<00> = Who is DUST ? =
(2012/05/20)
だいぶ改変しました。
「――……はっは」
息を吸っても体の中に酸素が行き渡るのを感じない。むしろ足りないとさらに要求してくる。なぜなら彼は必死に逃げているのだから。
重そうな銀色の甲冑を全身に着込む彼であるが、クリスタルの加護により身体的能力が人の範疇を超えているため全速力で走ってもまだこのペースを維持でき、更に鞭を入れ走った。
一度後ろを振り返る。彼の被るバケツヘッドの穴から青白い眼球が光る。
「まだ追ってくるか………」
舌打ち一つ鳴らし、まだ追ってくる追跡者に苛立ちを隠せずにいた。それもそのはずだ。普段ならこの辺りまで走れば敵も増援を恐れて後退するのが関の山、むしろそれが当たり前なのだ。
だが一部の戦闘狂にとって合法的な殺人はどんな美酒にも勝った。それも狩猟のような獲物の反応を見ながらの狩りは射精しそうなほどの快楽でしかなかった。必死に逃げる彼にとっては到底無縁な快楽だと心底思う。
そんなの何が楽しいんだ。そんなのただ憎まれて憎み返して、悲しませるだけだというのに………。
『早く死ねよ!!ダスト!!』
感傷に浸っていると彼は少し前に言われたことを思い出す。それは嫌に胸につき、身体的疲労なのか精神的な疲労なのかわからない重りが圧し掛かる。
その一瞬のスピードダウンはを彼らは見逃さなかった。
「いい加減………諦めろや!!」
痺れを切らした敵、三人の内一人が一気に距離を詰める。ウォーリア系統、両手スキル『ダッシュスラッシュ』で逃げる彼へと近づく。
次のスキルが来る!!すぐさま予感が過ぎると目を凝らして追っ手の腕の動きを追う。ダッスラの短い技後硬直が終わり、すぐさま両手武器を肩に担いでステップする。
―――きた!!とばかりに追っ手の体全体をライトエフェクトに包み、ステップが技へと変化する。それと同時に逃げる彼もステップした。
予想通りのスキルコンボだと。
端から見ると五メートルはあったであろう距離を一瞬で縮めたようにも見える。だがそのコンボはそこでPw枯渇のためもう一度はない。
ステップ着地したと同時に安堵の息を吐こうとするのだが、違うもう一人からダッスラが刺さる。ステップも万能ではないということを思い知らされる。ステップは発生後使用者を無敵にしてくれるのだが、その無敵もステップ着地後の技硬直まで無敵にしてくれないのだ。それはほんの〇.何秒という世界なのだが、集中している思考時間ではとても長く感じてしまうほどに長い硬直だった。その長い硬直を敵は見逃さなかったのだ。
ガリガリと削られていく彼のHPはすでに半分を切ってイエローゾーンまできていた。まださっきみたいにスキルコンボで隙を作りダッスラで攻撃の繰り返しをされたら必然的に彼のHPは無くなってしまう。こういうとき頼りにならないから味方というものが好かない。あたり前かと無いものねだりをしてしまう思考に活を入れる。―――打開策を考えなければ。と彼は視界に広がる画面情報を確認する。
Pwはある。敵は無防備に突っ込んでくる。ならあのスキルしかない。
「―――吹き飛べぇッ!!!!」
振り向きと同時に上段で構えた片手剣を地面へと叩きつける。その叩き付けた際の剣圧により前方に大きな竜巻が発生する。
『ストームウィンド』
無防備だった追っ手二人が無惨にも卑屈な顔を浮かべて後方へと吹き飛ばされる。
これで………っ!?
「残念。バッシュッ!!」
読まれていた。ストームを出すのを読んでステップインして近づいてくるとは敵ながら天晴れ。
大技後の大きな技硬直で何もできない彼の表情は絶望で満ちていた。
スタンバッシュによって動けない彼をいい事に、持っている片手剣でカンカンとバケツを叩いた。
「おい早く起きろよ。久々のショータイムじゃねええええかああああああッ!!!!」
相手の片手剣使いがゆっくりと立ち上がる仲間にいい放つ。さっきまでの卑屈な表情とは裏腹に歪んだ頬を吊り上げ、禁欲からの開放を喜ぶ子供じみた顔を浮かべている。これがリアルなら生唾モノだと彼はバケツの下で冷や汗を垂らして息を呑み、目をつぶった。
それはこれからが無くなるように、それは諦めるように、荒れた呼吸が静まるように、段々と、現実を正眼しながら、落ち着いた表情で―――。
握り締めた力が緩み、彼は握っていた片手剣と盾がずるりと地面に落下しながらサラサラと砂のように消えていった。
あぁ。これで俺―――死ねるん―――。
突如として彼の背から一陣の風が突き抜ける。それはまるで槍のように鋭く、丸太のように力強く彼を貫いた。しかし痛みはなかった。
「え?」
「いたぞ!!こっちだ!!」
彼は目を開け、状況を確認することに精一杯だった。どうやら生きてる。追っ手は?目の前を見るとさきほどの三人は遥か彼方に吹き飛び、急いで立ち上がって逃げようとしている。
何が起きたのかわからず、体を確認してみるが風穴が開いていたりしていないようだ。後ろを振り返ると弓を構えた少女と様々な武器を構えた人達がこちらに向かって走ってきている。
さきほどの三人とは違い、彼の落ち着きようからして敵ではないと思える。
「たす……かっ………た」
彼はストンと腰が抜け、その場に座り込んでしまった。何か異様に体から水分が出ている気がする。汗?涙?鼻水?涎?
