6話 専属看護師さんっ!
昨日雪ねぇが言ってた通りに今日は朝から倉田先生がきて俺に女の子教育をしてくれたり色々世話をしてくれる専属の看護師さんを紹介してくれた。
本当はずっと前から俺の専属だったらしいけど俺の身の回りの世話などは雪ねぇ達がやってくれていたので深く関わることもないため紹介しなかったらしい。
看護師さんの名前は高砂楓さんといい26歳の綺麗なお姉さんだ。
驚くことに楓さんは元TS症候群患者で苦労の末代理人格の統合に成功し、今はその経験を元にTS症候群患者のサポートをしているらしい。
「よろしくねっ!茜ちゃん。
退院するまでの短い間だけどね…」
楓さんは人好きのする可愛らしい笑顔で握手を求めてきた。
「よろしくお願いします…」
楓さんの意図がよくわかんなくて警戒してしまったけど元TS症候群患者のお話を聞ける機会なんてこれから先ないだろうからこの人と友好関係を作っておいて損はないと思ったので俺はもじもじしながら握手に応えた。
「じゃあ紹介も済んだことですし私はここでお暇致します」
倉田先生はいつもの頼りなさげな表情でぼそっとそういうとのろのろと病室を出て行った。
「先生も行ったことだし早速はじめよっか!
まあ、あたしが女の子教育をするって言ってもやることはあたしとおしゃべりしてもらったり女の子として普段気を付けるべきところを教えてあげるだけだけどね。」
楓さんは先生がいなくなった途端まとっていた雰囲気が看護師さんのものからフランクな友達のようなものに変わっていた。
「そ、そうなんですか?
なんか特別な訓練を受けさせられるのかと思いました…」
「まあ、そうゆう場合もあるけど茜ちゃんの場合はその必要はなさそうだから普通に女の子として生活できるようにしてあげるだけよ」
頭に浮かんだ疑問を楓さんはスッパリと解決してくれた。
もしかしたら雪ねぇと緋雪のあれも成果があったのかと思うと頑張って良かったと思う。
「まあ、今日は最初だし簡単なことからいこうか…
今日から一人称をわたしにして喋ってもらいます!」
楓さんは簡単そうに言うけど簡単なわけがない…
いきなりハードル高すぎる。
「まあまあ、とりあえずやってみてよ。
すぐできるようになるとは思わないから」
楓さんは両手を小さく振りながら心配しないで〜とジェスチャーしてきた。
「わ、わかりました…
自分のことを”わたし”っていえばいいんですよね?」
なんかいきなり文章にして言ってみるのは難しかったのでとりあえず”わたし”単体で言ってみた。
「そうそう!
わたしって単体でいうのに抵抗する子とかもいるんだけど茜ちゃんは大丈夫だね。」
そう言いながら次は文章でねとジェスチャーしてくる。
この人の動きはいちいちチャーミングなんだよな…
「わっ、わたしは宮代茜といいます。
どうぞよろしくお願いします…」
どもりながらだけど普通に言えたと思う。
案外”わたし”って言うのに抵抗はなかった。
きっとこの数日間で男の頃のプライドとかはズタボロにされていたんだろう。
まあ、あと名前もお母さんの名前を引き継いだ素敵な名前だからすぐ女の子に順応できたってのもあるけどね。
「案外普通に言えるじゃない。
茜ちゃんだいぶ順応力高いねぇ!
