58話 EVENCROSSは後ろ向き…
「あーかねっ!。また日曜日ね〜。」
「うん。いいゴールデンウィークをね〜!」
金曜日の放課後珍しく部活があるらしい紀穂と奏と休みの日の約束をして別れた。
今日は珍しく一人で帰ることになってしまった…
なんだか寂しいなぁ…
とはいえ明日からゴールデンウィークだし朝ゆっくりできると思うと気が軽いというものだ…
まあ、今年のゴールデンウィークは行かなきゃいけなかったりしなきゃいけないことが多いから少し大変だけど…
なんか学校の都合とかで間の平日もお休みらしいから7連休もあるからなんとかなると思いたい…
「お、茜。一緒に帰るか?」
珍しく三人一緒に帰るところだったらしい日向達に下駄箱で声をかけられた。
「ん。いいよ?
ついでにおばちゃんのところでお茶して帰る?」
「お、いいんじゃね?どうせ今日は予定ないし。二人もいいだろ?」
わたしの提案に日向は少し嬉しそうにそう答えた。
「うん!俺はいいよ?」
「もちろん。」
「じゃあ決まりだな、久々にスカーレット4人でゆっくりしようや」
和希も大和も快く返事をしてくれた。
「日向ぁ…そう言ってくれるのはありがたいんだけどさ…その…まだわたしはスカーレットだとは言えないと思うんだよね…」
「そんなこと言うなよ…」
寂しそうに日向は呟いた…
「日向。茜の言ってることは正しいよ。どこで誰が聞いてるかわからないんだから迂闊なことは言わないほうがいい。茜の為にも。」
大和がそう言ってくれるとは思わなかった…
そのお陰かはわからないけどそのまま話題は他のバンドのこととか全くわたしやスカーレットに関係のないところに進んでいった。
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「そう言えば茜昨日のラジオよかったよ!」
紀穂の実家の1階に居を構える喫茶店『カフェ・ペイジ』
その一番奥の特等席に座って店主のおばちゃん(もちろん紀穂のお母さんその人で笑った時の顔とか世話焼きなところとかが紀穂によく似てると思う)に各々注文をして一息ついたところで和希がそんなことを言い出した。
「えー。そうかなぁ。わたしとしては全然噛み合ってなかったと思うんだけど…って言うか聴いてたの!?」
わたしは和希の一言に不満に思ってたことを愚痴りながらも一拍遅れて驚きの声をあげた。
「うん。3人揃って聴いてたよ?ねぇ、日向。」
「うえぇっ!?俺かよっ…まあ、そうだな…屋上で3人で飯食いながら聴いてたよ…」
和希から振られることを予想していなかったのか日向はひとしきり驚いたところでバツが悪げにそう答えた
「へー。まあ、よく考えたら聴いててもおかしくないよね。全校に放送されてるわけだし…」
そうわたしは納得した。
まあ、少し驚いただけで別にラジオを聴いていた事はなんら問題はないと思うし。
「それにしても茜って色んな才能持ってるんだなぁって改めて思ったよ。」
改めて大和がそんなことを言い出したから、なんて言うか恥ずかしくって逃げ出してしまいたくなった…
だって普段大和は面と向かってそう言うことを言わないタイプだから…
それに昔だったら男同士だし褒め合ったりなんて絶対しなかったから…
「ねぇ。わたしってラジオとかの才能の方があるのかなぁ…実はね…」
この際"あのこと"を聴いてみて相談に乗ってもらう事した。
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わたしがアイドルにならないかと誘われてることやその事で悩んでることとか洗いざらい話した結果最初に口火を切ったのは和希だった。
「うーん。でもさ…そもそもだけど茜歌えるようになったの?」
うぐっ!!和希はいっつも核心に迫ることを言ってくる…
「そうだよ。そもそも茜はそこがネックだからバンドもできないんじゃなかった?」
「それは…そうなんだけど…確かにまだ歌とかは練習しててもまともな歌は歌えてないし…まあ、歌えないわけじゃないんだけど…
でもさ…アイドルってほら、歌だけじゃないし…」
きっとわたしの言い草はしどろもどろだっただろうな…
それに合わせて大和と和希の態度があからさまに険悪なものになって行くのがよくわかった。
「茜はただただチヤホヤされるタレントもどきにでもなりたいの?」
「そんな…わたしはそんなつもりない…」
ただわたしが何かをしてみんなが喜ぶなら…幸せになるなら…それでいいって思ってるだけ…
「茜の音楽ってなんだよ!橙哉に聞かせたら笑われるよ!?」
「ストップストップ!!和希落ち着けって…」
「止めんなよ日向!!!」
「まあ、落ち着けって…茜はさっき歌えないこともないって言ってたんだしさ、カラオケでもどうよ?
