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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

神を喰らう羅刹と言われた日

作者: 居眠 ノ街

 微妙に濃さが違う黒緑色が何重にも重なっている、古来から残された深くて神々しい森。その下は剥き出しの土ではなく、歪にひび割れたアスファルトの道が縦横無尽に張り巡らされていた。

「……!!」

 突き抜けるような風景に響く木霊のように、何匹もの犬の遠吠えが合わさって響き渡る。その度に神々しかった森は悲鳴を上げ、立派な木々が何本も根本から折れていった。

 次の瞬間、人の大きさではない二つの影が森の切れ目から躍り出る。一つ目は全長約五メートル程のあり得ない程の大きさを兼ね備えた猿だった。炎をまるで自己の体毛みたいに纏っていた存在であったが、身体中にできた傷口から吹き出す黒い血潮で鎮火しかかっている。

<…!……!!>

その猿が発する怒りが込められた叫び声は、顔面を覆い隠す目も口もないタール色の仮面が遮断していた。よく見ると、右上半身の大半もタール色の物体によって塗り固めるように覆われている。黒い血は無数に走る亀裂から吹き出していた。

 二つ目も、最初に出てきた猿と同じ人よりも遙かに巨大な存在である。鋭利で巨大な爪が生えていて、装甲板を何重にも重ねた手甲を覆った不格好な長腕は、無数に亀裂が走って焼き溶けかかっていた。二本の角を生やした髑髏の頭部も半壊していて、巨体を覆い隠すマントは今にも千切れかかっている。

 そんな状態でも平然と身体を動かすソレは、『化け物』より『鎧』と表現した方がイメージがピッタリと当てはまった。

“モリカラヒキハナセタゾ!!”

『鎧』から何の感情も籠もっていない、無機質で片言な声が響いてくる。

- シュッ!! -

『鎧』が肩を上げると千切れ掛かったマントが蛇のようにうねり、猿にキツく巻き付いた。そのまま上半身をひねると、無数に亀裂が走る音を奏でながら猿が地面へ転がる。

 それと同時に宙へ跳躍した『鎧』が、落下の勢いを味方に付けて鋭利で巨大な爪を振りかぶる。

<…!……ぎぎぎぎぎいぎぎーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!>

倒れ込んだ猿が奇声を発しながら、顔を『鎧』の方へ一瞬で向けた。

顔を覆っていた目も口もないタール色の仮面が、卵の殻が割れるように口元から顎の部分に掛けて割れている。割れた箇所から見えるのは猿の顔ではなく、黒灰色をした髑髏の顎部分だった。

“セツワ、キヲツケロ”

「オラぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!」

 突如として、半壊した髑髏の頭部から無機質な片言言葉ではなく活発な青年の雄叫びが聞こえてくる。

 鎧が自前の爪を勢い良く振り下ろすよりも早く、猿の割れた仮面部分から勢い良く炎が吹き出した。炎は周囲の水分をいとも簡単に蒸発させ、鎧を炎で宙に釘付けにする。

「ぁぁぁぁあぁぁぁぁあっぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

それも一瞬の事で炎の勢いより鎧が爪を振り下ろす勢いが勝り、猿の顔面を覆っていた仮面を完全に貫いた。

 そのまま鎧がもう片方の腕に生やした爪で、猿の左胸付近も貫く。何かを掴んだ感触を得ると、そのまま躊躇する事無く腕を引き抜いた。五本すべての爪を使って、まばゆい光を放つ球体を摘んでいる。その球体を掴んでいる事を確かめてから、鎧は猿の頭を貫いていた爪も引き抜いた。

 無数の亀裂が走っている鎧の顎具が外れて大きな口が露出すると、その中へ玉を放り込んだ。まるで生物のように何回、十何回、何十回と良く噛んだ後で”ゴクリっ”と喉を鳴らして飲み込む。

「無味無臭な変な物体が喉を通るのは、未だに抵抗があるな……」

“コッピドクヤラレタナ”

ガラスが砕けるような音が聞こえたかと思うと、ボロボロになった巨大な「鎧」が消え去った。「鎧」に変わって、一匹の犬と血塗れの青年が姿を現す。

「……うるせぇ」

青年が着用している暗紺色の詰め襟学生服とマントは、先程までそこに存在していた鎧と同じようにボロボロで自身の血で染め上がっていた。両腕は至る所から煙があがり、周囲に肉が焦げる臭いをまき散らしている。