じゃあこのままそれに気をつけながら私と会話してみよっか!」
楓さんはスッパリと次の話題に入っていった。
☆★☆★☆★☆★☆★
楓さんのいろんな話を聞かせてもらっている間に俺はだいぶ”わたし”っていう一人称になれたようで普通に使えるようになっていた。
楓さんの話だと心の中でも”わたし”って言えるようになって一人前なんだとか。
そんなこんなで午前中は楓さんとおしゃべりをしていた。
お昼を挟んで午後は身体のリハビリを行うらしい。
リハビリと言っても楓さんについていてもらって病院を散歩すると言った簡単なことをするみたいだ。
「それじゃあリハビリに行きましょうか」
俺…わたしがご飯を食べ終わってお茶を飲みながらゆっくりしていると楓さんがやってきた。
「お茶飲み終わってからでいい?」
俺はフランクな感じて楓さんに応えた。
午前中おしゃべりする過程で敬語をやめてほしいと言われたのでいつも通りの言葉遣いになっている。
「うん、わかった。
ゆっくり待ってるわ。
そうね…今日はとりあえず病棟内を散歩してみる?」
楓さんは優しそうな声と表情で了承したあとにベッドサイドに腰を下ろした。
「ううん…
とりあえずはそうしようかな…
行ってみてからじゃないとわかんないし」
お茶を飲みながらこうやって喋ってるといつものおしゃべりの様相を呈してくる。
なるべく急いでお茶を飲んでリハビリに入らないと楓さんに迷惑をかけてしまいそうだ。
「そうね!そうしましょう。
あ、お茶飲み終わった?
そんなに急がなくて大丈夫だよ?」
楓さんは俺のコップの中身がなくなってすぐにベッドから降りようとしたので心配してくれたがもともと最後の方は中身がほぼ無かったので全然大丈夫だ。
「ううん…そんな急いでないよ。
もともとそんな入ってなかったから。」
そう言いながら立ち上がろうとする俺…わたしに楓さんは手を差し伸べてくれた。
こういう気遣いができるのが大人の女性って奴なのだろう。
「じゃあ行きましょうか!」
そう言って楓さんはフラフラ歩く俺…わたし手を握って歩いてくれていたがちょっと恥ずかしい…
「楓さん…ちょっと恥ずかしい…」
ちょっと悩んだがわたしは素直に楓さんに伝えることにした。
「そっか!恥ずかしいよね…
ごめんね。気が回らなくて…」
楓さんは俺のような子の気持ちがわかるからかすぐに手を離して謝ってくれたけど別にそこまで嫌では無かったから別に良かったのに…
そんなやりとりをしつつゆっくりと手すりを使って歩いていく。
「天気がいいから外に出たくなるね。
ちょっと外をお散歩してみる?」
しばらく歩いていると、楓さんが吹き抜けになっている中庭を見て優しそうな声で俺に…わたしに話しかけてくる。
「ううん、頑張ってみてもいいけど戻ってこれるか不安かな…」
お…わたしは一歩一歩ゆっくりと進みながら楓さんに応える。
「そっかぁ…わかった!
じゃあそこに座ってちょっと待ってて!」
楓さんはすぐそこにあったベンチを指差すとタタタッと走って行ってしまった。
仕方ないので言われた通りにベンチに座って待っていると向こうの方から楓さんがなんか大きいものを転がしながらやってきた。
「ジャーン!
車椅子借りてきたよ!
これがあれば何もなくても休めるし大丈夫だね。」
楓さんが車椅子を転がしながらちょっとドヤ顔をしている。
「うわぁぁ…
これ、わたしが座るのぉ?」
俺…わたしはちょっと引いた。
正直ここまでしなくても大丈夫なのではないかとも思った。
「大丈夫。保険だから!