心が1つにならないときは音楽で会話するのが一番だろ?」
ヒートアップする和希とわたしの間に立ってわたしを守りながら日向はそう言った。
日向ってこう言うところ男らしくってかっこいいよなぁ…
ズキっ…
ああ、この痛みって何回か経験したことあるなぁ…
なんだかこの痛みがなんなのかわかったような気がする…
わたしは"わかったこと"をなかったことにしてこの場を切り抜ける事にした。
きっとこの感情は今のわたしには荷が重いよ…
「わかった…本気では歌えないかもだけど…いや…わかって欲しいからこそ本気で歌わなきゃね…わたしも歌で応えてみせる…」
そう言ってわたしは立ち上がった。
おばちゃんに言って会計を済ませて店の前に出てくると3人もわたしに続いて出て来た。
「うし、じゃあ駅前のカラオケにでも行きますか。」
この場の状況に見合わないお気楽なテンションで日向はそう言い放った。
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「じゃあ俺いれるぞー」
そう言って日向はリモコンを操作して曲をいれた。
流れ始めたのは最近の日向のお気に入りのTURTLEFATの曲だった…
コンカココンカ…コン…
『パリパーリィ!!!!』
さすがにこんな状況でも4人ぴったり揃うあたりはさすがかな…
でも…歌ってるわけじゃないのに…こうやって叫んで盛り上がるだけでも思い通りに声を出せない…
やっぱりわたしは茜であって橙哉ではないんだ…もう…
そんなわかりきった事が不意に襲ってきた。
ダメだダメだ…わたしは茜だ…そして橙哉だ…
受け入れなきゃ……
「はぁ…はぁ…あかね?大丈夫か?」
みんなひとしきり暴れたのか曲が終わっても肩で息をしながら大和がそう聞いてくれた。
「う…うん…だ、大丈夫…
なんでもないよ。じゃあ次はわたしだね。」
虚勢でも張ってなきゃ自分を保てそうになかったから震える体と声を必死に隠してなるべく平静を保ってそう応える。
わたしが選んだのは自分に合うように練習してた曲じゃなくってあえて橙哉の頃から好きで得意だったclock:loopsの曲だ…
「おー。いいねぇ。らしい選曲じゃん!『EVENCROSS』とか!」
『掛け合うのはエゴとか救いじゃなくって…』
歌い出しはなんだか掠れちゃった気がするけどそれでもわたしがわたしである"コト"を全て込めて歌にする…
そうだ…わたしの音楽はそこにある…
歌うことは怖い事じゃない…
全ての自分を…自分の今を…込めて…
『EVENCROSSはそこにある
誰にも見つからないように
先回りした先にある
掛け合うのは希望だと語るように
EVENCROSSは前向きに…』
歌い終わると全て出し切ったのか力が抜けていくのがわかる…
でもあかちゃんには悪いけどここで変わるわけにはいかない…
久々に本気で歌を吐き出せたんだもん…
「はぁ…はぁ…」
何も言わずに日向が頭をポンポンしてくれたのがなんだか心地よかった…
こんな事日向にさせてるとか…
罪悪感しかないよ…ほら、手が震えて…
「茜。酷い顔してるぞ?少し落ち着いてきたらどうだ?」
大和が優しい声でそう言ってくれた…
ああ、なんて心地のいい声なんだろう…
低くって落ち着いてて大人っぽくて…
うっ!!
