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NANASE  作者: 白桜 ぴぴ
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LIVE 02

 突然、舞台前方から幾筋もの紫のスモークが上がった。同時に舞台が明るくなり、聞き慣れた明るい音楽にのせてALIVEの5人が現れた。

 場内に歓声が上がりFANが一斉に立ち上がる。


  暗いニュースばかりが 聞こえて来るこの世界で

  情報の波に飲み込まれる事のないよう 前を見て歩こう

  今いるその場所の 大地をしっかりと踏みしめ

  今まで誰かがくれた優しさを 決して忘れないで


 「Your place」春の人気ドラマ「愛の翼」の主題歌になった曲である。


 1曲歌い終ると、リーダーの純を中心にトークが始まった。プロフィールによると18才。黒髪で精悍な顔立ちの彼の横顔がステージ上のスクリーンに映し出される。私は、もしやコーイチとシノブの顔が映らないかと目を凝らしてみたが、残念ながら今ステージ上にいるのは、ALIVEの5人とバンドの人達だけで、ダンサーの姿は見当たらない。

 …しまった、どの歌で出て来るのか聞いておくんだった。…後悔しつつ、彼等のトークに耳を傾ける。

 ひとしきり話を終えると、彼等はまた歌い始めた。次々にヒット曲が続いていく。

 しばらくは、明るめなラブソングや、気楽な青春を謳歌するような曲が続いた。それが、ある瞬間、突然マイナーなメロディに変わる。それはR&Bのメロディー。腰に響くような低いリズムに合わせ、彼等は巧みに踊りつつ歌う。…そして、そこに2人のダンサーが現れた。その片方は遠目にもすぐ分かる。シノブだ。そして、もう一人の長髪のダンサーは…、

 …コーイチさんだ!

 私は思わず身構えた。そして、スクリーンに映るのなんか待っていられないと、鞄に入れていたオペラグラスを手に取り覗き込んだ。…ところが。

 オペグラスの向こう側のどこを探してもコーイチは居ない。シノブの脇で踊る長髪のダンサーは確かにコーイチに似ていたし、…どこかで見た覚えもあったけれど…、それはまったくの別人だった。

 オペラグラスを目から離し、あれは誰だったかとしばらく考える。そして、唐突に思い出す。そうだ。あれは、あのオーディションの最終審査で見た顔だ。…名前は思い出せないけど、あの人受かったんだ…!

 それにしても、シノブとコーイチが出ると聞いて、やみくもに2人だけしか出ないと思っていた。まさかチームに入って2ヵ月の新メンバーが出て来るなんて…。この分だとレイナも現れるかもしれない。嫌な予感を抱きつつ、再びオペラグラスを手に取る。

 …それにしても、コーイチはいつ出て来るんだろう? もう歌が終ってしまう。もしかしてこの歌じゃないんだろうか?

 本当に、どの曲で出て来るのか聞いておけばよかった…。

 やがて曲が終り、今度はラップ調の歌が始まった。シノブも、もう一人の彼もそのまま踊り続けていたが、さらに曲が変わり他のダンサー達が現れても、ついにコーイチが姿を現すことはなかった。

 そして、熱狂的なアンコールの中、私一人がおいてきぼりにされた気分のままコンサートは終り、にわかに場内が明るくなった。


 公演が終ってから外に出るまでが、また一苦労だった。何しろ、ドーム内には一万人からの人がいるのだ。

 出口に人が殺到しないよう、スタッフの誘導があった。まずは、アリーナ席の人達が出ていくように放送での指示が入る。一斉に立ち上がる一階の人達を眺めながら、心の中ではずっとこんな疑問を繰り返していた。

 …何で、コーイチさん出て来なかったんだろう? 体でも壊したのかな…?

 出口へ向かう人達の中に、七瀬達も居るはずだ。…藤井の話によれば、彼等は前から2列めの席だったらしい。…七瀬はコーイチが出ない事を知ってたんだろうか…?

