14話 レーゾンの解散 後編
その日はまるで橙くんの誕生日を祝うかのような快晴だった。
今日はスカーレット主催のイベントに参加する事になっているのだけど何故だかわたしは早朝からレーゾンの所属するインディーズ事務所の会議室にいた。
バンドがメジャーレーベルから声がかかった事によってレーゾンデートルは揉めに揉めていた。
その話し合いをするために昨日の夜からわざわざ事務所に会議室を貸してもらっている。
「このままじゃ議論は進まないぜ?
意見が分かれてるんだし何かいい案がないか模索するべきだろ!」
うちのベーシストのテツが机をドンと叩いて大声でそう言う。
「そんな事言ってもこいつらが折れない限りは答えは出ない。
俺から譲歩しようにもこの対応じゃどうしようもない。
テツがアツくなったところでなにも変わりはしない。」
リードギターの慎司はメガネをくいっと上げながらそう答えた。
私は本当にこいつとは馬が合わない。
今回の事もこいつが原因だと私は思ってる。
簡単に言ってしまえばこいつが勝手にメジャーデビューを推し進めてそれに賛成する側とそうでない側で対立してしまっている。
私の意見としては私達はメジャーに行くために音楽をやってるわけじゃないし声がかかったレーベルはあまり評判がよくないし自分達の納得できる形で音楽をやれなくなるかもしれないという事を憂慮してる…
キーボードの渚と私がこの意見を支持してた。
そして向こうの意見はメジャーに行くためなら多少の犠牲は厭わないといった感じで多少の犠牲といっても私から見ればとても大きなものを失いかねない道を突き進もうとしている。
この意見にはギターの慎司とドラムの俊哉が賛同していた。
ベースのテツは一応リーダーとしてみんなの意見をまとめようと頑張っているが意見としては私達側らしい。
レーゾンは作曲をテツと私で受け持って作詞を私と渚で受け持っているのでこの結果は純粋にクリエイターとプレイヤーで意見が分かれたってことだろうな…
「テツくんはただみんなの意見をまとめようとしてくれてるだけじゃん!
私達は絶対ヤダって言ってるわけじゃないのになんでそんな言い方しかできないのよ!」
渚が慎司にくってかかった。
もともと渚は感情的な娘だから熱くなりやすいけどここまでのは正直見たことない。
「渚、あんまり感情的になっても慎司には届かないよ…
それに今まで散々議論したじゃない…
それでもまだこんな話してるってことはもう私達はダメってことだよ…
私はこんなバラバラのバンドには曲を書きたくない…」
私は渚を窘めながら悩んでいたことをぶちまけた。
今までの議論でメンバーのどうしようもなく嫌な部分が見えてしまったからもう私達はこのメンバーで続けていく自信がない。
「なんだよその言いようは!
お前がレーゾンの音楽性の全てを担ってるとでもいうのかよっ!
思い上がるなよ!俺たちはそんなに無力じゃない!」
私の最後の言葉にカチンときたのか慎司は勢いよく立ち上がって憤怒した。
そこには今まで論理的だった慎司の面影はなかった。
「なんですって?
さすがにレーゾンを私の曲が支えてたとは思っちゃいないけどさ!
それでも私の音楽性はレーゾンの一部でしょ?