使わないなら使わないのが一番なんだし」
楓さんはなんだか緋雪のような性格をしているようだ。
「うう…わかりました。
お…わたしはそれに乗ることにならないように頑張ればいいんだよね…」
わたしはこれには絶対乗らないぞと決意を固めてエレベーターホールの方まで歩き出す。
「あんまり無理はしないでね。
怪我とかしたら元も子もないんだから…」
楓さんは呆れたような声でそう言ってくるがわたしを見つめる目はとても優しかった。
エレベーターを降りて楓さんに先導してもらって病院の正面エントランスまできた。
まあ、途中立ち止まったりしつつ来たらここまで来るのに30分もかかってしまった。
(普通に歩いても15分ほど掛かるのでさほど時間がかかったわけではない。)
この病院にきて初めて自分の部屋から出たのだが正直こんなに大きい病院に入院しているとは思わなかった。
正面エントランスは結構人が居て会計待ちをしている人などてベンチも埋まってしまっている。
「茜ちゃんちょっと車椅子乗ろうか。
人がいっぱいだからあんまり無理すると危ないよ。」
人の多さに圧倒されてる俺に楓さんが車椅子に乗るよう言ってきた。
さすがにこの人の多さだと邪魔になってしまうだろうから素直に車椅子に座ることにした。
車椅子で正面エントランスを移動していると周囲の目線が気になる…
みんななんでこんな奴が車椅子乗ってるのかとか思っているのだろうか…
もしかして俺変なとこあるのだろうか。
「大丈夫よ。茜ちゃんが可愛いからみんな見惚れてるのよ。
変なとこなんてないし車椅子乗ってたってみんな不思議に思わないわよ。
だってここ病院だもの。」
楓さんは恥ずかしくなるようなことを言ってくる…
別に俺はそこまで可愛くないと思う…
そもそも可愛いと言われてもさほど嬉しくない…
「そんなキョトンとした顔しないの
謙虚も過ぎると可愛くないよ?」
楓さんはそう言うが俺はそうは思わない。
もっと可愛い女の子なんていっぱいいるのだ。
「もうっ…
せっかく可愛らしく生まれ変わってしまったんだからもっと自分の可愛さを理解して たほうが楽しいと思うよ?」
きっと俺は…わたしは納得いかない顔をしていたのだろう。
楓さんは俺にアドバイスらしきものをしてくれた。
きっとこれもわかっておかないといけないことなのだろう…
それにしても俺…わたしって可愛いのか。
もっと鏡よく見ないとダメかもな…
そんなこんなでエントランスを出て庭園のある方へ向かう。
人がだんだん減ってきたのでようやく車椅子から降りる許可をもらった。
「やっぱり外って気持ちいいね!
天気が良くてよかったね!」
楓さんは俺に気を配りながらも色々と話しかけてくれるので気分も楽になる。
「そ、そうですね…はぁ…
ちょっと一回休みたいです…」
でも、俺はここまで歩いて来るのに精一杯である。
ちょっと疲れたので休憩を求めた。
「だから言ったでしょ?
車椅子必要だって。
ここの病院だだっ広くて外の庭園もリハビリに使うのにベンチとか手すりとか全然ないんだもん。」
楓さんはお見通しだとジェスチャーしたあとに誰かに文句を言うようにつぶやいた。
「これは親切じゃないよ…はぁはぁ…
こんなだだっ広くするならもっとお金かけるとこあるだろうに…」
車椅子に座って息を整えながら俺も文句を垂れた。
「そうよね。
ここは病院なのよ?
患者さんに親切であってほしいわ…
あと、私達従業員にも…」
最後の方に楓さんはボソッと何か言ったけど聞き取れなかった。
☆★☆★☆★☆★☆★
そんなこんなで30分くらい庭園や中庭を散歩したらクタクタになってしまったので結局車椅子に乗って病室まで帰ることにした。
「あれー?あ〜ちゃんじゃん!
こんなとこで車椅子引かれてどうしたの?
脱走でもした?」
「茜ちゃん可愛すぎるわっ!
病弱そうなとこも儚さを助長しているわね!」
声からして雪ねぇと緋雪なのだが雪ねぇの隣にいたのは帽子をかぶってマスクをしてサングラスをかけた超絶不審者だった。
「え、雪ねぇの隣だれ?
雪ねぇいなかったら不審者として通報してるわ…」
正体はわかっていたのでちょっとイジるだけにしてあげた。
全く超人気アイドルというのも大変である。
「え、あたしだけど…
わかんないとは言わせないよ?」
緋雪は周囲にしか聞こえないような大きさで言ってきたのでもうちょっとイジってやることにした。
「え、どちらさまですか?
不審者みたいな格好の知り合いはちょっと心当たりないんですけど…」
お…わたしは精一杯女の子っぽくとぼけて見せた。
「どうしようお姉ちゃん!
