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閑話、昼休みの狐たち

 昼時。

 月華学園周辺を色鮮やかな毛並みを持っている小さな狐が歩いている。

 だが、ほとんどの人々は誰もその姿が見えていないらしく、狐の方へ視線を向けることない。

 まるで、狐の姿に気付いていないようだ。

 それもそのはず。

 この狐たちは普通の狐ではなく、狐の精霊であり、護の支配下にある式、すなわち、使い魔なのだから。


《黒月、そっちはどうだ?》


 そのうちの一匹、白い毛並みを持つ狐が立ち止まり、空を見上げながら心中で呟いた。

 その呟きに答える声が、白い狐の脳裏に響く。


《異常なし。そっちはどうだ、白桜》

《同じくだ……たく、我らが主はなにを警戒しておるのやら。気持ちはわかるがな》


 白桜と呼ばれた白い狐は、げんなりとした顔でため息をついた。

 五色狐たちは護の支配下にあるとはいえ、彼らは意思を持っており、護の命令には従うものの、行動に疑問を持つことが多々ある。

 時として主である護に直接、その行動を諫めたことも数えきれないほどだ。

 今回もその制限がかけられることのなかった自由意志のもと、護の行動に、もっと言えば、その行動の慎重さに疑問を覚えているらしい。


《普段の主なら、これほど厳重な警戒はしないだろうに》

《俺たち全員を呼び出したこともないしな》

《そういえばそうだな》


 護は五色狐全員に命令を下すようなことはせず、多くても三匹しか使わない。

 その程度の実力しか持っていないというわけではなく、自分も動きつつ的確に指示を出すには、どうしても数を絞らなければならず、その限界が三匹というだけだ。

 だというのに、今回はその枠を超えて、全員に指示を出している。おまけに、その全員と感覚を共有するという、異例の行動をしている。

 その行動に疑問を感じていないわけでもないが。


《まぁ、おそらくは姫のこともあるからだろう》

《姫のこととなると、我らが主は人が変わるからなぁ》

《それだけ惚れている、ということだろうよ》

《だからといって、これはいささか厳重過ぎるのではないか?全員で自身の周囲を見張らせるなど、これまでにないことだぞ》


 彼らはすでに限りなく正解に近いであろう予想をすでに出していた。

 実際、護は自分が大切にしているもの、家族や友人に手を出すものとは、たとえ可能性の段階であっても敵対を選択する。

 今回、護は先日襲撃してきた狼男たちを自分の敵対勢力と考えているらしい。

 その勢力に、月美と一緒に行動している現場を見られてしまい、自分の関係者であり、今後、襲撃の対象となってしまう可能性がある。

 さらに、いつ襲撃してくるかわからないため、すぐに対応できるように五色狐全員を出動させているのだろう。


《まぁ、それだけとも限らないがな》

《ほう?黄蓮、それはどういう……》


 白桜が少し離れた場所にいる同胞に問いかけようとした瞬間、自分たちとは明らかに違う声色が頭に響いてくる。


《おい、お前ら。雑談もいいが仕事もきちんとやってくれよ?》


 その声が自分たちの主のものであることを知っている五色狐たちは、それ以上、会話を続けることはしなかった。

 声色から、仕事をしていないように思える現在の状態を咎めようとしているのではなく、仕事もするように釘を差しているつもりであることはわかっている。

 だが、ひとまず、恰好だけでも仕事をしているように見せる必要があると判断したのだろう。


《今さらそんなにかしこまるな》

《……そういうなら、少しは気を緩めてもいいよな?》

《だからって気を緩めすぎて見逃しました、なんてのは許さないからな?》


 揚げ足を取るような、紅葉の発言への返しに、護が白い目をしている光景をありありと思い浮かべる白桜だった。

 ふと、何かを思い出したのか、護に一つの質問を投げかける。


《そういえば、主よ。ここまで厳重な警戒をする必要があるのか?》

《念のためだ。網は広く、目は細かいに越したことはないだろ?》

《いや、それは確かにそうだが》

《それにな》


 いままでになく威圧感のある声が五色狐たちの脳裏に響いた。

 護がその声を出すときがどんな時なのか、そして、下手に触ればどうなるか。

 彼らはよくわかっているため、反論することができなくなった。


《俺にだけ喧嘩を売るならまだいい。だが、月美を巻き込むってんなら、それはもう俺個人に対する喧嘩ってだけじゃない。土御門家に対する喧嘩でもあるってことだ》


 どうやら、本人も個人の感情というだけでなく、家の名誉を守るためにも、狼男たちとは徹底抗戦の構えを取るつもりらしい。

 護の口から出てきたその言葉に、五色狐たちは気を引き締めると同時に、こうなることを知ってか知らずか。

 いや、確実に知らなかったのだろうが、月美にまで襲いかかった狼男たちに同情するのだった。

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