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NANASE  作者: 白桜 ぴぴ
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銀河鉄道の夜

 ガタン…ゴトン…


 心地よい振動が、体に伝わって来る。


 ポー…


 警笛の音が聞こえる。

 ふ…と目を開けると、私は木造の窓の桟に腕をついて顔を伏せていた。

「…?」

 顔を上げ、辺りを見回すと、そこは、列車の中だった。


 …何? ここ…?


 それはひどくレトロな感じの客室だった。飴色の床に板張りの壁。ランプがゆれる天井…。まるで、博物館かテーマパークに有るような…そう、確か子供の頃行った明治村で見かけた。そう…SL。SLの中みたいだった…。

 そして、私は、その車両の真ん中辺の灰色の椅子に座っていた。目の届く範囲には誰の姿も見当たらず、薄暗い車内はしんとしている。


 …いつの間に、こんな列車に乗ったんだろう?


 私は、頭に手を当て考えた。

 …私は確か自転車に乗っていたんじゃなかったっけ? ひどく辛くて、ひどく悲しくて…そうだ。私は病院から飛び出して、自転車で坂を下っていたんだ。その、途中で走って来る車をよけそこねて、河原に転落して…。

 けれど、いつの間に、どうしてこの列車に乗ったのかは、どうしても思い出す事ができなかった。


 ポー


 再び、警笛の音が聞こえて来る。


 ガッシュ、ガッシュ、ガッシュ、ガッシュ、


 車輪が軋む音が聞こえる。

 私は、その音に引き寄せられるように窓に近付き、外の景色を眺めた。そして、その先に広がった世界を見て思わず息を飲んだ。

 そこには、見渡す限りの星が瞬いていた。小さな星々が所狭しとひしめき合い、それは、遠くに行くにしたがい、発光色の海となり広がって行った。その海を掻き分けるように、列車は走っていく。その先頭車両の蒸気機関車の煙突からもくもくと白い煙りが上がっている。


 …銀河鉄道の夜…


 いつか藤井が貸してくれた、その小説の名を思い出す。

 私は窓に手をつき、地上を見おろした。…すると、思った通りだ。ゴトゴトと走る列車の、その下の空間にはレールも何もなく、ただ、茫漠とした宇宙空間が広がっている。それは、果てなく下へ下へと広がり、やがて頭上に迫って来るようだった。


 …そうか…私は、死んだんだ…


 あの物語の中では『銀河鉄道』は、天国へ行く列車だった。


 …じゃあ、きっと、ここに七瀬も来るはず…。


 その時には、私はすっかり、自分が魔法のダイヤに願った事も思い出していた。けれど、不思議な事に先程まで感じていた、悲しみや苦しみは無く、ただ、窓の外を流れる景色の圧倒的な美しさに心を奪われていた。しばらくそうして見ていると、窓の隅にぼうっと映る人影が現れた。


 …やっぱりね…


 七瀬に違いない。私は自分の勘の正しさに満足して頷くと、くるりと後ろを振り返った。しかし、通路を挟んだ向側の席に座っていたのは、七瀬ではなかった。けれどその人物は、十分な衝撃を私に与えた。


 そこに居たのは、死んだばあちゃんだった。

 ばあちゃんは、いつも着ていた灰色の小花模様の着物を着て、窓に寄り掛かり通り過ぎる星達を見つめていた。

「ばあちゃん…」

 私は、小さな声でばあちゃんを呼んだ。

「ばあちゃん…!」

 今度は、もう少し大きな声で呼んだ。

 ばあちゃんが驚いてこちらを振り返る。

「真由美…」

 懐かしい声だ。久しぶりに聞いたその声に、私の目からぼろぼろと涙が溢れて来る。

「ばあちゃん…!」

 私は、ばあちゃんに駆け寄ると、その膝にすがりって子供みたいにワーワー泣き声を上げた。ばあちゃんが、ごつごつした手で私の髪を撫でてくれる。

「会いたかった、会いたかった」

 私の言葉に、

「そそっかしいね、真由美は。こんなところに来たりして」

 と、ばあちゃんが答えた。

 私は涙でぐしょぐしょになった顔を上げた。

「私、死んじゃったの?」

「さあね。でも、このままここに居たら死んじゃうかも」

「そうなんだ…」

 私は、しょんぼりとうなだれた。

「もういいよ。帰れなくても。…っていうか、もう、帰りたくない…」

 投げやりに言うと、ばあちゃんが目を丸くした。でもすぐに、例のあの子供みたいな笑顔を浮かべ、からかうようにこう言う。

「また、なんか嫌な事でもあったんだろ?」

 子供の頃から、聞きなれた言葉だ。それで、私は答えた。

「…私、ばあちゃんのくれたダイヤモンドで七瀬を殺しちゃったの」

 その言葉を口にした途端、涙が溢れて来る。そして、いったん溢れ出した涙は、とどまる事無く流れ続ける。

 いつまでも泣き続ける私の頭を、ばあちゃんは何も言わずに撫でてくれた。そして、唐突に言った。

「ねえ、真由美。久しぶりに手品を見せてあげようか?」

「手品?」

 私は、顔を上げ、涙を拭った。

「ああ。よく見ててごらん」

 頷くと、ばあちゃんは、私の前に両手をひろげた。右手の中指に、あのダイヤのネックレスがぶら下がっている。

 私は驚いてコートのポケットに手を入れた。しかし、そこに入れておいたはずのネックレスがない。

 ばあちゃんは、私の前でゆらゆらとそれを揺らし、しゃらりと両手の中にそれを収め、両手を合わせたまま、胸の前で振った。そして、次に両手を離して、手をこちらに差し出した時には、驚いた事にネックレスは2つになっていた。得意げにそれらを揺らしながら、ばあちゃんは、こう、尋ねて来た。

