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NANASE  作者: 白桜 ぴぴ
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闇を行く列車

 闇の中を銀色の列車は走る。

 既に11時を過ぎ、会場から返る人の姿もまばらなその列車の3両目の窓際の席に座り、私はガラス越しの闇夜を見ていた。

 向かい側にはメグと紗知。通路を挟んだ横には葛谷と藤井。七瀬と綾美だけが、まるで私達を拒否するかのように、遠く離れた扉の脇の横向きの席に座っている。

 コンサート疲れのせいか、それともあまりにも深刻な話を聞かされたためか、みんな極端に口数が減っている。その静けさの中、窓に映る自分の顔を見ながら、私は今さっきシノブから聞いた事について自分なりにあれこれと考えを巡らしていた。しかし考えれば考える程釈然としない思いが込み上げて来て、それが一体何なのか心の内で問いただしてみるが、容易に答を導き出す事はできなかった…。そうしているうちに、ガタガタと揺れる列車のリズムに引き込まれるように、うとうとと眠りに落ちて行きそうになる。ところが、紗知の声がそんな私を引き留めた。

「ねえ、コーイチさんていう人は…、一体どういう知り合いなの?」

 窓から顔を上げて紗知を見ると、彼女はとても聞きずらそうな顔で私を見ていた。

 彼女の立場からすれば、当然沸き上がる疑問だろう。しかし、私達が『それ』を話したがらない事も彼女は察しているようだった。それでこんな遠慮がちな問いかけになるのだろう。確かに私達は全てを隠し通すつもりでいたのだが…。

 …言っちゃだめかな? …通路越しの藤井を見る。私の視線に気付くと、藤井は眉をしかめ僅かに首を振った。やっぱり言うなってことらしい。でも、今更隠す事に意味があるのかな…? あんな話まで聞かれてさ。隠せば隠す程、ありもしないことで怪しまれるような気がして、藤井の決断に逡巡していると、

「コーイチさんは、元Invisible Hunterのチームリーダーで、ナナさんのダンスの師匠」

 藤井の正面に座ってた葛谷があっさりと口を割った。

「おい…」

 藤井は非難するように葛谷を見た。対する葛谷は、悪びれもせず「なんだよ」と答える。

「口軽いぞ、お前」

「いいじゃん。コーイチさんにダンス習ってた事自体は別に悪い事じゃ無いだろう? いい機会だから、前野達にもこの際全部聞いてもらおうぜ」

「でも、春日は知られたくないんじゃないのか」

「あんな話まで聞かれて、今更隠す事も無いんじゃねえの? それより、一人でも理解者増やす方がナナさんの為だと俺は思うけど?」

 まるで、自分の胸の内を代弁するかのような葛谷の言葉に…その通りだよ…と私は深く頷いた。しかし、藤井的にはどうしても納得がいかないらしい。もしかすると、彼にとっては、何よりも七瀬の意志を尊重する事の方が大事なのかもしれない…。なんか、そう考えると面白く無い。

 と、その時、

「ねえ、私、インビジブルって知ってるよ」

 突然、メグがかん高い声で言った。驚いてそちらを見ると、彼女は興奮気味に頬を紅潮させ、そして目を輝かせて言葉を続けた。

「コーイチって、もしかして細井浩一でしょ?」

 コーイチの本名を言い当てたメグに葛谷が意外そうな顔を向ける。

「何で知ってるの? もしかして澤村もダンスファンとか?」

「違うけど…去年行った某アーティストのライブにも出てて、あの人だけすごく目立ってたからネットで調べたの。だから、私はダンスファンっていうより、コーイチ自体のファンって言った方がいいかな。…それにしても、あの人にダンスを習ってたって事は…もしかして、春日さんもプロだったりするわけ?」

 そう言って、メグは憧れとも嫉妬ともつかない複雑な表情を浮かべた。

「違うよ…」

 こんな事で、またやっかまれちゃ叶わないと、私は慌てて首を振る。

「プロ志望なのは確かだけど…」

「でも、いつかプロになるだろうな」

 葛谷が口を挟んで来た。そして、また大げさに七瀬を褒めたたえる。

「とにかく、ナナさんのダンスは凄いから。下手なプロよりは絶対上手いって。この間のオーディションだって、怪我さえしてなきゃ通ってはずなんだ…」

「オーデション?」

 メグがまた目を輝かせた。

「そんなの受けてたんだ…! いつ?」

 芸能界への憧れが強いメグにとって『オーディション』という言葉は夢の世界へと続く魔法の扉を示している。しかし、自分がその扉を開ける鍵を持っていない事を、彼女は哀れな程自覚していた。それだけに、身近な人間がその扉に触れる程でも手をかけたと知って興奮を隠せないのだろう。

「うん。この夏休みにね」

 私が答えると、

「夏休みにオーディションを受けたってことは…」

 メグと違って芸能界にさほどの憧れを持っていない紗知が、淡白な表情で話に入って来た。むしろ、紗知はメグとは別な事に興味が合ったようで、

「怪我さえしてなきゃって…もしかして、階段から突き落とされた時のあの怪我の事?」

 ポイントを付いて来る。その言葉でメグがはっと表情を変えた。

「そうだよ」

 と、頷く。

「じゃあ、その足でオーディションに出たって事?」

「うん」

「でも、彼女始業式の日も足に包帯巻いてたじゃん…」

 そう言って紗知は、ふいっと首を動かしドアの所でうなだれている七瀬の方を見た。そして、そのままの体勢で誰にともなく尋ねる。

「そこまでして出なきゃいけないオーディションだったの…?」

「…ああ。あいつにとってはね」

 怒ったように藤井が答える。すかさず葛谷が口を開いた。

「ナナさんは、コーイチさんが新しく作るチームにどうしても入りたかったんだ…それで怪我した足を引きずって、痛みをこらえつつ、泣きながら毎晩ダンスの練習してたんだ。俺達も付き合ったんだよな。よっちゃん」

 ちょっとばかり大げさな葛谷の説明に、メグの表情が見る見る変わって来る。一方、紗知は割と冷静な表情で、私の方に向き直った。

「でも、なんでそこまで…?」

「…それだけ、七瀬にとってコーイチさんの存在が大きいって事じゃないかな?」

 私が答えると、

「それって、つまり…」

 そこまで言って、紗知は言葉を区切った。それから、まるで、私の気持ちを読み取るように、じっとこちらを見ていたが、やがて、泣きそうな顔で視線を逸らした。もしかして、七瀬がコーイチに寄せる思いに気付いたのかもしれない。

 ふいに、メグが…紗知と同じように泣きそうな目をして…小さな声でつぶやいた。

「…そんなこと、全然知らなかったもん…」

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