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NANASE  作者: 白桜 ぴぴ
9/63

ブリリアント 1

 光の噴水が、はじける。


 午後6時55分。茜色に染まる6月下旬の公園には既にライト・アップが始まり、淡いグリーンの光に照らされたガラスの塔の前で、私と藤井は葛谷の姿を探していた。

 日が長いせいか、この時間になっても、まだまだパーク内の人並みは途絶えず、むしろ昼間より長くなっている展望台目当ての人の列に驚かされる。まあ、確かに…展望台からの景色は、昼間より夜に見た方が間違いなく綺麗だ。もし、葛谷を待っているのでなければ、もう一度この列の最後尾に並ぼうかと、私も藤井に言ったかもしれない。

 広場中央の時計が、7時を告げる優し気なメロディーを奏でた。藤井が腕時計に目をやる。葛谷は、まだ来ない…。

「本当に、来るのかなあ? 葛谷君…」

「さあ…でも、アイツ言ったんだろ? 7時にタワー前でって」

「うん…聞き間違えじゃなければ…」

 昼間、藤井の手を引いて坂道を逃げていく時、確かに私は「7時にタワーの前で待ってるから!」という葛谷の声を聞いた。まるで、謎掛けのみたいな言葉だったけど『多分ここで待っていれば七瀬に会えるということだろう』という結論を、私と藤井は導き出した。なぜなら、それ以外に私と葛谷が待ち合わせ得る理由など考えられないからだ。

 『それなら、とりあえず葛谷を待ってみた方がいい』と、藤井が言ってくれたのでここまで来たけれど、正直言って気が重かった。葛谷が七瀬を連れて来るという確証があるわけではないが、もし、今日七瀬と会えたとして、どんな顔をすればいいのか、何を言えばいいのかまるで考えていなかった。…と、いうか、今日七瀬と会うことは、つまり、七瀬を許すということで(と、なぜか私は思い込んでいた)私の心は、それをかたくなに拒否していた。もっとも、今となっては、なぜ自分がここまで七瀬を嫌っているのか、自分でも分からなくなっていたのだけれど…。

 それでもこの場にいるのは、他ならぬ、今日、私をここまで連れて来た、心の奥にわずかに残された七瀬への友情だろうか…?


