59話 検査とわたしの未来と
「おはよう。あーちゃん。」
「うん。おはよ。ちょっとお寝坊かな?」
最近にしては珍しくお寝坊してしまった土曜日の朝…
リビングに降りるともう雪ねぇが朝ごはんの支度をし終えていてなんだか昔に戻ったような感覚を覚えた。
お互いに昨日の事は口にしないようにしているかのような空気が流れていた。
少なくともわたしは口にしないようにしてる。
雪ねぇがどうなのかはよくわからないけど…
「ねぇ。あーちゃんは昨日何があったの?」
「ええっ!?それは聞かない約束じゃないの?」
わたしが冷蔵庫から豆乳を出してコップに入れていると雪ねぇが唐突に聞いてきた。
「わたしは特にそんなつもりなかったけど??」
今にも口笛でも吹きなそうな白々しい顔をして雪ねぇはそう言った。(ちなみに雪ねぇは口笛は吹けない…)
「それに私の方はあーちゃんもよくわかってるでしょ?」
付け加えるようにとっても真面目な顔をして雪ねぇはそう言った。
その緩急はちょっとズルいよ…
「わかったよ…わたしの方はね?…
メンバーと喧嘩したの…あの感じだともうダメかも…」
なんて言ったらいいのか微妙なところだったけどなんとなくかいつまんで説明した。
「やっぱりあーちゃんじゃスカーレット足り得ないって?あーちゃんの歌の凄さも知らずにそんな事言うならとっちめてやるわよ。あいつら…」
「ちょっと!…やめて?ちゃんとわたしの歌は聞いてもらった。
全力でも歌ったし今練習してる茜っぽい感じも聞いてもらった……それでもダメだって…」
わたしの微妙な言い方を雪ねぇは変な風に捉えたのか今にも本当にとっちめに行きそうな勢いでそう言ったから慌てて止めた。
「あーちゃん全力で歌ったの!?」
雪ねぇがとても心配そうな表情でそう言った。
わたしが最近歌の練習をするのにあかちゃんのお世話になりまくってるのを知ってるからだろうけど…
「うん。でもあかちゃんのお世話にはならなかったから大丈夫。あかちゃんは大分心配してたけど…
でもね、それでもダメなんだって…」
ダメだ…思い出すと涙が溢れ出しそうになる。
「そっか…あーちゃんはそれで納得してる?」
「うーん。まだ消化できてないから全然実感わかない…でも、みんなはちゃんとバンドのこと考えてたんだと思う…それでもやり通したいって思うのはエゴだと思うの…」
雪ねぇはなんだかとても複雑そうな顔をしていたけどこれが昨日一晩考えたわたしの結論…
「メンバーのみんなが受け入れてくれないっ事はファンのみんなはもっと受け入れてくれないってことだからさ…」
「そう。…まあ、それはあーちゃん次第よね…」
雪ねぇの複雑そうな顔を見ると少し辛いけどわたしはもうこうするしかないと思うんだ。。
だって…みんなが受け入れてくれないならわたしはこうするしかないと思うんだもん…
「そろそろ出なきゃ行けない時間でしょ?先生と楓さんのところ行ってその辺の話もぶちまけきたらいいじゃない。」
「うん。そうだね。そうしてみる。
あ!!お父さん起こしこなきゃだよね?」
雪ねぇがいつもの優しさに溢れた感じでそう言ってくれたからこれからしなきゃいけないことにすっと考えが向いた。
「ううん?あの人ならもう起きてるわよ?
なんか気合い入れて洋服選びに行ったけど…」
「えええっ!?もうっ!たかだか病院に検査に行くのにそんな気合い入れなくたっていいのにっ!!」
「でもヨレヨレシャツのダサダサオヤジよりかはキッチリ"キメてる"お父さんの方が良くない?」
急いでお父さんを止めに行こうとするわたしに雪ねぇがド正論で引き留めた…
確かにそうかも…
「そうだね。それにウキウキ洋服選んでるお父さんとかちょっとキモいから見たくないしやっぱやめとこ…」
「それが賢明だと思うわね。」
二人で納得して頷きあう。
「そういえばあーちゃん。昨日のお姉ちゃん呼び可愛かったからずっとそのままでいいのよ?」
いきなり変態モードなゆるゆるフェイスに変わったかと思ったらそんな事を言い出す雪ねぇ…
なんでいきなり…
「っていうかなんで帰ってくるまでの独り言でしか言ってないはずなのにお姉ちゃんが知ってるのさ!!!」
「え?そんなの企業秘密に決まってるじゃない。
それにしても昨日の寝言は可愛かったわねぇ…
お姉ちゃん。お姉ちゃん。って♪」
(まあ、本当は唸りながら日向ぁ…って呟いてたけど…)
「んやぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
恥ずかしさがキャパシティオーバーになったわたしはもはや悲鳴なのかなんなのかわからない声をあげて真っ赤になった顔をクッションに押し当てて隠す事しか出来なかった。
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「茜、そろそろ機嫌なおしたらどうだ?