「ごめっ!トイレっ!!!」
それだけ言い残してわたしは口を両手で抑えながらカラオケルームを出た。
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…はぁ…」
急いでトイレに駆け込んでそのままの勢いでわたしはもどしてしまった。
「はぁ…うぶっ…」
なぜだか襲ってきた吐き気とともに悲しくもないのに涙が溢れてきた…
『茜ちゃんはムリしすぎなのよ…代わる?』
あかちゃんのそんな声が聞こえた。
「いや…うぶっ…おろろろろ…いい…
いまあかちゃんに代わったらみんなにまた心配される…」
『ねぇ、茜ちゃん…そろそろ受け入れたらどう?
貴女の身体はもはや昔のそれじゃないんだよ?』
「わかってる…でもさ…自分の歌まで変えてしまうのは嫌なんだよね…自分らしく歌うしかない…それがだんだんと乖離していくのもわかってる!!」
『茜ちゃん…人間は変わっていく生き物なんだよ…』
あかちゃんのそんな悲しそうな声はだんだんと掠れていってしまった。
「わかってるって…でもそれには時間がかかるんだよ…うぷっ!おろろろろろ…」
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ガチャ…
「あ、茜おかえり〜ってすごい顔してるけど大丈夫かぁ?」
トイレでひとしきり吐いて泣いたわたしはなるべく平静を装って3人の待つカラオケルームに戻った…
にも関わらず室内は結構薄暗いはずなのにわたしの姿を一目見た和希に激しく心配されてしまった。
まぁ、仕方ないよね…だって目は真っ赤だし…
「う、うん。大丈夫。もう落ち着いたから。
じゃあ次はわたしいくよ〜」
空元気だとわかっていても無理やりテンションを上げてそう言った。
さすがにまた同じことを繰り返すほど馬鹿じゃないから今度はしっかり練習してきた"茜"としての歌を入れた。
「あれ、この曲って…緋雪ちゃんの?」
「それより茜大丈夫なのか?」
言外に大和がまだ歌うのかと聞いてきた。
「大丈夫。ちゃんと練習してきた歌える曲だから。」
そう軽く答えたところでイントロが流れだした。
これは茜の歌だ…自分とかじゃなくって茜が歌うんだ…
そう言い聞かせて歌い出しの準備を始めた。
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「……あのさ…やっぱり俺たちで音楽を作るのは無理なんじゃないかって思うんだ…」
わたしが歌ったアイドルソングの余韻に浸る空気を切り裂いて和希がそんな事を言い出した。
「ちょっと!!なんでよ!!しっかり歌も歌えるくらいまで治ってきたじゃん!!」
全くのいきなりだったからわたしは勢いで胸ぐらを掴むくらいの勢いで和希に食ってかかった。
「茜。俺も少しそんなこと考えてた。」
「ごめん。こればっかりは俺も茜を守れそうにない…
茜の歌は好きだし…いいと思うんだけど…スカーレットの事を考えたら…」
大和も日向もなんなんだよ!!
こんな簡単に…こんな簡単に…
どうして諦められるのさ!!
「どうして!!」
「茜の歌はもはやスカーレットの歌じゃない!!
歌に乗ってくる気持ちも…伝わり方も…橙哉とは全然違う…こんなのスカーレットじゃない!!」
「そんなのわかってるよ!!でもさ!わたしは変わろうとしてるんだよ!!もうどうせ橙哉はこの世にいないの!!新しいスカーレットになって行かなきゃダメなの!!」
「そうなったらもうスカーレットじゃない…
そんなにバンドがやりたいのなら他でバンドを組めばいいじゃん!!」
「ううっ!!もう知らないよ!!
