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16、帰還

2017/8/23 本文改訂

2017/8/31 タイトル変更

 出雲での事件が終わり、護は春休みが終わる前に東京へと帰ってくることができた。

 駅の外へ出ると、隣にいる月美がその人の多さに驚きの声をあげる。


「修学旅行以来だけど、やっぱり人多いね。東京って」

「人の数だけじゃなくて、夜の明るさもすごいんだけどな」


 観光にでも来たかのように、いかにも楽しそうに語る月美を横目に、護は少し顔をしかめている。

 生まれ育った土地、ということもあり、東京が嫌いというわけではないのだが、しばらくぶりの喧騒に少しばかり辟易しているようだ。

 一方の月美は、出雲にはないものやテレビでしか見ることがないものを目にしていることに感動を覚えているらしい。


――出雲にはない雰囲気に興味津々って感じだな。合わなかったらどうしようか、ちょっと心配していたけど、杞憂だったみたいでよかった


 月美の様子を見て、少し安堵した護はかすかな笑みを浮かべ、歩き出す。

 その後ろの方を、いまだきょろきょろと忙しなく周囲を見まわしている月美がついてくるが、周囲を見回すあまり迷子になりそうだったため。


「ほれ、あんまりきょろきょろしてると、変な輩に絡まれるぞ?」

「あ、待ってよ、護!」


 護の声に気づいた月美は、知らない土地で迷うまいとして、護の隣へと早足で駆け寄ってきた。

 そんな彼女の様子を見ながら。


――別にそんなに急ぐ必要なんてないのに


 と思いつつ、護は愛おしげな眼差しを向け、月美がそばに来るまで待っていた。

 月美も待っていてくれることをわかっているから、少し嬉しそうに微笑みながら、護の隣へと駆け寄り、その手をつかんだ。

 それから二人は駅へと向かい、交通機関の乱れも特になく、無事に土御門神社まで到着する。

 神社の鳥居の脇に二人の青年が待ち構えている姿が目に入った。

 そのどちらも、月美にとっては初めて見る顔だったが、護は見慣れた顔であったのか、意外、とでも言いたそうな顔を向けている。


「騰蛇、青龍? 珍しいな、十二天将が出てくるなんて」


 十二天将。それは陰陽師が式占を行う際に用いる六壬式盤に記されている十二柱の神の総称だ。

 かつて、安倍晴明は十二天将を呼び出し、式神として使役していたという伝説があるが、どうやら真実であったらしい。

 十二柱の神は土御門家の式神として、晴明亡き後も契約者との契約を守り、土御門家に仕えている。

 だが、使役下に置いているとはいえ、相手は仮にも神の末席に名を連ねる者たち。

 単に彼らが勝手気ままなだけなのか、普段はあまり姿を現さない。

 そこに加えて、当主である翼が滅多に召喚することもないため、護も出会ったことがあまりない。

 だが、何柱かは姿を消さずに勝手気ままに土御門邸をうろついていることもあり、騰蛇と青龍もその中に含まれている。


――たしか、修行中に一方的に声をかけてきたんだったな。あんときは知らない大人がいるってびっくりしたけど


 神将たちの方は、翼や護だけではなく護の祖父や曾祖父といった、歴代の宗家の当主たちを見守ってきた。

 そのため、彼らの方は護を一方的に知っている、という状況なのだ。

 たまたま庭を散策しているときに、幼い護が修行している場面に出くわし、声をかけたのだが、知らない大人がいることにびっくりしたせいでまともな会話はできなかった。

 もっとも、彼らが十二天将と知った今は、顔を見かければ世間話をする程度には打ち解けているのだが。

そんな神将たちのうち、目の前にいる青い髪の神将が薄く微笑みながら、護の問いかけに答えた。


「お前が帰ってきたからな。出迎えぐらいするのが普通だろう」


 青い髪の神将がそう答える一方で、紅い髪の神将は、不愛想な表情を崩すことのないまま、付け加えるように口を開いた。


「ずいぶんとかかったな……まぁ、無事で何よりだ」


 最後の部分だけ、なぜか小声で聞き取れなかった。

 だが、不機嫌そうな顔が若干、緩んだところを見ると、自分が無事であったことに少し安堵したらしい。

 それを察すると、二人はすっと姿を消してしまった。

 あまりに突然と言えば突然だったので、月美はぽかんとしながら護に問いかける。


「……えっと?護、さっきの二人は誰? 人間じゃなかったみたいだけど」

「赤褐色の髪をした方は火将、騰蛇。青い髪をした方が木将、青龍だよ」

「もしかして安倍晴明が使役したっていう、あの?」

「そ。二人とも、土御門家に仕えている式神、十二天将だ」


 さすがに、安倍晴明の伝説は知っているらしく、出迎えた二人の名前を聞いただけで、どのような存在か察することができた。

 月美の問いかけに、簡単に答え合わせをして、護は土御門神社の鳥居をくぐっていく。

