20話 退院っ!
「TS症候群の患者さんは異性を惹きつけやすいです。
科学的には立証されてませんがこれまでの患者さんのデータからも一目瞭然です。
高砂くんを見ていればわかると思いますけどね…
このことをきちんと頭に入れておいてほしいのです。
そうでないと色々と問題が起きそうですので…
これで説明は最後ですがなにかありますか?」
え、え?
わたしが異性を惹きつけやすい?
それってひーちゃんとか雪ねぇもおかしくしちゃったり楓さんを誘惑しちゃったりするのかなぁ…?
女の子を惹きつけやすくなるなんて…
「え、え?
わたし…ハーレム…作っちゃうんですかね?」
「いきなり何を頓珍漢なことを言い出すのですか?
しかも貴女の場合できるとしても逆ハーレムというのではないでしょうか?」
「先生ったら…女の子集めるのは逆ハーレムなんて言わないですよ?あはははっ…は…」
先生の困ったような顔とお父さんの呆れた顔をみてようやくわたしは変なことを言ってしまったと気付いた。
「貴女は今はもう女性なんですよ?
ここまで言えばわかるかもしれませんが当然異性とは男性のことを指してるのですからね?」
「はい。そうでした…
とんだ勘違いで頓珍漢なこと言ってしまいました…」
そうは言ったけど勘違いとかじゃなくって異性って言われて普通に思いついたのが女の子だった…
やっぱり女の子になっていこうって言ってもなかなかすぐには変われないものなのかな…
意識はすっかり女の子になったと思っていたのにな…
「そう落ち込むことはありません。
そんなにすぐ心の底から女性になれるわけがないですから。
ただ、これからはこれまで同性だと思っていた相手が異性になるんです。
それをよく覚えておいてください。」
「わかりました。今までもきっとそう思っていたとは思うんですけど…
これからはもっとそれを心に留めていこうと思います。」
意図せずとも真剣な顔して先生と見つめ合う形になってしまった…
こうしているとなんだか恥ずかしくなってしまうがなんだか顔をそらすことができなかった。
コンコン、ガラガラ…
「あれ、二人ともそんな真剣な顔して見つめ合ったりしてなにしてるんですか?」
「さすがに先生とそーゆー関係になるのはまずいと思うよぉ〜?」
「そうよ!おねぇちゃんは認めませんからね!」
別室で話をしていたはずの三人が帰ってきた。
全くこの三人はいっつもそのテの話にしたがるんだから…
だいたいわたしがこんなおじさんを好きになるわけ…
好きになるならもっとカッコイイお兄さんが…
って!そもそも男を好きにはならないでしょ!
わたしもともと好きな人が男とかじゃないし!
「顔赤くなってるけどもしかして図星だったぁ?」
ひーちゃんの意地悪な言い方で意識を一気に現実に引き戻された。
「顔が赤くなってるのは別の理由だからっ!」
わたしもムキになって返してしまった。
顔が熱い…きっと真っ赤になってるんだろうなぁ…
こんな反応したらまた誤解されかねないよぉ…
「そろそろおしゃべりは終わりにしましょうか。
そろそろ受付で手続きをしなければならない時間ですからね…」
先生に言われてふと時計を見てみるともう11時半ではないか…
今日は退院のために面会開始時間の9時から来てもらったから…早2時間半くらい話し込んでいたってことになる。
さすがにおしゃべりし過ぎた感は否めないなぁ…
「そうですね…
じゃあ私たちはひーちゃんの顔バレ防止もあるんで裏口からでます。
お父さん、車で待ってるからあーちゃんよろしくね。」
「わかった。
じゃあ車の鍵渡しておく。」
そう言ってお父さんは車の鍵を雪ねぇに渡した。
そっか…ひーちゃんは顔バレして騒ぎになったらまずいから…
アイドルってやっぱり大変なんだな…
「じゃあ荷物も全部持ってここから出ましょうか。」
先生にそう言われてわたし達は荷物を持って病室を後にした。
「あ〜ちゃん。荷物もらうよ。
一応あ〜ちゃん病人だしねっ!」
そう言ってひーちゃんにわたしが持っていた荷物を取られてしまった。
「え〜。大丈夫だってぇ。」
そう言って取り返そうとするけど何でか取り返せない…
「やっぱり体力は落ちてるんだから無理はしないのっ!