 しかし、いつまでもコーイチの事ばかり考えているわけにもいかなかった。なぜなら、今日の帰りは藤井との約束…秘密のデートをする事になっていたから…メグと紗知にうまい事言って抜け出さなくちゃいけないのだ。実は、まだ何も2人には伝えていなかった。

 さて、どうやって、藤井の名前を隠して別行動をとろう…? 私は考えを巡らせた。が、なかなかこれといったアイディアが浮かばない。と、いうのも、興奮してひっきりなしに喋るメグの相手をしていて考えている余裕がなかったからだ。そうこうしてるうちに、放送で私達も移動するよう支持される。その時既に公演が終って15分は経過していたけれど、人の波にもみくちゃにされながら、やっと会場の外に出た時にはそれからさらに20分も過ぎていた。会場の外に出ても、うんざりする程人の列は続いており、おそらくそれが駅までまっすぐに続いている筈だ。

「凄いね。これだけの人がみんな電車に乗るのかな?」

 紗知が嫌そうな顔で呟いた。

「本当。これは混むよね…」

 メグも、うんざり気味に呟く。

「少し、遅らせた方がいいんじゃい?」

 そう言って紗知が私の顔を覗き込んで来たが、私はすっかり答えるのを忘れていた。なぜなら、どうやって抜け出そう? どう説明しよう…と、そればかり考えていたからだ。

「マーユ!」

 紗知がげんこつでぼーっとしている私の頬を押す。それで、我に返ったその時、携帯が鳴った。

 慌てて鞄から携帯を出して開けてみると、案の定藤井からの着信になっている。彼は七瀬達と別れて、既にどこかで待っているのかもしれない。あせって携帯に出る。

「もしもし、ごめん。どこに居る?」

 メグと紗知が不思議そうに私を見た。

 …あーあ。変に思ってる。うまく説明しなくちゃ。

 横目で彼女らを見ながら、そんな事を考えてると、携帯の向こうで藤井が何か言った。…が、電波が悪いのか、途切れ途切れでよく聞こえない。

「…え? 何ですって? 聞こえない」

 私は大きな声で聞き返した。すると、藤井がまた何かを叫ぶ。

『…がが…すが……って…へん………には………ない…』

よく分からないが、焦っている感じが伝わって来た。

「何? 全然聞こえないよ。今、どこにいるの?」

 すると、また藤井が叫んだ。その時、たった一つの言葉だけがはっきりと聞こえて来た。

『…すが…春日………で…』

 春日…? 

「春日…? 七瀬? 七瀬がどうしたの?」

 メグや紗知がそこにいる事も忘れて思わず叫んだ時、急に音がクリアになり藤井の声がはっきりと耳に届いた。

 …そして、その言葉を聞いて私は少なからずショックを受けた。


『春日が泣いちゃって大変なことになってるんだ。だから、今、あいつから離れるわけにはいかない…』

 突然クリアになった携帯の向こう側から聞こえたのは、そんな藤井の言葉だった。

『だから、悪いけど、今日はお前、三浦達と一緒に帰ってくれないか? 埋め合わせはいつかするから…』

 それを聞いて反射的に私が返した言葉は、

「嫌…!」

 だった。

 何が起こったか知らないが、藤井が私より七瀬を優先することが許せなかったのだ。我ながら幼稚だとも思ったが、どうしようもなかった。

「私もそっちに行く。今、どこにいるの?」

『どこって…シノブさんの控え室だけど…』

「分かった。すぐ行くから待ってて…」

『すぐって…、おい、マユ無理だよ…』

 何か言い続けている藤井を無視して携帯を切ると、私は紗知とメグに向かって、

「ごめん。私ちょっと行かなくちゃいけない所があるから、紗知とメグは先に帰ってて」

 と言い放ち、「はぁ?」って顔をしている紗知やメグを置き去りにしてさっさと行列を抜け出した。

 鞄の中では携帯が鳴り続けている。おそらく藤井だろうけど、確認しようともせずに走った。しかし、この広い会場で関係者の控え室を探し当てるなんて考えてみれば無謀な話で、ドームの周りをぐるっと一周し、誘導しているスタッフを捕まえては場所を聞いたけれど、一ファンでしかない私に教えてくれるはずもなく途方にくれる。それでも諦めずに走り続け、最後に辿り着いたのは、さっきメグが七瀬を見つけたと言っていた南ゲート前の階段だった。

 迷いつつ、幅広の階段を降りて行く。しかしこの選択は正しかったようで、しばらくそのまま降り踊り場にさしかかると、手すり越しに数名の少女がたむろしているのが見えた。踊り場を過ぎさらに降りて行くと、コスプレまがいの派手なファッションに身を包んだ彼女達の向こう側にある凹型の壁の奥に、大きな扉とその脇にかかっている『関係者出入り口』と書かれた看板の文字が見えて来た。


…あそこだ…!


