13話 レーゾンの解散(前編)
今回この話を一回にまとめるか悩んで悩んで悩みぬいた先に結局2回に分割してお送りすることにしました。
なのでいつもより少し短くってごめんなさい!
いきなり視界が真っ暗になったと思ったら顔面に柔らかいものの感触を感じて状況を察した。
きっとひーちゃんがわたしを抱きしめているのだろう。
ひーちゃんとわたしに身長差があるせいでひーちゃんが背伸びをして抱きつけばわたしの顔はひーちゃんの胸あたりになってしまう。
「もうっ!あんまりあーちゃんを困らせちゃだめよ!
それにその格好じゃ可愛い困り顔が見えないじゃない!」
雪ねぇの声が聞こえるので雪ねぇも一緒なのだろう。
ってか雪ねぇよ…
ツッコミどころそこじゃないでしょ…
「あ〜ちゃんを全身で感じたいだけだからいいの!」
ひーちゃんがわたしを抱きしめる手を強める。
「く、苦しい…
ひーちゃんはなして…」
だいぶ苦しくなってきたので声で伝えるけどひーちゃんの暴走は止まらない。
「くるしい!」
わたしは力を振り絞って大きな声でそう言った。
「あっ!
あ〜ちゃんごめんね…」
そう言ってひーちゃんは腕の力を弱めてくれた。
「はあ…はあ…
ひーちゃん羨ましい!
私もあーちゃん抱きしめたい!」
今度は雪ねぇが暴走しそうなので本当に誰か止めて欲しい…
「そういえば恥じらいながらそんなおっきな袋を持って売店から出てきたけどどうしたの?」
ひーちゃんがそんなことを聞いてきたけどわたしはプイッとそっぽを向いて歩き出した。
そうだ。
今日のわたしは怒っているのだ。
いつもみたいに雰囲気に流されたりしない!
「ええっ!
どうしたの?
無視とかやめてよ!」
ひーちゃんがわたしの反応を見てちょっと機嫌が悪くなった感じがしたけどわたしは無視を続けて歩き続けた。
「ちょっとどうしちゃったのよ!
ひーちゃんのこと無視するとかひどいじゃない!」
体力もだいぶなくなってきて歩くペースが落ちて別館の入り口付近でついに腕を掴まれて引きとめられてしまった。
「ひどいのはそっちじゃん!
なんで解散したの黙ってたのさ!
しかもわたしの倒れたライブでわたしの倒れた後ステージに登って解散発言したらしいじゃん!
なに?
わたしのせいだから言い出せなかったってわけ?
わたし言ったじゃん…
「ライブどうなった?」って…
なのにはぐらかして来てたじゃん…
きっと大変だったんだろうなって思ってたからあんまり聞かなかったけどさ!
迷惑掛けたって思ったけどそれでもそんな結果になってたなら教えてくれても良かったじゃん!
一緒にステージやったのにさ…
家族なのにさ…
ううっ…
うわぁぁぁん…
雪ねぇのバカァ…
それに黙ってたひーちゃんも同罪だよ…
うわぁぁぁん…」
わたしは耐えきれなくなって溢れる思いをぶちまけるとともに訳わかんなくなって涙が溢れてきた。
こんな状況で一人称がわたしになってることで心まで女の子に近付いていることを嫌でも感じてしまう。
「いやっ…
黙ってた訳じゃないのよ?
今のあーちゃんに話すことじゃないかなって思ってただけよ…」
雪ねぇは慌てて言い訳をするがいろいろ溢れてくるわたしには届いてこなかった。
「そんなの言い訳じゃん!
知らないよ!ううっ…」
わたしは雪ねぇの言葉を聞き入れることもなく泣きながら立ち去ろうとした。
「それでもあたしが無視される理由にはならないよ?