 月美もそれに続き、鳥居をくぐる。

 境内を抜け、敷地内に建てられている屋敷の中に入ると、翼と雪美が玄関で出迎えてくれた。

 どうやら、青龍と騰蛇が知らせてくれていたらしい。


「おかえり、護。それといらっしゃい、月美ちゃん」

「ご、ご無沙汰しております。おば様!」

「うふふふ、そんなに緊張しなくていいわよ。さ、上がってちょうだいな」


 久しぶりに会ったからなのか、それとも護と恋人同士になれたことで心証が変わったからなのか。

 とにかく、月美はものすごく緊張していた。

 そんな様子の月美に、雪美は優しい笑みを浮かべながら出迎え、リビングへと案内する。

 二人はそのままリビングまで通されると、椅子を勧められた。


「護。お前も座りなさい」


 当然、翼は護にも座るように指示した。

 だが。


「長くなるんだろ? なら、用意しておいてもいいじゃないか」

「……それもそうだな」


 護は話が少し長くなることを予測し、護は椅子には座らず、お茶の準備を始める。

 話が長くなるであろうことからの気遣いであることを翼も理解し、それ以上は何も言わなかった。


「い、いっぱいあるんですね。ハーブ」

「あぁ、ここにあるものはうちの庭で栽培したものだよ」

「へぇ……って、えぇっ?」

「驚くことか? 医者に診せるわけにはいかない傷とか、医者じゃどうにもならない毒とかもあるだろ、妖退治なんてやってると」

「それもそうね……」


 土御門神社はあくまで神社であるため、その主な仕事内容は祈祷や占いだ。

 とはいえ、妖退治や除霊といった仕事がまったくないというわけではない。

 そういった仕事の中には、怪我を負ったり、毒を受けたりするようなものもある。

 その中で負った傷や毒は、医者に診せたところでどうにもならないことが多い。

 そのため治療するための薬草が、土御門家の庭には大量に植えられているのだ。


「ちなみに、ハーブのブレンドは護が行っている」

「そうなんですか?」

「薬湯の延長線にある知識、と考えているようだ。実際、薬効はあるから、薬といえる」

「へぇ……」


 数分して、月美の前にハーブティーを入れたティーカップが置かれる。

 ペパーミントの清涼な香りが月美の鼻に届くと、自然と緊張が和らいでいくのを感じ、自然と安堵のため息が出てきた。

 護はそれを横目に、月美の目の前に置かれたものと同じカップを、他にも三つ用意すると、翼と雪美の前に置く。

 そして、護は自分のティーカップを持って、ようやく椅子に座る。

 護が座ったところで、翼は本題を切りだした。


「さてと。久しぶりだね、月美ちゃん。だいたいのことは護から聞いているよ。今回の件では君にずいぶん、迷惑をかけてしまったようだ」


 翼は座ったまま頭を下げる。

 月美はその様子を見て。


「い、いえ。わたしがしたいからやったことですから」


 と、慌てて同じように頭を下げる。

 二人のそんな様子に、雪美は微笑み、話をつないだ。


「あなたのことは土御門家で面倒を見ます……「家族」として、ね」


 家族、という言葉にどのような真意があったのかは分からないが、月美はそれを聞いて赤面する。

 その表情を見た翼も雪美もその様子を微笑みながら見守っていた。

 だが、翼はその微笑みを消し、護の方へ真剣な視線を向ける。

 その真剣な表情に、護も、思わず表情を引き締めた。


「護。月美ちゃんの扱いだが、分家には『無期限滞在の客人』ということにしている。その意味が、わかるな?」


 無期限滞在の客人ということは、本人の気が済むまで。あるいは、土御門家の方で退出を願われない限り、土御門家に滞在するということを意味している。

 客人である以上、恋仲になっていたとしても、節度のある付き合いをするように努力しろ。

 翼はそう言いたいらしい。

 そのことを理解できないほど、護も鈍感ではないし、頭の回転が遅いわけではなかった。


「……意に添えるよう、努力します」


 そっけないが、しっかりとしたまなざしを翼に向けて、護は返す。

 ほほに冷や汗を伝わせながら答えた息子の様子に翼は一抹の不安を表すかのように微苦笑を浮かべたが。


――案ずるより産むがやすしともいう。ここはひとまず、こいつのできるところまでやらせてみるか


 自身のうちでそう結論を出した翼は、目の前に置かれているカップを手に取った。


「それじゃ、月美ちゃんを部屋まで案内しましょうか」


 翼が護に何か言いたげにしていることを察し、雪美は月美を部屋に案内するため、リビングを出る。

 月美は一度だけ振り向き、護を見ると、見られた本人はうなずきを返していた。

 その態度に大丈夫だということを察し、雪美の後に続く。

 二人がリビングを出たことを察すると、翼は少しため息をついた。


「土御門の、安倍晴明の血脈に眠っている葛葉姫様の神通力を解放したのか?」

