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NANASE  作者: 白桜 ぴぴ
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向かい風 02

数日後の定例委員会で文化祭執行部の正式な人員編成の発表が有った。執行部の頂点は、米山というあまり付き合いの無い女の先輩で、他は主に文科系クラブの部長達を中心に編成されていた。1年生のクラス委員には主に当日の雑用が割り当てられたが、それ以外にやる事はほぼ皆無なので、とりあえずはクラスの出し物に集中する事ができそうだ。

 早速、次のHRで、藤井が書いた組織図に従い役割分担を決めて行く事にした。ちなみに、大まかな役割分担はこんな風になっている。


●喫茶班

 メニュー担当…当日のメニュー決定と、準備

 接客担当…要するにウェイトレス

 食器、備品類担当…当日使う食器やテーブルなどの準備

 

●クラブ班

 音楽担当…踊りに使う音楽の選曲と、ミキシング

 機材担当…機材の準備

 装飾担当…フロアの装飾等、会場準備


●その他・総合

 道具類担当…名前の通り、道具類の準備

 衣装担当…これも名前の通り、衣装の準備

 広報担当…ポスター作成


 この3つの班のそれぞれに定員を決め、各自好きな班に行くよう藤井が指示する。細かい担当とリーダーは、各々の班内で話し合って決めてもらう事にした。

「ただし」

 と藤井が前置きをする。

「音楽に関しては、星野に中心になってもらおうと思う」

「何で、星野なんだよ。俺のが絶対詳しいのに」

 一番後ろの席の山岡が不満げに言った。どうやら、彼も音楽に関わりたかったらしい。他の生徒達の間にもブーイングが広がって行った。どうやら、音楽をやりたい生徒が思いのほか多いようだ。そんな中小金井が星野を擁護する。

「星野は、音のカスタマイズができるんだ。あのダサイ校歌もクラブっぽくアレ

ンジしてくれるって。俺らもこの目で見たもんな、クズ」

「ああ。見た見た。ちゃんと、オシャレっぽくなってたぜ」

 クラス中にどよめきが走り、山岡を始め一部の生徒が賞賛を込めて星野を見た。ちなみに、担任の松岡先生はさっきからぐっすりと眠っているので今の会話は聞かれていない。

「まあ、そういうわけなんで、星野には音楽全般を中心になってやってもらうってことで納得してもらえたか?」

 藤井が言うと、

「ってことは、DJは星野って事?」

 今度は、そんな声が上がった。

 DJ…そういえば、クラブにはDJがつきものである…しかし、結構あれは技術がいるんじゃないのか? 詳しい事は分からないが…。

「DJ? できるのか? 星野」

 私の代弁をするように誰かが尋ねた。

「ああ。出来ない事もないかな? 何せ、俺の兄ちゃんはDJやってるし…」

 星野は余裕の表情で答える。

「マジー?」

 教室内のどよめきがますます大きくなった。

「お前の兄貴プロなの?」

「どこでやってるの?」

 もう、大騒ぎだ。みんなそんなにDJという職業に興味があるのか…?

 次々に飛び出す質問を受け、星野は自信たっぷりにに答えた。

「…プロってうか、土日に友達の家でやってるらしい。ちなみに平日はレンタルビデオ屋でバイトしてるけどね。時給800円で」

「なんだよ、プロじゃねえじゃん」

「しかも、聞いた事ないんじゃねえか?」

 全員ががっかりする。が、星野は全く動じない。

「まあ、そんなわけで、僕も兄ちゃんと同じDNAを受け継いでいるから、やろうと思えばできないこともないけど…何せ機材がないからねえ。残念だなあ」

「どんなDNAだよ」

「要するに、できねえんだろ?」

 口の悪い突っ込みと同時にまたクラス中が大騒ぎになる。そして、この騒ぎの中で松岡先生は安らかに眠っている。

「おーい、静にしろ」

 藤井が叫んでも誰も聞く耳を持たない。

「おい。静かにしろってば」

 もう一度藤井が叫ぶ。

 それでも静かにならないから、とうとう頭に来たらしく、藤井は名簿で思いきり教卓を叩いた。

「静かにしろ!」

 途端に教室内が静かになる。藤井はそれを確認すると満足げに頷き、

「盛り上がってる所申し訳ないが、葛谷君から大事な話が有る。みんな葛谷君に注目!」

 と、葛谷に目配せした。…いよいよあの話をするんだ…。私は思った。それは、昨日から打ち合わせ済みの重大な話だ。しかし、葛谷が話した後のその結果を想像すると、緊張のあまり胃がずきずきと痛み始める。

