21、嫁(仮)をからかう楽しみは母親の特権?
夕食を終えた護は、月美と一緒に食後の後片付けを手伝い、学校の課題に取り組んでいたのだが。
「……護?」
「……」
「護ってば!」
「ん?あ、ごめん。考え事してた」
「もう……」
夕方のことが頭から離れず、課題に集中できずにいた。
それこそ、何度も声をかけたのに気づいてもらえなかった月美がむくれ顔をするほどに。
「むぅ……」
「え、えぇっと……月美、さん?」
「むぅ~!!」
「……ごめんなさい」
むくれ続けている月美に、護は思わず土下座し、謝罪していた。
こういうときの月美は謝るまでむくれ続け、まったく口を聞いてくれなくなってしまうことを経験的に知っているため、反射的にこんな行動をとってしまったようだ。
そんな状態の護に対して、月美は。
「……遊園地」
「……え?」
「一日、遊園地に付き合う。でなきゃどこか一緒にお出かけ!」
と要求してきた。
一日、遊園地か、どこか一緒に遊びにいく時間を作れば許してくれるようだ。
許す条件としてデートに連れていけと言っているようなものだが。
「あ、あぁ……わかった」
護から返ってきた答えに月美は、腕を組んで満足そうな表情でうなずいていた。
――なぁんか、謝罪にかこつけてデートの催促されたような気がするけど……まぁ、いいか
思い返せば、東京に来てからこっち月美と一緒に過ごす時間というのがまったくなかった。
もちろん、新しい環境に順応するための時間が必要だったし、護にもやならければならないことがあったが、月美が転入してからすでに三カ月が経過している。
月美も新しい環境やクラスに馴染み、友人もできただけでなく、その美貌と生来の優しさから、クラスの垣根を超え、男女を問わない人気者となったほどだ。
ちなみに、クラスの男子たちはすでに諦めているのだが、同学年の男子の何人かは月美と交際できないかアプローチをかけているようだ。
もっとも、当の本人はその下心が見えているので。
『すでに決まった相手がいるし興味もない』
と断り続けている。
閑話休題。
そんなわけで、月美にもだいぶゆとりが生まれ、知らず知らずのうちに張りつめていた緊張がゆるんできおり、護を独占する時間をもっと持ちたくなっているようだ。
「それじゃ、今度の日曜日にどこか遊びに行くか」
「うんっ!」
護が月美の膨れ上がった独占欲を察することができたかは定かではないが、護の口から出てきたその一言に、月美はにこやかな笑みを浮かべ、うなずいた。
どうやら、機嫌を直してくれたらしい。
そのことにほっとした護は、月美と一緒に残りの課題を片付け始めるのだった。
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日曜日。
いつもは朝に弱い月美だったが、この日ばかりは早起きだった。
それだけ、護とのデートが楽しみということなのだろう。
その証拠に、鼻歌を歌いご機嫌な様子で朝食の準備を手伝っていた。
もちろん、雪美がそのことを微笑ましく思わないはずがなく。
「ふふっ、ご機嫌ね?月美ちゃん」
「はいっ!だって今日は久しぶりに護とお出かけですから!」
一応、翼からはなるべく慎みをもって行動するように言いつけられているのだが、それを突っ込むのは野暮というもの。
何より、若いカップルが久方ぶりに過ごす一緒の時間を楽しもうとしているのだ。
むしろその様子を覗き見したいとすら思っている。
だが、その想いを悟られないように細心の注意を払いながら、雪美はにこやかな笑みを浮かべていた。
「そうよね、大好きな護とのお出かけなんだから、ご機嫌になるわよね~?」
「はぅっ!!」
雪美がにやにやと笑いながらそう問いかけると、月美は顔面を真っ赤に染めて、奇妙な悲鳴を上げる。
その様子が面白くて、雪美はもう少しからかいたいという気持ちがむくむくと沸きあがってきた。
「夜は密室で二人きりで勉強しているとはいえ、やっぱり普段とは違う格好を見てもらって、褒めてほしいもんねぇ?」
「うぅ……」
「あぁ、最近の若い子はどんなことするのかしら?手をつないでウィンドウショッピング?それとも地元観光かしら?……あ、でも最近の子は色々と"早い"っていうからねぇ……」
「……へ?」
「だからってダメよ?ちゃんと学校卒業して、お金を稼げるようになってからでないと!」
早い、というのが何を意味しているのか察しかねた月美は首を傾げていた。
だが、そんな彼女にお構いなしに雪美は続ける。
「万が一、事故が起きたら、あなたと護だけじゃないわ、あなたたちの子どもまで苦労することになっちゃうんだから!!」
雪美が何を言いたいのか察しかねていた月美だったが、『子ども』という単語から雪美が言わんとしていることを、ようやく理解できたらしく。
「……ほ、ほえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ???!!お、おおおおおおおおお義母さん??!!い、いくらなんでも、そそそそそそんなことはしないですよぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
ゆでだこのように顔を真っ赤に染め上げて、月美は絶叫しながら反論する。
その様子が面白いのか、雪美は何も返すことなく、ただただニヤニヤと笑みを浮かべていた。
だが、ふとその笑みが消え、少し気まずそうな表情へと変わる。
からかわれて少々余裕がなくなっていたとはいえ、月美はその表情の変化を見逃すことはなかった。
「あ、あの、お義母さん?どうし……」
「いや、それ俺のセリフ。どうしたんだよ、二人とも」
どうしたのか問いかけようとした瞬間、月美の背後から護の声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには髪が乾ききれていない護の姿があった。
どうやら、水垢離から戻ってきたらしい。
「あ、お、おはよう……護」
「うん、おはよう。悪いけど、月美、お味噌汁ない?風呂には入ったけど、ゆっくりしてる時間なくて」
「あっ!!ご、ごめんね!座って待ってて、すぐ持ってくるから!」
初夏に入ったとはいえ、やはり水垢離はまだ厳しいらしい。
じっくり温まりたいところだったようだが、今日はこれから大事な用事があるので、ゆっくり温まらなかったようだ。
それを察した月美は、パタパタと護の汁茶碗に味噌汁をよそい始めた。
その背中を見つめながら、注文した当の本人は。
「……母さん。月美をからかって遊んでいいのは月美の友達と俺だけじゃなかった?」
あまり月美で遊ばないでほしいと抗議した。
だが、抗議された雪美はあっけらかんとした態度で。
「あら?将来のお嫁さんをからかっても罰は当たらないんじゃないかしら?」
と返答する。
どうやら、月美で遊ぶことは雪美にとって新しい楽しみになってしまったようだ。
それを理解した護は。
――月美が受け入れられていることはうれしいけど、たぶん、これから俺も一緒になって遊ばれることになるんだろうなぁ……
今後、自分も雪美のおもちゃにされてしまうことが簡単に予測できてしまい、嬉しい反面、どんなことをされるのかわからず、ため息をもらすのだった。




