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13、その身に宿るは

2017/8/14 本文改訂

2017/8/31 タイトル変更

 祖父や父に自分の祖先のことを聞いたときから、考えていたことがあった。

 自分の祖先は、神にも通じるといわれる通力を持った狐との合いの子だったという。


――なら、父さんやじいちゃん、それに俺もその力があるのかな? もし、その力を使ったらどうなるんだろう?


 純粋な好奇心から、そのことを父や祖父に問いかけたことがあった。

 その時に返ってきた答えは、たった一言。


『二度とそんなことは考えるな』


 二人がほぼ同時に、そして真剣な眼差しを向けて返した言葉に、なんとなく自分の血に細々と受け継がれているこの力がどういうものなのかを察した。


――俺の体に宿っているかもしれない力は、求めちゃいけない、すごく危ないものなんだ


 十歳になって間もない頃とはいえ、護はそう感じ取り、この力を求めないように心がけてきた。

 けれども、いつか自分は、この力を求めてしまうかもしれない、と心のどこかで思っていた。

 両親が自分にかけた「護る」という言霊と願いに従って。


------------


 目の前に現れた黄泉の女神を前に、自身の血に、土御門という一族に細々と受け継がれてきた力を、神狐の力を解き放つ決断をした。


「我がうちに眠りし焔よ、我が声に応えここに顕現したまえ」


 覚悟を決めた護は、目を閉じて刀印を結び、魂の中に眠っている炎に呼びかけた。

 その言霊に、ちらりちらりと揺れる白い焔が脳裏に浮かび上がる。

 まるで解放されることを待ち望んでいるかのように踊る焔は、やがて視界を白く染め上げた。


『お前は人と妖の一線を超える。それを超えた時、お前は死ぬ』


 脳裏に、再び件の予言が響く。

 件の予言は外れない。

ならば、この力を解放することは、死に直結しているということなのだろう。

 だが、黄泉の神に。いや、いかなる神であっても理を歪めることを許してはいけない。

 たとえ、自分の命を対価として差し出してでも。

 そう心に決めていた護だったが、どうしても一言だけ伝えたい人がすぐ後ろにいた。


「ごめんな、月美」


 護は悲しそうな瞳を後ろにたたずんでいる少女に向け、言葉を紡ぐ。

 先に逝ってしまうから。

交わした約束を果たせなくなってしまうことへの謝罪を込めて。

 月美は叫んだ。


「護、だめ! やめてっ!」

「アビラウンケン!」


 だが、護は止まらなかった。

 大日如来の真言を唱えたその瞬間、護の体からあふれ出ていた焔は勢いを増し、その体を包み込む。

 しかし、不思議なことに護の体が焼け崩れる気配はない。

 いや、熱さすら感じていないらしく、護は平然とした態度で、目の前にいる女神と対峙している。

 伊邪那美は炎を顕現させた護を見て、その炎が護の命を削っていることを理解した。


「そなた、そこまでしてこの者の願いを踏みにじりたいというのか?」

「願いを踏みにじることに変わりはありません」


 ですが、と護は問いかけに答えながら手にしている独鈷杵を構える。


「あなたが際限なく黄泉の人々をこの世界に呼んだら、それこそ取り返しのつかないことになる」


 はっきり言って、護は人間という種族がどうなろうと知ったことではない。

 自分も含め、いずれ滅んでしまっても仕方がないとすら思っている。

 だが。


「あなたが依代としているその術者の願いを踏みにじるということをわかっていても、私はあなたの行いを止める」


 静かな口調で、護はそう宣言した。

 伊邪那美は契約を行使するうえで邪魔となる存在として護を認識したらしい。

 さすがに、依り代となっている体を死なせるわけにはいかないのか、伊邪那美の神通力で生み出された重圧が護の体を押しつぶそうとした。

 だが、白い焔に守られているためか、護は重圧を一切感じていないような動きで向かってくる。

 重圧で押しつぶせないと悟ると、伊邪那美はどこからか剣を取り出し、その切っ先を護に向けた。

 その瞬間、ちりちり、と何かが燃えるような音が聞こえてきた。


――来るっ!


 とっさに危険を感じ、護は独鈷杵を持つ手で刀印を結び、五芒星を宙に描き、淡い光を放つ障壁を築く。

 伊邪那美の持つ剣から放たれた波動は五芒星の障壁に阻まれた。

 だが、障壁は波動に耐えられず、徐々にひびが入る。

 相手は神、それも創世記紀の最初の部分に名を連ね、幾柱の神を生み出した女神。

 その力は人間の霊力を、神に通じるという神獣の力すら凌駕するようだ。

 障壁がもたないことを悟った護は、それでも防御し続けていた。


「まずいな」


 護の持つ力の属性は土。

 伊邪那美が放った波動は火の属性を持っているようだ。

 五行思想では火と土は相生。互いに補完する関係にある。

 その逆の相剋。相殺する関係ではないため、属性の影響を受けない。

 そのため、術者がその術に込めた力が強い方が圧倒することになる。


――葛葉姫命様から受け継いできた力より、伊邪那美の力の方が強い……そりゃ当然だよな!


