51話 おじいちゃんとおばあちゃん
「お帰りなさい。さぁ、そんなところで立ってないで上がりんさい」
「ただいま。」
なんていうかお父さんのこんな素直なただいまなんて久しぶりに聞いた気がする。
っていうかそもそもお父さんが帰ってくるときにわたし達は起きてないからただいまを聞く機会すらなかなかないから…
「2人も早く上がりんさい?玄関なんて狭いでしょうに」
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します…」
なんて言うか懐かしく感じるおばあちゃんの声とどこの人なのかいまいちよくわからない訛った喋り方がなんだかとても優しくって暖かい気持ちになる。
おばあちゃんとお父さんについて歩いて行くとそのままリビングに案内された。
ガラガラ…
「おお、よお帰ったなぁ。長旅ご苦労様。」
お父さんが引き戸を開けるとだいぶシワの増えてしまったおじいちゃんがそう言った。
「ただいま、親父。」
「雪菜ちゃんと…えー…あっ!茜ちゃんもいらっしゃい。このバカのせいで色々大変だったと思うけどおじいちゃんとおばあちゃんはどんな時も味方になるからな?」
「そーよ?私達の事もちゃんと頼ってくれていいのよ?二人ともしっかりしてるから何も心配はしなくていいのかもしれないけんどね。」
きっとこの二人もわたし達があの家にわたし達だけで住んでいたことを気に病んでいるのだろう…
お父さんが親としてちゃんとわたし達のそばにいなかった事やその時自分達がそばにいれなかった事を後悔しているようだった…
でもあの家にあのまま住む事はわたし達の希望でもあったしそれにお父さんが親としての責任を果たしていなかった訳ではない事はわたし達が一番よく知っている。
お父さんがちゃんと家に帰れないほど忙しく働いていた事も最近だけど確かに知ることができた訳だし。
「うふふ。ありがとうございます。でもお父さんが悪いとかそう言う風にはわたし達思ってませんしお母さんと住んだあの家にまた家族で住めてるんですから本当にわたし達は幸せなんです。
これからは本当に頼りたい時にお父さんが居なかったりしたらおじいちゃん達に連絡するようにしますね?」
完璧お外行きモードの雪ねぇはまるで考え抜かれた口上のようにそう言った。
「そう言ってくれると嬉しいわ〜」
「そう言えば紹介するのがまだだったな…
まあ、知ってると思うけどこいつが娘の茜だ。
まあ、電話で話した通りだけど一応な。」
そう言って隣に座るお父さんがわたしを指差した。
「初めまして?なのかな…いやいや、お久しぶりですがただしいのかなぁ…
これからは橙哉改め茜です。こんな姿になっちゃったけどこれからもよろしくお願いします!」
「はい。よろしくお願いします」
「あーちゃんガチガチじゃん!」
「あ、そうだお茶淹れないとねぇ。待っとってね。すぐ持ってくるから。」
雪ねぇのツッコミによって一笑い起きたところでおばあちゃんがそう言って席を立った。
わたしも手伝おうと席を立とうとしたけど雪ねぇが「今はあーちゃんはここにいるべき」とでも言わんばかりに席を立ったからわたしはそのまま席を立つことができなかった。
「それにしてもあの橙ちゃんがこんなに可愛らしくなるなんてなぁ。昔はお前にそっくりだったのに今や茜菜さんにそっくりじゃないかい。」
「そうなんだよ。まあ、俺たちの娘だから茜菜に似るのは当たり前だと思うんだけどここまでそっくりだとなぁ?…」
「って言いながらこっち見ないでよ。なんて返したらいいかわかんないって!」
「まあまあ、そうツンケンしなさんな…
茜ちゃんが可愛いってことを言いたいんだよ。」
そう言って笑うおじいちゃんの笑顔は普通に孫娘に向けるものみたいでなんだかとても心地よかった。
「それにしてもここまでちゃんと理解してくれてるって言うのはなんだか嬉しいなぁ…」
「そりゃあ孫が病気になったって言ったら必死に調べるっしょね?」
「そうだぞ?辛いのは茜ちゃんなんだ。俺たちでは何もできないからせめて少しでも理解してあげないとな」
