第1話
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ノルトライン大陸の東部に位置する【学園都市アンダルシア】に向かう馬車の中、一人の少年が天井を気だるそうな目で見上げ呟いた。
「あぁーダルイなー。また今日から学校かよ、面倒だな」
世間では新学期や新入生、新社会人など新しいことが目白押しとなるこの時期にそんなことをのたまうのは黒縁眼鏡にボサボサな青い髪、この馬車の目的地である【学園都市アンダルシア】の高等学校の制服を着た見た目地味な少年、セシル・アクロイドだ。
そんな呟きは狭い馬車の隣に座る人物に聞こえわけで。
「君はさっきからそればかりだね。もっとやる気は出ないのかい?」
もっともな意見を言うのはセシルの友人のシャロン・クィルター。
碧眼と短く切られた爽やかな金の髪は内面を現している。
「でもなー、一年生とか三年生ならまだしも二年生だぞ。特にこれといったこともないだろう年だしそれに解ってるだろ」
「まぁ確かにね」
なにやら意味ありげな会話が繰り広げられるがそれはこの二人にしかわからない。
馬車の中のこの二人以外の人物はみな何故この共通性のなさそうな二人が友人なのか疑問に満ちた眼で見ているが、二人はいつものことといった感じで無視している。
そうした他愛もない話をしているとついに馬車は目的の場所へとたどり着いた。
「んーー、やっとか。さすがに遠いな」
セシルは馬車から降り、長時間同じ体制で凝ってしまった体をほぐすために背伸びをする。
「そりゃあね。ヴェローナからは遠いよ」
シャロンが言う【農村ヴェローナ】は二人の出身地だ。
「で、シャロ。どうする? さっさと学校行くか?」
「そうだね、クラス表も見たいし」
そう決めて二人は学校へと歩きだした。
片方は足取り軽く、もう一人は足取り重く。
どっちがどっちなのは言うまでもないだろう。
「それにしてもやっぱり変わらないね」
「当たり前だろ。春休みの間だけで変わってたまるか」
「でもあそこの本屋は改装が終わったみたいだしあっちの薬屋はレストランに変わってるよ。店員も同じみたいだ」
「いったい何があったんだ…………」
シャロンの言う内容にセシルは少々口をひきつらせながら返事をする。
二人が今歩いているのは学校までの道のりの内最も栄えている商店街で、大小様々な店が並んでいる。
この都市の店の客は主に学生だが一般人もそれなりに立ち寄るためそれなりの生活を保っている。
「それでまだいいの? そろそろ始めた方がいいんじゃないか?」
「おっと、それもそうだな」
再び意味ありげな会話が繰り広げられ、セシルの雰囲気に変化が生じた。
二人はそのまま商店街を抜け所属する第二アンダルシア高等学校へと到着した。
第二という言葉からわかるようにこの学園都市には複数の学校がある。
小学校は一つ、中学校は三つ、高校は四つ、大学は二つですべて全寮制だ。
小学校が少ないのは全寮制であるため、中学校から増えるのは格段に入学希望者が増えるため、大学が減るのは進学するものが少ないためだ。
そんな学校の門を通り抜けると二人は下駄箱の前に人だかりを見つけた。
ある男子はガッツポーズをし、ある女子は悲鳴を上げ隣の女子に項垂れたりしている。
どうやらクラス分けが書かれているようで二人はそこへと駆け寄った。
駆け寄ったのだが、
「きゃーシャロンさんよ!シャロンさんだわ!」
一人の女子の叫びからそこにいた女子全員が振り返りその複数の二つの眼がシャロンをロックオン、一斉にシャロンの元へ走り、取り囲んだ。
セシルはすでに退避している。
一瞬の内にアイドル状態のシャロンは少し困った顔をしながらも一人一人丁寧に対応していった。
それを周りの男子は怒気やら羨望やら殺気やらを含んだ視線で睨み付けている。
セシルはというともう慣れているのか素知らぬ顔でクラス表をみていた。
セシルは自分とシャロンの名前が同じクラスに記されているのを見つけて伝えようと振り向くが未だに女子の数は減っていない。
むしろ先程より増えている。
どうしようかとセシルが悩んでいると首にヘッドロックがかかった。
「よ~うセシル、久しぶりだな」