「……なんとか、両目は見えるな」

 青年が額を押さえている左手は、掌の半分と四本の指がゴッソリ失っていた。

“セツワ”

 無機質な片言言葉は、犬から聞こえてくる。その犬は目も耳も口も無く、平坦でのっぺりとした顔をしていた。しかも、全身が朧気で霞んでいるように見える。

「……わかってるよ。形振り構わななすぎっていうんだろう?」

犬にセツワと呼ばれた青年は、徐々に塵と化していく猿の死骸へ腰掛けた。

“ソレモアル”

「すぐに帰ろうとしないって事で……大体察してくれ」

 死骸は完全に塵とかし、セツワは地べたにあぐらをかいて座る。セツワと犬の視界の隅で木陰が不自然に揺れるのが見えた。

“メンドウゴトヲ”

「後で考えるさ。何か飲み物持ってない?」

“ソンナモノナイ”

「言ってみただけだよ」

セツワはそのまま寝ころぶと、自分の横にいる目も耳も口も無い犬を見て苦笑した。



 フツフツと泡と湯気を立てながら煮詰められていく鍋の中身をかき混ぜているうちに、セツワは何を考えていたか忘れてしまっていた。

 掌の半分と四本の指がゴッソリ失っていた左手には白い手袋がはめられている。肉体を失っているはずなのに、彼の左手の指は何事も無かったかのようにお玉を握りしめていた。

「何を……考えてえたんだっけ?」

 煮えたぎる鍋の中身を真上から見下ろさないように、百九十は超えている背を少し曲げて鍋を伺う。その後で湯気に絡まるようにして立ち込める匂いを嗅いでみて、セツワは安堵の笑みを浮かべた。

「……良し、良い感じ」

“ウルサイノガクル”

 理路整然としている六畳程の台所の出入り口へ視線を移すと、目も耳も無く全身が朧気にしか見えない黒い犬が姿勢を正していた。

「ありがとう、ナナシ」

セツワが鍋を火から下ろして中身を器へ移すと、配膳お盆に木製のスプーンと一緒に置く。

「鍋は……後にするか」

 ナナシと呼ばれた犬がセツワの周りを一回りすると、まるで最初からその場所に最初から立っていなかったかのように彼の存在が消えた。そのまま、イラだった表情を浮かべて台所へ入ってきた女性の横を通り過ぎる。

(毎回毎回、俺に当たり散らさなくても……なぁ?)

“オマエガエンリョスルヒツヨウハナイハズダ”

 セツワは笑い出したくなるのを堪えながら足を止めると、振り返って一定の距離をあけて付いてくるナナシを見た。

(お前に励まされるのは、何だか新鮮だな)

“ジジツヲイッテイル”

(はいはい。もう術を解いていいぞ)

 廊下の角を曲がると同時に、セツワの存在が露わになる。

「ん?」

 障子戸の前で歩みを止めたとき、微かだが廊下の隅が歪んだような気がした。

「……面の子か?」

“ソノヨウダ”

 セツワの鼻先を、何か甘い植物の香りが擽っていく。

(そういえば、面の子が髪にいつもさしてたっけ……)

「……兄様?」

 障子越しに、誰かがゆったりとした動作で上半身を起こしたような気配を感じた。

「リルカ、入るよ?」

「……どうぞ」

 セツワは声に従って空いている方の手で襖を少し開けると、足音を立てずに室内へ入る。十畳ほどの和室の真ん中には布団が敷かれていて、寝間着の上から藍色のカーディガンを羽織った女の子が上半身を起こしていた。色白い肌をいっこうに下がらない熱のせいで赤らめている。

「おはようございます、兄様」

 彼女はセツワへ笑みを向けると、部屋に入らずに廊下で姿勢を正しているナナシへも笑顔を向けた。

「おはよう、ナナシ」

“ダイブカオイロガイイ”

ナナシの言葉にセツワも無言で頷く。

「おはよう、リルカ。今回は、久しぶりに肝を冷やしたぞ」

「……先週は調子が良かったのに」

「季節の変わり目だったから、仕方ないさ」

 部屋の隅に置かれている小さなテーブルに配膳のお盆を載せると、セツワはテーブルごとリルカが手の届きやすい場所へ運んだ。

「わっ、兄様のミルク粥」

 満面の笑みを浮かべているリルカの顔を見ると、彼はいつも自分が小さかった頃……初めてリルカと出会った時を思い出す。

(わかっている……)