 葛谷は藤井の視線を受け、頷いて立ち上がった。そしてクラスメート達の顔を

ぐるりと見回すと、仰々しく口を開いた。

「お前ら。ダンスに興味はあるか?」

「はぁ?」

 皆一斉に訝しげな顔をする。

「興味ない事はないけど…」

「なんで?」

 クラスメート達の興味を一気に引き付けたところで、葛谷はそれを発表した。

「実は。前にもちょっと俺の口から言った事が有ったと思うけど、来週の頭から俺と春日さんとで緊急ダンススクールをやる事に決めたんだ…」

 そう、それは、数日前の放課後に藤井が提案し、私が七瀬に電話をした『ダンスのレクチャー』の件だ。あの後、葛谷にも事情を話し、七瀬と一緒にダンスのレクチャーをやってもらう事に決定したのだ。

 ちなみに七瀬がレクチャー役を引き受けてくれたと伝えた時、藤井はそれほど驚くでもなく、ただ「そっか」と嬉しそうに笑った。その笑顔を見た時、私の心の中にまた怪しいうねりが生まれて随分と苦しめられた。…ああ、もういやだ。こんな気分…。心の中から閉め出してしまいたい。

 しかし、私を苦しめたのはそれだけではなかった。今、現在。葛谷の言葉を聞いて、どんどん冷ややかになって行く生徒達…主に女生徒達の目だ。みんな一様に不快そうな目をしている。どんどん冷えて行く教室内の温度にも気付かずに、葛谷は嬉しそうに話し続けた。

「ダンス教室をやる理由は、『クラブ主催者が全くダンスを知らないのはおかしくないか』という藤井君の考えによるもんなんだけど…、俺もその趣旨にはいたく共感、感動したので協力を決めた。しかも、レッスンは無料! 今月のみの大サービス」

 しかし、葛谷の冗談混じりの演説の後に残されたのは、シーンとしたしらじらしい沈黙だった。あまりの静けさに、葛谷はきょとんとして周りを見回す。しばらくの間、誰も口を聞かなかったが、やがて、か真っ先にこの静けさを破ったのは、小林ユキだった。

「いらねーよ、レクチャーなんて…」

 低い声が教室中に響き渡る。葛谷がムッとして小林を見た。小林は葛谷から心持ち視線を逸らしながらも言葉を続けた。

「そんなん知らなくても、クラブぐらいできるんだよ。くだらねえ」

「お前、そういう言い方ねーだろ?」

 葛谷が珍しく真面目に怒った。小林は何も答えずにそっぽを向く。

「とにかく…」

 藤井が言葉を挟む。

「そういうわけで、時間のとれるやつはなるべく来週の放課後から参加してくれ。クラス全員が協力しないと上手くいかないっていう事を忘れないようにな…」

 しかし誰も何も答えなかった。そして、その後、白け切ったムードの中で、私達は他の役割分担を決めて行った。


「本当に上手くいくのかな?」

 放課後のざわざわした教室で、向い正面に座った藤井に私は愚痴っぽく言った。

「とても、上手く行くように思えないよ…」

「大丈夫だって」

 藤井は集めたプリントを揃えながら言った。

「それより、これ、清書してコピーとっといてくれよ。みんなに渡すプリントなんだから」

「分かった…」

 浮かない顔でそれを受け取る私に、

「本当にマユは考え込むタイプだなあ…」

 と藤井が言う。なんだかバカにされてるみたいで頭に来る。私は抗議した。

「確かに、私は非観的に考え込むタイプだと思ってるよ。でも、これは、そういう問題じゃないんじゃないの?」

「おい、どうしたんだよ?」

 私の剣幕に藤井はちょっと驚いたみたいだ。

 そこへ、

「珍しい、よっちゃんが藤井相手に怒ってる」

 と、葛谷がやって来て、嬉しそうに私の隣の席に座った。

「お前の席はこっちだぞ」

 藤井が憮然として自分の横を指差す。

「うるせえ。席なんか決まってねえだろ? それより、ナナさんは?」

 葛谷は藤井に毒づくと、キョロキョロあたりを見回した。

 今から、葛谷と七瀬、そして、私と藤井も加わって会議をやる事になっている。テーマは『ダンスのレクチャーについて』である。

 しかし、七瀬は終業を知らせる鐘と共にぷいっとどこかに出て行ってしまった。そして、生徒の大半が帰ってしまった今になっても教室に戻って来ない。もう、 30分はたっている。いくらなんでも遅すぎる。さっきら私がイライラしているのはそのせいだった。それでなくたって、色々と問題が多いのに…。

「やる気ないから帰ったんじゃない?」

 ついつい険のある口調になった私を、

「よせよ、そんな言い方」

 と、藤井がたしなめた。はっきり言って面白くない。なんで? いつも、誰かが5分遅れただけで嫌な顔をするくせに…。

 その時、イライラしてる私を救うかのように「マユ」と呼ぶ優しい声が聞こえて来た。振り返ると優香がニコニコ笑って立っている。小柄で可愛い優香。背の低さだけは七瀬と似ている。でも七瀬と決定的に違うのは、ふんわりと柔らかい雰囲気を持っている所だ。優香の後ろにはメグがいて、笑いながら軽く手を上げた。