「なんて顔してるんだよ!」

 悶々としている私の背中を叩いて、藤井が笑った。

「力抜けって!」


 そこへ、バタバタと足音を立てて、葛谷が走って来た。10分の遅刻だ…。

「あ、来たぞ、あいつ」

 藤井がパークの入り口を指差す。…とうとう、来た! 両手を胸に当ててぎゅっと握りしめる。

「な…七瀬も一緒?」

 うつむいて藤井に尋ねる。

「いや、…いないみたいだ」

「え?」

 私は葛谷を見た。なる程、葛谷は一人のようだ。一方、葛谷は私と目が合うと

「やった!」とつぶやいて駆け寄って来た。そして「来てくれると思った」と、

満面の笑顔で私を見る。その悪びれない笑顔にひきこまれ、思わず私も笑顔になる。

「10分の遅刻だぞ」

 藤井が私と葛谷の間に割って入って来た。すると、葛谷はその大きな二重の目で、ギロリと藤井を睨み付けた。

「うるせーんだよ。なんで、テメーまで居るんだよ! 帰れ!」

 ドスのきいたその声は、生まれて16年間『優等生』をやり続けてきた私と藤井を『びびらせる』に余りあった。しかし、藤井も負けてはいなかった。

「テメーに『帰れ』とか言われたくねーよ。俺は、時間にルーズな奴は大嫌ぇなんだよ!」 

 自分より、顔一つ分も背の高い葛谷を、斜下から睨み付ける。さすが、委員長を勤めるだけあって凄い度胸だ…。しかし、もちろん葛谷には毛ほどのダメージも与えず、

「テメーは、神経質なんだよ!」

 かえって、怒りを倍増させる結果になってしまう。まあ、この場合は当然だろう。しかし、藤井は一歩も退かなかった。

「うるせえ、時間一つ守れない奴は、どこ行ったって信用されねーんだよ!」

 その姿は、まるで魔王に挑みかかる少年剣士のようだ。

「あー?」

 葛谷が、般若のような顔で藤井を睨む。

「ちょ…ちょっと待ってよ…!」

 このままじゃ、収集がつかなくなる…私は、勇気を振りしぼり、葛谷と藤井の間に割って入った。

「ねえ、葛谷君はどうしてここで待ってろって言ったの? もしかして…七瀬の事じゃないの?」

 葛谷は、私の顔を見るとコロッと表情を変え、笑顔で答えた。

「うん、そうだよ。あれ? ナナさんの事言ってなかったっけ?」

 話し方まで違う。私は、肩の力が抜けそうになった。

「ひとっつも聞いてねえよ。若ボケじゃねーか? てめーは!」

 藤井が、後ろから憎まれ口を叩く。すると葛谷は、また般若のような顔で藤井を睨み付けた。

「あー?」

「ちょっと、いちいち喧嘩しないでよ…それで、七瀬はどうしたの? ここに来るんでしょ?」

「ううん。違うよ。ナナさんはあっちの方に居るよ。今から俺が案内するよ」

 葛谷は、私を見るとニコニコと噴水の向こう…時計台のある広場の方を指差した。しかし、そこは、相変わらず人で賑わっており、遠くまで見通す事はできない。藤井が、おもしろく無さそうにつぶやいた。

「大ゲサだな…。わざわざ葛谷なんか使いにたてないで、自分がここまで来ればいいじゃないか」 

「うるせーよ! ナナさんはテメーと違って色々忙しいんだよ! 文句があるな

ら帰れ!」

「ちょっと、2人ともいいかげんにしてよ」


 しかし、藤井のセリフじゃないが、わざわざ葛谷に案内させるというのは、なんだか大ゲサな気がする。

 あのメモを見た時、七瀬は私に悩み相談でもあるのかと単純に思ったけれど、もしかしてそれは思い違いだったのだろうか?


 私と藤井は、葛谷の大きな背中を追いかけながら、雑踏を歩いて行った。家族連れや、カップル、友達同士のグループの中に、ギターをかき鳴らすストリートミュージシャンの姿っもまばらに見える。彼らの大方は通行人に無視されていたけれど、中にはFANらしき女の子達に囲まれている幸せな2人組なんかもいた。

 彼等がかき鳴らすギターと歌声を聞きながら、広場中央を南北に走る花壇の脇を歩いて行くと、丸くふくらんだ花壇の中央にある銀の時計台を過ぎたあたりで、人口密度が減り公園奥への視界が、にわかに開けて来た。

 そろそろコバルトブルーに染まりかけた空に、パークを囲む木々がうっすらとしたシルエットをつくり、時おり吹く潮風にさわさわと葉を揺らせている。その前では、点る街灯が、等間隔に園内を照らしている。サイクリングロートを歩く人の姿は既になく、かわりにその入り口の辺りで10人ばかりの人が、何かを囲むように輪になって立っていた。

 ぎょっとして立ち止まると、葛谷がちょうどその場所を指差して言った。

「あそこに、ナナさんがいるよ」


 葛谷に教えられるまでもなく、私はすぐに、その10人ばかりの輪の中に七瀬を見つけた。けれど、そこに居たのは、私の知っている、あの『どことなく投げやりな春日七瀬』ではなく、煌々と照らす白色の街灯の下、モスグリーンの華奢なベンチと、そよぐ木々を背に、『グレーのプリントTシャツ』『ピンクのジャージ』といったいでたちで踊っている、ひたむきな顔をした少女だった。その時、私は初めて、この10m四方ばかりの空間に響いている、4つ打ちのチキチキというリズムと、ファンタジックなシンセサイザーのメロディーに気付く。

 『どういう事よ…これ?』私は、おそらく今まで誰にも見せた事がない程の驚愕の表情を葛谷に向けた。すると、葛谷は拍子抜しそうなぐらいのんびりと、

「凄いだろ? ナナさん、ダンサーになりたくて、ああして、ずっとここで練習してたんだよ」

 なぜか得意気に話す。

「ダンサーですって?」

 まったく、思いもよらなかった展開に、私は言葉を失った。

 …それが、伝えたくて私を呼び出したの? 

