60話 芸能界のいりぐち
「ほら。ちゃんとおめかしして行かないと。
お化粧してあげるからこっちおいで?今日は張り切っちゃうわよ!」
「いいって。いつも通りでいいよってひーちゃんも言ってたじゃん!」
連休中だと言うのに朝早くから起き出して朝ごはんを済ませたわたしは雪ねぇに引っ張られて鏡台の前に座らせられそうになっていた。
「ダメよ〜。これからあーちゃんは日本の芸能界の中心地にお仕事のお話をしに行くのよ?
他のキラキラした人達に負けないくらい可愛いあーちゃんで行かないと。」
「服装とか髪型は少し気を使って欲しいけど化粧までそんなにバリバリにしなくたって大丈夫だ。
実際それつけて行ってもらうわけだしな。」
後ろからお父さんのそんな声が聞こえたと思ったらわたしの手元にマスクと結構高そうなオシャレなサングラスをお父さんは軽く放り投げた。
「おっとと…ほぉらぁ。だから言ったじゃん。」
「わかったわよぉ。それでもお出かけするときくらいには可愛くしちゃうわよ〜!
あ、あと。お父さん?勝手に部屋に入ってこないでよね?」
「え…あー。すまん。
じゃあ俺は下でコーヒーでも飲みながら待ってるよ。
そう言ってお父さんは少し哀愁の漂う背中で部屋から出て行った。
「ねぇ、お姉ちゃんそんなこと言ったらお父さんかわいそうだよ?」
「いーのよあれくらいで。あーちゃんも勝手にお父さんに部屋に入られたらやでしょ?」
「うーん。確かにそれはそうだね…」
「お父さん待たせるのもあれだからさっさとやっちゃうわね〜。」
そう言ってお姉ちゃんはわたしの髪の毛をいつもの感じに束ね始めた。
そう言えばこの間病院に行く前にそっちの方が可愛いって言われてからなにかとお姉ちゃん呼びにしなさいって言ってくるから雪ねぇの呼び方をお姉ちゃんに変えたんだよね。
こうやっていっつも意識してればそのうち慣れるよね。きっと。
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「そろそろ着くから起きろよ〜?」
「大丈夫だよ?ちゃんと起きてる。
さすがにこれから大事な話をしに行くって言うのにおちおち寝てらんないよ。」
「そうか。そうだな。」
そう言うお父さんの声はなんだか優しくって心地いい気がした。
「それにしても東京ってすごいわよね〜。
ほんと日本の中心地って感じよね。」
「ちょうどここは渋谷あたりだからなぁ。
事務所があるのは青山あたりだからもう少し静かな感じだぞ?」
お父さんがそう言うから外を見たら段々と人は多くてもオシャレ感のある感じの街並みになってきた。
そう。今日はひーちゃんのプロデューサーさんからお呼ばれして色々お話しをしに家族全員で東京まで来ているのだった。
「そろそろ着くぞ〜。ほら。あそこだよ。」
そう言ってお父さんが指をさしたのはオシャレな街並みの中に違和感なく佇んでいる大きなビルだった。
「うわぁ。やっぱすごいところ来ちゃった気がするよ…」
「私ただの付き添いなのに私まで緊張してきちゃった。」
「そんなに緊張することない。
都内なんてどこもこんなもんさ。」
緊張でガチガチになってる私達にさらっとそう言ったお父さん…
こう言うところ見ると本当にお父さんも音楽業界のプロデューサーさんなんだなって実感する。
「それにk'sプロは本来バンド方面に強い事務所だから2人が思うほどそんなキラキラって場所じゃないし2人とも慣れてる空気感があると思うぞ?」
「ぇえ…じゃあ他の事務所とかはもっとキラキラってこと?」
「まあ、そこまで顕著じゃないけどな。
要はイメージの問題だよ」
そんな話をしているうちに車はビルの地下の方に降りていく。
地下に入る入口のところで守衛さんと少しお話をしただけでスイスイと進んでいくお父さん…
「なんかお父さん慣れてる感じするね?」
「まあ、それなりにな。
仕事でちょくちょく来るんだよ。」
そう言ってお父さんが車を止めたのはちらほらと車の止まってるスペースの奥の方だった。
止まってる車はどれも高そうな車でわたしの緊張感はどんどん上がってきてしまった。
「「お疲れ様です!!アカヤさん!!茜さん!!」」
