<08>
今回、書き方を換えてみました。
新キャラであるフィーニスとサキ視点での話。
あと、職名変更。戦士→ウォーリア。盗賊→スカウト。魔法使い→ソーサラーに。
視界が明転するなり門に向かう人の視線を集中させる者がいた。
「………」
視界に入るのは煙の模様をつけた門と、振り返ってこちらに視線を向ける人たちの視線。それもそのはず泥沼の展開の延長線上でフィーニスに首根っこ引っ張られるユキの図である。
それはとても不合理な図で、片や初期装備のニュービー、片や全国に名の知れたベテラン短剣スカウト。そんな2人が首根っこ掴まれてズルズルと引きずり、引きずられれば皆なにかあったのでは?と思わずにはいられなかった。すれ違う男女に「よお、フィー。どうしたんだ?これ?」「フィーさん。あんまりニュービーいじめんなよ!」「フィーさまあ!部隊入ってえ!」などと声をかけられている。それを笑顔と顔の横に置いた手のひらをヒラヒラと振って対応する辺りユキは『慣れ』を感じずにはいられなかった。
ご機嫌いっぱいにユキを引きずるフィーニスはさながらリズムよく運ばれていくバスケットボール並みにはずんでいた。それもそのはず、Lギアという仮想現実を作り出す機械が発売されてもう3年近く経つ。その間にも技術は刻一刻と進歩していき、最初はオフラインゲームが主流だったLギアも気づけばオンラインRPG、VRMMOというジャンルを創製するまでに至ったのだ。そんな数多くあるVRMMOの中でこのゲーム、剣と魔法で戦争するCrystal Earth Onlineをするユーザーというのも限られてくる。
一般的にMMOといえば『剣と魔法のファンタジー世界で巨大なモンスターを他のユーザーとパーティーを組んで倒して強くなっていく』そういったものが主流だ。しかし、ことCEOに限ってはそんなものではなく『剣と魔法のファンタジー世界で200人のユーザーをパーティーを組んで倒して国家を強くしていこう』という魔法の部分しかファンタジーを感じられない。そんな対人特化型VRMMOなど誰がやるものか。そう言った声も多く、敬遠されることもある。
そんな中、彼の知人(今朝知り合った)で誘ったその日にプレイしてくれて、さらにこうして自分と一緒に首都を歩いて(引きずられて)いるわけだ。これは喜ばずにはいられなかった。彼だけは辞めさせてはいけない。そんな使命感めいたものを感じたフィーニスは懇切丁寧にwiki以上に詳しく教えることにしたのだ。
ユキ本人としてはいい迷惑だったのだが、万年帰宅部所属でこれといった友達もいなく、正直なところさびしいくらいに暇だった。それが一番の原因だろ。だれが好き好んで青春という高校生活の時間を家に帰ってネットゲームに費やすだろうか。『学生は黙って勉強してろ』それがユキの家である久遠家の家訓である。その甲斐もあって自分でもつまらない人間だと思わずにはいられなかった。
そんなつまらない人間代表として、彼のこの人気っぷりには嫉妬を覚える。
通り行くには「フィーニス!決闘だ!」や、「フィーニス!うちの部隊に入ってくれ!」や「キャー!フィーニスさまあ!結婚してえー!」や「フィーニス!一緒にこのバケツを被って赤フン一丁で大陸一周しないか?」とか言われているのだ。これには理想というよりも嫉妬に近い感情がフツフツと煮えてくる。最後のは俺も遠慮したいが………。
そんなフィーニスの受け答えを見ていると、段々と引きずられる速度が落ち、最終的には首根っこを掴まれたままフィーニスと同じ方向を向いて歩くようになってしまっていた。
それもそうだろう。門から出入りする人の流れがフィーニスという大波によって崩壊したのだ。交差するエスカレーターのように人の流れを2分していたものがフィーニスの登場によって一気に中央に集まったのだ。フィーニスに歩くスペースなどなく、戦争から帰ってきた者ですら人の集まりによって前に行けない。そんな事態になっていたのである。