曲も書いてないあんたにうだうだ言われたくないわよ!」
そんな慎司の態度に私はたえきれなくなって慎司に掴みかかった。
「二人ともやめてくれ!!」
テツの怒号で私はハッと正気に戻った。
「雪菜、ちょっと言いすぎだ…
でもな、間違ったことは言ってない…
慎司の言い分には俺もカチンときた。
俺はレーゾンは雪菜があって初めて成立すると思ってる。
雪菜の曲しかり歌詞しかり、俺の曲だって雪菜が歌うのが前提の曲だ…
ただ、俺はなんとかレーゾンを続けたいと思ってる。
それには雪菜が必要なんだ。
力を貸してくれないか?」
テツはちょっと怒ったように慎司を一瞥しながら言った後私の方を掴んでそういった。
テツの目はとても真剣で純粋な眼差しをしていた。
「でもっ…
私はもう相容れないってわかっちゃったよ。
慎司の本心が見えちゃったもん…
今までこのメンバーだからやれてると思ってた…
でもっ…慎司は違うみたい…」
そんな台詞を言ってるうちに涙が溢れてくる。
「あたしも同じ意見ね。
このメンバー以外でもいいみたいな考えをしてる人とはやって行きたくない。
あたしは雪ちゃんの仲間だからね。」
渚が今にも泣き崩れそうな私を抱きしめながらそう言ってくれた。
最後の一言はとても優しい声だった。
「もう戻れないのかもな…
こんなバラバラじゃこの先生き残れないよ。
俺も解散って選択が一番正しい気がしてきた。」
今まで沈黙を守ってきた俊哉がその重たい口を開いて出てきた言葉はとても意外に感じた。
「みんながそうしたいって言うならそうするしかなさそうだな…
発表するタイミングは少し考えよう。
俺から社長に話を通しておく。」
私達の瞳を見てテツが諦めの目をしてそう言った。
「こんなことで終わってたまるかよ。
俺は諦めないぞ!
このメンバーじゃなくても絶対メジャーを掴んで見せる!
お前らじゃなくても良かったってそう思わせてやる!」
パシンっ。
「あんたなんてサイテーだよ。
解散に至った原因はあんたにあるってわかってないんだ?
解散してなかったらあんたなんてクビだよ!」
私は思わず慎司にビンタを食らわせていた。
みんなも同じ気持ちになっていたのか私と同じような目で慎司を見つめていた。
「慎司!
解散するまではお前とレーゾンだ!
今日のライブ遅れんなよ?」
会議室から出て行こうとする慎司にテツは声をかけるが慎司はそのまま会議室から出て行ってしまった。
「ごめんねぇ…みんな…
私があんなこと言いださなきゃこうはならなかったよね…
ごめんね…
ごめんね…
一番大切だと思ってたレーゾンを私がぶち壊しちゃった…
うう…
うわぁぁぁぁん…」
私は溢れる気持ちを止めることができなかった。
「雪ちゃんは悪くないよ…
これはみんなが望んだんだよ…
だから雪ちゃんは悪くない。」
そう言って渚は抱きしめてくれた。
「そろそろ社長も来る頃だろ。
俺らは社長に事の顛末を話したら一旦帰るわ…
今日12時集合だから遅れんなよ?
あと、雪菜はレーゾンにとって正しい判断をしたと思う。
だから自分を責めるな。」
テツは事態を収拾するために動いてくれるようだ。
最後の照れ臭そうな言葉が私の心を暖かくしてくれた。
「うん。わかった。」
そうとだけ返事して私も帰る準備をする事にした。
「雪ちゃん大丈夫?
ウチ来てシャワーとか使う?」
渚が心配そうに声をかけてくれたのがとても嬉しい。
「ううん?
嬉しいけどやめとく。
ちょっと一人になりたい。」
私はそう言ってフラフラと会議室を出た。
後ろから聞こえた渚の「早まったりしちゃダメだからね!」っていう声がなんだかおかしくってクスッと笑ってしまった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
結局フラフラと街を歩いてネットカフェでシャワーを浴びたりしてるうちに時間に近くなってきていた。
いろいろと心を空っぽにしていたら時間はあっという間に過ぎてしまって結局時間に遅刻してしまった。
『うん。ごめんね。
なんか歩いてたらずいぶん遠くまで来ちゃった…
わかった…
急いで向かうから…』
テツに連絡をするとテツは心配していたようでとても憔悴した声だった。
「あれっ、開場まだですよ?
もうちょっと待っててくださいねー。
って雪ねぇじゃん。リハ遅れるとかどうしたんだよ。」
フラフラとライブハウスにたどり着くと入口付近で橙くんに見つかった。
「うん…ごめんね…
遅れちゃった…
いろいろあって…」
橙くんには心配をかけたくなかったので強がってそう言った。
「まあいいけどさ…ってかなんか目ぇ腫れてない?大丈夫?」
「大丈夫。
本番まで少しそっとしておいて?」
そう言って私は楽屋に向かって集中力を高めるためにフードをかぶって心を落ち着かせた。
「雪菜きてたんじゃん…
きたら教えてって言ったじゃん…
まあ、リハとセットは橙哉がしておいてくれたからあとはお前がしっかりやるだけだ…」
テツがそう言って私の頭を撫でてくれた。
あわわ…
いきなり何をするんだこいつは!
