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NANASE  作者: 白桜 ぴぴ
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成就 02

「マユ…」

 ふいに、懐かしい声が聞こえた。のろのろと顔を上げると、すぐそこに真っ青な顔の藤井が立っていた。

 いつの間にここに来ていたのか…? 働かない頭で彼の名を呼ぶ。

「藤井…」

「一体何が、あったんだ?」

 手術中のランプを見上げながら彼は言った。しかし、私は何も答えずに藤井を見つめた。できる事なら藤井に駆け寄りたかった。支えて欲しかった。けれど、それは、今はもう叶わない願いだった。

 色々な思いで、頭がグチャグチャになり、ぼろぼろと涙が溢れて来る。藤井はそんな私の肩を掴み、強い力で揺さぶった。

「何で泣くんだよ? 春日、無事なんだろ? 大丈夫なんだろ?」

 私は、泣きながら首を振った。お医者様は、手術の成功率は2割に満たないと言っていた。きっと、助からない…。助からないよ。


「よっちゃん」

「マユちゃん…」


 葛谷と綾美の声が聞こえた。藤井も含めて、全員私がメールで呼んだのだ。今頃、私の母から七瀬のおばあさんへも連絡が行っているはずだ。万一を考え、七瀬に関わる全ての人を呼ぶだけの判断力は辛うじて残されていた。


「一体、何があったの?」

 葛谷が駆け寄って来る。藤井が、私の肩に置いた手を離した。

「私のせいなの」

 私は小さな声で答えた。しかし、答えた途端に、また、涙が溢れて来る。

「私が七瀬を殺したの。私のせいなの、私のせいなの…」 自分でも何を話しているのか分からなかった。ただ、うわ言のように「私が殺した、私が殺した…」と、そればかりを繰り返す。

「落ち着いてよ、マユちゃん…」

 優しい手が私の肩を包んだ。

「何があったのか、落ち着いて、ゆっくりと話して…」

 綾美が私の顔を覗き込む。いたわるようなその声に、少しだけ気持ちが落ち着く。

「…私が…私が死ねばいいと思ったから…」

 私は、しゃくり上げながら言った。

「七瀬が死ねばいいって、あのダイヤモンドに願ったりしたから…」

 綾美が眉をひそめる。

「…何を言ってるの? ダイヤモンドって何?」

「信じてくれないかもしれないけど…」

 私は涙を拭いて、コートのポケットに入れていたダイヤモンドを取り出した。

「これ…」

 3人に見せる。

「それって、マユちゃんがいつも身につけてたネックレスじゃん?」

「そう…」

 私は頷いた。

「でも、これはただのダイヤモンドじゃないの。外国の貴族の家に代々伝わっていた、魔法のダイヤモンドで、2つの力があるの。1つは身につけた人を幸せにしてくれる力。そして、もう一つは…持ち主の願いをたった一つだけ叶えてくれる力…。私…私、これに七瀬の死を願っちゃったの…」

「…」

 三人は一斉に顔を見合わせた。そして、真っ先に葛谷が脱力した。

「なあんだ、そんな事か。俺はまた、よっちゃんがナナさんを車道に突き飛ばしたのかと…」

 綾美も、半ば困ったような笑みを浮かべて言う。

「マユちゃん、いくらなんでもそれは無いよ。魔法のダイヤなんて…」

「信じられないのは、分かってるよ…」

 私は叫んだ。

「でも、これは本物なの。だって、現にこれをつけだしてすぐに藤井に告白されたし、これを無くした夜に…」

 そこでいったん言葉を止め、

「藤井は七瀬を選んだ…」

 葛谷と綾美が息を飲む。藤井が、この上なく居心地の悪そうな顔をする。

「それも…偶然だと思うよ…」

 綾美が遠慮がちに言う。

「偶然じゃ無いよ」

 私はコートのポケットにネックレスを入れて答えた。

「じゃなきゃ、藤井が私なんかに告白するわけが無いもん…」

「はあ?」

 葛谷が首を傾げた。

「分かってるんだから。私なんて、七瀬と比べたら…」

「何言ってるんだよ?」

 なぜか葛谷が怒る。

「藤井、なんとか言ってやれよ。お前、『魔法の力』でよっちゃんと付き合ってたわけ?」

「…まさか…」

 藤井が首を振った。そして、

「お前、俺の事、ずっとそんな風に思ってたんだ」

 と、呟いた。

 バカなのは分かってる。17才にもなって、魔法なんか信じるなんて…。葛谷達も呆れているに違いない。しかし、彼等に何と言われようが、私は、もうダイヤモンドの魔力を疑う事ができなかった。

 やがて、みんな諦めたのか、黙りこくってしまった。私も、元のベンチに戻り先程と同じように祈るような姿勢で手術の終わりを待った。

 しかし、さらに時間が過ぎても、銀色の扉が開かれる事は無かった。


 どれぐらいたった頃だろう?