(うへえ~。これは人気ありすぎだろ)と横目でフィーニスに目を向ける。フィーニスは飛び交う声に何も反応せず、さきほどから一向に崩さない笑顔のままその集団を見据えていた。
これも慣れの一つなのだろうか?なかなかやり辛い中にいるのだなと、少し同情してしまったユキがいたのであった。
突然黄色いざわめきが黒いざわめきに変わった。するとどうだろう、徐々に正面の集団が左右に割れて道を作る。2人を通すわけではなく別の集団が割り込むようにして2人に近づいているようだ。
「ほらどけ!通行の邪魔だ!散れ散れ!」
正面から人ごみを割って来たのはフードをかぶり、サングラスをかけた1人の少女とそれを左右で守るように歯車がついた鉄鎧に身を包んだ2人の男が存在した。さしずめ主人とそれを守るボディーガードといったところだった。
「やあ、フィーニス。今日も調子良さそうだな」
「あれ?サキさん?どうしたの、グラサンなんかかけて。似合わないよ?」
サキ、それが彼女の名前なんだろう。サキはフィーニスの発言が癇に障ったように慌ててサングラスを外し、そのまま白いフードを脱いぐと中からこぼれるようにしてウェーブのかかった綺麗な銀髪が現れた。少女は二、三度頭振り乱れた髪を元に戻していると周囲から「C3のサキだ!」と声が現れだした。それを心を許したのか、さっきまで不機嫌そうだった表情がもっと私を褒め称えなさいと胸を張っているのが手に取るようにわかる。
C3。それは彼女、サキが率いる部隊の略称だ。現在エーフィ国に3つの強豪部隊が存在する。『Cross†Crystal†Clover』、『紅』、『覇王樹』の3つの部隊のことを白の三指と呼ぶ人もいる。
その一つである『Cross†Crystal†Clover』、C3の部隊長が目の前の少女だとはニュービーであるユキにはまったく知らない情報であった。
「だれ?このちび助」
「ちび言うな!かわいい、と言いなさい」
サキは噛み付くように吠えると、すぐさま髪をなびかせながらキメ顔でそう言った。そのときユキは感じついた。―――このゲーム、馬鹿しかいないと。
ユキの発言同様、サキのアバターの身長はフィーニス、ユキよりも頭2つ分くらい小さい、だいたい130センチくらいの設定だ。それでも女性である身体的特徴で出ているところはでているので、それは男であるなら誰もが目がひく部分でもあった。
しかしこれはゲームであり、操作するアバターは自分で設定できる。リアルの彼女は女性であるのに拘らず、長身で出ている部分もほとんどなく。ある種この手のゲームの設定できるキャラクターはリアルの自分へのコンプレクスの集合体とも言える。内心さっきの台詞を言いすぎて罪悪感が薄れていく自分が悲しく思っているサキであった。
「ヌーブの分際でこのサキ様に気安く話しかけないでくれない?だいたいアナタ―――」
「―――そうだ、サキさん。お金貸してくれない?」
話をぶった切ってフィーニスがサキに話しかける。ニュービー1人は困った顔で、後ろの護衛2人は半ば呆れ顔でフィーニスに向けていた。
「はぁ?なんでこのサキ様がアンタみたいな短カスにお金を恵んであげないと―――」
「―――ちょっと手持ちが危なくてさ。お願い!」
色々無茶振りな気もする。困ったを通り越して呆れたユキは護衛達に向けて『いつもこんな感じなの?』と目で送ると
「しょ、しょうがないわねぇ………。べ、別にアンタのためじゃないんだからねっ!!」
と、テンプレで返ってくることに呆れも超えて驚きしかない。さっきの答えが数秒経って返ってきた。『もう慣れた』と。
「ありがとうサキさん。やっぱり優しいサキは俺好きだよ」
そう捨て台詞を吐くなり彼は「遅くなったね。もう行こうかユキ」とさっき同様にユキの首根っこ掴んで引きずっていったのであった。