雪菜だって悪気があった訳じゃないと思うぞ?」
「部屋を盗聴なんてしてるのに悪気がないと?」
珍しく表の入り口から楓さんたちのいる病棟まで向かっている途中お父さんがいつまでもむすっとしているわたしに少し呆れたような口調でそう言ったから正論を返してやった。
「うーん。確かに…まあ、ほら雪菜も茜が好きだからそういう事をするわけで…」
「余計タチ悪いよっ!!」
「こうやって親子仲よくしてるのを見ると微笑ましいわね。」
お父さんの方を向いて多少オーバーなリアクションで抗議の意を示してると聞き慣れた優しい声が聞こえた。
「楓さんっ!!」
この前会ったばっかりなのに嬉しくなって楓さんに飛びついてしまった。
「よしよし。検査から逃げなくて偉いわね〜。」
そんな事を言いながら楓さんはわたしの頭をなでなでしてくれる。
雪ねぇとかになでなでされるのとかは恥ずかしいけど何故だか楓さんにされるのは心地よくってたまらない。
「こら。茜。高砂さんもお仕事中なんだからあんまり迷惑かけちゃダメだぞ?」
楓さんに抱きつきながら歩いてるとお父さんにそう止められてしまった。
「はーい…」
「私は茜ちゃんが抱きついてくれるの妹ができたみたいで可愛いからいいんですけどね。」
「ほーらー、楓さんいいってよぉ?」
わたしが文句たらたらな口調でそう言うと楓さんは少し困ったような表情を見せた…
でもこうやって楓さんに何気なく抱きついてるとかよく考えると変な話だよねぇ…
橙哉だった頃じゃ絶対できなかったし…
でもなー…楓さんに抱きついたりするのはとっても自然な事な気がするんだよなぁ…
大好きなお姉ちゃんに包まれると安心するようななんかそんな感覚だし…
「茜ちゃーん?検査室ついたからそろそろ離れようねー?」
「はーい。」
わたしはそう言って楓さんから離れた。
離れたはいいけどなんか久々に病院で検査を受けるからかMRなんとかだとかCTだとかの機械を前にして少し怖くなってきてしまった。
うう…元男としてこんなものにびびってられないよね…
「茜。心配すんな。どこも悪いところなんてないだろうしお父さんもついてるから。」
「私もついてるからね?」
二人がそんな風に笑いかけてくれてとっても安心な気持ちになった。
「わたしそこまでビビってないからっ!!
ちょっと憂鬱だなって思っただけ…」
でも素直に安心感を表現できなくってこんな言い方になっちゃった…
ごめんね? 楓さん。お父さん。
「それじゃあ先に検査着に着替えて来ていただきましょうかね。」
「っ!!」
どこからともなく現れた先生にビックリしすぎたわたしは悲鳴すら上げられずに固まってしまった…
女の子って本当に驚いた時とか本当に怖い時って声が出なくなるって言うけどこういう事かぁ…
「それでは高砂くんよろしくお願いします。」
「じゃあ、茜ちゃん行こっか。」
先生の一言で再起動したわたしは楓さんに連れられて更衣室に向かって歩き始めた。
「茜ちゃん。許してあげてね?先生も茜ちゃんを少しでも元気付けようと思っての事みたいだし。」
「楓さん?わたしと二人ならわざわざ呼び方変えなくっていいんだよ?