今日は久々の外なんだから疲れちゃうよ?」
そう言ってひーちゃんは断固として荷物を渡そうとしない。
まあ、さっきので体力が落ちてるのは実感したから無理に取ろうとするのも諦めるか…
「わかった…じゃあお願いするね?」
自分の荷物を持ってもらうのだからわたしは精一杯の笑顔でそう言った。
「そういえばお車はどこに停められたんですか?」
「普通にここの地下駐車場に停めさせていただきましたよ?」
いきなり先生が言いだすもんだからお父さんも頭にハテナマークを浮かべている。
「いや、大したことじゃないのですがここは一応VIP棟みたいな扱いになってるので直接地下駐車場の専用駐車スペースにつながっているんですよ。
そちらから出られた方が緋雪さんも楽なのではないでしょうか?
今日は来院患者さんも多いみたいですし…」
先生に言われて久しぶりにここがセキュリティの高い別館だっていうことを思い出した。
VIPの人とかが来るならそう言った施設があってもおかしくはないよね…
「じゃあお言葉に甘えてそちらから出させていただきます。
雪菜、緋雪と二人でその駐車スペースで待っててくれ。手続きと会計を済ませたらそっちに車を回すから。
緋雪、いくらセキュリティが高いって言っても変装くらいはしておけよ?」
「「はーい」」
「場所はそこのエレベーターを降りてつきあたりの扉の外なんですけどとりあえずエレベーターを出てすぐのロビーで待っていてください。
僕も車を回す時に同行しますから。」
「わかりましたっ!」
ひーちゃんがいい返事をすると同時にきたエレベーターに二人は乗り込んで降りていった。
「二人を待たせるのも悪いですし早めに済ませてしましょう。」
そう言った先生の後に続いてわたし達も歩き始めた。
「やっぱりこっちの棟にも専用の受付みたいなのほしいですよね…
わざわざ向こうまで行ってもらうのが申し訳なく感じますよ…」
「そうなんですけどこっちは窓際部署ですからねぇ…そんな申請が通るとは思えないんですよね…」
楓さんが唐突に先生に話しかけて先生も普通に返している。
いきなりこの人たちはどうしたのだろう…
「あ…茜…今日の晩ごはんは外食でもいいかな?
俺は料理できないし雪菜や緋雪も今日は疲れてるだろうからさ…
まあ、こんな事になったけど俺はまた家族としていっぱい一緒の時間を過ごしてたくさんの思い出を作っていきたいんだ…
だから、その第一歩ってことで…」
いきなりお父さんがご飯の話をし始めたから何かと思ったけどその後に続いた言葉を聞いて全てを察した。
きっとこの状況はわたしとお父さんを少しでも仲直りさせようと三人で作ったものだろう…
でも素直にお父さんがそう言ったのは何だか意外だった…
お父さんはかなりの頑固者だしこの6年間お父さんは意地を張り通してきたからこそそう簡単に解決するとは思っていたかったから…
「わ…わたしはお父さんのこと嫌ったりはしてなかったし…
お父さんには悪いことしたなって思ってたから…
もし、お父さんがわたしのことを許してくれるならまたちゃんとやり直したいって思ってたから…」
やばっ… 声が震える…
今まで思っていたことを素直に言えばいいだけなのにっ…
こんなに難しいことじゃないはずなのに…
「だからっ…あっ…ううっ…
また昔みたいにご飯食べ行ったり旅行行ったりしようよ。」
お父さんに見つめられて言葉が詰まってしまったりしたけどなんとか言いたいことを言えたと思う…
ちゃんと伝わってるといいな…
「ありがとうっ…
またいっぱい楽しいことをしような。
失った家族の時間を取り戻そう!」
お父さんは涙目になりながらわたしに抱きつこうとしたけど先生に止められてた…
「こんなところで何をしようとしてるんですか…
周囲の誤解を招いても仕方ないですよ?
なんせもうここは一般の方がいっぱいいる本館ですよ?」
呆れたような先生の声で別館と本館をつなぐ長い廊下を渡りきっていることに気づいた…
もう本館についてたんだ…
あとは手続きを済ませて病院を出るだけか…
長く感じた入院生活ももう終わるんだなぁ…
これからが少し不安だな…
「せっかくの門出なんだからそんな顔してちゃダメよ?
