第5話
セシルが外に出るとすぐにシャロンとレイラが駆け寄ってきた。
どうやら勝敗が決まる前に外に出ていたようだ。
「本気でやったんだね?」
シャロンの声には悲しみが含まれている。
「ああ、気分よかったぜ。自分をいじめてたいじめっ子をブッ飛ばすのは」
「……僕の所為だよね」
「違うな。俺が勝手に切れて勝手にやっただけだ」
「だけど僕があんなことにならなければ……」
「違う! だいたい俺がこんなことしてるのにいまだにシャロは俺と友達でいてくれて、感謝してもしきれねぇのに俺のせいであんなことされたら黙ってられるかよ!」
「だけど……」
「いいんだよ。うすうす性格的に向いていない気がしてたんだ。丁度いい区切りだ」
そうは言われてもやはりシャロンはどこか納得できないようだ。
そしてまた口を開こうとしたところに割り込む人影が。
「はいはーい。込み入った話をしてるようだけどちょっと失礼ね。私とも話してもらうわよ。セシル……シャロンに聞いたから」
セシルは小さくため息をついた。
どことなく憂いの雰囲気が感じられる。
「そうか。どこまで?」
「あんたが私たちを騙してるってことだけ」
「……そうだ。俺は魔法もちゃんと使えるし運動だってできるし頭もそれほど悪いつもりはない。落ちこぼれのふりをしてただけだ。といっても校内に気づいてたやつは何人かいるがな」
あっけらかんと様子で話しだす。
その態度はレイラの逆鱗に触れる。
「何で騙してたの? 私たちを馬鹿にしてたの!?」
「そんなつもりはない。理由があったんだ」
「理由って何よ! 言いなさい!」
レイラは胸ぐらをつかんでセシルを引き寄せ顔を近づける。
「……言えねぇ。絶対に言えないことなんだ。だから悪いなレイラ」
表情は悲嘆なものだった。
その顔を見てレイラはセシルから一歩下がり淡々とした声で言う。
「そうわかったわ。シャロン、捕まえて」
「は? 何やって、ちょ【強化】まで使うのかよ!」
言われるがままにシャロンがセシルを羽交い締めにする。
明らかに計画的な動きで捕まえられ、レイラがセシルの顔を一発殴った。
「ぐえっ!」
「これで許してあげる。本来ならもっと殴りたいけどそれは事情を聞いてから判断するわ」
よく見るとシャロンにも殴られた痕がある。
彼も同罪だったようだ。
セシルが頬を擦りながら尋ねる。
「殴られるとはな。いつもみたいに魔法が来ると思ったんだが?」
「シャロンに聞いたわよ、あなたが【封魔】を使えるってね」
「成る程。それにしても許してくれるとは」
「……(本当は事情なんて関係なくもっと殴りたかったんだけどね)」
レイラは始め騙されていることは知ったときはかなりショックを受けていた。
自分は友達のつもりだったのに相手にはそんな気はないと言われたみたいだった。
そしてそのことを知っていたシャロンもつい一発殴ってしまいさらに失望感にも襲われた。
その姿を見たシャロンはセシルを擁護する意味でも、理解してもらう意味でも彼について伝えた。
――――「騙していたことについては何も言えない。ただこれだけは知っておいてほしい。セシルはああなる前から、本当に大切な友達しか名前で呼ばないから。だから君のことは本当に大切に思っている」――――
「そういえば眼鏡は良かったの?」
「あれは伊達だったからな。むしろ邪魔だった」
真夜中。
セシルは寮の自室でとある魔法石を取り出した。
取り出したのは潜在魔法【通信】の魔法石。
最も一般的な潜在魔法の一つだ。
これを使うと消費する魔力に応じた距離の相手と話すことができる。
セシルはこれにかなりの魔力を注ぎ込み尚且つ風属性中級魔法【サイレント】を発動させ音が漏れないようにする。
【通信】の相手は彼の父親だった。
「親父か?」
「セシルか、こんな時間に何の用だ?」
「……本気で魔法を使った」
重苦しい沈黙がおりたった。
セシルは父親の次の言葉を待っている。
「……【潜在魔法】も使ったんだな」
「ああ」
「そうか……ならお前は勘当だ。依頼でもない限り二度と会うこともないだろう。ただ血の繋がりがある他人だ。授業料はすでに払ってあるから好きにしろ。私たちのことは好きに話していいがどうせ誰も信じないだろうな。それでは後悔のある人生を」
簡潔の言葉で終わり相手側から魔力で一方的に遮断されて【通信】が途切れる。
ここまで言われるのには理由があった。
彼の家系は王族や騎士団長、または彼らに信用された上流貴族にのみに従属する諜報部隊の出身なのだ。
別名【王の調査隊】、世間では所謂都市伝説程度として認識されており存在するかどうかも疑わしいものとなっている。
この部隊に入隊するには18歳までの経歴を抹消して姿を消すこととなっているので当然機密性が重要であり、姿を消しても怪しまれないように学生生活は目立たないように過ごすことになっている。
ただセシルは……どこかでまちがえていた。
彼にとって目立たないとは地味で全体的な能力が低いことだと思っていた。
初めのころはそれで問題がなかった。
ところがしばらくするとゾルタンのような人間が彼の気弱な性格(演技だが)に目をつけてちょっかいを出すようになっていた。
段々とそれはエスカレートしていきついには同学年に知れ渡ってしまうほどになった。
この時点で恐らくすでに取り返しのつかないことになっていたのだろう。
そもそも学校に行かなければいいのではとも思うが教育を受けないのも周りの人から怪しまれる。
セシルはしばらくその場で座り込んでどこか上の空の様子だ。
無理もないだろう、今日まで人生をその仕事のために頑張ってきたのだから。
依頼ではと言っているが顧客が顧客なのでその可能性は低く、家族との縁も切れて二度と会わないだろう。
だがそれでもセシルは、
「髪でも切るか」
どこかスッキリした顔つきだった。
【決闘】の次の日。
シャロンとレイラが一緒に登校していた。
偶然会ったらしいが昨日のこともあって会話がなく少々気まずそうだ。
その状態のまま学校へと到着して靴をはきかえ教室に向かうと人だかりができている。
人をかき分けて中に入るとある席を中心に少し離れた位置から取り囲むようにざわついている。
その席はセシルのものでそこには見慣れない青い髪の男子が座っていた。
「誰、あれ?」
レイラが今までの気まずさを忘れてかシャロンに訊く。
そしてその答えに驚くことになった。
「セシルじゃないか。久しぶりに髪を短くしたんだね」
その言葉に視線が一斉に二人に集まる。
その言葉の内容か、はたまた座っていた人物への驚きか。
「おう、シャロン。いい加減鬱陶しかったからな。さっぱりしたぜ」
声の雰囲気は普段教室で聞くものと違ったが声色は同じで、昨日修練場で聞いたものと同じだった。
その場にいたセシルとシャロン以外が一斉に叫ぶ。
「え、えぇええええええええええええ!!!!」
叫ばなかった二人は大声に顔をゆがめる。
しかし無理もないだろう。
昨日までと明らかに違うその髪を切った姿はシャロンとは方向性が違うがなかなかに整っていたからだ。
このことは昼休みを待たずして学年どころか学校中にあっという間に広まり、何人もの人が放課後になっても彼を見に来て本人は一日中鬱陶しがっていた。
そしてその三日後、ゾルタン・アグーテは退学となったことが伝えられた。
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