あ〜ちゃんがおかしくなっちゃったよ…
「えっと…どちらさまでしたっけ?」
雪ねぇもわたしの意図を察してくれたようで乗っかってきてくれた。
「えっ、雪ねぇ知り合いじゃないんだ〜
じゃあ本物の不審者じゃん…
えっと…警察の番号は…」
俺…わたしはもう吹き出しそうだけど精一杯の演技でケータイを取り出す。
「$*☆#♪ぁぁぁぁっ!」
大声で騒いだりしてもバレしてしまうしもちろん人が沢山いるところで顔を晒したりできないのでどうしたらいいのかわかんなくなって混乱したのか緋雪はおかしくなってしまった。
「まあ、壊れちゃったひーちゃんは置いといて。
紹介するね!わたしの専属看護師の高砂楓さんです。」
ひーちゃんをいじりすぎると昔は癇癪を起こしていたのだけど…
大人になったのか我慢しすぎておかしくなってしまっているひーちゃんは少しの間放置しておくとすぐに復活してくるだろうからそっとしておく。
「よろしくお願いします。
って言っても私達はあーちゃんより先に面識あったんだけどね…」
そう雪ねぇはいう。
そっか…もともと俺の担当だったってことは雪ねぇ達とも面識があってもおかしくはないんだ。
「あれ、車椅子押してたの楓さんだったんだ。
あ〜ちゃん重たくないですか?
代わりますよ?」
いつの間にか再起動を果たしたひーちゃんはしれっと失礼なことを言って楓さんと入れ替わっていた。
「むっ…
重たいとは失礼な…」
俺…わたしは何故だか重いと言われて腹が立った。
昔はこんなことなかったのに…
「そうよ…
いくら仲良いといっても
女の子に重いなんていったらだめよ…」
楓さんは俺…わたしのことをとことん女の子扱いしてくる。
有り難いのか迷惑なのかよくわかんないところだ…
女の子として生きるからには女の子扱いにも慣れないとだろうしそういう扱いをされてる内に自覚とかも出てくるのだろう。
でも、心情的にはまだまだ女の子扱いに慣れてないからなんだか複雑な気分になる。
「ごめんね。あーちゃん…」
ひーちゃんは珍しく反省しているようだ…
きっと女の子扱いをしていかないといけないってことを思い出したのだろう。
「大丈夫っ!わたしそんなに傷ついてないから。ちょっとムッとしただけだから!」
わたしは両手を振りながら可愛らしく否定してみた。
最近は自分の中の女の子像がとてもキャピキャピしているのにとてもびっくりしている。
「そういえばあーちゃん”わたし”って言うようになったのね!
どうしちゃったの?」
「そうだよぉ〜。
いきなりどうしちゃったの?」
雪ねぇが俺の…わたしの言葉遣いに気づいたようでそれに続いてひーちゃんも不思議そうに聞いてきた。
「うん、まずは自分のことを”わたし”って言うようにしたらいいんじゃないかって楓さんに言われてやってみてる。」
わたしは自分の気持ちでやっているってのを強調したくてこんな言い方をしてしまった。
本当は楓さんに押し切られる形だったけど自分も納得して今は自分の意思でやっているからこの言い方も間違ってないはずだ。
「そっか…
なんだか普通の女の子だって言われても違和感ないよ…
でも、無理はしないでね?」
ひーちゃんは俺の性格をよく知っているようで念を押してくる。
雪ねぇの方をみると雪ねぇも同じような顔でうんうんと頷いていた。
俺ってそんなに無理するタイプに見えてるのだろうか…
だとしたらなんだか不満だ…
自分の限度を超える無理はしないようにしているっていうのに…
俺の病室のある別館までたどり着いたからかひーちゃんは帽子とサングラスを外してマスクだけになっている。
ちなみにこの病院にはわたしの病室のある別館の他に色々な診察室や一般病棟のある本館や高度な治療法やまだ開発途上の段階の治療法の治験なども行っている新館や感染症専門の感染症棟などがある。
別館は秘匿性の高い患者やVIP患者などの病棟もあるため感染症棟の次にセキュリティが厳しくなっている。
何故だかはわからないがその中でもわたしのいる階はセキュリティが特に厳しく、看護師も患者1人に専属看護師が1人という超VIP対応になっている。
(実際には別館はTS症候群の患者と政治家などのVIP専用となっているためどこの階でもセキュリティは同じくらいである。
ただ、VIP患者の管理は偽名を使ったり病室は電子ロックなど徹底しているためTS症候群の病棟よりは幾分入館チェックが甘いので茜は勘違いしているのだろう。)
「はぁぁぁ…
やっぱりアイドルってプライベートでも変装とかしなきゃいけないのは大変だわ…」
ひーちゃんはげっそりとした顔で呟いた。
「ひーちゃんも大変よね…
お父さんについていったばっかりにアイドルになったり…」
雪ねぇはあの日ひーちゃんを行かせたことを後悔しているようだ。
「大丈夫だよ!