いやらしい声で話しかけた茶色の髪の人物の名前はゾルタン・ベンソン。
如何にもな不良の少年だがこれでも貴族でありそのことに輪をかけて問題を起こす生徒だ。
貴族がこれでは世も末である。
この少年の登場でセシルの顔はさっと青ざめた。
「ア、アグーテ、。久しぶりだね」
「ホントだな。今日まで友達のセシルくんに会えなかったのは実に寂しかったよ」
「く、苦しいー」
ヘッドロックの力を強められ、セシルは苦悶の声を漏らす。
「それでな、今年もお前と一緒のクラスだってよ。どうだ、嬉しいか?」
この言葉を聞いてセシルはさらに青ざめた。
「そ、そうだね……」
「オイオイなんだそのトーンは? 俺と一緒は嫌だってのかよ」
さらに力を強められついにセシルはパクパクと口を動かし酸素を求め始めた。
しかしそこに救世主が登場する。
「やめろ。どうみたって嫌がってるし、苦しそうじゃないか」
シャロンである。
途中で切り上げたのか後ろにまだ女子が何人かいる。
シャロンはゾルタンの腕を引っ張り、セシルを解放した。
足下ではセシルはぜぇーぜぇーと荒い呼吸をしている。
「っんだよてめぇ、ただじゃれてるだけじゃねぇか」
「僕にはいじめてるように見えたけど?」
「は、そんなもんお前の勝手な推察だろ。俺の言い分が信じられないのか?」
こういう貴族関係者に関わると碌でもないことになるのがお約束だがシャロンは引こうとしない。
後ろの方にいる女子たちも少し遠くに下がりながらも睨みつける。
「ちっ、わかったよ。次からは気を付けるようにするぜ」
その空気に居心地が悪くなったのかゾルタンは校舎へと入っていった。
「大丈夫か?」
「な、何とか……。助かったよ」
シャロンはしゃがみこみ、心配そうに尋ねる。
周りでは女子たちが「シャロンさんお優しい」「あいつに立ち向かえるなんてさすがシャロンさん」「あの野郎、シャロンさんになんてことを」等と口々に言っているが誰一人としてセシルの心配をしていない。
「さて、そろそろ時間だし行こうか」
「うん、シャロも一緒のクラスだったよ」
「そうか、なら今年もよろしく」
二人は自分達の持っていた時計を確認して教室へと脚を進めた。
二人は教室へ到着したがすぐに始業式だったので体育館へと移動した。
どうやらクラスごとに並んでいるわけでは無さそうだったので二人は適当な位置に移動して腰を下ろした。
「そういえばシャロは今【数字持ち】の何番だっけ?」
「先輩方が卒業したからⅢ番だよ」
そう言って自分の制服に付いていたエンブレムを見せた。
「すごいよ。二年生で上位三名の内に入るなんて」
「そうかな? でも僕としては繰り上げで入るよりも先輩方を倒してⅢ番になりたかったけどね」
この二人が今話しているのはこの学園都市の各高校、大学の校則の一つである【数字持ち】制度についてだ。
これは校内の強者十人にⅠ~Ⅹの数字を与えるというもので持っていれば学費の削減や成績の向上、果ては入試や就職をかなり有利にすることができ、持っている数字が小さく期間が長いほどより強く働く。
ただこれは【決闘】と呼ばれる勝負によって勝者に譲渡される。
競い会う精神を高めるために学園都市設立当初から存在する校則だ。
シャロンは一年生のときにⅥの数字を持っていたが、通常一年生はⅩを取れるかどうかなのでその実力がうかがい知れる。
説明の間にどうやら校長の話が終わり学園長の話もちょうど終わったところだった。
学園長はこれから全学校を廻るのだろう大変だ。
二人は教室へと戻り各々の席へと座った。
「本日よりこの二年一組の担任をさせてもらうニルス・バウールだ。担当科目は歴史。得意魔法は地だ。なにぶん新任なもんで至らぬところがあるかもしれないがよろしく」
生徒たちから形式的な拍手が送られる。
「では一席から順番に自己紹介してもらおうか」
「はい」
返事をした生徒は立ち上がり自己紹介を始める。
セシルは名字がアクロイドなので第三席であり、何を言おうか内心少しあたふたするものだが彼は違った。
「次」
「はい」
セシルの番になり立ち上がる。
「セ、セシル・アクロイドです。よろしくお願いします」
そう言って再び座った。
自己紹介終了である。