左手でリルカの髪をなでようとしたが、思い直して右手で彼女の髪をなでた。

「……兄様?」

「ほら、早く食べないと冷めてしまうぞ」

 彼女がミルク粥を美味しそうに食べる顔を見ながら、セツワは気付かれないように手袋をはめている左手を隠した。

「兄様、今日はずっと家にいらっしゃるのですか?」

セツワはそう言われて、部屋の壁に掛かっているカレンダーをチラッと見た。

「いや、もう出掛けないといけないんだ。今日は帰りが遅くなるから……、明日の朝は必ず顔を見せるよ」

「……」

「……」

「おはよう、セツワにリルカ」

 気まずい空気を押し流すかのように、背後から力強くて優しい声が聞こえてくる。振り返ると、和服姿の初老の男性がナナシの横に立っていた。

『おはようございます、祖父様』

二人の挨拶に祖父と呼ばれた男性は無言でうなずき返すと、隣にいる黒い犬の頭をなでる。

「リルカは、だいぶ元気になってきたな?」

「はい、来週はまた学校へ行けると思います」

祖父も静かに部屋の中へ入ってくると、リルカに和紙の包みを手渡した。

「お母さんには内緒だぞ」

 セツワは和紙の包みを見て、思わず苦笑する。祖父はセツワ達が小さい頃から体調が悪くなると、金平糖の小包を必ずくれた。

「リルカの好きなモノは、小さい頃から変わらないな」

 リルカが包みを開けるのを見計らって、セツワは金平糖を一粒手に取ると口の中へ放り込む。その瞬間、彼は口の中に広がる感覚を表情に出すまいと平然を装った。

「良いの。いつまで経っても、美味しいモノは美味しいんだから」

「……セツワ、少し話がある」

祖父の言葉に、セツワは祖父が自分に何の用事があるのかすぐに察した。

「……はい」

「兄様、もう行ってしまわれるのですか?」

心配そうな表情を浮かべているリルカの頭を左手で撫でると、セツワは祖父と共に部屋を出る。



 母屋から廊下で繋がってはいても多少離れている二階建ての離れは、すべて祖父の仕事場として利用していた。

「セツワ、肉体が戻るのは、明日だったな?」

 今二人がいる二階は、診療所を彷彿させる程に器具や診療台が所狭しと配置されている。

「……はい」

 セツワが着ていた上着を脱ぐと、何やら紋様が刻まれた包帯を隙間無く巻き付けているのが露わになった。

「……お前は、何を考えて戦っておるのだ?」

 自分で包帯をほどいていくと、背中に2本の大きな爪痕が見え、左肩がほとんど食いちぎられていて、脇腹も少し抉れて肋が見える。両腕は酷い火傷の跡があり、右手は中指と小指が無くなっていた。

「月に一度は肉体が完全に再生するとはいえ、傷を負いすぎだ。儂は、お前に形振り構わず戦え……と教えた覚えはないぞ」

 祖父は押し黙っているセツワを見て溜息を漏らすと、新しい包帯を隙間無く巻き付けていく。包帯が巻かれるにつれて、セツワの身体は足りない形を補われていった。

「とは言え、お前達を戦わせる事が多くなってしまっているのは……申し訳ないと思っている」

セツワが服装を整えると、ようやく自分から口を開く。

「……【八百万土着封の術式やおろずどちゃくふうのじゅつしき】。神や妖を地面に押し込めて近代化を図る必要があるんですか?」

 この日本は文明開花をするにあたり、【八百万土着封の術式やおろずどちゃくふうのじゅつしき】という術式が存在していた。神々や妖を地面に押し込んで封印し、土地に宿る超常の力を弱らせながら彼らの身体と恨みで土地を肥やして一気に近代化を推し進める要の術である。

「国の決定は覆らん。たとえ、神や妖達を狂気の淵へ落とす事になってしまってもな」

 祖父が語るように、八百万土着封の術式へ触れた神々や妖達は、力の弱いモノから順に自我と共に超常たる力を失い餓鬼【狂】と成り果てた。足に身体を擦りつけているナナシに気付いて、セツワは頭を優しく撫でてやった。

「自分たちが神や妖達を狂わせておいて、それを退治していくなんておかしな話ですよ。それに、退魔機関の方でも何か不穏な動きが……」

「その話は、こちらにも入ってきた」

祖父が手渡した文書に目を通して、セツワは苦々しい表情を浮かべる。

「妙な話だと思っていたけど、裏にこんな仕掛けがあったのか……」

 彼が文書を突き返すと、祖父はその文書に火を付けた。文書は紫色の炎を一瞬吹き上げると、瞬く間に消し炭と化す。

「これは、お前達……“神喰羅かぐら”が生まれた時からあった話だ。人間が決して持つ事のできない“超常の力”は、神から使わされた犬と共に行使しても毒でしかない。それで短命となる犬の退魔師を切り捨てて、神喰羅を使いたいんだろう」