 突然、慌ただしい足音と共に七瀬の祖母が現れた。髪を黒く染め、大きな花のプリントされたブラウスを着て、真直ぐに背筋を伸ばし、青ざめた顔で私達の前に駆け寄って来た。

 そして、もう一人…七瀬の祖母の後ろから、セミロングの美しい女性が現れた。

 私は、その顔を見て思わず立ち上がった。

 何故なら、そこに立っていたのは、長い間七瀬にすら姿を見せる事のなかった

『あの女性ひと』だったからだ…。

その女性ひとの顔を見て、葛谷も、綾美も、藤井も…息を飲んだ。七瀬とそっくりの美しい顔立ちが、彼女が誰なのかをはっきりと告げていたからである。

 綾美が呟いた。

「ナナチンのお母さん?」


 彼女は、無表情に私に近付いて来ると、七瀬の容態と事故の全貌を尋ねて来た。


 …今さら…


 そう、思いながらも、機械的に口を動かす。

「初め、七瀬は私と、駅前で言い争っていたんです。私は彼女を振り払い、車道を横断しました。その時七瀬も私を追いかけて、車道を横断しようとしたんです。ところが、走って来たワゴン車にぶつかって…。体の怪我もですが、頭を強く打ったみたいで、緊急手術をしてるんですが、助かる見込みは…」

 そこまで言って、次の言葉が出て来なくなる。

「助かる見込みは…」

 もう一度、振り絞るように声を出してみたが、やはりその先は続けられず、かわりに涙ばかりが溢れ出して来た。

「もう、いいよ。マユ。後は俺が…」

 藤井の声がした。その時、

「どうして…」

 私は、全く思いもよらぬ言葉を口にしていた。

「どうして、今さら顔を出すんですか? 今まで、七瀬をずっとほっておいたくせに」

 彼女が、能面みたいな顔を私に向けた。私は泣きながら、言葉を続けた。

「ここに居る資格無いです、あなたには…あなたには…」

 刹那、彼女が僅かに眉を震わせた。


 …苦しみ…


 それが伝わって来た時、何故か彼女の顔が自分自身の顔に見えて来て、


 …私に、この女性を攻める資格があるんだろうか? 今、七瀬を殺そうとしているのは、他でも無い私なのに…。


 突然、強い吐き気が襲って来る。

 私は口を抑え、体を前に折り曲げた。

「よっちゃん?」

「マユちゃん?」


 葛谷達の声が聞こえたが…。

 次の瞬間、苦しみから逃れようと、私は、その場から駆け出していた。

 病院の正面出口から飛び出した時、やっと吐き気がおさまった。駐車場を横切り薄暗い自転車置き場に向かう。

「待ってよ、よっちゃん」

 自転車の鍵を外していると、後ろから葛谷の声がした。

「どこに行くんだよ? こんな時に?」

 それ程離れたところに立っているわけでもない葛谷の声が、何故かやけに遠くに聞こえた。私は、自転車にまたがり答える。

「帰る。あそこに居たって、どうせ七瀬は死ぬんだから…!」

 そう言ってペダルを踏み、葛谷の脇をすり抜けて行った。

「この世に、魔法なんかないよ」

 葛谷が追いかけて来る。

「ナナさんが、事故にあったのは不幸な偶然だし、藤井がよっちゃんを好きになったのもペンダントの力なんかじゃない…! 本当によっちゃんが好きだったから…」

 しかし、必死でペダルをこぐ私の耳からその声はだんだん遠ざかって行った。そして、いつか私は、何もない闇の中を猛スピードで走っていた。ひゅうひゅうと行き過ぎる風が、ナイフみたいに頬を打つ。


 …死ぬ。七瀬は死ぬ。


 呪文みたいに繰り返す。


 …私のせいで…私のせいで、七瀬は死ぬんだ…


 再び強烈な吐き気が襲って来る。それから、逃れようと、闇の中、ペダルを踏み続ける。けれど私には分かっていた。この闇から逃れる事なんてできないって事を…。それでも私は、足掻くようにペダルを踏み続けた。


 遠くに、2つの小さな光が見えて来る。金色の目のようなその光は、見る見るうちにこちらに近付いて来た。それは、車のヘッドライトだった。


 …いっそ、あれにぶつかってしまえば、この闇から抜けだせるかもしれない。


 私は、招き寄せられるように、2つの光にふらふらと近付いて行った。


 ブブー!


 クラクションが鳴る。その音が、私の頭を覆っていた靄を吹き飛ばす。


 …怖い!


 とっさに、ハンドルを切る。ギリギリの所で、衝突は避けられた。しかし、ほっと胸をなでおろす間もなく、前輪が宙に浮くのを感じる。

 私はすっかり忘れていた。そこが、急カーブになっていた事を。

 足場を失い、自転車は勢いよく前に倒れた。そして、私は、引きずり込まれるように、闇の中に堕ちて行った…。



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