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41、異形の急襲

 この施設の職員と思われる男が姿を消したことに気づかないまま、護たちは驚愕し、目の前に現れた異形に釘付けになっていた。

 いままで、調査局が発見してきた異形は、どれも狼男や鬼といった、直立二足歩行をする人間サイズしかいない。

 だが、いま護たちの目の前にいる異形は、平均的な成人男性の二倍はあるだけでなく、北欧神話で地獄の番犬として伝わっている怪物、ケルベロスに非常に酷似していた。


「な、なんなの? あれ……」

「おいおい、三本頭の黒犬って……ケルベロスの真似かよ?! ありかよ、そんなの!」

「無理やり幻想生物を造り上げたとでもいうのかっ?!」


 三人が同時に驚愕の声を上げると、異形は想像以上のスピードで突進してきたが。


「オンカラカラ、シバリ、ソワカ!!」

「縛々々、不動縛!!」

「禁縛、急々如律令!!」


 冷静さを取り戻した三人は、それぞれに縛魔の術を行使したため、異形はその動きを止めた。

 ある程度の力を持っている妖と同等の力を持っている異形ならば、縛魔術から抜け出すことは難しくないが、それが三重の縛魔術となると話が違ってくる。

 簡単に打ち破れると思っていたのだろうか、異形はなかなか打ち破ることのできないことに困惑し、暴れ始めた。


「くっ! おとなしく、しろっての!!」


 暴れるケルベロスに、護はどうにか縛魔の鎖を壊されないよう、霊力を込め続けていた。

 ほかの二人も同じことをしていたのだが、いつまでもこのままというわけにもいかない。


「土御門、あんたたち二人でどれだけもつ?!」

「正直、五分以上は無理だ!」

「それで十分! 少しの間、頼んだ!!」


 返ってきた護の答えに、光はジャケットを脱ぎ棄て、肩に下げていたホルダーから銃を引きぬいた。

 その様子に、護は眉を顰める。


――術が難しいなら物理攻撃ってのか?! いくらなんでもそんなサイズの銃でどうにかできる相手じゃ……いや、まさか


 そこまで考えた護だったが、ふと、銃についてのある伝承を思い出した。

 西洋では吸血鬼や狼男、魔女といった邪悪とされる存在が跋扈していた時代があり、彼らを退治できた唯一の武器が銀の弾丸を込めた銃であるとされる伝承だ。


「―――、―――、―――」


 銀は通常の弾丸に使用される鉛よりも比重が軽いため、殺傷力があるわけではなく、銀自体が希少価値の高い金属だ。

 調査局に支給する弾丸だけに銀を使用するという太っ腹なことができるほど、日本政府の財布に余裕はないため、光の持つ銃に込められている弾丸も鉛製のものである。

 銀の弾丸でなければ、意味がないことは光も理解しているのだが、やぶれかぶれで銃撃を行うわけではない。

 物理的な攻撃に効力がないのならば、生物の体内で術が発動するよう、にすればいいと考え、光は自分の弾丸に霊力を込めていた。

 その作業は数分としないうちに終わり。


「……準備完了!」


 そう叫ぶが早いか、光は銃口を異形に向け、引き金を引く。

 破裂音とほぼ同時に、異形の片目から、赤黒い液体が吹きだしてきた。


「―――――っ!!」


 その瞬間、この世のものとは思えない、伝承の通り、地獄の底から響いてきたような悲鳴が響き渡る。

 悲鳴とともに、異形は苦しそうにもがく。

 その動きで術が強制解除されないよう、護と月美は必死になって耐えた。

 数分だったのか、あるいは数秒にも満たなかったのかはわからない。

 いずれにしても、そう思えるほど、異形は激しく暴れていたが。


――動かなくなった? まさかこれで倒せた、のか?


 そう思い、護は異形に視線をむけたが、異形はまだ死んでいなかった。

 いやむしろ、残された眼は憎悪に爛々と輝いている。

 その瞳に映っていた憎悪の炎に気圧されてしまったのか、護の思考が少しだけ止まってしまった。


「ガァァァァァァァァァッ!!」


 その隙を逃すことなく、異形は咆哮を上げ、体を激しく揺さぶる。

 その唐突さと勢いに負けて、護と月美が施していた術は一瞬で強制解除されてしまう。

 自分を縛る鎖がなくなったことを知覚したのか、異形は地面を蹴り、護たちに飛び掛かってくる。


「がっ!!」

「きゃぁっ!」

「くぁっ?!」


 どうにか直撃だけは避けられたが、飛び掛かる勢いで巻き起こった風が三人に襲いかかり、壁に叩きつけた。

 ただ走っただけでこの勢いだ。

 もし、この突進が直撃したら。あるいは、その牙に爪に引き裂かれたら。

 それを想像しただけでもぞっとするが、三人は立ち上がり、身構える。


「いけるか?」

「誰に聞いてる」

「怖いけど……大丈夫、だよ」


 護の問いかけに、光と月美は違う反応を見せながら返す。

 光はそれなりに場数を踏んでいる経験者として、月美はかつて一度、神と人の戦いを目の当たりにした。

 それだけでなく、死ぬかもしれないという場面に直面した者として、乗り越えられない壁ではないと判断したようだ。

 むろん、それは護も同じこと。

 たしかに目の前にいる異形は強敵であるし、幻想生物、いや、あるいは神獣ともいえる存在に酷似した姿をしている。

 だが、神と直接対峙し、死に直面した者からすれば、まだそれだけのことだ。

 越えることのできない壁ではないし、ここで立ち止まるほど軟な根性はしていない。


――かといって、このままではじり貧だな……


 心中でそうつぶやきながら、護は五色の呪符を取り出す。


「使鬼招来! 急々如律令!!」


 刀印を結び、呪符に向かって叫んだ瞬間、呪符に描かれた鳥居から、五色の毛並みを持つ狐たちが飛び出す。

 呼び出された護の使鬼(五色狐)は、地面に着地すると異形に視線をむけた。

 視線を向けられた異形は、彼らの霊力の強さを感じ取ったのか、警戒するように牙を見せながら、低くうなり声を上げる。

 そのうなり声が聞こえていた五色狐たちも、異形に対して威嚇し返すように、毛を逆立てながら、低くうなっていた。

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