14、奇妙な共同戦線
「情報交換は、こちらとしてもありがたい話です」
特殊状況調査局局長の賀茂保通からの協力要請に護はしばらく沈黙し、思案してからようやく結論を出した。
そんな状況に、翼もまた沈黙していたが、護を放置するつもりでそうしているのではない。
元々、今回のことは、護が自分の判断で首を突っ込むことにしたのだから、調査局や他の術者との衝突も想定していたはずだ。
なにより、息子が術者との交渉の場でどのような判断を下し、どう切り抜けるのかに興味があるらしい。
そんなことは知らず、護と保通は交渉を続けていた。
「では」
「ですが」
保通は護の言葉に期待を込めた視線を送ってきた。
だが、その視線を送られている当の本人は、保通から視線をそらさず、その期待を裏切るような言葉を口にする。
「行うのは情報交換だけです。私は私なりに動きます。ですので、そちらはそちらで動いてくださって結構」
「ふむ?つまり、我々の捜査方針に従うつもりはない、ということかな?」
護から返ってきた答えに、保通は目を細めた。
その視線に臆することなく、護は言葉をつないだ。
「あなたがたの捜査方針が依頼人にとって都合が悪くなってしまう可能性がありますので。提案していたというのに恐縮ではあるのですが」
依頼を受けている立ち場である以上、依頼人の意向に背くような真似はしたくない、ということなのだろう。
そんなことを勘ぐりはしたが、あるいは若さゆえにできる限り自力で解決したいという、一種の意地があるのかもしれない。
そこまで考えて保通は。
「いいだろう。それならば情報交換だけで、互いに自由に動くとするが、その過程で対立した場合、君の安全は保証しかねるが」
「かまいません。なるべく、対立しないよう、立ち回るつもりです。もっとも、そちらから仕掛けてきたとしても、抵抗しないという保証はありませんが」
「それこそ構わない」
もっとも、とつないでから、保通は殺気のこもった視線を向けてきた。
「我々と対立する、というのが何かを意味するのか。それをよく考えることだ」
「……無益な戦いはこちらとしても避けたいので、できれば遠慮させてもらいますよ」
「実に懸命な判断だ」
護からの返答に、保通は微笑みを浮かべて返した。
保通としても、無益な小競り合いは避けたいというのが本音だ。
そのため、光の血の気の多さは少しどころか、かなり迷惑している。
保通は立ち上がりながら、最終確認を行う。
「双方で得た情報は必ず伝達し合う。だが、調査そのものは独自に行い、互いのやり方に口出しはしない。こういうことで構わないかな?」
「えぇ」
「構いません」
保通の問いかけに、護と光は同意するようにうなずく。
それを肯定と受け取った保通は翼に視線を向けた。
「では、邪魔をしたな」
「いやなに、いつでも、というわけにはいかないがまた来てくれ」
珍しく、翼は穏やかな笑みを浮かべながらそう言ってきた。
その笑みに、なにかを隠しているような気がしてならない保通は、苦い表情を浮かべ。
「そのうちな。では、護くん、いつかまた。光、帰るぞ」
そう言って、保通は書斎から立ち去っていった。
光は保通の後を追うようにして、翼にむかって一礼し、慌ただしく書斎を出たが、去り際に護にしか聞こえない程度の声量ではっきりと。
「次は勝つ」
と、ちゃっかり、勝利宣言をしてから去っていく。
――なんでまた喧嘩売られなきゃいけねぇんだよ……そっちがその気でも、俺は絶対嫌だかんな
二度と術比べをするつもりがない護は、はた迷惑で一方的な勝利宣言をされたことに苦笑を浮かべるしかなかった。
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土御門邸からの帰り道。
光は保通の少し後ろを歩いている。
ふと、保通は歩きながら突然、光に問いかけた。
「土御門の後継と術比べをしたようだな」
「……向こうが喧嘩を売ってきたので」
問いかけてくる声色に、光は保通が少なからず怒っていることに気づいく。
その威圧感に、少しびくつきながらも答えた。
その答えに、保通は陰鬱なため息をつき。
「お前な、もう少し冷静になるってことを覚えたらどうだ?どうせ、お前の方が何かやらかしらんだろうが」
と呆れたような声で返してくる。
「そんなことは……」
思わず反論しそうになった光だったが、思い当たる節があり、否定できない。
確かに、うかつに自分の所属を話してしまったし、そうでなくても、堂々と隠語を使ってしまった。
刑事ドラマや推理小説などで、警察機関の隠語は一般人にも広く伝わっている。
だが、特殊状況調査局で使用される隠語の中でも、妖を表している"特殊生物"は一般人には知られていない。
オカルトに精通している人間ならば知っているかもしれないが、調査局の存在は『都市伝説』という隠れみのの中にあるものだ。
「現在も息づく神秘の存在を明るみにすれば、世界に余計な混乱を招きかねん。それを避けるため、政府は調査局を秘匿しているんだ。それはわかっているはずだ」
翼が言うように、時として神秘は世界に混乱を招く。
それは、ノストラダムスの大予言やマヤ文明の暦などの予言で、滅亡説が流行したことからも裏付けはされている。
もっとも、それらの予言を時代や文化、地理などの背景を考えず、文面だけを読み解き、荒唐無稽な説を唱えていただけで、実際は人類滅亡とは何ら関係のないものだった。
だが、ほんの僅かでも予言に翻弄された人々により、取るに足りないものではあるが混乱が起きたことは事実だ。
余計な混乱を招かないためにも、神秘は秘匿し表に出さないよう、細心の注意を払う。
このことは術者であれば誰でも知っていることだ。
「だというのに、頭に血が上ってそのことを忘れ、糸口になり得る言葉を口にするとはな……」
「うっ……」
今回は同業者だったからよかったものの、これが一般人であったらと思うと、少しばかりぞっとする。
そこまで思い返し、光は自分に非があることを自覚し、落ち込むのだった。