「またそうやって無駄遣いして………姉さんに怒られますよ」
「こ、これは………その………アイツがウチに入隊させるための出費であってだな………けしてその………貢ぐとかそういった類では………」
分かっている。解っているのだ。
サキは完全にフィーニスに魅了されている。フィーニスの容姿はどこにでもあるただのイケメンフェイスだ。そんなもので魅了されるなら首都のその辺にいるイケメンにも同じことをしているだろう。
ただフィーニスには特殊なモノがある。それは首都にいる普段の顔ではなく、鬼気迫る戦場での顔だ。
戦場での彼はまるで蝶のように綺麗に舞い、優雅に、そして自由であった。それは白の三指の3人の部隊長が声を揃えて言うだろう。『彼は強い』。本当の意味で彼と戦った者は彼に魅了されてしまう。それはシステム的に、技量的に、レベル的に、全てのことを理解した上で彼と戦ういうことで三指に入る猛者であっても一歩及ばない、カリスマに近い存在なのだ。
そんな彼がSnEとか名もよくわからない、無名部隊に所属されていることを思うだけで腹立たしい。某ネット掲示板でのSnEの評価は『フィーニスとか言うスコア出す短カスがいる部隊』『つかフィーニスって誰よ?』『売名乙』と言ったところだ。
C3にも短剣スカウトは数名いるが、フィーニスの動きは短スカの領域を凌駕していると言ってもいい。
なぜ短剣スカウトを略称で短カスと称しているのはあまりにも脆く、あまりに弱い存在だからだ。短い射程の妨害スキルを敵陣に潜入し、撒き散らかす。言葉で表せば簡単なのだが、敵に接近するということは接近職であるウォーリアが存在する。ウォーリアとは敵に接近し、その腕に持つ武器で攻撃して敵に高ダメージを与える職だ。そのウォーリアも物ともせず単身で乗り込み、味方に活路を見出す。それがフィーニスという短スカの動きだ。サキには絶対真似できない。いや、ウチの部隊員の短剣スカウトでも無理であろう。
サキ自身知っているフィーニスの平均スコアはPC与ダメ25k。サキの平均20kを大きく超えている。それは嫉妬にも似た憧れであり目標であった。
解っている。分かっているのだ。
「ぁあ、もういいでしょ!さぁ、行くわよ。エーフィの勝利のために」
「「はぁ!」」
そう言ってサキは白いフードを被り、彼に似合わないと言われたサングラスをメニューのイベントリーの中で処分した。
またいつか。彼と敵になったとき、彼を倒すのは私なんだと。そのときに備えて日々精進する。それが目標としている理由であり、約束でもあった。
サキはあの煙の装飾をされた門を潜る前にもう一度あのニュービーと天真爛漫なスカウトを一瞥してから戦場に向かったのであった。
<<以下の単語が用語集に追加されました>>
【短剣スカウト】…… 俗語、短カス。低い防御力、そして低い攻撃力、唯一の希望が敵を無力化できる4つの妨害スキル。それを駆使し、隠蔽から敵陣に進入して敵を無力化させ味方に攻めの希望を見せる職業。という幻想に狩られたゴミ職。今のところまともにその仕事をまっとうできるのは上位部隊の猛者達のみ。
【サキ】…… 部隊、C3の部隊長。職はソーサラーで、中距離中高火力の火を操る火皿。ドSのツンデレ。ついでにロリ巨乳。以下本文同様。ついでにヒロインではありません。
【C3】…… 部隊、『Cross†Crystal†Clover』の略称。総勢70名の大部隊。1PTが10人までとなっているCEOではゴールデンタイムで6PT以上作られて戦争するのはエーフィではこの部隊だけである。質より量!それが部隊長であるサキの言い分。
【白の三指】…… 白の国、エーフィ帝国の三強部隊の名称。物量の『Cross†Crystal†Clover』、少数精鋭の『紅』、軍師率いる『覇王樹』の3つの総称である。他の国家にもあり、ブースト帝国の赤い二連彗星や、リーブ連合国の緑の狸などもある。