セツワは何も語らずに階段を下りていこうとするが、途中で足を止めて祖父の方を見た。

「セツワ……」

「俺は、ただリルカの居場所を護るだけです」



 まるで、太古の時代から残り続けていたのではないかと思わせる濃い緑色の森。この街はそんな森と、そこに住まう神や妖達に守護された場所でもあった。時間はもうすぐで日付が変わる闇が更なる深みを増そうとしている頃。月明かりが森の中を動いているモノ達を照らし出していた。

- まさに、リストラだな -

“ナンダ、ソノコトバハ?”

ナナシが口にした疑問を聞いて、セツワは思わず苦笑する。

- 人の言葉さ、お前が気にする事はない -

 五人の人間と五匹の犬で構成された一団の数メートル後方、セツワは黒い犬と共に気配と存在を消して追いかけていた。その集団の中でも、先頭をきって進んでいる人物を注視する。身体を包んでいるマントにリーダー印が付けた自意識過剰そうな男は、注意力と緊張感に欠ける足取りで前を進んでいた。

- 【死神】……とは、まさにお似合いな通称だな -

 ほんの一瞬、祖父から手渡されて目をとした文書の内容が脳裏を過ぎっていく。身体の動きを鈍らせる薬品を何らかの方法で接種させられた事で、学生退魔チームが全滅していると書かれていた。提出書類が光明に改竄されていたようだが、今回どうにか入手できた機密文書を解読したことで実行犯は判明している。

- 国が音頭を取っていたとは、クソッタレな事だよな -

”コレハ、ノロイ。ユタカニクラシタイトイウ……ヨクボウノ”

- 一理あるね -

 ふと、人間ではない何者かから見られている事に気付く。セツワが前を行く集団から遠くなりすぎない程度に歩くスピードを緩めると、其奴もスピードを緩めた。

「ナナシ、目を」

 平坦でのっぺりとした黒い犬の顔面が”ゴキゴキ”と聴き心地の悪い音を立てて変貌を遂げていく。音が収まると犬の顔面にはルビー色の瞳が二つ付いていた。それと同じくして、セツワの上まぶたと下まぶたに紋様が浮かび上がる。

- 何だ、またお前か…… -

 セツワが周囲を見回すと、自分のすぐ近くに白い狐面を着けた子供がいた。

「縛られる場所から出るなんて、土地主(としぬし)の使いとはいえ辛いだろうに……」

“そのための面ですから”

 面を着けている事で子供の表情を読み取る事はできないが、セツワには悲しそうに笑っているように見える印象を覚える。

- それで、用件は? -

“八百万土着封の術式の実行日を知りたいのですが、あなたは……何も教えられていませんよね”

子供の言葉を聞いた途端、セツワは心臓は何か見えない刃で突き刺されたかのように痛みを覚えた。

「俺は、末端で人造退魔師の欠陥品兵士だからな。重要な情報を開示される事はないよ」

“そうだと思って、今回は少しの間だけあなたに力を貸そうかと……”

- ……は? -

 一瞬何を言われたのか理解できず、セツワは間抜けな声を上げてしまう。その表情を見た子供が、声を上げて笑いそうになるのをグッと堪えた。

“この間、味覚を借りたお礼ですよ”

 セツワはリルカと一緒にアイスを食べていたとき、この子が食べたそうだったので味覚を共有した事を思い出した。

- 律儀なヤツだな……ええっと -

“ハクと言います。”

 ハクと名乗った子供の指がセツワの顔に浮かび上がっている紋様を触った途端、紋様と共に見える風景も次々と変わっていく。

「うっ……目がチカチカする。」

セツワの視界がモノクロ色に安定すると、気圧の流れみたいなものが色付きで見えるようになっていた。

- これは……狂我と化した神や妖の気配なのか? -

“役に立ちましたか?”

- あぁ、大したもんだ -

前を行く集団のすぐ近くで、毒々しい赤い気流が出現するのが見えた。同時に集団の移動スピードも目に見えて遅くなる。

- 始まったのか -

「大丈夫だ、お前達は俺が必ず守る」などという威勢の良い言葉が聞こえてくるが、ハクの力を借りたセツワの目にはリーダー印を付けた男の身体が紫色の気流に包まれていく光景が見えた。

“オトコガスガタヲケシタ”

- よし、状況に介入するぞ -

“オトコノホウハドウスル?”