それに先生がそう思ってるのはわたしもわかってるし…いつも貼り付けたような優しい笑顔の先生があれだけオロオロしてるんだもん。わかっちゃうよ。」
「そうね、わかったわ。先輩もサプライズとかいろいろ考えてたみたいだけど空回っちゃう人なのよね。本当にごめんね?」
そういう楓さんの表情は少し呆れたような感じを出してはいるけど優しくってキレイだった…
まるでそんな先生も可愛くて好きで仕方ないって表情だ。
なんだか楓さんと話してると女の子同士って感じがものすごくしてなんだか楽しい。
今なら女の子達が恋バナを好きな気持ちもよくわかる気がする…
「楓さんって本当に先生のこと好きなんですね。
先生のこと話してる楓さんってカワイイっ!」
「ちょっとっ!!からかわないでよっ!!」
そう言われて顔を赤くして恥ずかしがるところとか女の子らしくって本当に可愛い…
「ってそうじゃなくって着替えたなら行くわよ〜?」
「はーい。」
楓さんにそう言われてしまったので入院してた頃の病衣みたいな検査着に着替えたわたしはさっきの機械があって少し怖い部屋に楓さんに連れられて歩いて来た。
「それでは検査を始めるのでそこのベッドに横になってください。」
そう言われてベッドに横になると先生達は奥にある小部屋に入って行ってしまった。
放射線対策だかなんだからしいけど少しだけ心細いな…
『それでは目はつぶったままでいてくださいね。』
「はーい。」
部屋に設置されているスピーカー越しに聞こえる先生の声に目を閉じながらそう返したら機械の動く音が聞こえ始めた。
なんだか目を瞑って音だけを聞いているとなんだか少しだけ怖くなって来てしまった…
こういう時はなんか楽しいことを考えよう…
そう言えば明日は紀穂達と駅前のエオンに行くんだっけ…
楽しみだな…
☆★☆★☆★☆
『茜ちゃん!茜ちゃん!起きて!!』
「んぅぅ…まだ眠いよぉ…」
「もうっ。全く仕方ないんだから…すみません…お手を借りてしまって…」
「いいんですよ。それに起きない茜が悪いのに高砂さんを煩わせるわけにはいきませんから。」
ゆっさゆっさと心地良い揺れだなーなんて思ってみてその違和感に気づいてしまった…
あれ?わたしなんかの機械で検査を受けてたんじゃなかったっけ?
「んんぁ…検査終わったぁ?」
「うん。バッチリ終わったわよ。」
楓さんの優しい声が横から聞こえてきたからあれかな…ちょっと大げさだけど車椅子とかを押してもらってるのかな…
「茜。そろそろ降りてもらっていいか?
もう診察室着くから。」
前の方から聞こえたその声でわたしの意識は何とか覚醒し始めた…
ん?降りる?しかも前のめりの感触とわたしの前面に感じる暖かいなにか…
そしてあろうことかスカートなのに足はおっぴろげ…
そして太ももに感じるのは誰かの手の感触…
「ひぇぁぁっ!!」
驚いたわたしはおぶられていたであろうところから飛び降りて胸とかを両手で隠す動作をしながら元いたところをにらんだ…
きっとわたしをおぶっていたのはお父さんだろうし別に変な事とか変な気分になったりとかもないだろうけど反射的にこうしてしまった。
「…すまん…」
「ちゃんと女の子らしい反応出来るようになったのね。私感激だわ。」
「ここで立往生されてもあれですから中に入りましょっか。」
バツの悪そうにするお父さんになんか口元を押さえて感激してる楓さんにいつも通りの先生と真っ赤になったわたし…
なんてカオスな空間なんだろ…
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「一通り検査したんですが身体の方に異常は全く見当たりませんね。
おそらくですが茜さんが今の身体に慣れていない為に身体のスペックについていけなかったのでしょうね。」
診察室に入ってわたしとお父さんが腰を落ち着けたら先生がパソコンで何やら画像を見ながらそう言った。
「今までは問題なかったのにですか?」
「ええ。まあ、それは今まで限界までの激しい運動をしてこなかったからでしょうね。
まあ、本当ならこんなにすぐにここまでの全力は出せないと思うんですけどね…」
「なんて言うか走ってるうちにどんどん鍵が開いていくって言うか…そんな感じだったんですよね…」
「そうですか…」
そういってなんだか意味ありげにパソコンを見ながら考え込んでしまった先生。
えー。なんか問題でもあったのかなぁ…
「それじゃあ私は少しお父さんと話したい事があるので向こうの部屋で高砂くんとお茶でもしながら色々話してるといいでしょう。高砂くんも似たような感覚を覚えた事があるかもしれませんし。」
「あ…はい。」
特になんでもなかったのかすぐに復活して先生はそう言った。
「それじゃ茜ちゃん行こっか?」
