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第4話

大学生活を理由にしては人として駄目ですよね……。

遅れて非常に申し訳ありません。

 【決闘】当日。

 登校してきたセシルはシャロンの机に人だかりができているのを発見、そして彼にとって信じられないものを見た。


「どうしたんだシャロ!? こんな怪我して!」


 セシルはシャロンに巻かれた包帯を見つけすぐさま人をかき分けて近づく。


「いやちょっと昨日あの後に階段から落ちてね。幸い頭は打たなかったけど腕が折れちゃって」

「階段から? どうして【強化】を使わなかったの。あれなら怪我もせずに済んだだろうに」

「あの時は少し気が動転してて思いつかなかったんだよ。でも【強化】で治癒してるから数日で治るよ」

「それならいいんだけど……」


 セシルは言い分に明らかな違和感を感じていた。

 シャロンは幼少から剣の修行をしており一般人と比べて圧倒的に反射神経が優れている。

 そんな彼が階段から落ちて体を打ち付ける前に【強化】を使えないなんてことはほとんどありえないといっても言い過ぎではないのだ。


「そろそろ授業が始まるからみんなも席に戻りなよ」

「うん、わかった……」


 シャロンに戻るように促されては仕方なくといった様子で彼は自分の席に移動した。

 遠くから二人の様子を見て一人にやりと笑っている人物がいることにも気づかず。






 放課後、セシルは修練場へと足を踏み入れた。

 そこにはすでにイライラして足を動かす対戦相手が待ち構えていた。


「おせぇーぞ! 何やってた!?」


 声も高ぶっておりセシルは身を震わせる。


「し、仕方ないじゃないか。今さっき授業が終わったばっかりなんだから」

「んなもん知るか! サボれ!」


 めちゃくちゃすぎる言い分である。

 二人は現在数メートルの距離を開けて修練場の中心で対峙しておりシャロンとレイラは修練場に設けられている観覧席に座っている。

 他にもちらほらと生徒の姿が見えるが勝敗は決まったものと断定されているのか見に来る者はほとんどいない。

 【数字持ち】の【決闘】なら満席になるほどなのだが。


「まぁいい。勝負はどっちかが戦えなくなるまで。いいな!」

「う、うん」


 有無を言わさぬ口調に思わず了承してしまう。

 これにより【模擬】の魔法が発動してしまった。

 【模擬】のなかには【規則】という魔法があり、参戦者が了承さえすれば空間内での戦い方を決めることができる。

 またこの【規則】は審判としての役割も果たしており決着がついたと判断されれば参戦者を保護する能力もある。


「どんな勝負方法になったの?」


 レイラが隣のシャロンに尋ねる。

 観客席は参戦者たち遠すぎて通常ではほとんど声が聞き取れないのだ。 


「戦えなくなるまでだって、ひどいルールだよ。無事に済んでくれればいいんだけど」


 だがシャロンは【強化】により聴力を上げて二人の会話を聞き取ることができる。

 彼は二人の会話を聞いてセシルの身を案じた。


「あーもう、どうせセシルはつい了承しちゃったのね」


 女の勘というべきか鋭い一言だ。

 やがてセシルとゾルタンの頭上に数字が表れる。

 【模擬】による戦闘開始までのカウントダウンで、その数字は5から段々と小さくなりそして0を表示した。


「くらえ【アクアショット】」


 先手必勝とばかりにゾルタンが魔法を放つ。


「【ストーンウォール】」


 それをセシルは地属性初級魔法を使って防いだ。

 これが一つ目の【魔法石】に封じられた魔法だ。

 【魔法石】の数は合計三つ、【ストーンウォール】は地面を隆起させて壁を作り出す。


「はっ、やっぱ持ってやがったか。だがそんなもんでどうにかなると思うなよ。【ウインドスラッシュ】」


 ゾルタンから新たに風属性中級魔法が放たれる。

 この魔法は風の刃により進行方向の物体を切り裂く。

 地属性魔法は風属性魔法と相性が良くないことが多く、【ストーンウォール】はいとも簡単に切断された。


「あぁ……」

「次はこいつだ。【アイスブロック】」


 続けざまに水属性中級魔法を放ちセシルの頭上に大きな氷が出現した。

 セシルは慌ててそれを横に跳んでよけ、そのままの状態で魔法を放つ。


