだから…
だから、それまでは俺は修行期間かなって…
なんか上手く言えてねぇけどさ…
茜とまたバンド組む時のためにさ、GWの後半は武者修行って事でサポートでちょっくら東京行ってくるわ。
それが言いたくて。』
日向なりの決意の言葉だったのかもしれない。
そんな日向の言葉と決意とにわたしも勇気付けられた。
お互い一緒にバンドやるっていう所とは別の方向に向かってるかもしれないけどそれでもまたおんなじバンドでプレイする為に今はお互いがやれることをやるしかないかなって思った。
その為に日向はベースのスキルアップとライブ勘を培う。
わたしはまともにわたしらしい歌が歌えるように色んな経験をして自分を伸ばす。
もしかしたらスカーレットみんなでまた一緒にとはいかないかもしれないけどまたやろうって言ってくれる人がいるから、わたしも努力しなきゃいけないんだなって実感させられる…
「うん。頑張って来てね。日向。
わたしも今やれる事を精一杯やるよ。
歌だってしっかり歌えるようになる。」
『そっか。茜も頑張れよ?
じゃあ、明日早いから俺は寝るわ。じゃあな。』
「うん。おやすみ。」
わたしがそう返すと日向は『ああ。』と一言だけ言って電話を切ってしまった。