わたしがぽろっと零した呟きにいつの間にかお茶を持って戻ってきたおばあちゃんもおじいちゃんもやさしくそう答えてくれたのがとても身に染みた。
わたし達が長らく触れてなかった大人からの全幅の愛情や優しさを感じて人ってあったかいなぁって思った。
それと同時にガチガチだった心がいつの間にか解れて融解した雪解け水のようにほろりと涙が溢れてきた。
「あれれ、どうしたのさ?」
「あっ…いやっ…嬉しぐっで…」
「ほらほら、あーちゃんあんまりおじいちゃん達困らせちゃダメだぞ〜?」
そう言って雪ねぇがハンカチを差し出してくれた。
ハンカチで涙を拭ってもどんどん溢れてくるからもう止めようもなかった…
何も言わずにわたしを抱きしめてくれるおばあちゃんの温もりを感じながらただただ感謝することしかできなかった。
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「あらまぁ〜。喪装にこう言う表現はあれかもしれんけど二人ともよく似合うわねぇ…茜ちゃんはなんだか儚げで雪ちゃんは大人っぽくてしっかりしてる感じでめんこかよ〜。」
あの後わたしが泣き止んでから暫くしてみんなでお昼を外に食べに行って…
帰って来てから明日着る洋服をおばあちゃんと一緒に試着してみている。
ちなみに二人とも洋装の喪服で黒のワンピースってやつらしくってお互いなんだか見慣れない服装だけに大人っぽく見えた。
「ほんとー?うふふ…嬉しいなぁ。ね?あーちゃんっ♪」
お昼を食べ終わる頃にはすっかり打ち解けてお外行きモードからいつもの雪ねぇに戻ったようでおばあちゃんに可愛いって言われてかなり上機嫌だ…
「えっ!?あ、うん。嬉しい…かな?…」
「も〜女の子なんだからそういう時は可愛らしくありがとって答えなきゃ!」
雪ねぇはそういうけどなんていうか素直に喜ぶ気持ちになれないのはなぜだろう…
「あっはっは…雪ちゃんはしっかりしとるなぁ。
確かに雪ちゃんのいう通りなんよ?
女の子は可憐で清楚で強く生きなきゃいけんね」
「そ、そうだよね…
まだまだ頑張らないとだね…」
「自分のペースで頑張ればいいっしょね。
茜ちゃんは今でも十分頑張っとるから。」
「あ、ありがとう…
おばあちゃんのいうような素敵な女の子になれるよう頑張るね。」
「じゃあ私ももっともっと頑張って素敵な女の子にならないとね。」
「二人とも今でも十分に素敵だっけこれ以上素敵になってしまったらおばあちゃん二人のこと眩しくて見れねくなっちまうな。」
そう言ってあっはっはと笑うおばあちゃん…
わたしも雪ねぇもそんなおばあちゃんが大好きになって来ていた。
「さ、そろそろ晩ご飯の支度でもすんべか。」
おばあちゃんはわたし達が脱いだ洋服を綺麗にシワのつかないようにハンガーに掛けてそう言った。
「じゃあ、わたし達も手伝うね?」
「そうそう!あーちゃんお料理上手なんだよ?」
すっかり部屋着の洋服に着替えたわたし達はそう言ってキッチンの方へ向かおうとするおばあちゃんの後ろについて行ってそう言った。
「あら、そうかい。じゃあ手伝ってもらおうかねぇ」
「「うん!!」」
雪ねぇとふたりしてそう言っておばあちゃんについていっておばあちゃん
を手伝いながらうちの味とはまた違うおばあちゃんの味を教えてもらった。
ピンポーン。
もう盛り付けも終わって食卓に少しずつ料理を運ぼうかってところでインターホンが鳴った。
もう盛り付けもほぼほぼ終わって運ぶだけだったのでわたし達にそれを任せておばあちゃんが玄関に対応をしに行った。
「こんな時間にお客さんかなぁ…」
「まあまだ6時半過ぎだし訪ねてくる人はいるでしょ。まあ、違うとは思うけどね…」
なんか含みのある言い方だなぁ…
ひーちゃんは来るとしたらもっと遅くだろうしなぁ…
誰だろ…
「じゃっじゃじゃーん!!お久しぶりだね〜おじいちゃーん!!」
そう思考にふけりながらご飯を運んでいると突然聞こえて来たのはどう考えても聞き覚えのある元気すぎる声だった。
シーンとした室内にテレビの音が響き渡ったと思ったらテレビからもおんなじ声が聞こえて来た。