駐車場から建物の中への入口みたいなところでこの間会った竹原さんとショーさんが待ち構えていたみたいでわたし達の姿が見えると同時にどこの組だよってツッコミたくなるくらいの挨拶をかましてくれた。
「お疲れ様です。そんなにかしこまらなくていいっていつも言ってるのになぁ。」
「お、お疲れ様です!本日はよろしくお願いします」
お父さんがもう慣れっこと言った感じでそう返していたからわたしも少し緊張感しながらもそう返した。
隣のお姉ちゃんを見て見たら完全に緊張で固まってしまっている…
しかもこの感じショーさんの正体バレてるなぁ…
「それでは、ご案内いたします!」
そう言って案内された先にはひーちゃんと葛原さんとこの前レイクモールでわたしを送ってくれたひーちゃんのマネージャーさんとなぜだかそのほかに若いお兄さんとお姉さんが1人ずつ居た。
…誰なんだろ…
「おークズちゃん…元気してたかい?」
「そりゃあ。元気ですとも。
アカヤさんが居なくなってからの7年間誰がここを支えて来たと思うんです?」
「まあ、その話は今度飲みながらでもしようや。
俺は少しハリマのところ行ってくるから娘を頼んだぞ
雪菜、ちょっと茜の保護者代わりよろしくな。
ちょっくら仕事してくる」
お部屋に入るとすぐにお父さんと葛原さんがそんなやりとりを交わしたと思ったらお父さんはそんな事を言い残してふらっと部屋の外に出て行ってしまった。
「それでは話を始めましょうか。
とりあえずそちらにお掛けください。」
喜多山さんがそう促したのでわたしとお姉ちゃんは促されるまま喜多山さんが指差したソファに腰掛けた。
「……」
「……」
「……」
腰掛けたはいいもののわたし達もなぜか葛原さんたちも何も切り出せないでいるからなんだか微妙な空気がこの部屋を支配してしまっていた。
「ここに来てくれたってことはその気になってくれたってことだよね?あーちゃん。」
結局当事者であるわたしでも葛原さん達でもなく微妙な立場のひーちゃんがそう切り出した。
「えーと…えーと…
その…このお仕事にはわたしも興味があって…
でも、今の暮らしもバンドをやることも諦めたくなくって…
それに色々相談したり話したりしなきゃいけないことがあると思うから…だから…ここに来ました…」
ひーちゃんが切り出したことでわたしに否応にも注目が集まってしまったことで物凄く緊張したけどちゃんと言えた…はず…
たくさんの大人の人からこんなに真剣な眼差しを向けられるのがこんなにも緊張するなんて…
「ありがとう。本当ならこちらから切り出さなくてはいけなかったのだけど…
少し君には謝らなきゃいけないことがあってね…
なかなか切り出しづらかったと言うのが本音でね…
そのだね…昨日緋雪から君がさっき言った相談したり話したりしなきゃいけないことを少し聞いてしまった。
君のデリケートな部分を裏でほじくるような真似をしてしまったことは本当に申し訳ないと思っている。」
わたしの言葉を最後まで聞き届けて少ししてから葛原さんがそう言って頭を下げた。
「そんな、頭を上げてください。
どうせわたしから話さなければならなかった話ですから。
それに本当ならこの前レイクモールでお話をもらったときに話しておくべきだったんです。」
そう言ってわたしも頭を下げた。
「ひーちゃんから聞いたみたいですけどやっぱりわたしの口から全部お話ししますね。
…わたしは、本当についこのあいだまで男の子だったんです。それで、TS症候群って言う病気で…」
「女の子になってしまったと…」
わたしが喋り終える前に被せるように葛原さんはそう言った。
「そう…です…
だから…わたしは本当の女の子じゃないですしそんな中途半端なわたしが芸能界とか…アイドルとか…きっとダメなんじゃないかって…」
「それは心配いらない。
俺はその話を聞いて、そして今の君を見てもっと意欲が湧いてきた。
君は是が非でも世に出るべきだ。
そんな君だからできることがたくさんあるはずだ」
ここにきてなんだか前に見た自信たっぷりな葛原さんに戻ってきた感じがした…
「わたしだからできること…ですか…」
「そうだ。
だからこそ、君には自分のやりたいこともお仕事も実現してほしい。
その為のバックアップは惜しむつもりはない。
そのためにもこの前聞いたやりたい事って言うのを聞かせて貰ってもいいかな?
