9、おびえるものたち
護と月美、そして土御門家の人々が神社周辺に奇妙な妖気を感じ取ってから、一週間近く。
翼は近所に住んでいたり、仕事で立ち寄ったり、あるいは土御門神社を職場としている術者にも手伝ってもらい、周辺の警戒を行っていた。
当然、護にも警戒するよう警告が出されており、周囲の警戒をしていたのだが、いまだに特に変化は起きていない。
散歩と称して周辺を歩いていこともあったが、やはり妖の仕業と思われる不可思議な事態が起きているという話は耳にしたことがなかった。
――このまま、何事も起こらず終息してほしいんだけどなぁ
星見台に登ろうと外に出た護は、心中で呟き、ため息をついていた。
春先に黄泉の神と対峙し、命を落としかけた身としてはそう願ってやまない。
だが、どうやら、それは叶わない願いというもののようだった。
「……で、何の用だ?」
このあたりに住んでいる名もない妖たちが集まっていることに気づき、半眼になりながら問い詰める。
護のその態度が気に入らなかったのか、妖たちは苛立ちを隠すことなく、護に抗議してきた。
「何の用だってご挨拶だな!」
「俺たち、せっかく情報を提供してやろうと思ったのによぉ!」
「だからってわざわざここまで来なくていいだろ?」
「仕方ないだろ!俺たちはそこから先に入ることができないんだからよぉっ!!」
護が呆れたように返すと、妖たちはさらに激しく抗議してきた。
そんな彼らがいる場所は、土御門神社の鳥居の外だ。
神社の境内は神域であり、鳥居はその境界線。
そこから先へ妖たちが入りこむには、境界線の中にいる人間に許可を得る必要があるため、近くにいた護と月美に声をかけてきたのだ。
――まぁ、特に悪さをすることはないだろうし、伝えたいことがあるみたいだし、いいかな
顔見知りと言えなくもない関係であり、術者のおひざ元でわざわざ悪さを働くようなことはしないことを知っている。
そのため。
「まぁ、いいだろう。入れ」
と、招き入れることにした。
もっとも、招き入れたからといって、歓迎するとは限らない。
「……で?その情報ってのは??」
じとっとした冷たい視線を向けながら護が用件を聞くと、妖たちは偉そうな口調で返してきた。
実際問題、彼らは護と月美よりも二十倍近い年月を生きているので、へりくだられても困惑するだけなので、別に構わないのだが。
「ほら、お前ら最近、昼間に動いてる連中のこと、探してるだろ?あれについてだよ」
「不気味な連中だから、俺たちとしてもどうにかしてほしいんだよ」
「おいおい……」
予想していたとはいえ、妖たちの口から飛び出してきたその言葉に、護はため息をつく。
妖たちから力の強い無法者をどうにかしてほしい、と依頼されることはいつものこと。
だが、自分たちではどうしようもないから手伝ってほしい、というのではない。
初めから、護のような話のわかる術者に押し付けようとしているのだ。
「……いつも思うんだが、お前ら、自分たちでどうにかしようって気概はないのか?」
護も見習いとはいえ陰陽師。
陰陽師とはその名の通り、陰陽、二つの正反対のものを両方とも司る存在であるため、闇の存在である妖たちの依頼も無気にすることはしない。
だが、妖たちと術者たちとの間には、基本的な相互不干渉という暗黙の規則が存在している。
術者の側で発生した問題は術者側の責任で解決するように、妖の側で起きた問題も妖怪側が責任を持って解決することが基本だ。
そのルールをあっさりと破っているのだから、呆れてしまう。
もっとも、それを言うと常に返ってくるのは。
「だって、俺たち弱いもん!」
「あと五百年はしないと対抗できないって、あんなの!」
「かといって、力のある連中がそう簡単に力を貸してくれるわけないしよぉ……」
「もうあんたらしか頼れないんだ!!」
と、妖たちなりの事情を説明したうえで。
『頼む!陰陽師!!』
と大合唱のして、綺麗な土下座を披露してくる。
いっそ清々しいまでの他力本願ぶりに、護は呆れ返っていた。
とは言っても、ここで放っておいたせいで目の前にいる妖たちに何らかの被害が出てしまっては目覚めが悪い。
なにより、ここで情報を得なかったために後手に回るというのも面白くないと思ったのか。
「……わかった。わかったから、顔を上げろ」
とその頼みを受けることにしたのだった。
「やったーーーーーっ!」
「へへっ!そう言ってくれると思ったぜ~っ!!」
「なんだかんだ言って、俺たちのこと気にかけてくれてるもんな!」
もっとも、折れたら折れたで妖たちの調子の良さに再びため息をつく。
そんな護の様子に、隣にいた月美はどう反応したらいいのかわからず、苦笑を浮かべて沈黙を守ることしかできなかった。
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翌日の放課後、月美は明美と遊びにいくことになっていたため、護は一人で妖たちが話していた廃屋にやってきた。
彼らに曰く、そこに姿は人間ではあるが、感じ取れる気配が妖のそれと同じ連中がよく立ち寄るのだそうだ。
むろん、人間に近い姿をしている妖が存在しないわけではない。が、彼らは人間とは異なる位相で生活しており、そこから離れることはまずない。
妖が人間に化けることがないわけでもないのだが、そんな行動を取るのは基本的に夜の間であり、昼間にそんな行動をするのはかなりの変わり者ということになる。
――個人的には、ここをねぐらにしてる妖がそんな変わり者の物好きであってほしいんだけど……無理だろうなぁ……
極力、面倒事には関わり合いたくない護としては、そうであることを願ってやまない。
だが、それは祈るだけ無駄なことだということは、本人が一番良くわかっている。
護は陰鬱なため息をつきながら、廃屋に足を踏み入れた。
廃屋と言っても、妖が住みついているためか、あまり荒れている様子はない。
だが、廃屋に入った瞬間、護は肌寒さを感じ、周囲を警戒する。
――普段、どれだけの妖がここにたむろしてるんだよ……ちと濃すぎやしないか?
肌寒さの原因が、この廃屋が妖気で溢れるていることであると理解し、そんな感想を抱きながら、護は廃屋の中を見て回る。
そのうちに、妖の姿が見えないことに違和感を覚えた。
護の見鬼の力が弱くなったわけでも、なくなったわけでもない。
その証拠に、護の目には澱んでいる妖気がしっかりと映っていた。
そうなれば、考えられることは一つ。
――お出かけ中、というわけか……さてどうすっかな……
目的の妖が居ない以上、ここにいても仕方がない。かといって、このまま放置しておくわけにもいかない。
次の行動方針をどうすべきか思案していると、護は背後から気配がしたことに気づき、振り返ろうとした。
その瞬間。
「動くなっ!!」
凛とした少女の声が響き、護に命令してきた。