病院の外には楽しいことがたくさんあるじゃないっ!」
楓さんがそう言ってくれたからなんとか不安に押しつぶされそうな心を平常に戻すことができた。
「もう手続きの準備はできてますのでカウンターまで進んでください。」
ロビーまでエスカレーターで降りると案内係のお姉さんにいきなり声をかけられた…
いきなりだったものだからだいぶびっくりしてしまった。
「わ、わかりました。」
そう一言だけ言ってわたしはお父さんとともに特別手続と書かれた看板の下がっているカウンターまで向かった。
「宮代茜さんですね。
ではこちらの書類に目を通してこちらにサインをしてください。
では茜さんがサインをしている間に会計を済ませてしまいましょう。」
そうして渡された紙は個人情報の取り扱いについてとTS症候群の関係の申請を病院に任せるという誓約書のようなものだった。
もちろんわたしはもとよりそのつもりだったのでサインをする。
「お、早いなぁ。
しっかり読んだのかぁ?」
わたしがペンを置いたのを見るやお父さんがそう茶化してくる。
「大丈夫だからっ。しっかり読んだもん!」
「こうしてると本当に茜菜が戻ってきたような気がするなぁ…」
わたしがすこし頬を膨らませて言うとお父さんがボソッとそう言った。
「こちらがレシートになります。
次回の来院予定をこちらの記録手帳に記載しております。
次回からはこちらの記録手帳を持ってこの窓口までお進みください。」
「あっ、ありがとうございます。
ほら、こっちの手帳の方はお前が持っておけよ?」
タイミングよく窓口の人が声をかけてくれたのでわたしに追求されることはなかったけどお父さんがそんなこと思ってたなんて…
「お大事にどうぞ。」
「「ありがとうございます」」
窓口の人は終始丁寧な対応だったなぁ…
でもTS症候群の書類とかも扱ってるなんて何か特別な窓口なのかなぁ…
「ここは別館用の特別な窓口なんだよ?
だからTS症候群の書類とかも扱ってるの。
普通なら別館の患者さんの書類系は別館から持ち出さないんだけど退院の時に必要だったりするからこの窓口があるんだよ。
だからこの窓口だけセキュリティは万全の体制を期しているんだ。」
わたしの心の中を見透かしたかのようなタイミングで楓さんはわたしにそう教えてくれた。
「へ〜…
なんだかVIP対応なんですね。」
「もともと別館はVIP用の棟だしね。
そこに機密性の高い患者さんに入ってもらってるだけなのよ…
TS症候群の患者さんはこれから新しく人生をやり直す人たちばかりだからその辺の情報はしっかりしてるのよ。」
「では私たちは車でさっきの入口まで向かいますので二人は中から向かっていてください。」
楓さんの説明を聞きおわるくらいのいいタイミングで先生がそう言ってきた。
お父さんと先生で外から別館の地下に車を回すつもりらしい。
きっとセキュリティとかで誰かついていないといけないんだろうなぁ…
「わかりました。
じゃあ私達はまた戻りましょっか。
ごめんね、いっぱい歩かせちゃって…」
「いいんですよ!リハビリはまだ続いてると思ってますから!」
そんなこと気にすることないと思うんだけどなぁ…
一応入院してたくらいには病人だからってことなのかなぁ…
「それならよかったわ…
この長い廊下を歩くのはわたしでも気が参るもの…慣れてない身体なら尚更大変だと思うのよ…」
確かに楓さんの言うことは一理あると思う…
この病院の広さはおかしいと思う…
別館が一番遠いのがまた作為を感じるよ…
「でもやっぱりこんだけ遠いと大変ですよね。
いくら隔離しなきゃいけない部署だからって…」
「まあ仕方ないわよ…
VIP棟だからなんでも揃ってるし常駐の医師もいるし独立した病院みたいなものだからね…」
「へーすごいんですね。
この病院ってなんでこんなに大きいんだろ…」
「それはね…」
ピッ!!
そうこうしているうちに別館についてしまった。
「まあ、その話は今度にしましょっか!
あっ、忘れ物しちゃった…
先にエレベーターで降りてて?」
別館のエントランスホールに着くなりそう言って何処かへ行ってしまった。
唐突に忘れ物を思い出すなんて…
まあ、いっか…
そんなことを思いながらわたしはエレベーターで下まで降りた。
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「あれーっ? あ〜ちゃんひとり?」
「お父さんと先生は車を回してるとして…
楓さんは?」
エレベーターから降りるなりひーちゃんと雪ねぇに声をかけられた。
「なんか忘れ物したってさ…」
そう返しながらエレベーターホールを見渡すとまるでホテルのロビーのようでとても驚いた…
「えっ、すごっ…」
「そうでしょう?
こういう所がVIP棟たる所以なのよね…」
わたしが驚いていると後ろから楓さんに肩をたたかれた。
「楓さん来るのはやっ。」
「まあ取りに行く場所もすぐだったしね。
はいっ!これ私からの退院祝いだよっ!」
いつの間にか私の正面に回った楓さんは後手に持っていた小さな紙の包みをわたしに渡してくれた。
「えっ、…あっ…ありがとうございます!
開けてもいいですかっ??」
「うん。是非。」
そう言った楓さんの笑顔はとても素敵だった…
わたしもこんな風になれるのだろうか…
そんなことを思いつつ丁寧に包み紙を開けると入っていたのはオレンジのとてもかわいい手帳だった。
「うわぁぁっ!かわいいっ!