だってあたし知らなかったもん。
だからあたしに当たられるのも筋違い。
それにおねぇちゃんも茜ちゃんのことを思って伝えてなかったみたいだし今、茜ちゃんがやってることは駄々こねてる子供にしか見えない。
おねぇちゃんにも落ち度はあると思うけどね…」
ひーちゃんがとても冷たい表情でとても冷たい声をしてそう言ってきた。
ひーちゃんが本気で怒った時はこうやって感情をなくして怒るのをわたしは知ってるしその時のひーちゃんの怖さも知っている。
「あっ、えっ…
ご、ごめんなさい?」
わたしはひーちゃんの雰囲気に圧倒されて疑問系にはなってしまったが謝ってしまった。
でも、そのおかげで溢れる感情の波に飲まれることはなくなった。
「うん。
それでよし。
後は二人で解決してね♪
荷物持とうか?重たそうだし…」
ひーちゃんは笑顔でわたしにそう言いかけ
て来てくれた。
「うん。ありがと。
お願いするね。」
わたしはそう言ってひーちゃんに持ってた袋を渡した。
実は早歩きで歩いてきたため結構体力が限界だったりする…
「ごめんね?あーちゃん。
落ち着いたら言おうと思ってたのよ…
わたしとは仲直りしてくれないのかな?
なんか持つものあったりしない?
それとも抱っこしようか?
それともぉ…」
ひーちゃんとわたしのやりとりを見ていろいろ言ってくる雪ねぇであったがわたしはプイッとそっぽを向いて歩く。
「あ〜ちゃん許してあげたら?
おねぇちゃんもこう言ってる訳だし…
プリプリ怒ってるあ〜ちゃんも可愛いけどいつものあ〜ちゃんの方が可愛いよ?」
ひーちゃんが見かねたのかそう言ってきたけどわたしは怒ってるのだ…
そうそう仲直りとはいかないよ!
「明日甘いもの買ってくるから許して!」
ついに雪ねぇは物でわたしを釣ろうとしてきた。
そんな魂胆じゃ許してあげないんだから…
でも…宝栄堂のフルーツタルトなら許してあげてもいいかな…
「宝栄堂のフルーツタルト。」
わたしはボソッと言った。
「宝栄堂のフルーツタルトね!
わかったわ!明日買ってくるね!
後欲しい物はない?」
雪ねぇはわたしの呟きを見逃さなかったようだ。
まあ、雪ねぇもこう言ってる訳だし許してあげてもいいかな。
「ないよ。
後は詳しく話を聞かせてくれればそれで許してあげる。」
わたしはまだむすっとしながらもそう答えた。
「物で釣られるなんてあ〜ちゃんどんだけ安いの…」
ひーちゃんがわたしを見て呆れているがわたしは構わない。
宝栄堂の力は偉大なのだ!
それに黙ってたことに怒ってた訳だし謝ってくれて詳しく話してくれるならもう怒る理由もないから。
「安い訳じゃないもん…
もう怒る理由がないだけだし…」
わたしは頬を膨らませてそう拗ねた。
「はいはい。
あんまりそうやってるとなおさら子供っぽく見えるよ?」
ひーちゃんにそう窘められてわたしは頬を膨らませるのをやめた。
子供っぽく見られたい訳じゃないよ…
まあ、でも女の子になってから少しは子供っぽくなったかもしれない…
「あれ、茜ちゃん一人で帰って来ると思ったけど二人も合流してたのね。」
病室の前までたどり着くと楓さんが待ち構えていた。
「おはようございますっ!
あれっ、楓さんお仕事はいいんですか?」
ひーちゃんが楓さんに失礼ともとれる言葉をかける。
ちなみにひーちゃんは挨拶はいつでもおはようございますで統一されている。
業界の挨拶は朝でも夜でもおはようございますなのだそうだ。
まあ、実際楓さんはわたしの病室の前で待ちぼうけていたのでその姿は側から見たらサボってるように見えるだろう。
「大丈夫も何も私の仕事は茜ちゃんについていることだからね!
茜ちゃんがきちんと買い物できたみたいだから帰ってくるのを待ってたのよ。」
そう言って楓さんが病室の扉を開けて「入って」とジェスチャーする。
この病室の主って一応わたしじゃないのだろうか…
病室に入ると綺麗に掃除がしてあった。
きっと楓さんがやったのだろう。
楓さんがわたしの専属というのは本当なんだなと実感した。
「とりあえず買ってきた物見させてもらうよ!
なんか雪菜ちゃんとお話があるみたいだけどとりあえずこっちを先にやらせてね。」
楓さんひーちゃんから袋を受け取ってそう言った。
「それなら終わったらお茶できるようにお茶とお茶請け買ってきますね!」
雪ねぇとひーちゃんがそう言いながら病室から出て行こうとする。
「あっ!
お茶はいい紅茶もらったからあとで淹れてあげるわ!
だからお茶請けだけ買ってきて?」
楓さんが二人を引き止めてそれだけ言った。
「わっかりましたー!