 しかし、見るなり駆け出そうとした私を「マユ」と誰かが呼び止めた。ふいをつかれて振り返ると、踊り場の次のステップから私の事を見下ろしている紗知と、踊り場の手すりにもたれるメグの姿があった。2人とも肩で息をしている。

「あれって、追っかけの子達だよね」

 紗知が、下に居る少女達を見ながらメグに話しかける。

「うん。見るからにそうだね…で、マユもそうだったわけ?」

 怪しむようにメグが私を見下ろす。私は首を振った。

「…違うよ…それより、どうして2人ともここに居るの…?」

「心配だから、追っかけて来たんじゃん」

 メグが怒ったように答える。

「…そうだよ…どうしたの? 急に走り出すなんて変だよ。マユ…」

 紗知が軽く相づちをうち、それから声をひそめて聞いて来た。

「…春日さんに何かあったの? っていうか、春日さんやっぱりここに居たんだね…」

 紗知の言葉を聞いたとたん、頭に昇っていた血がさーっと引いて、そして、

「うん、いるの。ごめんね。別に隠すつもりはなかったんだけど…」

 と、思わず謝る。

「別にそれはいいんだけどさ…」

 メグがふてくされたように答え、

「けど、なんで『ここ』なわけ?」

 と、追っかけの女の子達を見る。

「それは…」

 私は言い淀んだ。しかし、ここまで来たら正直に話すしかあるまいと覚悟を決める。

「七瀬が、あの扉の向こうにいるから…それで…」

 思いきってそういうと、メグと紗知の表情が見る見る変わった。

「春日さんが、関係者出入り口を通れたって言う事? なんで? まさかALIVEの知り合いとか?」

 メグが興奮気味に聞いて来る。

「違う、違う」

 私は慌てて首を振った。

「あの子はバックダンサーの人と知り合いなの。そのツテで中に入ったんだと思うよ…それで、よく事情は分からないんだけど、何かトラブルがあって…中でパニック起こしているらしいの…」

 喋ってるうちに次第に冷静になって来る。そして、…七瀬はなんで泣いたりしたんだろう? コーイチさんが舞台に出て来なかった事と関係あるんだろうか? おそらくそうだろう…などと、考える余裕が少しだけ出て来た。…そうだ、なんで、コーイチさんは出て来なかったんだろう? なにかよくない事が起きたんだろうか? …まさか、死…?! まさか…!

 不吉な想像に辿り着いたその時、

「…そういう事か。少しだけ分かった…」

 紗知が溜め息混じりに言った。

「けど、マユは、その…ツテとかあるの? じゃなきゃ、あんたがあの扉をくぐるのは無理だと思うよ」

「…だね」

 その頃にはすっかりいつもの自分を取り戻し、私は素直に頷いた。そして、階段に腰を降ろすと、

「ここでしばらく待つよ」

 と、頑丈に閉じられた扉を眺める。

「分かった」

 紗知はそう言って、私の隣に同じように腰を降ろす。メグもゆっくりと階段を降りて来て、私達の後ろにそっと座った。


 …一緒に待っててくれるんだ…


 ちょっと嬉しくなる。ところが、紗知がぽつりとこんなことを言った。

「私達も待っていいよね…」

 その言葉の意味を計りかね、私は隣の紗知の顔を見た。しかし、問いかけようと口を開くより先にピリピリと携帯が鳴る。鞄を覗くと藤井からだった。

『ああ! マユ。どこにいるんだよ? さっきから何度も電話してるのに…』

 携帯の向こうで藤井が怒っている。

「ごめん。控え室への入り口探してたんだ。…今、南ゲート前の関係者出入り口前にいるよ」

『そっか…』

 藤井はちょっと言葉をやわらげた。

「…それで、七瀬は?」

 その言葉に紗知がちらりと私を見る。

『大分落ち着いたけど…』

「コーイチさんが原因なの?」

『ああ…ちょっとそこで待ってて。今、そこに行くから。出てから説明する…』

「分かった」

 私は頷くと携帯を閉じた。


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