「はい!」
そう言って楓さんと2人で診察室を出た。
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「それで耐えられなくなって出て来ちゃったんですよ…わ…わたしじゃなくて橙哉じゃなきゃダメってことなんですかね…」
「うーん…私は音楽の事とかバンドの事とかよくわからないけど、みんなは橙哉君とじゃなくって茜ちゃんとバンドをやる為にそう言ったって事も考えるべきだと思うなぁ」
青と赤の色違いのマグカップでお茶を淹れてもらって昨日の事をお茶を少しずつ飲んで落ち着きながら話したら楓さんは案外簡単なことのようにそう言った。
ストンと胸に落ちたわけじゃないけどわたしじゃ考えもしなかった考え方だったから少し胸が軽くなった気がする…
「わたしは橙哉なのになんでって気持ちもあったんですけどね…でも楓さんの言葉で少し気持ちが軽くなりましたっ!」
「あら、それなら良かったわ。
…でもね。…茜ちゃん。それは仕方のない事でもあるのよ?茜ちゃんは橙哉くんだし橙哉くんは茜ちゃんなのよ?それはいつも言ってる通りだしね…でもね、やっぱり見た目とか…対外的にはもう貴女は茜ちゃんなのよ。だから少なからずそういうことは起こりうるのよ。」
「そ、そうですよね…
わたし自身がそれをしっかり理解してないといけなかったんですよね…」
少し真面目な顔と寂しそうな顔をした楓さんが言った言葉を聞いてわたしも反省しなきゃなんだなって思った。
「…あのね、茜ちゃん…
私ね、これでも昔はバリバリのスポーツマンだったのよ?」
唐突に楓さんはそんなことを言い始めた。
「え?全然そんな風には見えないです…?」
「まあそりゃあまだ男の子だった頃だしね」
「!?」
楓さんの唐突なぶっ込みの意味がわかってしまってわたしは絶句するしかなかった…
「まあ、わたしの場合チームスポーツだったからもうどうしようもなくってやめるしかなかっただけだし私は今の状況に満足してるから全然いいんだけど…
私も当初は相当悩んだし辛かった…だけどね…その時重要だったのは過去にしがみつくことじゃなくって未来を考えることだったのよね…」
「わたしも前を向いて歩かないとってことですよね。」
「そうねぇ…でも自分らしく生きることを忘れちゃダメよ?」
「そうですね。ありがとうございます…
わたしはわたしらしく歌を歌ってればいいですよね。
あ、そうだ!この前もメールで言ったと思うんですけど明後日ひーちゃんの事務所に言って色々話して来るんですよ!
それでぇ…病気のこととかも説明してこなきゃだと思うんですよぉ…
なんかその時に病気のことを簡単に説明できる紙とかそんな便利なものとかないです?」
そう楓さんから返された事でわたしはやることがあるんだったって今更思い出して慌てて楓さんにそう頼み込んだ。
「うーん。一応患者さんのご家族用に噛み砕いたパンフレットみたいなのはあるけど…
あれは私たちプロが説明する前提なのよね…
あっ!そういえばあれがあったわね!」
そう言って楓さんは後ろにあった棚をガサゴソ漁り始めた。
「はい!これなら分かり易いと思うし!」
そう言って渡されたのは『これからのあなた』って書かれた保健の教科書くらいの薄さの冊子だった。
「??これって?」
「これはね、なかなか今状況を飲み込めない患者さんとか中学生とかの早い時期に発症しちゃった子に配る本なんだけどね。案外ポイントをついててイメージしやすいのよ?」
そう言って楓さんがわたしの前にその冊子を差し出してくれたから手にとって開いてみる。
「あ、ほんとだ…絵とかいっぱいで分かりやすいかも。」
「それあげるからちゃんと説明して来るのよ?
あと、その後向こうの人達は専門家のところで話を聞くとかそういう事になるかもだからこの名刺を渡しておいて?一応この部屋の直通電話の番号も書いておくから。」
そう言って楓さんが取り出した名刺には『天海総合病院特別病棟第二研究室室長 倉田大輔』って書かれててなんだかエラい人の名刺な感じがプンプンしていた。
ガラガラ…
「こちらはあらかた話終わりましたのですがそちらはどうです?」
その名刺を見たらエラい人な倉田先生が唐突に入ってきてそう言った。
「こっちもいろんな話聞けましたよ。それに私たちはいつもメールもレポートもあるからリアルタイムで喋ってますから。」
「それでは今日はそろそろ夕方時ですしここまでにしましょうか。
次はまた再来週あたりに来ていただければ大丈夫ですから。」
それではって用件だけ言って倉田先生は部屋の奥の方に行ってしまった。
「じゃあ入口までお送りしますね。」
そういって楓さんはドアの前に立つお父さんのところまで行ってドアを開けた。