ありがとう楓さんっ!」
無意識にむちゃくちゃテンションが上がってしまっている気がする…
かわいいっ…この手帳本当にかわいいっ!
「しかもね〜…ちょっといい?
じゃーん!!これから茜ちゃんが困んないようにお姉さんからアドバイスを沢山書いておいたから!
困ったりした時には読んでみて!」
ニヤニヤしながらわたしから手帳を受け取った楓さんは後ろの方のページを開いてわたしに見せてきた。
そこにはびっしりと楓さんからのアドバイスが書かれていた。
こんなに良くしてくれるなんてっ…
「楓さんだいすきっ!」
そう言ってわたしは楓さんに抱きついてしまった。
ああっ、こんなことするつもりじゃなかったのに…
「うんうん。私も茜ちゃんのことだいすきだよ。
今までよく頑張ってきたね。
茜ちゃんならこれからも頑張れるよっ!」
やっぱり楓さんの声はとっても落ち着くし楓さんのなでなではとっても気持ちいい。
「うん… ぐすっ…わたし頑張るね…ぐすっ…」
なんだかよくわかんないけど涙が溢れてくる…
わたしは流れてくる涙を隠すかのように楓さんに抱きつく腕の力を強めた。
ウィーン…
「あらあら、お取り込み中でしたか?
茜ちゃん。わたしからも実はプレゼントがあるんです。」
自動ドアが開く音がすると思って顔を上げてみると花束を持った先生とお父さんが立っていた。
「ううっ…倉田先生っ…
ありがとうございますっ…」
「貴女なら緋那さんとも共存していけると思います。あくまで医者としてではなく個人としてですが…
ですから、貴女らしく生きてください。
そして貴女が描く茜色の未来を私たちにも見せていただけるとありがたいです。
これからですけど、頑張ってください!」
なんだかいつもの先生より熱いような気がする。
本当は先生も熱い人なのかもしれないなぁ…
そんなことを考えてしまってるけど涙を止めることはできなかった…
「ううっ…ありがどう…
わたしがんばる…がんばるよぉ…」
「それじゃあそろそろ行こうか。
倉田先生、高砂さん。本当に有難うございました。」
お父さんは時計を見て先生と楓さんに最後に挨拶を始めた。
「先生、楓さんっ!
バイバイっ!なんかあったらまた相談に乗ってくださいっ!」
「有難うございました!
茜ちゃんはしっかりわたしが守りますっ!」
お父さんに続いてひーちゃんと雪ねぇも最後に挨拶をした。
「ありがどうございました。ぐすっ…」
わたしも涙かあふれないように精一杯頑張りながらお礼を述べた。
「茜ちゃん。」
そう言って楓さんはまた抱きしめてくれた。
「別にこれが今生の別れじゃないんだから…
茜ちゃんは笑顔の方が100倍可愛いぞ。
じゃあ、またね。」
楓さんはそう言いながらわたしが車に乗り込むまで見守っていてくれた。
「じゃあ…行くか。」
そう言ってお父さんは車ゆっくりと進め始めた。
わたしは少しずつスピードの上がる車の中で見えなくなるまで楓さん達に手を振り続けた。
楓さん達も手を振り続けてくれたのがとっても嬉しかった…
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「茜ちゃん達行っちゃいましたね…」
茜ちゃん達を見送った後並んで病棟まで歩いてる途中にわたしはそうボソッと漏らした。
「ああ、寂しくなるな。
まあ、俺たちはゆっくりと彼女の動向を見守ればいいさ」
「そうですねっ!先輩っ♪」
そう言ってわたしは先輩に抱きつこうとする。
「おっと…戻ったらまた報告書の山が待っているんですよ?」
「ぐっ…!」
先輩には軽くあしらわれてしまったけど今度は諦めない。
「そう言えばぁ〜。
先輩見えてたんでしょう?緋那ちゃんも」
今度は抱きつくことに成功したわたしは気になっていたことを先輩に聞いてみた。
「こらこら、こんなとこで抱きつくとまた始末書くらうぞ?
…正直なところ茜ちゃんの中から緋那ちゃんを感じることはあったんだけど…もみじみたいに外に出てきてないところを見るともみじより力が弱いと思う。
きっとそう長くは持たないんじゃないかな…
茜ちゃんと緋那ちゃん次第だけど…」
「そう…ですか…。
なんとか私たちが頑張らないとですね…」
取り乱しそうな心を抑えてなんとか私は平静を保った。
「ああ、そうだな。」
そう言った先輩の表情はどこか硬かったような気がする…




