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黒衣の騎士―2

ネージュの魔道書工房の扉がカラン、という乾いた鈴の音と共に開いたのは、太陽が中天を少し過ぎたあたりだった。


「いらっしゃいませ」


音と同時に、もはや反射となった挨拶を投げかけつつ、魔道書用の糸を紡ぐ作業をしていたネージュは振り向いた。

扉をくぐって入ってきたその人影を見た瞬間、花が咲くようにネージュは笑った。


「お久しぶりです、シュアン」

「ああ、久しぶりだ。ネージュ。息災そうで何よりだ」


切りそろえられた黒い髪、大きく人目を引くわけではないが、物語の騎士と意味を重ねて呼ばれる程度には整った風貌。そして何よりも目を引くのが、猛獣を思わせるほどに鋭い黒の瞳。

それがシュアンだ。

ネージュにとって、尊敬すべき歳の離れた友人。


「手紙でも読みましたが、今回は東の果てまで旅をしてらしたとか。何か面白いものでもありましたか?」

「なかなかに、な。こちらとは風習も住む者もかなり違う。それは酒のつまみにでも話そう」

「ふふ、楽しみにしてますね。お部屋は階段を登って左です」

「ん?いつもと部屋が違うな、客人か?」


【帆かけ星の街】でのシュアンの滞在先はこの工房だ。資金集めを手伝ったりした際に、面倒をかけてばかりで申し訳ないから、とネージュは言い、この街に立ち寄ったときは部屋をひとつ宿代わりにということになった。

いつもならば階段を上って右の客間に泊まっていたシュアンだが、ネージュのその言葉に首をかしげた。


「鳥使いの方がお一人、下宿人として。一年ほど前からでしょうか」

「ああ、なるほど。まぁ部屋を余らせるよりいいだろうな。そうか、それならあの部屋は丁度いいだろうな、なにしろロビニアの木が窓のすぐ傍だ」

「そうなんですよね。おかげであの下は危険地帯です……鳥のフンで」


ネージュのその言葉に、シュアンは即座に近づかないようにしようと決意した。

そして、旅装を解いて来る、と階段へ向かうシュアンを見送ってから、ネージュは糸を紡ぐことを中断した。

彼が来た以上、普段受けている新規の冒険者や一般家庭用の【小さな魔道書】の製作はできない。

シュアンの【小さな魔道書】は完全フルオーダー。

そしてネージュの力量ギリギリのラインで製作される。他のものに構っている暇などなくなるのだ。

工房の看板をクローズにして、扉にメモを貼り付ける。


フルオーダー製作中。しばらくの間、お休みします。

ネージュ・プラントン


毎年のことなので、周囲の人間は分かってくれるだろう。

念のために、シアノから先に借り受けていた郵便ツバメにギルドや魔道書の委託先の書店へと事情説明をしたためた手紙を預ける。

即座に目的地に向かって飛び立っていくツバメたち。

それを見送っていれば、昼食の支度をしていたシアノがひょこりと顔をのぞかせた。


「ネージュ、誰か来た?」

「件の黒衣の騎士さまですよ。今二階の客間に荷物を置きに行っています。申し訳ないですけど、お昼ご飯もう一人前追加でおねがいします」

「あいよー。ま、今日は野菜のごった煮スープコンソメ味に焼きたてのスコーンだからね、皿をひとつ増やせばいいだけだから」


ひらひらとお玉をふりながらシアノはもう一度台所へと引っ込んだ。

と、同時にシュアンが旅装を解いた黒いシャツに黒いズボンという出で立ちで二階より降りてきた。


「声が聞こえたのだが、下宿中の鳥使いか?」

「ええ、昼食の準備をしてくださってるんですよ。シュアンもいかがですか?」

「ありがたくいただこう。ちなみにメニューはなんだろうか」

「野菜のスープとスコーンだそうです」

「それはなにより。しばらくイカやらタコやらは見たくない」


げっそりとそう言ったシュアンに、ああこれはまた移動中に襲われ助太刀をしたはいいが容赦なく面倒ごとに巻き込まれたな、と納得するネージュ。

一流の冒険者のくせに、時折抜けているこの友人のために、夕食は海鮮物以外にしてあげよう、とひそかに決定した。

そして二人並んで私生活の場であるダイニングへと向かえば、シアノがスコーンが盛られた皿を運んでいた。


「お、来た来た。ご飯できてるよ」

「ありがとうございます、シアノ。彼が《黒衣の騎士》です」


ネージュが小さく横にずれ、そしてシュアンとシアノが向かい合う。

先に紹介を受けたシュアンが小さく礼をして名乗った。


「シュアン・ヘイヴァーだ。出身は【星囁きの都市】ウィスペル・エトワイル」

「うわ、あの極寒都市。年がら年中ダイアモンドダストやらオーロラやら見れるって話の大都市だね」

「すごい言われようだな」

「いやぁ、あたしは暑い所で育ったから想像つかないんだよその寒さ。あたしはシアノプティーラ・シアノメラーナ。出身は【蛇の頭部の街】セルペンティス・カプト。よろしく」


互いに軽く握手を交わし、そして昼食をとるべく三人ともがテーブルについた。

それぞれ地域の特色が出るままに食膳の祈りやら挨拶やらをして、各々スコーンにジャムを塗りつけたりスープを啜ったりする。

その中で最初に口を開いたのはシュアンだった。


「二人に頼みがあるのだが」

「なんです?魔道書以外ですよね。あなたがそんな風に言うのなら」

「んー?あたしはしがない鳥使いだから出来ないこと多いよ?」


首をかしげるネージュに、豪快にスコーンを齧りながら言うシアノ。

その二人に、珍しく意地が悪そうな笑みを浮かべながらシュアンは言った。


「私もここに居候させてもらってもかまわないだろうか。長期で」


二人の、特にネージュの目が点になった。


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