「うん」

 葛谷が頷いた。

「本当は、一番最初によっちゃんに話したかったって…俺のが先に知っちゃってごめんだけど…」

 私は、目の前の人垣に向かって走り出した。ギャラリーを押し退け、輪の最前列に並んぶと、いわゆる『STREET DANCE』と呼ばれるそれを、昔、何かの映画で見た黒人少年達のように、軽やかに踊る七瀬の姿を真正面から見る事ができた。派手な、アクロバット的な振り付けはなかったが、素早く小刻みに打ち続けられる鮮やかなステップと、なにより、七瀬のその美貌に、10名ばかりのギャラリーはすっかり魅了されているようだった。

 しばらく七瀬の動きに釘付けになっていると、呪文のように繰り返されていたメロディラインが、徐々にフェイドアウトして行き、4つ打ちのドラムのリズムだけが残された。ゆっくりとテンポアップして行くそのリズムに合わせ、七瀬の足の動きもどんどん速くなって行く。そして、さらに、ズンズンというリズムに絡み付くようにして、エスニックなメロディーが流れ始めた。


 と、その時だ…突然、七瀬の背後に一人の男が現れた…正確に言えば、その男はベンチから立ち上がった。つまり、ずっと七瀬の背後のベンチに座っていた筈のその男の姿が、今の今まで、不思議な程私の意識に昇っていなかった。それは、彼が全身黒づくめという地味な服装だったせいもあるけれど、おそらく、それ以上に、私が七瀬を見つめる事に夢中になっていたからだと思う。

 けれど、立ち上がればおそらく葛谷よりも大きな体躯と、わずかにヒゲを蓄えた強面な顔立ちは、一目見たら忘れる事ができないような強烈なオーラを放っていた。年は、20代後半だろうか…? 

 その、彼が、七瀬と寸分違わぬステップを、その僅かに斜め後ろで力強く踏み始める。それは、まるで鏡に映る七瀬の影のように思えたが、しばらく見ているうちに、光であるはずの七瀬が、完全に影に食われている事に気がついた。素人目にも分かるほどの、それは2人の歴然とした力の差だった。

「誰だよ? アイツ」

 いつの間にか、私の右隣に立っていた藤井が、ぼそっと、つぶやいた。

「あの人は、コーイチさんといって、『Invisible Hunter』ってダンスチームの元リーダー。大物ミュージシャンのバックダンサーをやった事があるっていう、雲の上の人」

 同じく、いつの間にか私の左隣に立っていた葛谷が答えた。そして、よほど感動しているらしく、しきりに首を振る。

「やっぱ、すげえわ。コーイチさんは…」

「なんで、そんな大物と春日が知り合いなんだ?」

 私が持ったのと、そっくり同じ疑問を藤井が葛谷に投げ付ける。

「そこまでは、知んねえよ。本人に聞け」

 ぶっきらぼうに答えると、葛谷はまた「すげえ、すげえ」を繰り返しながら、またコーイチのダンスに釘付けになった。

 しばらくすると、コーイチは突然片手を地面につき、リズムにノリながら上体を軸として下半身で回りはじめた。その途中で片足を蹴り上げたり、いきなり停止したり、大技にもかかわらず、素早くてリズミカルなその動きに、私はただ呆然と魅入っているだけだった。隣では、葛谷が泣き出さんばかりの勢いで、嬌声を挙げている。藤井だけが、腕組みをしたまま、割と冷静にな顔で目の前で繰り広げられるパフォーマンスを見ていたような気がする…。



ブリリアント…………………………………………………………………03




 気がつくと、辺りはすっかり暗くなっていた。そよぐ木々の向こうに見える真っ暗な海の上を、チカチカと点滅しながら走る船の明かりが見える。

 赤いラジカセから流れる曲が一通り終わった時には、ギャラリーは倍以上にも膨れ上がっていた。それを「はい、ごめんね、ごめんね。今から個人レッスンだから」と、言ってコーイチが両手で追い払う。

 七瀬はといえば、ベンチにどすっと腰掛けて、コントレックスの2?P入りのペットボトルをラッパ飲みしはじめた。肩が上下に激しく揺れている…よっぽど疲れたんだろう、無理もない、あれだけ踊ったのだもの…。

 ゴクゴクと水を飲んでいる七瀬の頭を、コーイチがごつんと叩いた。

「表情固い! 肩に変な力入りすぎ! 後半ステップ、飛ばしまくり」

 七瀬が心持ちしゅんとしてコーイチを見上げる。

「ごめん、師匠!」

 その言葉を聞いて、私はびっくりする。

…師匠ですって!?…

 そして、長い髪を頭のてっぺん近くに縛り上げ、右耳にシルバーのピアスをはめた、全身黒づくめの青年の横顔をまじまじと眺る。頭の中で、あの放課後の七瀬の言葉がリフレインした…『誠意を持って謝っただけよ。高校生活を楽しくやりたかったらそうしろっ て、師匠に言われたの』…。

 この人が、七瀬の言ってた『師匠』? …想像していたのと、全然違う! 