担任はこれで終わり? っと言いたそうに眼を白黒とさせるが生徒の反応は違った。
「セシル・アクロイドってあの?」
「オイオイあんな奴が一緒かよ」
「あれが【無能】のセシルか。今年の魔法祭は終わりだな」
生徒は色々と意見を口にするが好意的なものは一切ない。
これがセシルの学園の立場だった。
何処となく背中が小さくなっていく様に見える。
収集を着けるために担任が手を叩いて生徒を黙らせて自己紹介を続けさせた。
そしてついにセシルの友人シャロンの出番となる。
「シャロン・クィルターです。得意科目は数学。得意魔法は風。現在数字持ちのⅢ番です。一年間仲良くしましょう」
最後に笑顔、才能なのかキラキラとした物まで見えてくる。
そして次の瞬間女子たちから黄色い悲鳴が上がった。
たいしたことは言っていないのにこれがイケメン効果なのか、耳を塞ぎそこねた生徒や先生は耳を押さえて悶えている。
もちろんセシルとシャロンは耳をふさいでいた。
その後の自己紹介はなんの問題もなく終わった。
「今日はこれで終了なので各自解散です。門限までには寮に帰ってください」
解散となりわらわらと生徒が立ち上がり教室を後にする中セシルはシャロンの元へ移動した。
「これからどうする?」
「そうだな、買い物にでも行こうか? 自炊しないといけないし」
「それもそうだね」
と買い物に繰り出そうとした二人を呼び止める声が。
「私もついてっていい?」
「レイラじゃないか。一緒のクラスだったんだんね。もちろんいいよ」
話しかけたのはポニーテール上に縛った緋色の髪が印象的な少女、レイラ・スチュアート。
二人の友人だ。
学校を出て商店街へと向かう途中シャロンがレイラに尋ねた。
「ところで休みの期間はどうだった?」
「それがね、ついに【ヴォルカニックランス】を習得したのよ!」
レイラは興奮気味にシャロンに話した。
【ヴォルカニックランス】というのは火属性の上級にあたる魔法だ。
魔法には初級、中級、上級、最上級とランク分けがあり、初級は基本的な、中級は実用的な、上級は圧倒的な、最上級は神憑り的な魔法という分類で分けられている。
当然ランクが上がるごとに難易度が上がり、高校生で上級を使えることはそれなりに一般的だが複数を使えるようになるとすごいことになる。
「へぇーすごいね。一か月前に練習してた時は爆発ばかり起きてたのに」
「それは言わないでよ、だから私いっぱい頑張ったんだから。……でもこれで少しはシャロンに追いつけたかな」
「何だって?」
「な、何でもないよ」
「…………」
二人の空気を何とも言えない顔でセシルは見ていた。
それから少しして三人は必要なものを買い終え、学校の寮へと戻った。
「それじゃあまた明日」
「うん」
「さようなら」
男子寮と女子寮は当然べつの場所にあるのでレイラと別れ男子寮を目指す途中、周りにはほかの生徒の姿が一切ない中シャロンがセシルに話しかけた。
「今日はどうだった?」
「最悪だ」
セシルは学校に入る直前までの口調で話した。
「よりによってベンソンが居やがるしその取り巻き何人かも一緒だ。救いと言ったらお前やレイラがいることぐらいか」
「そうだよね。僕はともかくレイラは唯一君と友好的に接してくれる人だからね」
「まぁそれはお前によるところもあると思うんだがな」
セシルは半眼で睨む。
「どういうこと?」
「さぁな。そういうのは自分で考えな。でも確かに貴重だよな。周りの評価を一切気にせず接してくれる友人ってのは」
「そこが彼女のいいところだからね」
「だな。それで……今年も迷惑かけるかも知んないがよろしく頼むぜ、シャロ」
セシルは照れ臭そうに右手を差し出した。
それを見たシャロンは、
「こちらこそ」
自分の右手を出してしっかりと握手を交わした。
その後自分たちの部屋に付いた二人は別れて、セシルは中へ入り久しぶりに戻って来た自分の部屋を見渡す。
二週間ほど実家に戻っていたため埃が目立っている。
セシルは後で掃除をしなければと思いながらもどうにもやる気が起き無いみたいで、荷物を台所へ置きベッドに腰かけた。
「……あと二年か」
呟かれたこの言葉の正しい意味を理解できるのはこの都市で彼とシャロンだけだった。