28、変わらないもの
月美の口から、おおよそではあるが、護が人間嫌いになった理由を聞いた佳代だったが、その脳裏には一つの疑問が浮かんでいた。
――周囲から化け物呼ばわりされて、疎まれたから人間を嫌うようになったことは理解できたけど、ならなんで勘解由小路くんや桜沢さんと一緒にいるんだろう?
家族ぐるみの付き合いがあるという月美はともかく、赤の他人であるはずの清や明美が近くにいることを許容している。
その理由がわからない。
その疑問が浮かんできたことを察したのか、月美は苦笑を浮かべた。
「もしかして、勘解由小路くんや明美が近くにいる理由、考えてた?」
「ふぇっ?!」
「さっきも言ったけど、明美はわたしが一緒にいるから、だと思う」
月美と明美は親友同士で、一緒にいることが多い。
護としては、自分の人間嫌いを月美に押し付けたくはないため、月美の友人が自分の周囲にいることは我慢しているらしい。
いや、我慢しているというより、その状況を受け入れるよう、努力しているようだ。
そもそも、護は自分にもう少し力があれば、月美が家族から、そして二人の親友から忘れられることもなかったはず。
だから、月美の周囲に人が増えることは、月美の友人が自分の周囲にいることについては受け入れているし、慣れ始めていた。
だが。
「まぁ、明美はともかく、勘解由小路くんについては話が別なんだけど」
「へ?」
「勘解由小路くんが近くにいることは、護も拒否してるんだよ?」
「そ、そうなの?」
「うん。けど、何度追い払ってもしつこく付きまとってくるから、諦めたんだって」
むろん、清も護が見鬼の目を持っていることは知っているのだが、それを気味悪がることなく、あくまでも護を護として見ている。
おそらく、それをわかっているから護もうるさく追い払うようなことはしていないのだろう。
もっとも、本人が清を友人と思っているかどうかはまた別の問題なのだが。
「それじゃ、勘解由小路くんが土御門くんにべったりなのって……」
「護がしつこく追い払わなくなったから、かな? もう少し、護が人間を信じられたら、二人は親友になってたかもしれないけど」
とはいえ、あくまで可能性がないわけではないというだけであり、仮に親友になれたとしても、それまでにどれだけの時間がかかるかわからないのだが。
そこまで話を聞いてようやく、佳代は土御門護という人間を理解できたような気がした。
彼は小学生のころの体験が影響して、家族やそれまで親しくしていた誰が以外を信じることができなくなっているのだ。
周囲はすべて敵、というわけではないが、味方を作ることもない。
だからこそ、友人と呼べる友人を作らず、教師に対しても事務的な態度にとどめているのだろう。
だが、だからといって、護本来の性質が変わってしまったというわけではない。
その証拠に。
「でも、今でも護は護のままなのよ」
「優しいのに不器用なところ、とか?」
「えぇ」
言葉を交わした回数こそ少ないが、佳代が護に対して感じ取った印象を口にした。
すると、月美は微笑みを浮かべながら、佳代に問いかける。
「それは、吉田さんもわかるんじゃないかな?」
「うん」
月美の言う通り、佳代にも、護の不器用な優しさは伝わっていた。
実際、佳代はいじめられているところを護に救われたのだ。
普通なら、厄介事を避けるために見て見ぬふりをするのだろうが、護は声をかけてくれた。
それは、不器用ながらも護が優しい人間であるという証拠に他ならない。
「なんだか、いまなら、わかる気がする」
「うん?」
「なんで、風森さんが土御門くんに愛想尽かさないのか」
「なんだかひどくない? それ」
佳代の一言に、月美は苦笑を浮かべた。
確かに、パートナーがあれだけ無愛想ならば、もうすでに愛想を尽かしていてもおかしくはない。
だが、護が無愛想になっている原因は知っている。
それに、護はあれで本当に心を許した人間の前では感情を表に出しているし、何より、自分は護に心底惚れているのだ。
愛想を尽かすなんてことはないし、信頼しない理由もない。
だからこそ。
「護があなたを助けるって決めたなら、わたしはあなたを助ける手伝いをする。わたしとあなたに接点はないけど、そう決めているから」
まっすぐな瞳で、月美は佳代にそう宣言する。
その瞳と、言葉から感じられる意志の強さに佳代は気圧されそうになった。
だが。
――風森さんからは敵意を感じないし、なんでかわからないけど信じてもいいような気がする
なぜそう思うことができるか、その理由はわからない。
理不尽に扱われてきたというのにまだ他人を信じることができているのか、それとも、単に月美の優しさを伝え聞いていたからなのか。
あるいは好きになった人から大切に思われていて、彼女自身もその人を大切に思っているからなのか。
いずれにしても。
――風森さんと、土御門くんは信じてみてもいいかもしれない
佳代はそう思い始めていた。
「それじゃ、わたしは行くね」
「え?」
「わたしから話すことができるのはこれいくらいだし、それに色々あって、吉田さんも疲れたでしょ? 何かあったら、遠慮なく呼んでくれていいからね」
「あ、うん……ありがとう」
気を利かせたのだろうか、月美がそう言って佳代の居室から出ていくと、すぐ近くに護が控えていた。
どうやら、さきほどのやり取りを聞いていたらしい。
「……ごめんね、護」
「なにが?」
「あなたの昔のこと、勝手に喋って」
月美は護を見るなり、いきなり謝罪してきた。
護本人は別に気にしている様子はないが、護の過去は護のものであって、たとえ恋人や家族であったとしても、他人が軽々しく話していいものではない。
それでも、せっかく護に興味を抱いてくれたのだから、話さずにはいられなかったのだ。
「別に気にしてない。俺だったら、いつ切り出せるかわからなかったしな」
「それでも、ごめんなさい」
話をされた本人はまったく気にしていないのだが、月美は気にしているらしく、謝罪してきた。
こうなったら頑として譲らないということを、護は知っている。
そのため。
「大丈夫。本当に気にしてないから、月美ももう気にするな」
月美の謝罪を受け入れ、もう気にする必要はないことを伝え、無駄なやり取りを回避することにした。