わからない。でもこれだけはわかる。彼は生きていると。
「大丈夫ですか?」
さきほど弓を構えていた少女が座り込んで放心している彼に話かけるが、反応がなかった。少女の肩に手を置いてこちらに来る男性の姿があった。その彼は真っ白の鎧を着込み、白い光を纏った片手剣と盾を装備していた。さしずめ聖騎士とも見える。
その聖騎士は弓の少女を退かし、その後ろにいる二人の男女に指示を出した。
「再建築部隊と追撃部隊に分けるぞ。君、立てるか?」
放心の彼に手を伸ばす。反応がない。
無理もない。と聖騎士は目をつぶり、無理やり肩を持って彼を立たせた。
それによりやっと放心状態から復帰した彼はキョロキョロ辺りを見渡す。
「気がついたか?」
「あ、あ、あ…………」
視界がブレ、うまく機能しない。一度彼は頭を振り思考を正常にしたあと肩を貸す聖騎士の腕を解き、彼らが来た方向へとトボトボと歩いていったのであった。
* * *
「こちらが今回の報酬になります」
彼の順番になるといつも変わりない笑顔でNPCが報酬を両手で渡した。それを強引に掠め取り、すぐさまそこから離れた。NPCは何事もないかのように作業を続けるが、それを見ていた周りは不可思議な顔で「マナー悪いな」と零していた。
そんな彼は適当にあった切り株の上に腰を下ろし、報酬と呼ばれた小さな巾着袋を開ける。
【一六〇〇 Gold 入手しました】
彼の視界中央にその文字がポップするなり両手にあった巾着袋は粒子を出しながら薄っすらと消えていく。
こんなはした金のために彼らは戦争をしている。そう思うだけで彼の握り締めた右手が裂けるように痛む。
なぜあんな思いしながら戦わないといけないのか?食うためか?暮らすためか?生きるためか?そう聞かれたら全部だ。と彼は答えるだろう。なぜなら彼らはこのゲームに閉じ込められたのだから。唯一の生きる術がこの戦争で、死ぬ要因が戦争だ。
―――理不尽すぎる。と彼は握り締めた手を解けずにいた。
「アイツらしいぜ」
ふと誰かの声が聞こえた。それはまるで彼に聞こえないようにヒソヒソと話す声だ。内緒話を聞くような趣味は彼にはなかったが、どんな内容なのか彼には予想できた。
「あのバケツ被った奴。最後の僻地攻めを最初に気づいて一人で対処しにいったの」
「まじかよ。マップで見えてたけど敵さん十人はいたぞ?」
「負けちまったが味方がもう少し早く着いてたらこの戦争は勝ってたかもな」
「しかし一人で立ち向かうなんて………デッドが怖くないのか?」
予想通りだったと呆れた彼は変な勘ぐりされる前にその場から消えようと腰をあげた。
ヒソヒソと話す彼らの前を横切った際、目があったような気がした。
「あの名前どこかで………」
「『ダスト』―――」
「………」
暫く歩くと、青い炎を揺ら揺らと揺らした円の中に入る。視界が崩れたようにブラックアウトする。それと同時に彼の通り名が耳の中で反響する
『ダスト』
「『ダスト』………か」
『ダスト』のYuki。味方殺しの『ダスト』。それが彼の通り名だ。彼とパーティーを組んだ奴は次々と死んでいく。だから誰も彼とパーティーを組みたがらない。
でもそれでいいんだ。
もう誰も
死なせたくない――――。
Crystal Earth Online ...
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【ダッシュスラッシュ】…… 両手鎌 両手剣 専用スキル。略称はダッスラ。対象までの距離を縮め攻撃するスキル。基本的には距離を詰めたり、敵から逃げるために使うケースが多い。逃げる際にはその方向に敵と認識した対象が必要。追撃のドラスタでさらにダメージは加速する。
【ドラゴンスタンプ】…… 両手鎌 専用スキル。略称はドラスタ。対象地点の地面向かって武器を叩きつけるスキル。叩きつけた際、広範囲に衝撃波を3ヒット出す。破壊力ばつ牛ン。
【ステップ】…… 全職 共通スキル。俗語 ステッポ。踏み込みから着地まで長い無敵時間を有するスキル。ニュータイプはこれ1つで5人まとめて相手する。移動距離は普通の移動より短い。カカッとバックステッポ
【ストームウィンド】…… 戦士 共通スキル。略称はストーム。力を込め、打ち出した剣圧によって前方に大きな竜巻を発生させ、敵を吹き飛ばすスキル。スキルを見てから避けても時既に時間切れ。
【スタンバッシュ】…… 片手剣 専用スキル。略称はバッシュ。対象を盾で殴り5秒間スタン状態にするスキル。スタン後は30秒スタン耐性を有する。使い方を間違えなければ絶望的な破壊力も誇る破壊力を持つことになる。
【NPC】…… ノンプレイヤーキャラクター。ゲームに登場するキャラクターのうち、プレイヤーが操作しない(できない)もの。ロールプレイングゲーム(RPG)などで使われる用語。この場合だと決められた台詞と、ある程度の受け答えができるキャラクター。
【バケツ】…… 通称アイアンメット。装備の説明には『くず鉄を集めて作ったバケツに穴を空けたメット』と書かれている。上級紳士達はこれを着用し、赤フン一丁で街を横断する。そんな人達を『バケツ紳士』と呼ぶ。