追話、それは黄泉の神からの餞別か、それとも
――全部、終わっちゃったなぁ……
鳴海は薄れていく意識の中、心中でそうつぶやく。
あの少年に、少年が抱く願いに敗北した。
――私の願いも、強かったはずなんだけどな……
死んだ人を、愛する人を蘇らせたいという願い以上に強い願いが、この世界に存在するはずはない。
だから、どれほど力のある術者が相手であろうとも負けるはずがないし、何より、負けるつもりもなかった。
そのはずだったのに、彼の願いに、想いの強さに負けてしまったのだが。
――なんでだろうなぁ? 悔しいとか全然感じない……
むしろ、再びの生命をという願いよりも、強い願いが存在していたことに、純粋に驚いていた。
いや、驚いていたというよりも。
――ただ一人を守りたいとか、大切なものを傷つけられた怒りのほうが強いか。少年漫画かっての……いや、あいつ少年だったわ
友情、努力、勝利をコンセプトに作られた雑誌に掲載されている漫画のような青臭いものに敗北したことに呆れていた。
けれど、どこかやり切れない想いもあったことは事実だ。
――他人を犠牲にするなんて非道なこともしたのになぁ……ま、そんなことして願いがかなえられるなんて思っていたこと自体、おこがましいか
たくさんの命をあの神に対価として捧げたというのに、自分の悲願を叶えることができなかった。
だが、自分のその非道な行いの結果がこれだというのなら、仕方がない。
そう思い、この結果を受け入れた鳴海に向かって、頭上から白く強い光が降り注いだ。
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鳴海が目を開くと、彼女の視界には、ただただ、白一色にそまった空間が広がっていた。
――ここはどこ?
そう思いながら、地面に視線を落とす。
そこには裸足で、白いワンピースをまとっている女性の姿が入り込んできた。
それが、水面に映っているいまの自分の姿であることを理解するまで、さほど時間はかからなかった。
まるで、囚人や入院患者のようだ。
――入院患者はないわね。わたしがしたことを考えれば、囚人のほうがよっぽど似合ってる……って言っても、私が罪に問われることはないんだけどね
鳴海はそんなことを考えながら自嘲する。
被害者は全員、自分の占いを受けていたという共通点があるだけ。
物的な証拠は何もなく、自分が犯人であることを示す、状況証拠すらない。
何より、呪詛や呪術を行って人をさらったなどということを誰が信用するだろう。
もっとも。
――ま、そもそも魔法や呪詛による犯罪なんて、科学的に証明できないから法律じゃ裁けないんだけど
魔法や呪詛は、実際には『存在しない』ことになっている。
さらに証明のしようがないのだから、仮にそれらを利用して犯罪を犯したとしても証明はほぼ不可能だ。
そのため、法律で裁くことはできない。
だが、法で裁くことができなくとも、鳴海が多くの人を犠牲にしたという事実が消えてなくなるというわけでもない。
――けれど、仕方なかったじゃない……もう一度、彼に会いたかったのだから
一瞬、赤く染まっているような気がした自分の手を見つめ、鳴海は心中でつぶやく。
自分の手をぐっと握りしめ、涙をこらえるように目を閉じながら、鳴海は自身の行いを思い返す。
ふと、温かなものがそっと優しく自分の手を包み込む感覚を覚えた。
その感覚に、目を開けて自分の手を見る。
そこには、明らかに自分のものではない、けれども、懐かしい手があった。
――まさか……そんな……
ありえないと思いながらも、鳴海は顔を上げる。
そこには、ずっと昔に失ったとても大切な人がそこに立っていた。
「……あ、あぁ……」
その顔を見ると、自然と涙が浮かび上がってきた。
目の前に立っている青年は、鳴海の背にその手を回す。
青年に抱きしめられた鳴海は、温かく優しいぬくもりが自分を包み込んでいることを確かに感じていた。
鳴海はこみ上げてきたものに耐えることができなくなり、堰を切ったように、涙を流しだす。
「う、うあぁぁぁぁぁ!!!」
まるで小さな子どものように泣きじゃくる鳴海を、青年は抱きしめたまま優しくその頭をなでていた。
鳴海は青年の胸に抱かれながら、今までため込んできた涙を、すべて出し切ってしまうのではないかと思わせるほど、長い時間泣き続ける。
鳴海を抱きしめている青年はその間、文句ひとつ言うことなく、ただただ黙って彼女のやりたいようにさせていた。
やがて、鳴海は泣くことをやめたが、今度は青年の胸に自分の頭を押し付ける。
その両腕は、青年の腰をがっちりと抱きしめていた。
「まったく、泣き止んだと思ったら、今度は甘えん坊か? 変わらないな、君は」
「仕方ないでしょう! あなた以外の人に、こんなことするつもりはないし、こんな恥ずかしい姿を見せるつもりもなかったんだもの」
「ははは……それは栄誉なことと思ってもいいのかな?」
「む~、またそうやって意地悪言う」
返ってきた青年の言葉に、鳴海はむくれながらも抱きしめる力を少しだけ強めた。
その様子に青年は。
「ごめん」
と謝りながら、鳴海の顔に出来た涙の跡を、そっと指で拭った。
その表情を見ながら、青年は心中で後悔の念を呟く。
――仕方のないことだったとはいえ、彼女に申し訳ないことをしたな……
元来、彼女はコロコロと表情を変える、明るくて、寂しがり屋で甘えん坊。
そんな、とても年相応には見えない気性を持った女性だ。
その彼女が、あれほど感情を殺して、神秘的に振る舞うことができていたのは、ひとえに自分を蘇られせるためだったということを青年は知っている。
なにしろ、ずっと見てきたのだから。
けれども、この人はもそんなことをする必要はない。
「これからは、一緒にいよう」
青年は鳴海の瞳を見つめながら、微笑んだ。
その言葉に、鳴海は狐につままれた表情を浮かべる。
いつか、そうなってほしいと願っていたし、その思いは伝えなければいけないと思っていた。
けれども、まさか彼も同じことを思っていてくれていたとは。
そのことが意外で、あっけに取られてしまったようだ。
「……だめ、かな?」
「う、ううん!! そんなことない!……すごく、うれしい」
ほほを赤く染め、うつむきながら、鳴海は青年の言葉に答える。
鳴海のその返答に、青年は嬉しそうな笑みを浮かべて、再び、彼女を包み込んだ。
青年の優しいぬくもりに包まれた鳴海は、その中で静かに目を閉じた。
――もう二度と、この人のぬくもりが離れることはない……なんでだか、そんな気がする
この再会は、理を捻じ曲げることであるとわかっていながら、その意思を曲げなかった鳴海への、伊邪那美大神からの褒美なのか。
それとも、鳴海の願いを叶えられなかったせめてもの償いなのか。
いずれにしても、鳴海の『もう一度、愛する人に会いたい』という願いは成就した。
――どっちかなんて、考えなくていい。だって、この事実とぬくもりは本物なんだ。それだけわかれば、私にはもう十分だ……
そのぬくもりに抱かれ、鳴海の意識は徐々にまどろみのような、静かな闇の中へと落ちていく。