「さあ、真由美が欲しいのは、どっち?」

「どっち…って?」

 私は、マジマジと2つを見比べた。どちらも、まったく同じダイヤモンドにしか見えないが…?

「ヒントをあげようか?」

 ばあちゃんが言う。

「右のダイヤは、生のダイヤモンド。

 左のダイヤは、死のダイヤモンド

 さあ、真由美は、どっちを選ぶ?」


 そう言われてよく見てみても、相変わらずどちらも同じようにしか見えなかった。2つのダイヤモンドは、ばあちゃんの手の中で、いつもと同じサクラの花びらのような色合いの、可憐な輝きを放っている。

 『生』と『死』…どういう意味だろう? 生きるか死ぬかを選べって事だろうか? 多分そういう事なんだろう? それが分かっても、私はどちらを選ぶ事もできなかった。

「どうしたの? 真由美、さあ、選んで」

 いつになく意地悪な顔つきで、ばあちゃんが私をせかす。それでも私は選ぶ事ができなかった。

「何で迷うの…?」

 後ろから、声がする。

「左を取ればいいじゃん…」

 驚いて振り向くと、七瀬が立っていた。しかも、それはいつもの七瀬じゃなくて、なぜか12才ぐらいの七瀬だった。

 小さな七瀬は、白のフードつきのコートの下に、チェックのスカートを履いていた。髪の毛は腰のあたりまで伸びている。

「七瀬…!」

 私は叫んだ。

「なんで、あんた、そんな格好なの?」

 間の抜けた事を聞く。

「わかんない…」

 七瀬が頬を膨らませた。

「気がついたら、この格好だったんだから仕方ないじゃん。そんなことより、早く左のダイヤを取りなよ」

「左の?」

「そうよ、あんたが、左を取れば、私も死ねるの」

 七瀬が言う。

「なんで?」

 聞き返すと、七瀬は首をすくめて答えた。

「だって、それが本物の『幸せのダイヤモンド』だもん」

 彼女の言葉をはかりかね、じっとその顔を見つめる。

「死んでもいいって事?」

 やっとそれだけ言うと、12才の七瀬が頷いた。

「いいよ。もう、疲れたもん。ママにも、コーイチにも、真由美にも見放されて、これから、ずっと一人で生きて行くなんて耐えられない。一緒に逝こうよ真由美。ここでなら、ずっと真由美と一緒にいれるでしょ?」

 それを聞いて、私は決意した。

 私は、ばあちゃんの方を振り返り、右側のダイヤを取った。その途端に、ダイヤ荷亀裂が入った。その亀裂は、私の手の平を中心に四方へ広がり、ばあちゃんも、七瀬も、星空も、こなごなの欠片になって消えて行った…。












 ガタン…ゴトン…


 どこからか、列車の走る音が聞こえる。

 目を開けると、視界の隅に、橋を渡る銀色の列車が見えた。


 顎を上げ、首を反らし、頭上を眺める。2メートル程上の闇の中に車道のガードレールが見え、等間隔に途切れている。あの、隙間から落ちたんだろう。

 私は、枯れ草の上に起き上がった。頭が痛い。どうやら脳しんとうを起こしていたようだ。立ち上がってみると、捻挫したのか、足が少し痛かったが、他はかすり傷のようだ。たいした高さから落ちたわけではなく、また、ガードレールの下が草の生えた斜面だったのが幸いしたのだろう。私は、コートについた土と、枯れ草を手で払い、横倒しになっている自転車を起こして、今、見た夢を思い返した。不思議な夢だった。…本当に夢だったんだろうか?


 それにしても、どうして私は右のダイヤを選んだろう? そう思いつつ、私はコートのポケットに手を入れた。

 指先に、じゃりっとした感触が有る。

「…?」

 ポケットから手を出すと、ピンク色のキラキラしたかけらが指について来た。

「…!?」

 私は、もう一度ポケットに手を入れ、細い鎖をつかんで引っ張り出し、目の前に掲げた。すると私の目と鼻の先で、割れたピンク色のダイヤモンドヘッドが、石の粉を身に纏いながらキラキラと輝く。


 …割れてる…。


 信じられぬ思いで、それを見る。


 …ダイヤモンドが割れるなんて…。


 有るはずがない。


 …魔法のダイヤモンドなんて…


 やはり、なかったのだ。


 ボロボロと、涙が溢れて来る。私は、砕けたダイヤモンドをもう一度ポケットに突っ込むと、自転車にまたがり、坂の上の道を目指して勢いよくペダルを踏んだ。

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