「なにすんのよ?」
私は真っ赤になった顔を手で隠しながらそう言った。
「俺は解散してもずっとお前といたい。
考えといてくれないか?
俺とお前の新しい関係を…」
テツはそう言ってそそくさといなくなってしまった。
どうゆう事?
なに?このタイミングで告白?
わけわかんない!
でも、悪くはないかも…
そんな事を考えていると勢いよく楽屋のドアが開いた。
「レーゾンさん!
出番次ですよ!
って雪菜さんなに乙女チックな顔してんすか?」
レーゾンの出番を知らせにきた日向だった。
「乙女チックな顔ですって?
いつも乙女な顔してるでしょ!
それはさておき、呼びに来てくれてありがと。
お礼にサイコーのライブ見せてあげるわ!」
日向のツッコミである程度元気が出た私はその勢いでステージに向かった。
なんとか普段の調子でライブも終われて私はスタッフに準備してもらってたあるものを取りに行った。
「うん。ありがと。
サイズもぴったりよ!」
私は用意してもらってたスカーレットとレーゾンのロゴ入りオレンジTに着替えるとスタッフにお礼を言ってフロアに出た。
実は橙くんの誕生日ということでフロアをオレンジに染めてあげようということで私が実費で今日の入場者分をスタッフに用意してもらって、入場の時にバレないように配ってもらったのだ。
フロアに出るとみんながそのTシャツを身につけてくれていて私はなんだか涙が溢れそうだった…
橙くんのライブも無事終了し残すはアンコールのみとなった。
レーゾンのスタッフに頼んでセッティングをしてもらい。
私は客席でスタンバイする。
「上がってこいよ!雪菜!」
その掛け声とともに揉みくちゃにされながらもフロアからステージによじ登る。
「へへっ、客席から登場とかやってくれんじゃん。サイコーだよ雪菜!」
「あんた達もやってくれんじゃん!
私たち食っちゃったんじゃないの?」
私は橙くんのライブをみて思った感想をそのまま言った。
「俺らも大きくなったってことよ!
んじゃ行きますか!
スカーレットfeat.雪菜でレーゾンデートル!」
橙くんと立つステージでレーゾンデートルを演奏することができたことやレーゾン解散のことなどいろんなことが重なって感極まってしまった。
なんとか演奏を最後まですることはできたけど演奏終わりのMCなんてボロボロで号泣することしかできなかった。
「ステージで泣くなって…
ありがとう!雪菜!
みんな拍手で送ってあげてください!
レーゾンから雪菜でした!」
橙くんに支えられながら舞台袖まで行った私は涙でグチャグチャになりながらも橙くん達のステージを近くで見届けることにした。
それはアンコール最後の曲で起こった。
ギターをかなぐり捨てて客席へと飛んで行った橙くんが戻って流されてきたときにはグッタリとしてしまっていた。
その様子を見てとっさにまずいと判断した私はスタッフに声をかけて橙くんを救出しに向かった。
「橙哉くん!
ねぇ!大丈夫!」
フロアは混乱に包まれていた。
「とりあえず橙くんをステージ袖まで運びましょう!」
みんなで担ぎ上げた橙くんはグッタリとして意識もなかった。
「橙哉くん!
大丈夫か!聞こえてるか?」
舞台袖に運んでスタッフさんに見てもらっているとフロアの動揺が伝わってきた。
私はとっさにレーゾンの楽屋に向かった。
メンバーに声をかけてもう一曲やるためだ。
ガチャ!
「みんな!
力を貸して!」
そう言って楽屋に入るとみんな準備万端だった…
「お前の考えることくらいわかってるよ!
それじゃあ行こうか!