「……もちろん、こうだ!」

 ナナシの力が解けて存在が露わになったセツワの手には小降りの銃が握られていて、逃げてくる男へ向かって躊躇無く発砲する。引き金を引く度に圧縮ガスと銃弾が撃ち出されると、不規則な弾道を描くがすべて男に命中した。男は弾丸が命中した体勢のまま身体を硬直させると、前のめりに地面へ倒れ込む。

「妖だけじゃなくて、退魔師の動きを鈍らせるのにも効果的なのか……この特殊弾」

全弾撃ち尽くした銃を投げ捨てると、セツワはコートも脱ぎ捨てて走り出した。

「野郎は放置だっ!!」

彼が目指すのは、赤い気流が人型の姿を取ろうとしている……集団のど真ん中。

“ケッコウ、オオキイ”

「問題ないっ。ナナシ、鎧だっ!!」

 ナナシの存在がさらに希薄になってセツワの身体と重なるように一体化した途端、遙か上空から降ってくるかのように全身を覆い隠す鎧がセツワを包み込んだ。人よりも遙かに大きく、巨大な爪と貝のように何重も装甲版を重ねたモノを纏う身体よりも巨大な腕、二本の角を生やした髑髏の頭部、セツワを包み込むソレは『鎧』というより『化け物』と表現する方がイメージに当て嵌まる。

“カンリョウシタ”

「良しっ!」

 全体のバランスが悪くて巨魁はフッと姿を消すと、ものの一瞬で集団と狂我の間に割って入った。そのまま実体化しかけていた狂我の頭部を、熟れすぎた果実を簡単に潰してしまうようにもぎ取ってみせる。しかし、手応えは……まったく感じられなかった。自分の健在をアピールするかのように、赤い気流は人型を作ろうと再び集束し始める。

「これも、罠の……」

刹那が口にした言葉を言い終わらせる前に、鎧の肩口をグラツかせる程の衝撃と鋭い痛みが襲った。

「ぐぅっぅっ!!」

 身動きが取れない背後の集団を守るように、振り向きながら鎧の右腕を突き出す。一瞬の間を置いて、キィィンと金属同士がぶつかる音を立てながら、腕の装甲が鉄のトゲをはじき返した。

 セツワの視界に捕らえた其奴は禍々しい黒色で、身体を何重にも縛り上げる灰色の線も見える。そして、鎧の目には土色をした巨大な骨格人形の体中から鉄のトゲが生えているように見えた。

”コイツハ、クルワニナルコトヲハヤメラレテイル”

「そこまで……そこまでして、繁栄が欲しいかっ!?」

 鎧と人形が振るう腕が音を立てて交差する度に、音とトゲと火花を周囲へばら撒いていく。セツワは相手の懐へ踏み込んで強力な一撃を放ちたかったが、鎧のマントで身動きが取れない退魔師達を護っている為に、動きに枷を掛けられてしまった。

 それとは対照的に実体化が定着してきた狂我の攻撃は、パワーと鋭さが徐々に増してきている。

「がぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ」

 遂には劣性となり、骨格人形が放つ鉄のトゲの束が鎧の右胸を貫通した。トゲを伝って、赤い人の血と黒い液体が大地に染み込んでいく。

“セツワ!!”

「も……問題……ない!」

 骨格人形の頭を掴もうと右腕を伸ばすが、半分も届かずに肩ごとえぐり取られてしまった。途端に、肩の傷口から勢い良く赤と黒の液体が飛沫を上げる。

- ダメか…… -

 状態がグラついて仰向けに倒れそうになったとき、鎧の目にセツワの事を見上げている学生退魔師達の姿が一瞬だけ写った。

- いや、絶対にダメじゃないっ!! -

 活力を取り戻したかのように鎧の瞳がサファイア色の輝きを放つと、セツワは何度も回転しながら地面へ落下しようとしていた自分の右腕をキャッチする。

「これなら……」

 左手でキャッチした千切れた右腕を、そのまま武器として骨格人形の顔面に深々と突き刺さした。

「どうだぁぁぁぁあぁぁぁぁあっぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 セツワが雄叫びと共に、残っている力を掴んでいる右腕に注ぎ込む。そうすることで、突き刺さっている爪部分からサファイア色の光を放つ炎が骨格人形の頭部を意図も簡単に粉砕した……。