「おぉ、よく来たな。緋雪ちゃん。緋雪ちゃんの成長はテレビでもよく見えたからなんだか不思議な感じがするよ。」
「そうっしょ〜?わたしもなんも違和感なかったっけね」
二人のその一言からもちゃんとわたし達を気にかけてくれて居たのがわかる。
まあ、ひーちゃんの場合テレビで見ない日なんてなかったくらいだし仕方ないのかも知れないけど…
「ほんじゃ緋雪ちゃんも来たことだし晩御飯にすんべな」
おばあちゃんがそう言ったところで雪ねぇが最後のお皿を運んで来た。
「お、今日も美味しそうだなぁ。ちょうど出来たところなんだろ?」
「そうだよー?私たちも手伝ったんだから!」
雪ねぇが腰に両手を当ててえっへんとでも言いたげにそう言った。
「いいなぁ!あたしもおばあちゃんからお料理教わりたかったなぁ…」
「緋雪ちゃんも料理できるのかい?こりゃあ3人とも嫁入りしても安泰だな」
そうおじいちゃんがいうとおばあちゃんも「あら、そうねぇ」なんて言っちゃって盛り上がり始めた。
一方ひーちゃんは「あ、えの〜…」とか言いながらもじもじしている。
料理がほとんど出来ないことを言い出せなくてやきもきしている様子だ…
なんかこんなひーちゃんを見るのはなんだか珍しいから意地悪心からかずっと見ていたくなる。
それにしてもお嫁さんかぁ…
そんな事を考えてたら一番に浮かんで来たのは何故だか日向の顔だった。
ふあぁぁぁっつ!!
わたしは一体なを考えてるんだって!!
日向でそんな想像をするなんて!!
日向が旦那さんでわたしが…
「うわぁぁぁぁぁぁ」
そう言って後ろ頭を掻き毟るわたしの顔はいつも通りタコのように真っ赤になってしまっているのだろう。
「あーちゃんいきなりどうしちゃったの?」
「いつも通りなんか変な妄想でも始めちゃったんじゃない?」
「いつも私の事を妄想がひどいとか言いながらあーちゃんも大概よね」
「雪ねぇのと一緒にしないでよ!!
わたしはふと頭に日向が浮かんで来ちゃっただけだもん!!!」
わたしは言ってしまってから後悔をすることになった。
あんなこと言ってしまったらまるでわたしが日向を意識してしまってるみたいじゃないか!!
違うぞぉ!断じて違うんだって!!
きっと一番身近な男が日向だっただけだもん!!
「ほれほれ、早く食べねと冷めるっしょ?早よ食べれ?」
「そうだよっ!
せっかく作ったごはんが冷めちゃったら大変だよ!」
わたしがおばあちゃんに同調すると雪ねぇとひーちゃんもニヤニヤしながらごはんを食べる体制を整えた。
「それじゃ、食べるとするかね。いただきます。」
「「「いただきます!!」」」
おじいちゃんの声に続いてわたし達は元気よくそう言って食べ始めた。
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「茜、雪菜、緋雪。ちょっと話がある…」
ごはんを食べ終わったあとおじいちゃん家の大きいお風呂に病院の時以来3人で一緒に入って上がってわたし達の寝る部屋に戻ろうとしたところでリビングから出て来たお父さんからそう声を掛けられた。
「え?なにさ。そんななんか辛気臭い顔して…」
雪ねぇがそういうと黙ってお父さんは手招きをしてリビングに入って行った。
「え、なんか怖くない?」
「確かに…」
ひーちゃんの呟きにわたしもおんなじ事を考えていたのでそう返した。
「まあ、行くしかないわよね。」
雪ねぇのその言葉にわたし達は覚悟を決めてリビングへ向かった。
ガラガラ。
ん?なんか見慣れない人が…
「3人とも、とりあえず座って。」
でもどっかで見た事あるなぁ…
「久しぶりだな。」
わたし達の対面にすわっている厳しそうなお爺さんが雪ねぇとひーちゃんを見ながらそう言った。
どこかで聞いたことある声…
「そりゃあ6年近く経てばなかなか思い出せないわよね。」
お爺さんの隣に座るお婆さんが悲しそうにそう言った…
なんて言うかこの人はお母さんに似てるなぁ…
ん?…あっ!!この人達お母さんの方のおじいちゃんおばあちゃんだ!!