「【フレイムレイディエーション】」


 火属性中級魔法による放射状の炎が魔法石より放たれ、ゾルタンに迫る。


「水属性が得意な俺に向かって炎とか。やっぱてめぇは【無能】だよ、【アクアウォール】」


 呆れと侮蔑が混じった声で静かに水属性中級魔法で水の壁を作りだした。

 ぶつかった炎は消え、水は蒸発して煙となり視界を遮った。


「ちっうざってぇな、これが狙いか。少しは考えたじゃねぇか!」


 ゾルタンが皮肉めいた口調で何処ともない相手を称賛して身構える。


「【フレイムレイディエーション】」


 煙の中でした声が再びゾルタンの正面方向に同じ魔法を放つ。


「さっきと同じか。無駄だとわかってるだろ【アクアウォール】」


 また同じ結果に終わった。

 だが先ほどよりも魔法のブレが多く発生する煙が少ない。


「何だもう魔力切れか。残念だったなこれで」

「そうだね、これで勝てるよ」

「ッ!?」


 ゾルタンは勢い良く後ろを見る。

 そこには必死に走ったのかかなり呼吸が荒いセシルがいた。


「てめぇ……何で?」

「……結構賭けだったんだけど。一つは君が【アクアウォール】を使ってくれること、もう一つは投げた【魔法石】がちゃんと君の方へ魔法を放ってくれること。まさか本当にうまくいくとはね。でもおかげで攪乱できたよ」


 ゾルタンの額から冷や汗が流れる。

 彼の視線はセシルの右手、【魔法石】が握られ背中に押し当てられた右手だ。


「なぁ……まさかその状態で使うつもりじゃないよな」

「だったらこうしないよ。【スパークウェブ】!」

「やめ、ぎゃぁああああああああ!!!!」


 風属性上級魔法により電気の網がゾルタンを覆い、その痛みに絶叫する。

 そして魔法が終わるとこと切れたように膝をついて倒れた。少し焦げ臭い。


「……よかった~~。この【魔法石】だと一回しか使えないんだよね」


 セシルはへたり込んで弱弱しい声でそう言った。

 心底安堵した表情だ。

 だが束の間、観客席からシャロンの【強化】された声が耳に届く。


「セシルー! まだ【模擬】が終了を告げていない!」

「えっ」


 しかしそれは時すでに遅く、セシルはその場から吹き飛ばされた。

 顔からもメガネが飛び、ゴロゴロと転がる。

 そしてのろのろと体から煙を上げる人物が立ち上がった。


「いってぇええええええ!!!!」


 これ以上ないほどの絶叫。

 目は血走り、自らをこのようにした人物をにらみつける。

 

「てめぇ如きがこの俺に傷をつけやがってぇ!!」


 ゾルタンは吹き飛ばされた痛みで這いつくばり呻いているセシルの方へ走り、手を思いっきり踏みつける。

 実際は【模擬】のおかげで服は焦げたが傷一つないのだがそんなことは関係ないとばかりに何度も何度も体中を蹴り、踏みつける。

 セシルの【魔法石】は吹き飛ばされたときにすべて落としてしまったのでもう何も持っていない。


「この野郎が【アクアショット】!」


 ゾルタンからの魔法が何発も、何十発もセシルの体に降り注ぐ。

 あまりの痛みに声を出すことも動くこともできないようだ。

 観客席の二人がこの勝負に介入できないことを悔やむ。


「はぁはぁ、頑丈な野郎だ。まだ戦える状態なのかよ。……そうだな最後にいいこと教えてやろうか。シャロンの怪我のことだ」


 にやりとした表情で告げられた言葉にセシルはピクリと反応する。

 だが次の言葉を発したのは二人の内どちらでもなかった。


「やめろゾルタン! そのことは話すな!!」


 観客席から先ほどよりも声を【強化】して圧倒的な怒気を含ませながらシャロンは叫んだ。

 しかしそれをさも聞こえていないかのようにゾルタンは続ける。


「あれは俺がやったんだよ。正確には他にも数人いたんだがな。いつもいつもあいつの存在が鬱陶しくてイライラしてたんだ。いつか痛めつけてやろうと考えてたんだがまともにやっても俺の力じゃ勝てねぇことぐらいわかってた。だから今回の作戦を思いついたんだ。お前を【決闘】で人質にしてあいつをボコボコにしてやるってなぁ。そしたら思いのほか簡単にボコれて気持ちよかったぜ。貴族の俺に対して手が出せない事に対するあの悔しがる目、笑えたよ。ともかくこっちがお前との【決闘】の本来の目的だったからな。お前に偶然の一撃を喰らってイラついたがもう飽きた。これで終わりだ」