そんなにスカーレット続けたくないんならそれでいいよ!!」
そう言ってわたしはカラオケルームを飛び出した。
「うわぁぁぁぁん。和希のバカァ。大和のバカァ。
日向のバカァ。あれだけ頑張った…頑張ったのに…」
わたしは勢いのまま溢れる涙を拭おうともしないで逃げるように家まで走った。
ぐちゃぐちゃになりながら家に帰ってもいつもなら優しく慰めてくれる雪ねぇはなぜだか家にはいなくってわたしはベッドに籠ってただ咽び泣くことしかできなかった。
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「和希…こんな終わり方で良かったのか?…」
茜が出て行ってしばらくして大和がそう口を開いた。
「大和こそ…それに日向だって…ごめんね。
つい感情的になっちゃった…
でもさ…日向ぁ?茜のこと追いかけなくて良かったの?親友なんじゃないの?」
和希の答えになってない答えが今の状況を的確に表していた…
全員がわかってる…もう戻れないことに…
茜の歌は橙哉のものには及ばないことに…
本当はもっといい選択があったかもしれない…
そんな雰囲気が重く流れていた。
「いま俺が追いかけても逆効果だよ。
家に帰ればきっと雪菜さんもいるはずだから…
きっと大丈夫…」
日向も和希の問いに答えると言うよりかはまるで自分に言い聞かせるように呟いた。
「それに…茜は…きっとこの形じゃない方が輝ける…その為の舞台も整ってる…だったら背中を押すのが親友の役目でしょ…」
日向は本当にこれで良かったのか葛藤しているのが表にダダ漏れな表情でそう言った。
「茜の歌さ…clock:loopsも宮永緋雪も衝撃的だったよね…俺さ…怖かったわ…こんな才能とステージに立つとか…全部茜に飲まれるんじゃないかって…」
「それは俺も思った…でもそれ以上にどこまでやれるか試してみたくもあった…
でもそれは多分スカーレットでじゃない…」
「あのさ、そしたら俺らも別々の道を探してみるか。
橙哉がいないスカーレットなんてスカーレットじゃないもんな…」
「うん。そうしよっか。
あとはしっかり茜に納得してもらおう。」
こうしてスカーレットの解散は一悶着ありながらも決まってしまった。
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ガチャ…
「はっ!!お姉ちゃん帰ってきた!?」
お布団にくるまって色々考え事をしていると玄関の鍵が開く音がした。
時刻は11時半。
だいぶ遅かったなぁ…
「おかえり…。」
きっと涙で目も腫れて酷いことになっているだろうけどそんなこと関係なく今は"お姉ちゃん"に甘えたい気分だ…
「ぅん…ただいま…
ごめんね…遅くなっちゃって…」
玄関まで出迎えに行くとそこにはわたしよりもボロボロな雪ねぇの姿があった…
「っっ!!何があったの!?」
そんな雪ねぇの姿を見て自分の事なんてふっとんでいってしまった気がする。
「大丈夫よ?大丈夫。ステージではこんな顔見せないから…」
わたしの問いに対して帰ってきた答えになってない答えで雪ねぇの状況を理解した。
きっと最後のライブまでの為に練習を再開したんだろう…
それでまた喧嘩したりしたんだろうな…
まるであの日ハコに遅れてやってきた時の雪ねぇみたいだもん…
「それにどうしたの?あーちゃんもそんな真っ赤に目を腫らして…」
「あっ!!わたしの方はなんでもないからっ!」
そう言ってわたしは右手で目をこすった。
少しこすっただけなのに擦れて痛くなってしまった。
「あーちゃん。あんまりこすると切れて血が出ちゃうわよ?女の子の肌は繊細なんだから。
私ご飯いらないから先にお風呂頂いちゃうわね。」
そう言って雪ねぇは2階に上がっていった。
きっとあれだけグシャグシャになって帰ってきたのにまだお風呂で泣いちゃうんだろうな…
雪ねぇが時々お風呂で泣いてるのは知ってるから…
なんとかして元気付けてあげたいなぁ…
自分のことは棚に上げてそんな風に思った。




