エピローグ
Brilliant 100
「バッカみたいだよね…」
合わせていた手を松葉杖に戻して、七瀬が私を見た。
「偽物のダイヤのために大騒ぎするなんて…でも、真由美らしいといえば、真由美らしいか…」
頭に巻いた包帯が、痛々しい。
「うるさいな」
私は七瀬を支えていた手を放し、頬をふくらませた。
「あん時は、本気で信じていたんだから、仕方ないじゃん」
「そそっかしい…っていうか…」
七瀬は言いかけた言葉を飲み込んだ。それから、背中を向けたままで言う。
「言っとくけどさ、人を殺したいなんて思った事ぐらい、私はあんた以上に多いんだからね。真由美なんて、100回は殺してる…」
物騒な言葉に、近くで手を合わせていた家族連れがこちらを見る。
「ちょっと、やめようよ。こんなとこで、そんな話…」
私は、そう言うとおばあちゃんの眠っているお墓を見た。
「悪い悪い…」
そう言って七瀬が、松葉杖を付きながら場所を開けてくれたので、私は手にしていたやかんの水をお墓の上からかけてあげる。そして、花瓶に花を活けながら、
「けどさ…」
と言った。
「笑われるかもしれないけど、私はあの夢でばあちゃんに助けられたと思ってるんだよ…」
「だから…」
呆れたように、七瀬が言う。
「ただの夢だって! あんたの話じゃ、私もそこに居たんでしょ? でも、私、そんな列車に乗った覚えないもん…」
「覚えてないだけって事も有るじゃない」
「はあ、強情!」
七瀬が溜め息をついた。
十分にお参りした後、松葉杖をつく七瀬をフォローしながら白川霊園を後にす る。そして、そのまま、砂利道を2人でゆっくり歩いて行く。松葉杖が大きすぎて自転車
に乗せられないので、歩いて来る事にしたのだ。本当なら、もっと七瀬 の具合がよくなってから来れればよかったのだけれど、今日を逃したら、もう、 いつ来られるか
分からないから…。
3月24日。
明日、七瀬はアメリカに発つ。
入院で遅れてしまい、結局年度末を迎えてしまった。
暦の上では春というけれど、3月の風はまだ冷たい。小川の岸辺には、まだ雪が 残っている。けれど、七瀬は額に汗を浮かべながら、砂利道を必死に歩いていた。
「おばあちゃんに挨拶できてよかった」
息をきらして七瀬が言う。
「そうだね、きっとおばあちゃんも、喜んでるよ」
私は、笑顔で頷いた。
「だと嬉しいな…。真由美のおばあちゃんは、私のおばあちゃんも、同然だったし…」
「うん」
私は、もう一度頷くと、
「お母さんは、アメリカ行きの事知ってるよね?」
ずっと気になっていた事を聞いた。
「うん。でも、取り立てて何のコメントもなし。あれきり、話してないし…」
「そっか…」
意識の戻らない七瀬をつきっきりで看病していた、あの女性の後ろ姿を思い出 す。それが、どういう気持ちからの行動なのか、私には理解する事はできないけれど…。
「でも、いいよ。私にはパパがいるし、みんなも居る」
七瀬が明るく言った。
「…それに、こんな足になって分かったんだ。私はやっぱりダンスが好きなんだっ て。もう二度と踊れないんじゃないかと考えた時、気が狂いそうになった…」
「よかったね、足、ダメにならなくて…」
「うん。…アメリカは本場だし、治ったら、せいぜい勉強して来る」
それから、私達は、しばらく何も言わずに歩いて行った。並木道の桜が、もう つぼみをふくらませている。せめて、桜が咲くまで日本にいればよかったのに…。
やがて、七瀬の家についた。2階の窓が開いている。七瀬のお父さんが来ている らしい。とりあえず、玄関まで七瀬を送り届ける。
「それじゃあ、明日空港に行くから」
そう言って帰ろうとすると、七瀬の声が追いかけて来た。
「真由美…!」
「何?」
振り向いて首をかしげる。
「…委員長の事、ごめん」
「…」
藤井の名を聞くと、今でも冷静では居られない。
「…いいよ。仕方の無い事だし…」
私はうつむいて答えた。そして、挑戦的な目を七瀬に向ける。
「いつか、あんたなんかに負けないぐらい綺麗になって、後悔させてやるんだから…」
「そうか…」
七瀬が笑顔を見せた。それから、いつもの意地の悪い口調でこう言った。
「せいぜい、ストーカーって言われないように…」
「うるさい!」
それから、私達は手を振って別れた。