君がなりたい自分って言うのを赤裸々に教えてほしい。」
わたしのつぶやきに少し前のめりになりながら葛原さんはそう言った…
「わたしがなりたいわたし…」
「そんなに深く考えなくていいと思うよ?
あれ?あたしのときなんて言ったっけ?
確か…」
「『あたしもお兄ちゃんとかもお姉ちゃんみたいにしっかり音楽やりたいの!だから最高のアイドルになります!』だったかしらね。」
葛原さんの言葉に軽く悩みこんでしまったわたしにひーちゃんと喜多山さんがそう助け船を出してくれた。
「っていうかひーちゃんも聞かれてたんだ!?」
それよりもわたしはそっちが気になってしまってそんな声を上げてしまった。
「うーん。こういうのってやっぱ芸能界入るときにはやっぱ聞かれる話なんじゃない?」
ひーちゃんは可愛らしくそういって首をかしげた…
あー、きっとこれ以上踏み込んじゃダメってことね。
「……そっか……きっと…
……わたしのやりたい事は…バンド活動です。
バンドでてっぺん取りたいです…わたしの世界を知ってもらいたいです。聴いてもらいたいです。
わたしらしいわたしで…
そうしたら…ひーちゃんと、お姉ちゃんと、お父さんと…おんなじ場所に立てる気がして…
……でも…それとおんなじくらい”今の”わたしを応援してくれる人、見てくれてる人、わたしを好きでいてくれる人、みんなを笑顔にしたいです。
触れ合って、おしゃべりをして、その人の笑顔を見たいんです…
バンドがやりたい、でもわたしをアイドルみたいに見る人みんなを笑顔にしたいなんてそんな話無理かもしれない…
ワガママかもしれない…
でも、わたしはわたしに関わってくれる人全員に笑顔になって欲しいんです…
できれば、わたしの音楽でそれができれば嬉しいです…」
だからわたしは腹をくくってわたしの中にある気持ちを曝け出した。
ひーちゃんにわたしの”夢”みたいなものを言ったのはもしかしたら初めてかもしれない…
「そうか…
君は…バンドマンとしてアカヤさんや緋雪とおんなじ土俵にに立ちたいと思ってる…
でも、今アイドルのように自分をチヤホヤしてくれる人も笑顔にしたいと、
そういう事だね?」
わたしの気持ちを聞いた葛原さんは落ち着いた口調でそう言った。
ただ、わたしの目にはその目が少し剣呑な光を帯びているように見えて仕方なかった…
「やっぱり、そう思うのはワガママな事ですか?…」
わたしは葛原さんから感じる少しの威圧感で縮こまってしまいながらそう言った、
「いやいや、」
わたしの言葉を聞いた葛原さんは本当にすこしだけニヤリと口角を上げて口を開いた。
「芸能人になるならば欲しいものは全部掴み取ってやるくらいの気持ちでいて欲しいものだね…
まあ、それは君くらいの才能を持った人だから許される話なのかもしれないけどね。
早い話が君にはどっちも夢見てて欲しいってことだ
俺たちはそのために全力でバックアップするつもりだ。
俺には君の輝かしい未来が見えてる。
今すぐにでも動き始めたいくらいだ!!」
なにをバカな事を…といった感じでそうしゃべり始めた葛原さんはだんだんとしゃべりに熱がこもってきて最後には座っていたソファから立ち上がって熱弁していた。
「まあそうは言っても茜ちゃんは女の子になったばかりで身体もまだまだ見守って行く状態で色々あるでしょうししばらくは学校に行きながらちょっとづつレッスンとかお仕事をしてもらおうと思ってるのよ。
色々お勉強しなきゃいけないこともあるでしょうし」
そんな葛原さんとは裏腹に喜多山さんは冷静沈着に答えた。
「本音を言えばこちらの学校に引っ越してきてもらうのが一番なのだけどね。」
「それはダメ。
葛原さんそれはあたしが許さないよ?