“シアゲヲ”

「わ……かって……るよ」

 残された鎧の左腕が右腕を放り捨てると、いとも簡単に骨格人形の左胸を貫いた。そのまま躊躇うことなく腕を引き抜くと、鋭い爪の間にまばゆい光を放つ玉を骨格人形から抜き取る。鎧の顎具が外れて大きな口が開くと、セツワはその中へ玉を放り込んだ。何回、十何回、何十回と良く噛んでそれを飲み込む。

- 歯ごたえを感じるんだから、せめて何か味を……珍味そうだから感じなくて良いか -

セツワが安堵の溜息を吐き出した途端、自分の皮膚や神経や血管や筋肉……挙げ句の果てには骨までが呻るように脈を打ち始めた。

- ……しまった、時間か!? -

「ナナシ、ここから遠くへ離れろ。野郎を連れて行くのを忘れるなよ」

学生退魔師達がセツワへ何か声を掛けようとする前に、ナナシの力で彼の存在は鎧ごと消え失せる。



 ナナシの力を使って一瞬のうちにかなり遠くへ離れたモノの、不意に存在が露わになった。そのまま俯せの状態で倒れ込むと、数十メートルは地面を抉っていく。

「……っ!?」

ガラスが砕けるような音が聞こえたかと思うと、セツワを包んでいた鎧が瞬時に消え失せた。

 全身を襲う容赦ない激痛によって、セツワは声にならない悲鳴を上げ続ける。その間にも身体は容赦なく波打ちながら急激な修復を行っていった。細胞や身体の急激な成長によって発生する熱が、セツワの全身から勢いよく湯気を吹き上げる。

 最後に、千切れ飛んだ右腕が無傷の状態で再び生えてきたところで……皮膚や神経や血管や筋肉や骨が波打つのを止めた。

- お、終わった…… -

“あなたの戦い方は、自殺行為に等しいっ!!”

 立ち上がって姿勢を正すと、セツワの目の前にはいつの間にかハクが立っている。

“自分の命をどうして、そんな粗末に扱えるんですか?”

「……これが、俺が神喰羅になったときからの生きる目的だ。あの学生退魔師の集団は、リルカのクラスメイト達だ」

“あなた自身、関係ないじゃないですか?”

ハクが何か言う度に、相手をたたきのめしそうな怒りが伝わってきた。

「……違うよ。リルカの居場所を護るのは、俺の役目だ」

セツワは言葉を止めて家がある方角の空を見上げてから、ハクを見る。

「神喰羅の力を安定させる水槽の中で、桐生家にやってきたリルカを見たときから……命の使い道は決まったんだ」

“わかり……ません”

「そんなもんだよ」

セツワは右手でハクの頭を撫でると、未だに動く事ができない自意識過剰そうな男を担いで歩き出した。



 雀や犬や猫、虫の鳴き声を聞きながら……セツワはシンクに付いている水道の蛇口を閉める。

「誰か、片付けておいても良いのに……」

昨日ミルク粥を作るために使った鍋を洗い終えると、水切り棚の方へ戻した。

- キタイスルダケムダ -

「わかっているよ」

台所を出て廊下を進んで突き当たりを曲がると、もう少しだけ歩いて障子戸の前で歩みを止める。

「リルカ(りるか)、起きているかい?」

少し待つが、障子越しにリルカの起き出す気配が感じ取れなかった。

「……入るよ」

音を立てずに障子を開けると、幸せそうな寝息を立てているリルカの姿が見える。

「夜更かししたな、リルカ」

障子を閉めようとしたとき、ふと彼女の枕元に二個のカップアイスと短い書き置きを乗せたお盆が置いてある事に気付いた。

「……?」

リルカを起こさないように部屋の中へ入って、セツワは書き置きとカップアイスを一つ手に取る。

『また、アイスを食べましょう          ハク』

手にしたアイスは冷凍庫から出してきたばかりのように、心地よい冷たさを纏っていた。

- ありがたく頂戴するよ、ハク -

 セツワはふとイタズラを思い付いて、リルカのおでこにカップアイスを乗せる。

 Flashで自作のノベルゲームツールを開発した後半。何かゲームブックが創れたらと思い、学園退魔モノの構想を練っていた時に書いたモノ。

一人で考えるにはネタが大きくなり過ぎて風呂敷をたためなくなって、頓挫してしまいましたが(苦笑)

 今ならきっと、TRPGに落とし込みそうです。でも同人TRPGとしては需要ないかなぁ??


では、また次のお話で。

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