序、~其は影で動くもの~
以前、活動報告で報告させていただきました通り、『陰陽高校生』の新しい話を投稿させていただきます。
できれば、一週間か二週間に一度、遅くても一か月に一話のペースで上げていければと思います。
――まったく、よくも飽きもせず、これだけの報告を上げてくるものだ……
四月に入り、大型連休まであと二週間ほどというある日。
内閣府のとある部署で室長を務める賀茂保通は、目の前にある分厚い資料を前に、陰鬱なため息をついていた。
その資料の見出しは、『都内にて発生中の特殊生物による傷害』という物騒極まりないものだ。
特殊生物とは、政府内における妖や物の怪といった霊的存在の総称。
つまり、彼の目の前にある資料は妖や物の怪によって出ている被害報告ということになる。
「どうせ大半は、禁忌や言い伝えを馬鹿にして開発を無理矢理進めた結果だろうに……」
ため息をつきながら愚痴をこぼしはするが、目を通さないわけにはいかないため、保通は一番上に置かれたものから順番に読んでいく。
案の定、そこには人間の側が妖に対して、攻撃的にならざる追えなくなるような状況に追いこんでいたという報告が記されていた。
――理由はわからんでもないが、もう少し穏便に……いや、無理か
文字を追いながら、保通は今日で何度目になるかわからないため息をつく。
特殊生物が人間を襲撃する理由は、人間に縄張りを侵食されたことにある。
人間が数を増やしたことで、特殊生物たちは元いた縄張りを追い出され、他の特殊生物たちが住んでいる縄張りに移住することとなったためだ。
――それだけなら、縄張りを共有することもできる。彼らとて理性もあるし理解もある
それだけならば、人間に追い出された特殊生物ともともとそこに住んでいた特殊生物の間で起きた問題として片付く。
特殊生物は決して理性のない獣ではない。
しっかりと理を示し、道理を通せば、納得もしてくれる。
現に、保通たちは双方の仲立ちをして、共生できるようにしてきた。
――しかし、それだけではもはや追いつかず、特殊生物たちは生命の危険と人間に対する憎悪を覚え、最終的に攻撃を仕掛けるようになった
ようやく見つけた新天地も、たった数年の開発で奪われる。
人間に当てはめれば、ようやく見つけた安住の地を無理矢理、追い出されることと同じだ。
その原因を作った人間を憎まぬよう要求することは、あまりにも身勝手なことだろう。
――どこか、新しい未開の地を提供できればいいんだが、それは難しい。個人の力で行うにも、許容量をはるかに超えてるものだしな
人間に被害を与えることの少ない新天地を与えることが、おそらく一番手っ取り早い解決策だが、そう簡単にはいかない。
むろん、個人で行うという方法もなくはないが、限界はある。
そもそも提供した土地へ移り住んでもらったとしても、元々住んでいた特殊生物や一族の人間と折り合わなければならない。
かといって、人の手が入らない場所を提供し、保護しようにも、人の手があまり入っていない国有地はあまりないうえに、元々の所有者との交渉が必要となる。
――必然的に時間がかかるし、その間にも再び被害者が増えてしまう……さて、どうしたものかな
机の上の閉じられた報告書に恨めしそうな視線を向けたまま、保通は何か解決策はないものか、と思案する。
だが、この時、保通と彼の部下はまだ知らなかった。
こちらの対応を待つことが出来ず、非力な人間たちを一方的に刈り取ろうとしている勢力が報告書に記されている特殊生物の群れの中に存在していることに。
一方、場所は変わって首都圏内にありながら、いまだ人の手が入っていない山の中。
そこに住む人ならざるものたちが何かから逃げるように、走り回っている。
「おのれっ!! まだ追ってくるというのか!!」
「しつこいにもほどがある!」
