LIVE 01
クリスタルパークのある『碧南駅』からさらに海沿いに3駅程ゆられると、青い海をバックに横たわる白いドームが見えて来る。混み合った車内から光る海と丸いドームを眺めているうちに、私達の話す声も知らず知らず弾んでいった。
9月23日。秋晴れの今日。ALIVEのコンサートの当日。色々気まずい事もあったが、予定通り、私は紗知やメグとともにコンサート会場に向かっていた。
白いドームの前を通り過ぎると、電車は緩やかに速度を落とし、やがてすべるように『海浜公園ドーム前駅』のホームへと入って行く。
ドーム誕生とほぼ同時期に建設された駅のホームはまだ真新しく、波とカモメが描かれた壁の切れた所から紺碧の海が見えている。白いホームから緩やかに昇るエスカレーターに乗ると、海はゆっくりとその全貌をあきらかにして行った。私達は、同じ方向に進む同じ年頃の少女達に混じり、煌めく青い海を見つめた。
やがてエスカレーターで昇りきると、正面の改札の向こうに出口が見えて来る。高い天井のコンコースをまっすぐに進み、日射しが反射する鋪道に出る。道はすぐに左に折れて、そのまま目的地…今日のコンサートの会場である『シーサイド・ドーム』へと続いている。
道なりに3分程歩くと、北ゲート側に辿り着く。そこからすぐにドーム内に入る事も出来たが、まだまだ、時間に余裕があるし、まずはドームの外で売っているグッズ類を見に行こうということで話がまとまった。
グッズ販売は、会場を囲む広い敷地内の数カ所にテントを張って行われていた。そのいずれにも恐ろしく長い列ができていて、私達はさんざん歩いたあげく一番人の少なそうな西側ゲート前の列に並ぶ事にした。それでも、1時間は並びそうな具合だ。デビューして1年たったかたたないかで、ここまで人を集めるとは…凄いグループである…。
「暑い~」
メグは、そう叫んで近くの手すりにもたれると、紺のボストンバッグからALIVE のメンバーが写っているうちわを出して、パタパタと煽ぎはじめた。…確かに、秋だというのに妙に暑い。幸い潮風が流れる汗を拭ってはくれるものの、それでも追付かないぐらいに太陽が燦々と降り注いでいる。
「あー。もうダメ!」
メグは悲鳴を上げると、二つに括ったくせっ毛の生え際を力強く煽いだ。ちなみに、今日の彼女は、ボーダーのシャツの上にノースリーブのデニムのジャケット、白のミニスカに、黒のスパッツを履いている。紗知は、レモン色の裾の長いタンクトップの下に茶色のショートパンツ。腰の低い所で、黄色のゼリーベルトをしている。そして、私は、黒のタンクトップの上にお気に入りのピンクのロングTシャツ、Gパンというスタイルだ。紗知達と一緒にいる方が、七瀬や綾美と一緒にいるより、馴染みのいい自分を感じる。…そういえば、七瀬達はもう来てるのかな…?
そんな事を考えた時、タイミングよくメグが叫んだ。
「あれ…? 春日さんじゃない?」
「へ?」
紗知が飲みかけたペットボトルから口を離した。
「ほら、あの階段の所」
メグが、そう言って南ゲートの近くにある階段を指差す。私達はその辺りを見た。しかし、遠い上に、やけに人通りが多くて、私にはそれらしき人の姿を見る事はできなかった。紗知も同様だったようで、
「居ないよ」
と言う。
「居るってば。ほら、あそこ…」
メグがムキになって同じ方向を指でさす。しかし、やはり、私達には見つける事ができず、焦れたメグは立ち上がり、一歩前に出てその場所を示そうとした。…が、
「ほら…あそこだって…あれ? 居ない…」
彼女も見失ったようだ。
「メグ、春日さんノイローゼじゃない?」
紗知がからかう。
「なによそれ…」
メグが紗知を睨んだ。
「いつも、春日さんの事意識してるから、幻を見たんじゃない…? 大体彼女が ALIVEのコンサートに来るとは思えないな」
そうとも決めつけられないけど…と、私は心の中で呟く。
「意識なんかしてないよ…」
メグが言い返すと、
「してるって」
紗知が笑った。
「いまだに、苦手意識あるんでしょ? ダンス教室に参加してもさ」
「紗知…やめなよ」
私は、紗知をたしなめた。あまり、その話題に触れたくなかったからだ。
「苦手意識なんてないって…前程は…」
メグが憮然とした顔で答える。紗知は私の様子などお構い無しで意地悪な質問を重ねた。
「少しは彼女への印象変わった? …すごく苦手がってたもんね…」
「少しはね。…ダンスの教え方も親切だし、思ってた程自己中でもないみたい…だからって友達にはなれないけど…」
『友達にはなれない』という言葉に力を込めて、メグはちらりと私を見た。友達になって欲しいとまで思ってないよ…。私は内心そう思う。そして、
「でも、メグ達が参加してくれて、あの子も喜んでるよ。…私も嬉しいよ。もちろん、副委員長としてね」
七瀬との距離感を強調しつつ、フォローすると、
「まあね…」
メグが軽く頷いた。
「春日さんも頑張ってるみたいだし『これだけはやり遂げる』って言葉を信用しようと思って…」
「うん。あの子があんなに必死になるのは、小学校以来なんだよ…正直私も驚いてるの」
思わず七瀬に肩入れしてしまった私に、メグと紗知が黙って頷いてくれた。それから、メグが紗知を見て、
「けど、紗知。自分はどうなの? 紗知だって…」
と、聞く。
「ああ…」
紗知は視線を足元に落とした。
「いいの。あれは、もう…自分の中で解決したし。…それに、話してみると、思ってたより全然良い子みたいだし…。やっぱり、人って話してみないと分からないね。勉強になった」
紗知らしい前向きなセリフだが、『自分の中で解決した』というセリフが妙に引っ掛かる。…これは、あくまでも私の想像だが、紗知は誰か好きな人が居て…、そしてその人は七瀬が好きだったんじゃないかな? 好きな人を取られたという理由で七瀬を嫌ってしまう子が、中学の頃結構いたもの…。
真相はともかくとして、紗知はからりとした表情で話題を変える。
「それより、メグは、春日さんの踊り見たの? 男子がうまいって褒めてたけど…」
「ううん。見てない」
メグが首をふる。
「そっかあ。一度見てみたいよね」
「そうだね…それにしても、なんであの人ってダンスうまいの?」
メグがそう言って私に話を見る。
「う~ん。昔バレーをやってたから…その流れじゃないかなあ?」
コーイチの事も、オーディションの事も、プロ志望と言う事も…とりあえず隠しておいて欲しい…という七瀬との約束に従い、私は適当に言葉を濁して答えた。
広いドーム内は、全ての照明が落とされて真っ暗になっていた。私達の席は2階の最前列。ファンクラブで取ってもやっとこの席だったとメグが悔しがっていた。両隣りには、先程売店で買ったルミカライトを胸元と腕で光らせたメグと紗知がいる。私も同じものを腕につけていた。小さな天使の輪のようなブレスレット型の発光体が可憐な光で私の腕を飾る。会場中の人が同じ物を身につけている為、場内はまるで小宇宙のようになっている。その星々の中央に青白く浮かぶ舞台がある。そしてそこから銀河を縦断するように一筋の道が走り、アリーナの8分の1 程の所でぷっつりと途切れていた。