 予想通り、五芒星にひびが入り、砕け散った。

 その瞬間、障壁で防ぎきれなかった衝撃と障壁の破片が襲いかかり、護の体を斬り裂く。

 体中に鋭い痛みが走り、決して浅くない傷を負ったが、幸いなことに目には刺さらなかった。


「くっ!」


 護はひるむことなく、再び独鈷杵を構え、伊邪那美に斬りかかった。

 伊邪那美もまた、手に持つ剣を構え、護の刃を受け止めた。

 護の刃と、伊邪那美の剣がぶつかりあい、鋭い音とともに火花が飛び散る。

 数回、剣と剣をぶつけあい、鍔迫り合いまで持ちこんだ。

 その瞬間、護は伊邪那美の眼を見てしまった。


――この眼の感じ……もしかして、伊邪那美は蓮田鳴海を依り代にしてもなお願いを叶えようと?


 鳴海の存在は、伊邪那美を憑依させたその段階ですでに消失しているはず。

 ならば、伊邪那美が黄泉平坂から現世へ帰った伊邪那岐へ向けた言葉の通り、一日に千人、この国の人間の命を奪っていけばいい。

 それなのにこの神は、ただただ、鳴海の願いをかなえさせたいだけなのだということを理解してしまった。


――けど、なんでだ? この神にとって、蓮田鳴海の願いは現世に出るための足掛かりじゃなかったのか?


 伊邪那美がすでに魂を塗りつぶしてしまった鳴海の願いを、未だかなえようとする理由がわからず、問いかけようとしたその瞬間だった。


「なぜ、そうまでして邪魔をする? お前とて、この女と同じ立場なら迷いなく理をゆがめるだろうに」


 逆に、伊邪那美が何の感情も込められていない眼差しを向け、護に問いかける。


――そうか、この女神は鳴海とかつての自分を重ねているんだ


 その問いかけで、護は伊邪那美の行動理由を理解した。

 理の具現であるはずの神が、契約とはいえ自ら理をゆがめようとすることはない。

 だが、伊邪那美はありえないことを実行しようとしている。

 それは、伊邪那美が鳴海に自分を重ねたからなのだろう。

 もう一度、一緒に暮らしたいと黄泉の国までやってきた伊邪那伎を、伊邪那美は無理やりにでも現世へ追い返すことができた。

 それをしなかったのは、伊邪那美にもまた再び伊邪那岐と共に過ごしたいと思っていたからなのではないか。

 そして、鳴海もまた、それだけ想いを寄せていた人に再び会いたいと願っていた。


――共感。それが、伊邪那美が理を捻じ曲げることになると知っていても、蓮田鳴海の願いを叶えようとしているのか


 護もその気持ちは理解できなくもない。

 もし、自分が同じ立場で関係のない人間を巻きこむことにためらうことがなかったなら、自分も理をゆがめてでも願いを叶えようとした。

 それは否定しないしできない。

 けれども、と護は刃を押し返しながら反論した。


「神にすがってでもかなえたい願いだったというなら、そしてその対価を支払ったというのなら、結果をもたらすのは道理。けど、それでも!」


 命あるものは、いつかは終わりを迎える。

 だが、それは命が消えることを意味しているのではない。

 死とは、再生を繰り返し、巡っていくために必要な手続きだ。

 この世界に存在するものは、そうやって循環を繰り返して存在している。

 だから、永遠不変というものは存在しない。

 ゆえに、始まったものはいつか終わらせなければならず、反対にすでに終わってしまったものを、もとに戻すことはできない。


「俺は陰陽師の端くれ。陰と陽の均衡を保つことが、俺の、俺たちの使命だ!」


 護はありったけの力を込めて叫びながら、伊邪那美の剣を払いのけた。

 押し負けた伊邪那美が飛び退き、護から距離を取ると、護は刃の切っ先を伊邪那美に向けて、改めて宣言した。


「だから俺は、その均衡を崩そうとしているあなたを止めます。止めてみせます」


 そう宣言した瞬間、護の体が少しふらついた。

 どうにか踏ん張って立ち続けていたが、その様子を見た伊邪那美は、明らかに様子がおかしいことに気づく。

 だが、その原因が何であるかはすでに察していた。


「そなた、死ぬ気か?」

「死ぬ気でかからないと、あなたをその依り代から引き離すことはできない」


 その瞳には、先ほどから見せていた必死さとはまた違う色の感情が浮かんでいた。


「それに何より、あなたが依代にしているその女は、俺の大切な人を傷つけた。あの子の親友を巻き込んだ。その代償は支払ってもらわないといけない」


 その瞳に宿っていたものは、自分の大切なものを傷つけたことを許せないという怒りだった。

 理をゆがめさせないためとか、鳴海の行いが間違っているからとか、そんな使命感や正義感は二の次。

 理を守ることは結果でしかなく、護の目的はあくまでも月美と月美の親友を傷つけた鳴海を一発殴ってやることだけだった。

 