きっかけはあの日だけど結局はあたしの意思で始めたんだし…。
それに楽しいこともいっぱいあるんだよ?
アイドルやってなきゃ知らない世界だっていっぱいあるんだよ。」
ひーちゃんは心から言っているのだとわかるような屈託のない笑みで言い放った。
[ひーちゃんがそう思っているなら別に雪ねぇが気に病むことはないと思うよ。
まあ、とうさんは自分の罪を償うべきだと思うけど…」
わたしは雪ねぇをフォローした後に自分の素直な気持ちを述べた。
「まあ、それはそうよね…
でも今考えることじゃないわよ…
今はあーちゃんがこれからどうしていくかってことを考えないと。」
雪ねぇは一瞬暗い顔をしたけどすぐに明るい顔になって話題を変えてきた。
「そうだよ!
こんな話を楓さんもいるとこでするなんてちょっとあれだよ…」
ひーちゃんも雪ねぇに同調している。
まあ、ひーちゃんの言ってることはもっともだしちょっと自重するべきだったなと少し反省している。
「そうだよね。
楓さん。こんな話聞かせちゃってごめんね。」
ちょっと控えめな口調で楓さんに謝罪をした。
「うん。大丈夫だよ!
あんまり聞かないようにしてたから」
楓さんは笑顔で返してくれたがやっぱり気を使わせてたんだ…
やっぱり反省しなきゃな…
「まあ、こんな話するよりもこれからの楽しい話をしましょう!
これからようやく待ちに待ったお風呂にはいれるのよ?」
楓さんが俺…わたしの気持ちを一気に現実に戻す一言を言い放った。
せっかく散歩して気分が晴れていたのに…
お風呂に入れること自体はすっごく楽しみなのだが…
雪ねぇとひーちゃんに補助されながらってのが恥ずかしくてたまらない。
「お風呂入んのはいいんだけど…
二人と一緒に入るのが恥ずかしい…
でも、楓さんと入るのとかもっと恥ずかしい…」
なんだか顔がとても熱い…
きっとまた顔が真っ赤になっているのだろう
「「「かわいい…」」」
見事に三人がハモって茜に見惚れている。
「大丈夫だよっ!
これも勉強の一環だよ。
これからいやというほど女の子とお風呂に入る機会なんてあるんだからっ!」
ひーちゃんが励ましてくれてるのかよくわかんないことを言ってきた。
もうこうなったら覚悟を決めて入ってしまうのが一番な気がする。
今までもそうやって乗り越えてこれたじゃないか…
だから大丈夫っ
きっとわたしならできる。
「うぅ…
わかった…
もう早く入っちゃおう…」
恥ずかしがってうつむきながらもお…わたしは決意を口にした。
「うん、それがいいと思うよ。
じゃあお風呂の申請だして鍵借りてくるから病室でお着替え準備して待っててね」
楓さんがわたしの意見に肯定してナースステーションの方に走り去って行く。
「なんだか楓さんのお陰であ〜ちゃん明るくなったよね。
いい影響を貰えてるんだねっ!」
ひーちゃんが満面の笑顔でそう言ってくるのでなんだか恥ずかしい。
「うん、やっぱり頼んで正解だったわね。
茜ちゃんも同じ境遇だった人の言葉の方が受け入れやすいだろうしね。」
雪ねぇも「私の見立てに誤りはなかった」とでも言いたげな表情でそういってくる。
「そんなに変わってはいないと思うけどどうせなら楽しく生きないとって思うようになったくらいは変化あるのかもね…」
本当に劇的な変化は起こっていない。
考え方の変化だってほとんどないようなものだ。
ガラガラガラ
「お待たせ!鍵借りてきたよ!
