居候準備中
ギルドを通じて、ネージュとシアノがシュアンを素材収集のための護衛として雇って数日。
案の定事情を知らぬ冒険者たちからはやっかみを受けたものの、ギルドの業務妨害における処罰規定などなどに引っかかってしまった連中は容赦なく冒険者ランクを降格され、そうでなくても厳重注意を受けていた。
それはそれでさらにやっかみを買いそうなものだが、ギルドの役員がそれとなく別の噂を流して相殺している。
【帆かけ星の街】のギルドにとってネージュは貴重な【魔道書職人】である。
大陸中を見ればそれこそわんさかといるのだが、腕の立つ職人と限定してしまえば絶対数が少ない。
まして腕の立つ職人はなるべく効率化を図るために、大きな商店と専属契約しているものが多い。ネージュのように、ギルドに登録してそこを基盤に動くものが少ないのだ。
腕が未熟な職人見習いなどがそうすることは多々あれど、そこそこ名を知られ始めているにも関わらずギルドと個人経営の小さな書店を基盤にする彼女は珍しいのだ。
ゆえに、ギルドとしても手放すわけにはいかず、彼女の援護にまわっているのだ。
だがこれにはネージュ個人の感情が関わっている。
大きな工房に見習いとして所属していた頃、質を求める親方と量を求めるばかりの契約商人の間で、よく喧嘩が勃発していた。
挙句の果てに商人は、職人を馬鹿にするような言動をとったのだ。
よく、親方は耐えたと思う。とはいえ結果としてその商人は事業に失敗し、昔から工房に入り浸っていたために職人側に理解のある息子夫婦が経営を継いだ。
今では事業に失敗して背負った借金も返済を終え、のんびりまったりと経営していると風の噂で聞く。
そういうわけで、ネージュはあまり商人を信用していない。
量より質を。
その人のため、一番必要なものを。
それがネージュのやり方だ。
だからギルドを経由して、新米たちには長く使える【小さな魔道書】を作るし、シュアンのような無茶振りにも応える。
信頼を築くのは難しく、無くすのは一瞬だ。だから自分の速度でゆっくり進むのだ。
それがたとえ人には亀のような歩みであっても。
ひとまず、最大の懸念は解決された。
そして今日は部屋の大改造の日なのである。
「ベッドとテーブルはそのままでいいですね。あぁ、本棚はどうしましょう?」
「小さくて構わないが、一つ欲しいな。あと、もう一枚カーテンが欲しい。厚手のものだと助かる」
「今のレースのものでは不満ですか?」
「いや、朝日が正直目に痛いからもう少し和らげたいだけだ」
「あぁ、あの部屋はもろ直撃な部屋でしたね。そうなると、カーテンよりも外から植物のカーテンを作ってしまったほうが後々楽でしょう」
「植物の育成速度をいじれる術など持っているのか?」
「今のわたしのストックには無いですね。ひとまず半年はカーテンで凌いで、その間に育ててカーテンにします」
「なるほどな。ならば蔦植物の種類は私が指定させてもらっても構わないだろうか」
ネージュとシュアンは必要になるものや、欲しいものなどを次々にピックアップしていく。
代金はネージュ持ちだ。なぜならこれが報酬だからだ。
これでうっかりシュアンが払ってしまおうものなら、彼の体質と相まってトラブルが舞い込んでくるだろう。それを避けるには傍目から見てどんなに格好悪くとも、この体裁を崩すわけにはいかない。
「ひとまず、こんなものでしょうか?」
「だろうな。その他の細かいものは私が個人的に買いにいけばいいだろう」
「そうですね、これ以上はさすがにこちらの予算をオーバーしてしまいますし」
「すまないな…」
落ち込むシュアンに、ネージュは一言、いいんですよ、と首を振った。
その時点で、太陽は中天まで上っていた。
昼食を終え、シアノが特別に、と貸し出してくれた伝言インコで知り合いの家具屋に注文と配達の依頼をする。一時間と待たずに運び込まれる本棚や、カーテン。設置までやってくれるとのことだったので、シアノに配置指示を頼み、ネージュとシュアンは乾燥させた竹の棒を何本か持って外に出た。
ちょうどシュアンの部屋の窓にかかるようにそれを立てかけ、紐で固定する。
「こんなものか?」
「これで大丈夫だと思いますよ。さて、植えましょうか」
シュアンがショベルで立てかけた棒のそばの地面をガスガスと掘り返す。
「手馴れてますねぇ…」
「雪かきと似たようなものだな。実家で散々やったからな」
「ここらへんは雪なんて降っても少し積もる程度で雪かきなんて必要ないですから、ちょっとわからないですその感想」
「そうか。気が向いたら故郷を案内してもいいが?」
「寒いところは苦手です」
互いにそんなことを言い合いつつ、ものの数分でシュアンは必要なだけ地面を掘り返し、土をやわらかくした。こんどはネージュが説明書の通りに、スコップを使って植物の苗を植えていく。植物の名はスネールフラワーだ。
暑さに強く寒さに弱く、そして初心者向けの植物だ。虫だってつきにくい。
「こんなものでしょうか。育つのが楽しみです」
「水遣りはどうする?」
「わたしとシュアンの交代制でどうでしょう?ちょうど一階のキッチンに入る直射日光を防いでくれるみたいですし」
「ふむ。いや、私が週4日、ネージュが3日でどうだろうか。居候の身だ、こき使ってくれてかまわない」
その言葉に、ネージュは呆れたようにため息を吐いた。
「それじゃ本末転倒じゃないですか。あなたが休めなければ意味がないんですよ?水遣りは交代制にしましょう、異論は聞きませんからね?」
「ぐ……わかった、感謝する」
所在なさげに頬を掻くシュアンを見ながら、ネージュはもうひとつ彼に聞こえないようにため息を零した。
本当に、なんてお人よしなのだろうか、この人は。