「な、なに……?」


 あまりに身勝手な答えだったためか、伊邪那美は唖然とする。

 それが、今まで見せることがなかった唯一の、そして一瞬の隙となった。

 その隙を逃さず、護は握りしめた独鈷杵に、残っている炎と霊力をありったけ込めて斬りかかる。

 その瞬間、まるで魂が抜けていくような感覚を覚えた。


――いよいよ、時間か


 護はその感覚から、自分の命が残り僅かであることを悟った。

 けれども、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 決着はつけなければならないから。


「終わらせましょう。あなたの夢を、あなたの願いを」


 護は再び独鈷杵を構え、伊邪那美に斬りかかる。

 だが、おとなしく斬られてくれるわけがない。

 伊邪那美も護が振り下ろした刃をその剣で受け止め、護に斬り返してきた。

 伊邪那美の剣が護の肩を、腕をかすめるたびに、鮮血が飛び散り、護の体に激痛が走るが、護は剣をふるい続けた。

 幾度にもわたる刃と刃のぶつかり合いの中、伊邪那美に再び、ほんのわずかな隙ができる。


「おぉぉぉぉぉぉ!!」


 護はその隙を逃すことなく、独鈷杵を突き出し、伊邪那美の腹部に突き刺した。

 その切っ先から、血しぶきが飛び、顔だけでなく、独鈷杵を握る手に彼女の生温かな血が伝わってきている。

 だが、護はそれを気にすることなく、独鈷杵を握っていない方の手で刀印を結び、今あるありったけの霊力を集中させ、言霊を唱えた。


「雷神降臨、急々如律令!」


 護の渾身の言霊に応えたかのように、天空から雷が落ち、独鈷杵に落ちる。

 雷の霊力は独鈷杵を伝わり、伊邪那美の体を焼いた。

 雷の力を受けた伊邪那美の体からは、焦げ臭いにおいが広がる。

 込められた力が強すぎたのだろう、肉だけでなく髪も焼け、ちりちりと細かい音をたて、崩れ落ちた。

 独鈷杵に落ちた雷が収まると、伊邪那美は、いや、伊邪那美が憑依した鳴海は力なく目を閉じている。


「そなたの覚悟のほど、確かに見届けた」


 鳴海の体から抜けた伊邪那美は、半透明の霊体の姿で護にそう告げる。

 戦いが終わったことを悟った護は、独鈷杵の刃を引き抜き、鳴海を横にして伊邪那美の方を見た。


――美しい……


 鳴海という依り代から解放された女神に抱いた感想は、ただその一言に尽きた。

 霊体となった伊邪那美は、どこか悲しそうな眼差しを鳴海に向けている。


――もしかしたら、伊邪那美は見てみたかったのかもしれないな……すでにいない恋人とどう過ごしていくのかを


 その光景を、伊邪那岐が言いつけを守り、無事に自分を黄泉の世界から現世へ連れだすことができたとしたら、という『もしも』の歴史に重ねて。

 より強い願いを持つものが止めたため、鳴海の願いはかなえられなかった。

 だが不思議と、護に対して憎しみや怒りを覚えていない。

 それは鳴海の願いがどういうものなのか、最初からわかっていたからだろう。


――もとより、死者を蘇らせることは理に背くこと。ならば、これでよかったのだろう


 理とは、神そのもの。

 それを歪めることは、神である自分自身を歪めることでもある。

 一度できた歪みは、まだ歪んでいないほかの理も巻き込み、変質させてしまう。

 自分一人ならばまだしも、自分が産み落とした神々のみならず、愛した男神まで巻き込むことになる。

 そんな結果は、伊邪那美とて望んでいないはずだ。

 しかし、鳴海と強く共感してしまったために、自分で止まることができなかった。

 それを止めた目の前のこの子どもに、感謝しこそすれ憎しみや怒りを向けるわけにはいかない。


「ありがとう」


 止めてくれた年若い術者にその言葉を贈ると、伊邪那美はすっとその姿を消してしまった。

 護はそれを見届けると、大きくため息をついて、その場に座り込んだ。

 表情はすっきりしたものではあったが、その瞳には、どこかやり切れない想いがくすぶっていたのだが、それに気づいたものはここにはいなかった。

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