 コーイチは、私の視線など気にも留める風もなく、ウォレットチェーンをジャラジャラ鳴らして七瀬の隣に腰を降ろすと、背中に置いてあるバッグのポケットからタバコを取り出し、かちりと火をつけた。七瀬は、頬杖をついて、コーイチの一挙一動をじっと見つめている。心なしか、目が潤んでいる。

「ダメすぎ…!」

 コーイチは、口から煙りを吐きずばりと言った。あの七瀬の生き方を変えてしまった割には、随分ぞんざいな口をきく。

「でもさ、結構ギャラリー集められたでしょ?」

 七瀬は、黒髪を揺らせ、抗議するようにコーイチの顔を覗き込んだ。すると、

「てめぇは、顔がかわいいから、それだけで客が寄って来るの。ダンスの力じゃねーの。勘違いすんな!」

 コーイチがビシリと言う。かなり点が辛いようだ。

「師匠、キビシー!」

 と、七瀬も頬はふくらませる…が、心から拗ねているのではなさそうだ。その証拠に、すぐに笑顔を見せる。


「なんだか、話しかけずらくねー?」

 葛谷が小声で聞いて来た。まったく同感だった。あの2人のやりとりを見ているうちに、なぜ、七瀬があんな短期間であっさりと変わってしまったか分かる気がする程、コーイチを見る七瀬の瞳は幸せそうに輝いていた。

 私は、黙って葛谷の言葉に頷くと、リレーするように藤井に視線を送った。ところが、藤井ときたら、まるきり上の空。なにをそんなに…と言いたくなるような真剣な目で、七瀬とコーイチのやりとりを見つめている。

「ふ、じ、い!」

 耳元で名前を呼ぶと、びくりとして私を見た。その表情にこちらが戸惑う。だって、まるで夢から覚めたような顔をしていたから…。

「大丈夫?」

 私が眉の根をひそめて聞くと、

「ご…ごめん。あんまり凄いダンスだったから、魂抜かれちゃったみたい」

 と、藤井はいいわけがましく言って、あははと笑った。

「ふーん…」

 本当かなあ? ダンスを見ていた時は凄く冷静な感じに見えたけど…? 気のせいだったのかな?

 私の心に、得体のしれない不安が広がって来る。…私はすぐにそれを押し殺す。

…馬鹿馬鹿しい、こんな不安は消えてしまえ!

「それより、マユ、春日に声をかけないのか?」

 そう言った時には、すっかりいつもの藤井に戻っていたけど、

「だから! 今、声をかけにくい雰囲気だって、言ってたんだろ! 何をぼんやり見てんだよ!」

 と、葛谷に突っ込まれて、また、あわて始めた。

 いちいち喧嘩腰な葛谷の態度はどうかと思うけど、今回ばかりは味方したくなった。


 …とはいえ、いつまでも、しつこく粘るギャラリーに混じって突っ立っているわけにもいかない。私は勇気を振り絞って、七瀬に声をかける事に決めた。

 そういえば、この時、七瀬に対するもやもやとしたわだかまりは、すっかり私の中から消えていた。あまりにも、予想を越えた出来事は、少々の負の感情などすっかり消し去ってしまうようだ。

 ところが、一歩足を踏み出したきり、すぐに私は動けなくなってしまった。なぜなら、私より一足速く「ナナチーン」と叫んで走り出した少女が居たからである。

 それは、七瀬の新しい友人、町田綾美だった。


 白のタンクトップに、カーキのメッシュロゴ入りタンク。太ももの付け根が見えそうな裾プリーツのデニムのミニスカをはき、星の飾りのついたイエローのミュールをカパカパさせて、腰まである茶色のザンバラ髪をなびかせながら、町田は座っている七瀬に抱きついた。

