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40、人避けの結界、その先に待つは……

 大量の異形に襲われはしたが、護の術でどうにか切り抜けた光は、班員と離れ、護と月美の二人とともに行動していた。

 だが、奥へ進んでいるにも関わらず、不可解なことに異形どころか警備員すら姿を見せていない。

 考えられるその理由は。


「まさか、ここはもう無人で、さっきの連中は取り残されていただけだった?」

「いやいや、それよりも人()けの結界が張られているか、幻術を見せられているのかってほうが考えられるだろうが」


 悔しそうに顔をゆがめて呟く光に、護は苦笑を浮かべながらもっとも高そうな可能性を提示した。

 人避けの術にしても、幻術にしても、人の目を欺くために用いられる術だ。

 ということは、術者、あるいは何かしらの重要資料がまだ残っている可能性があるということ。

 ならば、是が非でもこの先へ向かわなければならない。

 だが、それには一つ、問題があった。


「けど、結界を破る方法なんて、どうすればいいの?」


 張られているかどうかもわからない結界をどう破壊するのか。

 そう思うのは当然のことである。


「まぁ、本来なら結界の基点になっているものを壊すのが一番なんだけど……それがどこにあるかわからないからなぁ」

「そこが一番の難点、か……」


 そう言いながら、護と光は式を飛ばす。

 飛ばされた式は、ふよふよと決して早くはない速度で漂いながら移動していく。


「……なんで、式を?」

「ペンデュラムやダウジングで物を探す占いと同じさ」


 護が意味もなく術を行使することはないと知っているのだが、その理由がわからなかった月美はふとその疑問を口にし、その答えが護の口からすぐに返ってきた。

 ペンデュラムやダウジングは、探し物をするときに用いられる占いとして最も有名なものだ。

 もっとも、その的中率はあまり高くないため、眉唾の烙印を押されているのだが、それは術者ではない一般人が行った場合のこと。

 ペンデュラムにしてもダウジングにしても、第六感を使うものだ。

 一般人と比べて術者の第六感は個人差こそあれ、優れていると言われている。

 的中率は一般人のそれと比べても比較にならないほど高くなることは必定だ。

 特に、護と光は陰陽師であるため、占術はお手のものだということは月美もわかっているのだが、問題は何を探すか、ということにある。

 その疑問を月美が口にする前に、光が口を開いた。


「結界にとって肝心要となる部分は、術者か結界を造り上げている基点のどちらかだ。もし、術者がまだこの奥で作業をしているのであれば……」

「……結界を張ることに意識をむけることはしないはず?」

「そういうことだ」


 つまりは結界に意識を割く余裕があるはずないため、結界を造り上げている基点を探すということだ。

 答えがわかると、特に話題があるわけでもないうえに、二人の意識をそらしてはいけないと気を遣っているのか、月美はそれ以上、何も聞くことはなかった。

 しばらくの間、三人は沈黙を守っていたが、その沈黙は式を放った二人によって、同時に破られる。


「いつっ……そこか」

「……見つけた」


 痛みにこらえるように顔をしかめる護と、聞き取ることが難しいほど小さな声でつぶやいた光。

 反応こそまちまちであったが、どちらも、目的のものを見つけることができたようだ。

 二人の視線は、壁に張られた注意書きに向けられた。

 何の変哲もない注意書きかと思ったが、よく目を凝らしてみると、霊力の波がうっすらとではあるが見えてくる。

 どうやら、これが結界の基点の一つのようだ。


「……なぁ、この結界。一つでも基点が壊れたら、みたいな罠、ないよな?」

「それはわからない。正直、ここにいる術者にそんな底意地の悪さと技量がないことを祈るしかない」


 護の問いかけに、光も自信がなさそうに返してきた。

 そんなファンタジー小説のようなことはありえないのだが、基点に隠形術をかけておかなかったのかが気がかりになり、勘ぐってしまっているようだ。


「けど、いつまでもここで立ち止まってたら、逃がしちゃうよね?」

「だわな……腹くくるか」

「そうだな……解除はわたしが。もし何かあった時は対処を頼む」


 光が護に頼むと、護は静かにうなずく。

 からかうような言葉の一つも出てくるかと思いきや、何が起きても対処できるように気を張っているためか、一言も出てこない。

 そのことに光は少しばかり拍子抜けしたのだが、気を取りなおして、基点となっている注意書きに指をかけた。


――べりっ


 勢いよく壁から引き剥がしたせいか、そんな音が響き渡った。

 だが、特に何か起きたということも、音を聞きつけて残っていた異形がやってくるということもない。

 唯一、起きた変化といえば、自分たちの歩みを阻んでいた結界が解除されたということだろうか。

 なんとなく、いままで意識することすらなかった扉に、三人の視線が同時にむかう。


「そこ、か」

「そこしかない、よね?」

「そこだな」


 三人が同時に呟くと、光が扉に手をかけ、扉を開ける。

 すると、目の前には無数のカプセルが並んでいるという、まるでSF映画のワンシーンのような、異様な光景が広がっていた。

 その異様な空間の奥には、周囲のカプセルの二倍ほどある大きさのカプセルと、その前に立つ一人の白衣を着た人間がいる。

 その男が、この施設の責任者、そうでなくとも、この施設に何かしら関係しているということは明白だ。

 光がその男を問い詰めようと口を開いたその瞬間だった。


「お待ちしていましたよ。特殊事例調査局の職員さん」


 まるで、ここに来ることがわかっていたかのような口ぶりだ。

 ゆっくりと白衣の男は護たちのほうへ振り向き、愛想のいい微笑を浮かべた。


「何もないところで申し訳ない。何分、引っ越しの荷づくりをしていたものでね」

「施設移転、ですか……あなたには色々と聞きたいのですがね?」


 敵意を向けながら、光は男に問いかけたが、男は微笑みを深めるだけで、何も答えを返さなかった。

 代わりに、カチリ、という何かのボタンを押すような音が聞こえてくる。


「質問に応える意味がありませんね」

「なぜ?」

「あなた方には、消えていただきますから」


 無感動に、ただただ当たり前の作業を指示するかのように、男は光の言葉に返した。

 その瞬間、奥に配置されていたカプセルに、ピシリ、とひびが入る。

 ひびは無数に広がっていき、やがて、豪快な音を立てて割れた。


「禁っ!」


 飛び散る破片から身を守るため、護は一歩前に出て、刀印を結んだ右手で素早く五芒星を描いた。

 その瞬間、護の霊力が不可視の障壁となり、せまってきたガラス片を阻んだ。

 だが、それだけで終わらなかった。

 男が口にしていた、消えていただくという言葉。

 その意味を示すかのように、巨大なカプセルの中から、一体の異形が出てくる。

 その異形の姿に釘付けになってしまい、男が姿を消していたことに気づかなかったのだが、男に意識をむけるほどの余裕は、護たちにはなかった。

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