みんなで入れるように大きい浴場を借りたから。
どうせなら私も入っていいかしら?」
楓さんが鍵とともに爆弾も持ってきた。
入っていいわけないでしょ!
家族でもない女の人とお風呂なんて…
恥ずかしくてたまんないしなんだか悪いことしてるような気になるじゃないか。
「え、私たちは別にいいですけど。
あーちゃんがねぇ…」
雪ねぇはひーちゃんと目を合わせた後そう答える。
「二人も三人も変わんないわよ…
私も元患者だから気持ちはわかるけどだからこそ一緒に入るべきだと思って…」
楓さんの言ってることは分かんなくもない
きっと沢山の女の人とお風呂入る経験を早めにしておけば何かの拍子でそうなった時にアワアワしないで済むということだろう。
「わかりました。
楓さんの言いたいことも分かんなくなくもないんで…」
わたしはうつむきながら上目遣いでそう答えた。
すると楓さんはいきなりもがきながらどこかへ行ってしまった。
「あ〜ちゃんは自分の可愛さを自覚した方がいいよ…
このままじゃ天然の小悪魔になっちゃうよ」
ひーちゃんが呆れながらそういってくる。
天然の小悪魔ってなんだよ…
わたしは別に男を誘惑する女になったりするつもりはない。
「なんだよそれ…
そんなつもり全然ないから。」
俺はムキになって返した。
「「そんなところも可愛いんだから…」」
ひーちゃんと雪ねぇがボソッとなんか呟いたけど聞こえなかったことにする。
うん。それが一番幸せ。
「遊んでると置いてっちゃうよ?」
わたしはそう言って楓さんの持ってきた鍵のタグを見て浴場に向かうことにした。
第三中浴場か…
一個下の階だな。
一人で行けるか心配だ…
「もうっ、一人で向かうなんて危ないことしちゃダメっ!
転んで怪我でもしたらどうするのよ?」
ヨロヨロ進んでいるといつの間にか目の前に現れた楓さんが声をかけてきた。
「え、いつの間に現れたの?
怖っ…楓さんってお化けだったの?」
わたしはそんなボケをかましてみたけど気づかなかったってことは本当である。
「結構前からここに立ってたんだけど…
茜ちゃんが下向いてヨロヨロ歩いてるから気がつかないのよ…」
楓さんなんか怒ってる?
この静かに怒る感じひーちゃんを怒らせた時みたいな感じがする。
こういう時はこっちが折れることが最善策だ。
「ごめんなさい。もうしません。
心配してくれてありがと…」
なんだかツンデレみたいな言い方になってしまった。
「大丈夫よ。
わかってくれればそれでいいの。」
楓さんはとっても真面目でとっても暖かい顔でそう言ってくれた。
「あれっ、まだこんなとこいたんだ?」
「楓さんとも合流できたわね。」
そんなことをしている間に俺…わたしの着替えとそれぞれの着替えを持った二人が現れた。
「もうっ、二人も茜ちゃんを一人で行かせたりしないでくださいね。
こう見えてリハビリ中の病人なんですからら!
洋服の準備とかがあるのはわかりますけど…」
「「ごめんなさい。」」
楓さんが二人を叱りつけた。
なんだかわたしのした事で二人が怒られているのは申し訳ない。
自分の境遇を確認するとともに反省した。
「まあ、気をつけてくれればいいよ。
それよりも、ついたわよ?
さあ、入りましょっ!」
楓さんはテンション高めでそう言った。
喋りながら歩いているといつの間にか着いていたようだ。
これから戦場となる第三中浴場のほうを見ると自然とため息がでる。
少しの間深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
そして決意を固めてわたしは第三中浴場への扉を開けた。