「いえいえ、ちゃんと覚えてますよ?
お久しぶりです。こんな格好でごめんなさい。」
「お久しぶりです!お風呂上がったばっかりで…」
雪ねぇもひーちゃんも割と外行きモードでそう答えた。
そうだよ…忘れてたけどいくらおじいちゃんおばあちゃんとはいえこんなお風呂上がりの部屋着で会うなんて…
「そこの娘は?」
今度はわたしの方を見て
おじいちゃんはそう言った。
「あっ…」
おじいちゃんの射抜くようなその鋭い眼光を前にしてわたしは言葉が出なくなってしまった。
「この娘は僕の大事な娘の茜です。
お二人には先ほど説明した通り茜は橙哉がTS症候群という病気によって女の子になってしまった姿です。
お二人には茜菜の件でも多大な迷惑をお掛けしましたがこの度も茜のためにお力をお貸しいただけないでしょうか」
お父さんがそう言いながら深々と頭を下げた。
なんだか恭しく頭をさげるお父さんの姿がすごく印象的に見えた…
「まぁ、頭を上げなさい。」
おじいちゃんはそう厳しそうな口調と声で言ったけど不思議とさっきみたいな威圧感は感じなかった。
「そうですよ。わたし達だって孫娘が1人増えたみたいでなんだか嬉しいんですから。」
「翠。余計なことを言うんじゃない」
「だってお父さん…」
「緋哉くん…私だって孫が可愛いのは当たり前なんだよ。だからこそ君のやり方は容認できない…
…と言いたいところだけどこればっかりは彼女の将来のためにも大切な事だと思うのでね。
それ以外についてはそのうち話し合おうじゃないか。」
おじいちゃんはそう言ってお父さんを射抜くような目で見つめた。
お父さんもその視線でやられてしまったのかガチゴチだ…
「橙…いや、茜…君はなにも心配しなくていい。
私も君の未来の為に力を尽くさせて貰う。
雪菜と緋雪も一緒に今度こちらにも遊びに来るといい。丁重にもてなすからな。
それでは、私達は失礼させて貰うよ。
夜分遅くに失礼したな」
そう言っておじいちゃんは立ち上がった。
「宮代さん。夜分遅くに失礼いたしました。
私達はこれで失礼させていただきます。」
「いえいえ、こちらこそお構いできずに。
明日はよろしくお願いします。」
「ええ。それでは。」
おばあちゃん同士がそんなやりとりを玄関でしているのを片目で見ながらわたし達はお父さんも含めて安堵の溜息を漏らすのであった…
「3人はそろそろ寝た方がいいやね。明日の早いっけさ。」
玄関から戻ってきたおばあちゃんがそう言ったからそもそもその予定だったわけだし部屋に戻る事にした。
その晩は3人でひーちゃんのお仕事の話を聞いたり雪ねぇやわたしの学校のお話を遅くまでしているうちに眠ってしまった。
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「ねぇ、お姉ちゃん。あたし達の家族ってあんなに暖かかったんだね。」
いつの間にか寝静まってしまったあーちゃんの顔を二人で眺めているとひーちゃんがそんな事を言い出した。
「こういう事がなかったらなかなか会わない人達だもんね。私もなんて言うかどっちのおじいちゃんおばあちゃんも優しいなぁって思ったよ?」
「こーやって幸せそうに眠るあ〜ちゃんを守ろうとしてるのはわたし達だけじゃないんだね。」
「そうね。でもみんなのその愛の対象にはちゃんと私とひーちゃんも含まれてるのよ。」
「あたし達は幸せ者だね。」
「そう言うことね。こうしてゆっくり私達が話し込めてる事がもう大きな幸せなのに持て余しちゃいそうよね。」
「あははっ。言えてる。」
そう言って笑うひーちゃんはとても自然に笑えていて私は安心するのだった。
「そろそろ寝ないと明日本当に起きれなっちゃうから寝ましょっか。」
「そうだね。」
そう言って私達は布団に潜る事にした。