 観客席でシャロンが唇をかむ。

 この言葉が聞こえていたのは修練場で彼ら三人だけだ。

 セシルにはゾルタンが怪我のことを話そうとした時点で、シャロンが叫んだ時点でどういう事かは理解できていた。

 ただ何が原因でということは今の言葉で気づくことができた。いや気づいてしまったというべきか。

 足をどかしてゆらりと立ち上がるその顔に表情はない。


「何だまだ立てるのか。さっさとくたばれよ【ウインドスラッシュ】!」


 鬱陶しそうに目の前のごみを掃おうと魔法を放つ。

 しかしそれは目標にあたる直前で霧散して消えてしまった。


「……どういうことだ?」


 ゾルタンに魔法を解いた記憶はない。

 他の生徒からはかなり距離がある上【模擬】で介入できないので必然的に対峙している人物、セシル以外にこの芸当はできない。

 だが彼は【無能】と呼ばれるほど魔法の成績が絶望的だ、そんなはずはないと思いながらも訝しそうな目で睨む。


「……ハハ、アハハハハハハハハ!」


 だが彼は手を目に被せ上を見上げて狂ったように笑い出した。

 身にまとう雰囲気が明らかに変わっており、別人と言われた方が納得できるほどに。


「……なに笑ってんだ。気持ち悪い」


 嫌悪した目で吐き捨てる。


「もういーや、もういーや。隠すなんてもう疲れた、いい加減無理だ」


 話し方までもが変化していた。

 誰の目も気にしていないかのようにぶつぶつと呟く。

 だがシャロンは何かを察したのかまた【強化】した声で叫んだ。


「やめろセシル! 君は今日までの日を全部、全部無駄にするつもりか!!」

「いいんだよもう。親友にここまでされて黙ってられるか。それにもう限界だったんだ、演技するのはな」


 二人の間で交わされる会話はゾルタンにも聞こえている。

 が、意味を全く理解できていない。


「なに頭悪い会話してんだ?」

「わからなくていい、どうせここでお前は終わりだから」

「なに言ってんだ【無能】のセ「【グランドアッパー】」グボアッ!?」


 なにかを言い終える前にゾルタンが吹き飛ぶ。

 地面には地属性中級魔法【グランドアッパー】により拳の形の岩が突き出ていた。


「な、なんだ?」

「見てわかんねぇのか? 魔法だよ魔法。俺が放ったんだ」

「ふざけんな! てめぇのような【無能】が使えるはずねぇだろ!」

「馬鹿かお前は。何で俺が今まで【無能】だと思ってたんだ。魔法が使えない? それだけだろ。だったらどうやって俺はこの学校に入学できたんだ? 魔法の試験だってあったはずだろ」

「あ」


 どうやら本確定にそうだったらしい。

 こんな頭の生徒が学園にあと何人いることか。

 といってもゾルタンはエスカレーター組なので新入生の試験内容や結果をあまり知らないのだが。


「だ、だったらなんで今まで使わなかった」

「ある事情があったんだよ。使えない事情がな……」


 どこか哀愁漂う雰囲気がにじみ出る。


「だ、だがまだ俺に勝てるって決まったわけじゃねぇ。さっきのは所詮不意打ちだ。それにその満身創痍だ、一撃はいれば勝てる【アクアショット】」


 水の弾丸がセシルに向かうがやはり近づくと霧散してしまう。


「何でだ!? 何で魔法が消える!?」

「【潜在魔法】【封魔】」

「は?」


 その言葉に思わず聞き返す。

 それほどまでに信じがたい言葉だった。


「聞いたことがあるだろ。かつて【魔術師】が使った魔法に対する絶対的な防御魔法。それが【封魔】だ。これを使う限りお前の魔法と魔法抵抗は無意味だ。そして」


 手を振り上げて淡々と話す。


「俺が得意なのも水属性魔法だ」


 頭上に氷の槍が現れた。

 無詠唱。魔法の名前を宣言せずに魔法を発動させる手段のことだ。

 ただこの場合威力が半分になってしまうという欠点がある。

 しかしセシルには関係がなかった。

 目の前の相手が十分に絶望しているから。


「【アイスランス】……。水属性の……上級魔法」

「正解だ。効果はご存じなとおり被弾した周囲を凍てつかせる」


 無詠唱というのは総じて魔法のランクが高いほど難しい。

 上級魔法で無詠唱ができるのはこの学校でも十人ほどだ。

 セシルはゾルタンの足元に氷槍を打ち込む。

 着弾場所周囲が凍りつきゾルタンは拘束された。

 そのそばにセシルは歩いて近づく。

 それが堪らなくゾルタンを恐怖させる。


「さて質問だ。【封魔】を発動させながら【アイスブロック】をお前に落としたらどうなるかな?」


 ゾルタンの頭上に巨大な氷の立方体が現れる。


「そんなもん……【模擬】が発動して勝負が終わるだけだろ」

「もう忘れたのか? 【封魔】は魔法を無意味にさせる。それは【模擬】も例外じゃない」

「じゃ、じゃあつまり俺は……死ぬ?」

「ああ……死ねよ」


 セシルは無慈悲に手を振りおろして氷を落下させる。

 ゾルタンは逃げようとするが足が凍って動けない。


「う、うわぁあああああああああああ!!!!」

「アッハッハッハッハッハッハッハ!!」


 押しつぶそうと迫ってくる氷に涙し悲鳴を上げる。





「なーんてな」





 氷は当たる直前で霧散した。


「【封魔】何だから俺の魔法も対象に決まってんだろ。そんぐらい考えたらわかるだろってもう聞こえていないか」


 ゾルタンはその場に膝をつき白目をむいて気絶していた。

 セシルはきびつを返して修練場を後にする。

 そこに残されたのは気絶した一人の生徒と飲まれた観客、【模擬】によって空中に印された勝者の名前だった。

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