 突然現れた町田に、七瀬はもちろん、コーイチまで目を丸くして驚いている。しかし、そんな2人の様子にお構いなしで、町田は鼻にかかった高音で叫ぶ。

「すごい! すごい! ナナチンカッコイー!」


「うっわー。ためらいとかないのかね? あの女は? さすがだね」 

 興奮してキャピキャピ騒ぐ町田を見て、葛谷があきれたような、感心したような、妙な口ぶりでつぶやいた。

「町田まで、呼んだのかよ?」

 藤井が、非難めいた顔を葛谷に向ける。

「呼んだっていうか…この話が出た時、あいつもその場にいたし。…チヒロもどっかにいるんじゃねえ?」

 葛谷は、ズボンのポケットに手を突っ込み、辺りをキョロキョロと見回した。

「帰る…」

 私は、うつむいて回れ右をした。

「マユ?」

 藤井の、驚いたような声が聞こえたが、何も答えず、私はいまだに残っているギャラリーの間をさっさと歩き始めた。追いかけて来る足音が聞こえ、

「いいのか? マユ?」

 …藤井の声がした。

「いいの」

 うつむいたままで答えると、強烈な自己嫌悪が襲って来る。

 …私、なんて、嫌な感じのなんだろう? 藤井、きっとあきれてるわ。

 けれど、町田を見た途端に込み上げて来た、説明しようのない不快感…胃が痛くなるようなつらさ…をどうしても押さえられなかった。

「分かったよ」

 藤井は、そう言うと黙って私の手をぎゅっと握った。涙が出そうになる。目の前のガラスの塔の淡い緑色の光が、滲むように見える。

 …その時だった。

「ナナさん! よっちゃんが行っちゃうよ!」

 例のとんでもない大声が、公園中の人に聞こえるぐらいに響き渡り、驚きのあまり今までいう事を聞かなかった私の足が、ぴたりと歩を止めた。同時に立ち止まった藤井と共に後ろを振り返ると、口に手を当て葛谷が叫んでいた。

「ほら、早くしないと、よっちゃんが帰っちゃうよ!」

 真っ赤な顔をして叫んでいる葛谷の向こう側に、ぽかんとしてこちらを見ている七瀬と、町田と、コーイチの姿が見えた。 


 白く点る街灯の下で、私と七瀬は数名のギャラリーを間に挟み、しばらく見つめ合う形になった。

「誰? 友達?」

 七瀬の横に座ったコーイチが、七瀬に口を寄せて尋ねる。その言葉に弾かれるように、七瀬はベンチから立ち上がった。

「ナナチン?」

 呼びかける町田の声にも答えず、緊張した面持ちで、おそるおそるこちらに近付いて来る。それは、まるで逃がした小鳥を捕まえようとする仕種に似て、大きく見開かれた琥珀色の瞳が「どうか逃げて行かないで」と、哀願していた。

 葛谷が、町田とコーイチが、そして、藤井までもが、立ちすくんでいる私を見つめる。皆の視線の集中攻撃を浴びながら、私は藤井の手をとった。

「行こう、藤井」

「え? でも…」

 ためらう藤井を促し、私はきびすを返した。

「待ってよ! 真由美!」

 七瀬が叫ぶ。そして、バタバタと足音を立てて私に追いつき、ぎゅっと腕をつかんだ。その痛さに顔だけを後ろに向けると、七瀬が笑顔を浮かべて私を見ていた。

「き…来てくれて…ありがとう」

 白い頬を上気させて、私に言う。

 黄色のバンダナから、染めた黒髪が流れ、僅かな潮風に揺れている。長い睫を震わせて、一心に私を見るその姿に、…なんて綺麗なコだろう?…と不覚にも見とれてしまうその思いをかき消すように、私はむりやり七瀬の腕を振りほどいた。七瀬は、あんまりだというように眉の根を寄せ

「なんでなの?」

 泣きそうな声を出した。

「もう、友達やめるっていうの?」

 答えるべき言葉を見つけられぬまま私は首を前に向けると、葬列のように重い足取りで歩きはじめた。

「マユ? いいのか?」

 藤井が、振り返り振り返りついて来る。私は黙って頷いた。

「真由美!」

 七瀬の呼び声が聞こえる。

 私は、一体何をやっているんだろう? なんで、たった一人の親友に対してこんなに冷たくなれるんだろう? まるでそんな自問自答に答えるかのように、町田綾美の冷ややかな言葉が響いた。

「ほっときなよ、あんな奴。どうせ、あたし達みたいなのがナナチンと仲良くするのが気に入らないだけなんだから」


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