あ〜ちゃんの音楽は”向こう”にあるんだから。」
葛原さんが零した言葉に食うようにひーちゃんはそう言った。
「まあ、それは俺たちもわかってるさ。
バンドを志す仲間がいる事だってね。
それにせっかくできたお友達との友情もしっかり育んで欲しいからね。
そのためには今の学校に通い続けてもらうのも良しだと思ってる。
それに当たって茜ちゃんの専属のマネージャーを君たちの家の近くに派遣しようと思ってるんだ。」
ひーちゃんを制止するようなそぶりで葛原さんはそう言った。
そう言ったのだけれど次の言葉は残念なことにかき消されてしまった。
「それならよ、俺にちょっと考えがあるんだけどいいか?」
バーンと言った効果音が聞こえてきそうなくらい勢いよく出入り口のドアが開かれたかと思ったらそこからズケズケと入ってきたお父さんが自信ありげに腕を組みながらそう言った。
「考えってなんでしょう…
また突拍子も無い事言い出すんじゃないですよね?
それにアカヤさんは今はうちの会社の人間じゃないですよね?」
葛原さんがなんだか警戒しながらそう言った。
「突拍子も無い事なんて俺した事ないだろ?
それに今日からまた俺この会社の人間だから。
よろしくな、先輩。」
ガタッ!
「そんないきなり!!」
お父さんの発言に葛原さんは座っていたソファがずれるほど激しく立ち上がった。
「「「戻って来て下さるんですか!?」」」
そんな葛原さんとは対照的に喜多山さんやその後ろに控えている2人は嬉しそうに声をあげた。
「あーなー…前々から打診は受けてたんだよ。…
ハリマのヤローがそろそろ落ち着いたらどうだってうるさくってよ…
そしたらさっき会いに行ったら会長まで呼んでやがって…
って事でよ、まあ、正式には明日から俺ここの役員だから。」
……
もはやなんのことかわからないわたしとお姉ちゃんはまだしも葛原さん達やひーちゃんまで絶句してしまっている。
お父さんってやっぱり奔放っていうか…なんか苛烈な人だよね…
「って事でさ、茜の件なんだけどブロウアッププロモーションに預けたらどうかと思うんだけどどうよ。」
「ええっ!?
あそこは形だけの提携ですよ!?
もっといいところ探せばあると思うのですが…
それに…」
「それってうちの事務所ってこと!?お父さん!!」
喜多山さんがなんだか口を濁したように言ったと思ったらお姉ちゃんがそう反応した。
そうだ。
ブロウアッププロモーションってお姉ちゃんが所属してる事務所じゃん…っていう事は碧菜さんが社長さんのところって事だよね…
「ああ、あの女のところならうちの娘を安心して預けられる。それに心配ならそこの2人を茜につけてブロウに行かせればいいさ。
元からそのつもりだったんだろ?クズちゃん。」
そういってお父さんは葛原さんのほうを見た。
葛原さんもそれにこたえるように軽くうなずいた。
「それにな、あいつは俺と仲違いしちゃいるがしっかり見る目を持ってる。俺みたいな音楽バカやクズちゃんみたいな商業主義者とは違ってタレントの才能を見出す大きなセンスがある。
だからそこで自由にしっかり育ててもらえばいいさ…」
そう言ったお父さんはなんだか少し優しそうな顔をしていたような気がした…
「親心ですか…」
そう言って葛原さんは少し考えたような格好でそういってなにか決断したような表情をした。
「わかりました…
では“親御さん”の意見を尊重してそうさせていただきます」
そういって葛原さんは立ち上がってお父さんを見つめた。
「そうだな。そういうことにするならそうしてくれ。」
お父さんもなんだか含みのあるような口調と顔をしてそういった。