俺たちの解散発表に!」
テツの言ってることはよくわかんなかった。
「俺たちは解散すんだ。
だったらスカーレットの奴らになにか残して終わりたいじゃねぇか!
だからこの動揺を塗り替えに行くんだよ!」
テツは私の思ったよりも聡明でバカだったみたいだ…。
「わかった…
解散発表前最後のライブだね…
準備万端だよ!」
私はそう言ってステージに向かうメンバーの後を追った。
「スカーレットがちょっとなんかトラブったみたいだけどよ!
俺たちのステージの前に問題起こすなよな!
スペシャルアンコールだ!
心してみていけよな!」
私がギターを受け取ってステージに立ったときにはテツが客席を煽ってるとこだった。
「本当だよ〜。
せっかくのスペシャルアンコールなのに〜…
まあ、トラブルなんて忘れるほど盛り上がって行くよ!
『Fly High!』」
そう言って盛り上がる系の曲をチョイスして演奏した。
「ありがとうっ!
スペシャルアンコールはこれで終わりだけどここでレーゾンからお知らせです!」
フロアがざわざわし始めたのを感じる。
きっとある程度この界隈の情勢に詳しい人ならメジャー移籍とかその辺だと思うだろうしそんな雰囲気も感じ取れる。
「まだ時期は決めてないけどレーゾンデートルは解散することにしました。
みんなにこんなお知らせをしなきゃいけなくなっちゃうのは俺も悲しいです…
でも、メンバーもいろいろ考えがあってこの結論に達しました。
できればこの先バラバラの道に進んでもも俺たちのことを応援してくれると嬉しいです。」
リーダーであるテツが解散発表をした瞬間にフロアは凍りついた。
テツが話し終えた瞬間にフロアから怒号とも取れる叫び声がこだまし始めた。
「なんでだよ!
解散しないでくれよ!」
「わたしは何があってもテツくんについていくよ!」
「雪菜ちゃん泣かないで!」
そんな声まで聞こえてきた。
ってか私なんで泣いてるの?…
全然気づかなかった…
「ごめんね…
本当にごめんね…
でもね、解散ライブの日程が決まるまでは今まで通りライブするから!
最後まで私達は走り抜けます。」
わたしはそう言ってそそくさとステージから降りた。
結局私達の騒動のおかげで橙くん達のトラブルは取り沙汰されなかった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「それでライブの搬出した後に橙くんが運ばれた病院きてみたら橙くんが女の子になってたってわけ。」
あっけらかんとして雪ねぇは話しているがだいぶ大事になっていたようだ…
「雪ねぇ大丈夫なの?
その…ショックとか…」
わたしはなんだか聞くのが躊躇われて途切れ途切れに聞いてみた。
「まあ、ショックっていったらショックかな…
でも、今は実感なくって…
橙く…あーちゃんのことでいっぱいいっぱいだからさ…
実際解散ライブの日取りも決まってないしあーちゃんの事もあるからライブお休みしてるしね…」
雪ねぇはさらっと言っているがバンド命みたいな感じでバンド漬けの毎日だった雪ねぇがライブを休んでるとか信じられない…
わたしがこうなっちゃった事でいろいろなところに迷惑をかけているのだろう…
「ごめんね…
迷惑かけちゃって…
雪ねぇにもひーちゃんにも迷惑かけちゃうとかなんだかわたしだめだめじゃん…」
わたしは申し訳なくってそれしか言う事ができなかった。
「大丈夫よ。
私もひーちゃんも迷惑だなんて思ってないわよ…
純粋に心配だから近くにいたいの。」
そう言って雪ねぇは抱きしめてくれた。
雪ねぇの胸の中はとても安心する。
「あーちゃんいい匂い…
くんかくんか…
可愛すぎて壊したくなっちゃうわ!」
いつものようにラリった目をして戯言を言ってくる雪ねぇがとても怖く見える…
「いやぁぁぁぁぁぁぁ…
ひーちゃん助けて!」
「えー楽しそうじゃん!」
ひーちゃんは雪ねぇ側につくらしい。
「助けてよぉぉぉぉぉ…」
病棟にわたしの叫び声がむなしくこだましたのであった。