「はい……正直、伊邪那美が出てこられては、こうするより他に手段がありませんでした」


 護は翼に月美がこの家に滞在する理由を事細かに説明した。

 翼は護が神通力を解放せざるを得ない状況に置かれていたことと、それを示唆する件の予言があったことを聞き、ため息をつく。


「件の予言がお前にもたらされたのならば、しかたあるまい」


 翼にも同じ力は宿っているが、その大きさは護のそれと比べるまでもなく小さい。

 しかし、それが本来の状態だ。

 千年の間に葛葉姫命の力は薄れ、今ではその片鱗をようやく感じ取れるかどうか。

 だというのに、護の体に宿っている力は、現当主である自分はおろか先代、先々代の比ではないほど大きい。

 それが解放された時、何が起きるのか。

翼も最悪の事態だけは予測できていたからこそ、むやみやたらと力を使わないように教育してきたのだ。

 だが、護は力を解放した。

 その背景に何があったか聞きだし、ようやく合点がいったのだろう。


「よく、生きて帰ってきた」


 翼は安堵の域を漏らしながら、護をねぎらった。

 だが、労われた当の本人は。


「ご心配、おかけしましたか?」


 と、可愛げなく問いかけてくる。


「いや、まさか。お前なら、なすべきことをなして帰ってくるとわかっていた……だが、ほっとしたということもまた、事実だな」


 翼は微笑みを返し、息子が淹れたハーブティーに口をつけていた。



 その日の夜。護は久方ぶりに屋根に上り、夜空を見上げた。

 ただただ広がる、星のない夜空を。


――本当に、東京の空は暗いな……


 つい数日前まで、出雲の満天の星空を見ていたためか、その空に物足りなさを感じる。

 だが、今日は月だけはしっかりと見えていた。

 周囲に星がないからか、今日の月はより一層輝いて見える。


――星の光も好きだけど月明かりってのも、悪くないな


 そう感じるようになってきた護は、星ではなく月を眺めることにした。

 ふと、下の方から誰かが昇ってくるような音が聞こえ、足もとを見る。

 持ってきていた浴衣をまとった月美が昇ってきたようだ。

 護は登ってくる月美に、すっと手を伸ばす。

 月美がそれをつかむと、ぐっと力を込めて、彼女を引っ張り上げた。


「ありがとう」


 引っ張りあげられて、ようやく屋根に登ってきた月美はお礼を言い、護の隣に腰かける。

 その視界に入ってきた光景は、自分にはもう居場所がない故郷の夜空と、まるで逆の光景だった。

 その光景を見つめ、月美は思わず微笑む。

 護はその微笑みの意図がわからず、どうしたのか視線を向ける。

 言葉を交わしてはいないが、視線の意図に気づいたらしく、月美は町の方を見ながら答えた。


「東京って星が見えないけど、夜景はきれいなんだね」

「あぁ……都心の方はもっとすごいらしいけどな」

「いつか、行ってみたいな……護と一緒に」


 護はその言葉を聞くと、月美の頭に掌を乗せた。

 自分の頭にのせられたその手が暖かくて、でも触れているそれがくすぐったくて、月美は目を細める。

 護はそんな月美の様子を愛おしげに見つめていた。


「なら、いつか、行こう。一緒に」

「……うん……」


 護の言葉に、月美は頬を赤らめながら、護の方へ体を傾け、その肩に自分の頭を預けた。

 隣にいる普段はおとなしい少女の行動に、寄りかかられた当の本人は少し驚く。

 だが、その顔には薄い微笑みを浮かべ、月美の手をそっと包み込むように握った。

 握りしめたその手に、ほんのわずかに月美の手が握り返してくる感触を覚えると、護は目を閉じ、月美の方へわずかに体を傾けた。

 胸中にあるのは、ただ愛おしいという思いだけ。

 普通の人間ではないから、あまり多くの人と絆をつなぐことをしてこなかった自分でも、その想いを抱くことが出来る。

 なぜかそれに喜びを感じるとともに、思うことがあった。


――この手にあるぬくもりを、忘れたくはない。手放したくはない


 自身の身に宿る、人ならざるものの力を御しきれるか、確かに不安はある。

 この力で隣にいる、このぬくもりをくれる少女を傷つけてしまうかもしれない。

 この力のせいで、このぬくもりを手放さなければならない時が、来るかもしれない。

 けれど、このぬくもりが永久にあり続けることを願わずにはいられない。

 そして同時に誓う。


――このぬくもりを守り続ける。この世で最も短い呪いに縛られているからだとしても、これが俺の願いだ


 護はそう思いながら目を閉じる。

 まだ少し冷え込む季節だというのに、温かで甘い香りが漂ってきそうな雰囲気を醸し出しながら寄り添い合う。

 そんな二人の様子を屋敷の庭から十二天将と五色の狐たちが温かな視線で見守っていたのだが、それに気づくことはなかった。

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