じゃあ行ってきます!」
ひーちゃんがそれに応えて雪ねぇの手を引っ張って病室から出て行く。
「じゃあチェックしましょっか!」
そう言って楓さんがわたしの買ってきたものを漁り始めた。
「うん。
言ったものちゃんと買ってこれてる…
そういえば体力的には大丈夫?
一応身体のリハビリも兼ねてるんだけど…」
楓さんが袋の中身を確認し終えるとわたしの方を向いてニコッと笑いながらそう言ってくれた。
すぐに心配そうな表情になってわたしの身体を見回してくる。
いつもお茶目な暴走看護師なのにこういう瞬間はしっかりとした看護師に見えるのが不思議で仕方ない。
「身体の方はだいぶ無理しちゃったかな…
体力はもうスッカラカンだよ…
あと、汗で下着とか蒸れてきて気持ち悪い…
今の体力じゃ一人でお風呂には行けなさそうだしどうしよ…」
わたしは今の自分のありのままを話した。
正直今すぐにでも身体を拭いて着替えたいくらい気持ち悪い。
「じゃあ今私に身体拭かれて着替えさせられるのとあとでゆっくり私とお風呂入るのどっちがいい?」
楓さんがこれまた意地悪な質問を投げかけてきた。
どっちにしろ私は楓さんに身体を触られまくるのだろう…
「まあ、できればゆっくりお風呂に入りたいとこだけど…
汗の匂いとか気になる…」
恥ずかしいので小声でそう言う。
こんなボソボソ喋ってたら聞こえないかもだけど…
「そんなに恥ずかしそうにしなくても大丈夫よ。
茜ちゃんからは桃みたいないい匂いしかしないから!
どんどんいい匂いになっていくし大丈夫だよ!」
楓さんはあっけらかんと答えるがわたしは制汗スプレーや香水をしていないのできっとそれはわたしの体臭ってことになる…
なんだか客観的にそう言われてしまうととても恥ずかしい。
わたしは顔を真っ赤にして伏せてしまった
。
「そんなに心配ならわたしのボディーシート使う?
これで簡単に拭けば気にならなくなるでしょ。」
そう言って楓さんがボディーシートを使ってわたしの身体を簡単に拭いてくれた。
「あ、ありがとうございます…」
ガラガラ
「ただいまー!
ここってすごいよね、病院なのにすごいちゃんとした喫茶店あるんだよ!
そこでケーキ買って来ちゃった!」
わたしが恥ずかしそうに俯きながら楓さんにお礼を言うと勢いよくドアが開いてひーちゃんが嬉しそうに紙でできた箱を突き出してきた。
「大丈夫よ?
ちゃんと明日には宝栄堂のケーキ買ってくるから。」
雪ねぇはわたしの顔を見ると途端にクスクス笑いながらそう言ってきた。
きっと無意識でジト目でもしていたのだろう…
「そ、そんな心配してないから!」
わたしは顔を真っ赤にして否定することしかできなかった。
「ふふふっ。
やっぱり三人は仲良いのね…
羨ましいわ…」
楓さんがすこし淋しげにそう言ったあとにお茶の準備に取り掛かり始めた。
「まあ、私達は三人だけの家族みたいなものですからね…」
雪ねぇは遠い目をしながらそう溢した。
「今するのはその話じゃないでしょ…
今はあの日の事とレーゾンの解散について教えてよ。」
わたしは少し冷たい声でそう言い放った。
そんなわたしを見てみんな少し固まっている。
自分でもこんな声が出るとは思わず少し困惑している。
きっとわたしの中であまり触れられたくない話題だからなのだろうけど…
「ごめんね。あーちゃん…」
「大丈夫だよ。
今はその話したくなかっただけ。
だから大丈夫。雪ねぇは心配しないで。」
雪ねぇが暗い顔してわたしに謝ってきたのでわたしは出来る限りの笑顔で返してあげた。
「うん…ありがとね。
ってかあ〜ちゃん可愛すぎっ!」
やっぱり雪ねぇを励ましてあげたのはよくなかった気がする…
「じゃあ、お茶も入った事だし事の顛末を教えてよ。」
楓さんが全員のお茶を汲み終えたのを確認してわたしは雪ねぇに話を振った。
「わかった。
とりあえず解散の理由から話すね。」
そう言って雪ねぇは解散の理由を語り始めた。




