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2、いつもと変わらない日常~朝の光景~

 翌日の早朝。

 甲高い目覚まし時計の音とともに、護は目を覚ます。

 若干、不機嫌そうな眼付きで目覚まし時計のベルを止めた。


――眠い……まだ寝たい……けどなぁ……


 頭がまだ寝ぼけているとしているため、このまま再び布団の中へ潜りこんで惰眠をむさぼりたいという欲求が芽生えていたが、そうも言っていられない。

 布団から抜け出た護は、制服には着替えず、水着と白い単衣をまとい、庭へと出て、まっすぐに池へと歩いていく。

 池と言ってもあまり深さはなく、常に水が流れているのか、汚れている様子もない。

 池のほとりに沿って歩いていくと、小高い山のような岩があり、その隙間からは勢いは強くないものの滝と呼んでも差し支えないような量の水が流れ落ちている。

 滝の流れ落ちる先にある、足場として使えそうな平たい岩に、護は迷うことなく足を乗せ、滝の中へと身を投じた。


――さっびぃっ!! 冷てぇっ!! うっわ、もうこれだけで目が覚めるよまじで!!


 春とはいえ、まだ朝の時間は冷え込むこともある。そんな中で浴びる流水の冷たさは、冬のそれとまったく変わりはない。

 身を切るような冷たい水で全身を濡らし、護は心中で叫びつつも、両手を合わせて目を閉じ、ぶつぶつと何かをつぶやき始めた。


「――――、――――、―――」


 普通の人間では意味がわからない言葉を、何度も何度も口にしながら護はひたすら水垢離を続ける。

 それから一時間ほど経つと、護は静かに目を開けて、その場から離れた。

 一見すれば平気そうに見えるのだが、よくよく見れば、体は細かく震えているし、何より歯がガチガチとなっている音が聞こえてくる。

 そして、とうとう耐えきれず。


「へっくしゅん!!」


 盛大なくしゃみを一つ。

 それを皮切りに、護は震えて思うように動かない体で、できる限り急いで風呂場へと向かっていった。

 風呂場で体を温めた護は、制服に着替えて、リビングへ移動。

 併設されているキッチンには、調理後の後片付けをしている雪美の後ろ姿がある。


「おはようございます」

「おはよう、ちゃんと温まったでしょうね?」


 護が朝食の前に水垢離をしていることは、家族全員が知っていることで、翼も食後に水垢離をしてから仕事にかかることが日課だ。

 なお、朝の水垢離は土御門家共通の修行であり、誰一人欠かすことなく行い続けてきた基本中の基本であるため、季節を問わず行われる。

 そのため、体力が落ちているときや時期によって、風邪を引いてしまうことがよくあり、雪美はそのあたりを気遣っているようだ。


「もち……って、いいたいけど、時間が時間だからあんましかも」

「あら。それじゃ先に味噌汁飲んじゃいなさい」

「ん、そうする」


 雪美はそう提案しつつ、護の前にほかほかと湯気の立っている味噌汁が注がれた器を置く。

 護もその提案に二つ返事で返し、合唱してから味噌汁を口にする。

 ちなみに、この日の具材はわかめ、ねぎ、豆腐。

 いかにも『味噌汁』という印象を受ける具だった。


「あぁ、うまい……」


 体が冷えていたからだろうか、余計にそう思うのだろう。

 息子が無意識に口にした感想に、雪美は嬉しそうな笑みを浮かべ、茶碗に炊きたての米を盛りつけて護の前に置く。

 なお、目の前には鮭の塩焼きと、かぶ、にんじん、大根のぬか漬けがそれぞれの器に盛りつけられ、置かれていた。


――なるほど、今日の母さんの気分は和食か


 その献立を見つめ、護は心中でそうつぶやいた。

 雪美は家庭でできるレベルのものであれば、和洋中なんでもござれ、という人物なのだが、その時々によって作りたい料理が変わってくる。

 それだけ聞けば普通なのだが。


――昨日は中華三昧だったな……一週間連続で中華、なんてことにならなくてよかった。さすがにあれは飽きる


 と、護が思い返しているように、雪美の場合、朝食に和食が出せば、その日一日の食事はすべて和食となる。

 これが洋食や中華料理でも当てはまり、ともすると一週間ずっと食事のジャンルが固定されるということもあった。

 もっとも、雪美は家族の健康を気にかける母であり妻だ。

 一つのジャンルで一週間の食事を固定させることはあっても、使う素材は選ぶし、胃もたれや胸やけを起こさないよう配慮はしている。

 その証拠に、いままで朝から胃もたれを起こしたということはない。


――そのあたり、亜紀さんに似てるよなぁ、そういえば


 そんなことを思いながら、護は汁茶碗をテーブルに置いて手を合わせた。


「いただきます」

「はい、召し上がれ」


 行儀よく食前の挨拶をしてから、護は箸を手に取り、鮭の身をほぐし始める。

 すると、廊下の方からばたばたと慌てふためきながら何かが走ってくる音が響いてきた。


「お、おはようございます!」

「あら、おはよう。月美ちゃん、はやく食べちゃってね?」

「は、はい! おはよう、護」

「おはよう。先に食べてたぞ」

「む~! 起こしてって言ったのに!!」


 朝に弱い月美は、いつも護に起こしてほしいと頼んでいたのだが、月美の寝起きの悪さを知っているためか、護はその頼みを実行したことが一度もない。


「いただきます」

「はい、召し上がれ」


 当然、そのことに不満を持たないわけがなく、毎朝、こうして朝の食卓につくさいに、護に起こしてくれなかったことに文句を言ってから朝食を摂る。

 その一連の流れが、この春からの土御門家の恒例の光景となっていた。

 月美がいそいそと朝食を食べている間にも、護は朝食を食べ終え、席を立つ。


「ごちそうさま。月美、外で待ってる」

「んっ?! ちょ、ちょっと待って!!」


 護が先に行くと宣言すると、月美は急いで器に盛られた食材を次々に口へ運び、高速で食べ終えた。


「お待たせ」

「んな急がなくてもよかったのに」


 月美の素早い行動に苦笑を浮かべた護だったが、その行動の原因が自分にあることはわかっている。

 だから、それ以上、追及することなく、一緒に出発しようと提案した。


「それじゃ、行こうか」

「うん!」


 当然、その提案に乗らない月美ではなく、それまでの不機嫌顔が消えて、一瞬でご機嫌な笑みを浮かべる。

 そんなやり取りをしながら、二人はカバンを手に玄関まで向かい、制定品の革靴を履いて、見送りに来てくれた雪美の方へ振り返り。


「「行ってきます」」

「いってらっしゃい。気をつけてね」


 声をそろえてそう告げると、一路学校へと向かっていった。

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