LIVE 03
関係者出入り口から出て来たメンバーを見て紗知とメグは少なからず驚いたようだ。しかしそれについては多くは語らず、また、葛谷も藤井も彼女達がいる事に対して何も言わず…唯一綾美だけが非難するように私を見たが…七瀬はうつむいたきり顔を上げようともせず、そして、私達7人はシノブの後をついて、ドームと駅の真ん中あたりに位置する噴水の有る公園に行った。そして、そこでシノブから聞かされたのは、予想もしなかった深刻な事実だった。
結論から言えば、コーイチは結成したばかりのダンスチーム『リバース』のチームリーダーを降ろされた。降ろされただけでなく、チーム自体から外されたらしい。それで、今日のステージに出てこなかったわけだ。
「俺も昨日突然聞かされてさ…まだ混乱してるんだ」
丸い噴水の水盤の縁に腰掛けてシノブが言った。噴水を囲む芝生の領域に立ち、私はシノブの言葉に呆然とする。
「うそでしょ? あんなにうまい人が?」
私は全然ダンスに詳しくない。でも、たった2回しか見ていないにもかかわらず…コーイチのダンスの凄さはしっかりと分かっている…つもりだった。
「おかしいと思うだろ? あんなスゲェ人が降ろされるなんてさ」
斜め前の葛谷が振り返る。
「けど外された理由を聞いてごらん。もっと信じられねえから」
どうやら、控え室にいた4人は既に理由を聞かされているようだ。
「…一体何があったんですか?」
葛谷に促されるままシノブに尋ねてみると、彼は、まるで話す事が苦痛みたいに長い間ためらった後、
「MDMAって知ってる?」
と、ようやく口を開いた。
「MDMA?」
その、聞きなれない言葉をオウム返しにする。
「…なんですか? それ」
しかし、私の問いかけにシノブは答えようとしなかった。それでしばらくは流れ落ちる水の音ばかりがザーザーと響いた。
「クスリだよ」
沈黙に耐えかねたのか葛谷が答える。
「クスリ?」
何の事だかよく分からず、眉をひそめ首をかしげると、
「もしかして…麻薬の事じゃないかな?」
やんわりと紗知がフォローしてきた。
振り返り、芝生に置かれた大きな石の上に腰掛けている彼女を見る。紗知の隣にはメグが座っていて、このやりとりについていけないらしく、不安げに目をきょろきょろと泳がせている。
「麻薬?」
聞き返すと、紗知は「うん」と頷いた。
「前にニュースでやってたよ。錠剤みたいなやつで、どこかの高校の生徒の間で広まってたって…。その子達みんなクラブで入手したんだって。でも、何で今そんな話が出て来るの? 一体あんた達4人で隠れて何をしてたの? まさか危ない事とかしてないよね…」
紗知が怪しむのも仕方がない。彼女は七瀬とコーイチにまつわる出来事を何も知らないのだから。…しかし、紗知の言葉に答えようともせず、私はシノブに向き直った。
「…それを、コーイチさんが使ってたっていうんですか?」
シノブは首を振る。
「…違う。売ったっていうんだ…」
「…」
私は目の前のシノブの顔をマジマジと見た。水盤の床から照らされる光を受け、ただでさえ色白な彼の顔が、透き通る程蒼白く見える。
「な。馬鹿馬鹿しくて笑っちゃうだろ? ありえねえよ、そんなん」
吐き捨てるような葛谷の言葉に、シノブが冷静に答える。
「でも、アイツから買ったっていう子が現にいるらしいんだ」
「嘘でしょ?」
反射的に私が返すと
「嘘に決まってるじゃん」
と、思わぬ方向から返事が返って来た。声のした方向を見ると七瀬だ。シノブから少し離れた、駅側の水盤の縁に綾美に支えられるように腰掛けて真っ赤な目でこちらを見ている。
「コーイチ、そういうの誰よりも嫌ってたもん。ずっと一緒にいた私が一番よく知ってるよ…シノブだってそれくらい分かってるでしょ? どうしてコーイチを信じないの?」
声のトーンは抑えていたけど、押さえ切れない怒りの噴出みたいに肩が震えている。これでも落ち着いた方なんだろう。コーイチを師匠と呼び敬愛していた七瀬にとって、これ以上残酷なニュースはないんじゃないだろうか? 控え室でパニックを起こしたという彼女を悼むように私は見つめた。
「俺だって、信じたくないよ、ナナちゃん。なんかの間違いだったらいいと思ってる…でも…」
弱々しいシノブの言葉を、藤井の声が遮った。
「それで、コーイチさんはどうなるんですか? 逮捕されるんですか?」
彼は七瀬とシノブの真ん中あたり。葛谷より若干北寄りに立ち、さっきからずっと前を見つめていた。私の方から顔は見えないが、声はいたって冷静である。すると、シノブがなんだか言いにくそうに答えた。
「逮捕はないらしいよ。社長が何とかしたらしいから…」
…何とか? 何とかってなんだろう…?
「でも、噂が広まり過ぎてね、マスコミにまで知られちゃったらしいから、この先の『リバース』のためにもコーイチさんを外した方が良いだろうっていう社長の判断なんだ…」
気のせいかもしれないが、なんだか、とても歯切れの悪い返事に思えた。
「逮捕が何とかできるのに、それは『何とか』できないんですか?」
藤井が聞きにくい事をずばりと聞く。シノブはその質問に一瞬怯んだようだったが、すぐに穏やかなペースを取り戻し、
「うちの社長が元々そういうことの大嫌いな人だから仕方ないよ…。それに、アイツ、結局今の社長ともやり方が合わなかったんだ…」
と、答えた。そして、
「前回と同じパターンの繰り返しだ」
と、溜め息をつく。
前回…? そういえば、前に契約を結んでいた会社の社長とも喧嘩をしてチームを抜けたとか言っていたのを思い出す。
藤井はシノブに息をつく暇を与えなかった。
「要するに、社長に嫌われたって事ですか?」
と、矢継ぎ早に質問を浴びせる。
「…ああ。まあ、そういう事かな…」
シノブはそう答えると、まるでそれ以上の質問はやめてくれとでも言うかのように両手で顔を覆い俯いた。それから再び沈黙が流れる。
「けど、本当に変な話だよな」
葛谷が大声で叫んだ。
「だって、おかしいじゃないですか。もし、コーイチさんが本当にそんな人なら、俺達にだって何かアクション起こして来るはず。でも、俺達、誰も、あの人から何も売られてないだろ? 誰かクスリ買った奴いるか?」
葛谷の言葉に皆一様に無言で首を振った。
「…それにしても、これからコーイチさんどうなるんだろう? もう、ダンスを踊れないのかな?」
ぽつりと私が呟くと、
「…それは…」
と、シノブが声を詰まらせた。
「…もしかして、そういうことになるかもしれない。…ごめん。これ以上の事は俺にもなんとも言えないし、分からないんだ。クスリを売ってたのか、売ってなかったのかも…本当の所はコーイチにしか分からないんだよ」
「…絶対に信じない」
七瀬の涙声が聞こえて来る。そして彼女は「信じない、信じない」と、そればかりを繰り返して泣きじゃくった…。