空はすっかり夜の帳に覆われ、人ならざる存在が闊歩する闇の世界が広がっている時間。
だが、人間はそのあふれんばかりの好奇心と知性と、あくなき探究心で世界の理を『科学』という枠の中に治めた。
さらに、そこから得た知識を応用し、文明を発展させ、ついに夜の世界にも進出を果たすようになる。
今や夜は、人ならざる存在、妖のみが闊歩する時代ではなくなった。
「くそっ!」
「おのれ! 人間風情に不覚を取るか!!」
先住民である人ならざる存在の大多数は、人間を拒絶するでも歓迎するでもなく、ただただ身を引いて彼らの前から姿を隠すことを選んだ。
だが、中には人間に手荒い歓迎をするものたちが存在していることも事実。
そんな手荒い歓迎を行う過激派の存在たちは、自分の縄張りに入り込んできた一人の青年を追い回していた。
いや、追い回していたのはついさきほどのこと。
今はその立場は逆転し、自分たちが青年に追い回され、追い詰められていた。
「ぐっ……貴様、ただの人間ではないな!」
「人間風情が……なにゆえ我らの住処を荒らすか!!」
倒されながらも口々に叫びをあげる妖たちに、青年は陰鬱なため息をく。
「まったく、お前らの同胞の中にも人間と折り合いをつけて生きていこうとしている連中はいるだろうに……なんでお前らはそうできないのやら」
「貴様、よもやあの腑抜けどもにたぶらかされたか!!」
「人間と折り合いだと? ふざけるな!! あそこはもとより我らが住処ぞ!!」
「それを荒らしたは貴様ら人間ではないか!! それを取り戻そうとして何が悪い!!」
「許さぬ、許さぬぞ! 人間風情が!!」
どうやら、彼らは人間にもといた住処を追いやられ、それを取り戻そうとして人間を襲っていたらしい。
「言い分はわかるが、そりゃお前たちの事情だろ? こっちだって色々準備してたったのに、先走りやがって」
武力行使で自分たちの縄張りを守ろうとしていたようだが、青年の言う通り、人間の側で彼らの事情を汲み取り、解決策を講じている真っ最中だったのだ。
だというのに、この妖たちは武力行使という早まった真似を行った。
その結果、人間の側に被害者が出てしまい、穏便に行くはずのものがそうもいかなくなってしまったのだ。
「穏便に済ませようと思ってたんだが、残念だ」
「偽りを申すな!」
「貴様ら人間が、一度でも約束を守ったことがあるか?!」
「どうせ百年もすることなくまた忘れるに決まっている!」
「そんな言葉を、誰が信用などするものか!!」
青年は浴びせられる罵詈雑言を無視して、着ているジャケットの内ポケットから、一枚の呪符を取りだす。
「せめて、苦しまないですむように終わらせてやるよ」
青年はそう言ってから、口の中で何かをつぶやき始めた。
その瞬間、青年の手にある呪符に記された文字が淡い光を放つ。
その光を見た瞬間、倒れている妖たちの顔に死への恐怖が浮かびあがった。
「……土御門護」
「な、なに……?」
「土御門、だと?」
「かの安倍晴明の子孫、土御門だと??!!」
「それがお前らを河に送った術者の名だ。せめて、この名を冥途の土産にするといい……臨める兵、闘う者、皆、陣列れて前に在り」
護が九字の言霊を口にした瞬間、呪符の文字に宿っていた光が全体に広がる。
それと同時に、護は呪符を倒れている妖たちの頭上へと投げ、素早く両手を合わせた。
「ひふみよいむなや、こともちろらね、しきるゆゐつ、わぬそをたはくめか、うおゑにさりへて、のますあせえほれけ」
古神道の祓詞を口にし、二度、手を叩いた。
ぱん、ぱん、と乾いた拍手の音が聞こえると同時に、呪符は強い光を放ち、妖たちを包みこんだ。
その光の中で、妖たちは塵のように崩れ、消えていく。
妖たちがいた場所を、護は悲しそうなまなざしで見つめていたが、すぐに背を向け、来た道を戻っていった。