「今日も、話し合い?」

 優香が首を傾げながら聞いて来る。

「うん。悪いけど先帰っててよ」

「分かった。毎日大変だね」

 優香は、必ずこんな風にいたわりの言葉を添えてくれる。それで、気持ちが癒されイライラも消え去っていくように思えた。ところが、ちょうどそこに七瀬が帰って来て、その途端、優香の表情がこわばる。

「お待たせ…」

 今までどこに行っていたのか、しれっとして七瀬が藤井の隣に座ると、

「優香、帰ろう!」

 メグが大きな声で言い、優香の手を掴んで足音荒く教室から出て行ってしまった。


メグと優香の後ろ姿を見ているうちに鉛を飲み込んだような気分になって来る。しかし、私以外の3人は、彼女達の態度になんの違和感も感じていないようだ…。一人で悶々としていると、

「おい、マユ。書記頼むぞ」

 と藤井が言う。それで私は我に返り、慌てて記録用の大学ノートを開いた。

「それじゃあ、始めるか…」

 藤井が仕切りはじめる。

「で、今日葛谷と春日に残ってもらったのは、ダンスの練習メニューを考えるためなのだが…意見があればどんどん言って欲しい」

「う~ん。そうだなあ…」

 葛谷が腕組みをして考え込んだ。

「練習っていっても、別に誰かに見せるとか発表会のためにやるわけじゃないんだろ? だったら、簡単な基礎教えるぐらいでいいんじゃねえのか?」

「基礎って、アップダウンの動きとかか?」

 藤井がちらりと葛谷に目を向ける。葛谷は「うん」と頷いた。

「それと、簡単なステップとか、踊りの種類とか…それで十分じゃねえか? 大体クラブったって適当に踊ってる奴多いだろうし。それより、俺はこれをきっかけにダンスに興味持つ奴が増えてくれれば嬉しいと思う」

「うんうん」

 この意見には全員が納得した。

「興味を持ってもらうか。…お前にしちゃいいこと言うじゃん。けど、どうやったらみんな興味持ってくれるかな?」

 藤井が首を傾げた。すると、葛谷は「ふふふ」と無気味な笑みを漏らす。何かいい考えがあるようだ。

「何? なんかいいアイディアでもあるの?」

 私は記録していた手を止め、葛谷に尋ねた。

「うふふ? 聞きたい?」

 葛谷はやけに勿体をつける。

「おい、意見があるなら早く言えよ。帰りが遅くなるぞ」

 藤井が事務的に言う。葛谷は白けた目を藤井に向けたが、すぐに気を取り直し、今度はその視線をすぐに七瀬に向けた。そして、これ以上の思いつきはないとばかりに、得意げにこう言った。

「簡単なこった。ナナさんの踊りを見てもらえばいい」

「ああ!」

 思わず手を打つ。確かに、七瀬の踊りを見れば、みんなダンスに興味を持ってくれるだろう。しかし…

「やってくれるよね、ナナさん」

 と、葛谷が言うと、

「冗談…!」

 七瀬が笑って首を振った。駄目って事か? 少しがっかりするが、七瀬が嫌と言うのだから、これは望み無しだろう。ところが、藤井は諦めなかった。彼はギロリと七瀬を睨み付けると、例の事務的な声で、半ば強制的にこう言った。

「やれよ。この間言っただろ? みんなの協力が必要だって」

 やけに、高飛車な物の言い方に聞こえる。やはり藤井はいまだに七瀬のコーチのつもりで居るんじゃないだろうか? そして、その次の瞬間、私は七瀬の信じられないような言葉を聞いた。

「そうだったね。分かった。やってみる」

 七瀬が他人の決定にこんなに素直に従う事はめったにない。しかも、自分の意見を曲げてまでだ…。

 藤井は、いまだに七瀬のコーチのつもりでいるようだが、七瀬は七瀬でいまだに藤井の教え子のつもりで居るんだろうか?

「じゃ、1回目の講議は俺とナナさんとのセッションてことで…」

 葛谷の陽気な声が響いた。ちゃっかりと自分の出番まで加えている。呆れながらも、その押しの強さがらやましくなる。

「じゃあ、一日目はそういうことで、次からはどうする?」

 藤井がさくさくと話を進めていった。

「基礎と、ダンスの種類についての講議ってのはどう? いいアイディアだと思うけど。ねえ、ナナさん」

「男女は分けるか?」

「やめた方がいいと思う…」

 私はメモを取りながら口を挟んだ。それだけは、絶対に避けたい。

「春日の意見は?」

「どっちでもいい…」

 無気力な答えが返って来る。

 こんなやりとりを、私は逐一ノートにまとめていった。 後で、スケジュールだけまとめてプリントしてクラス中に配るのだ。練習メニューの細かい所は七瀬と葛谷を中心に決めてもらうことにしたが、時おり藤井も口を挟んでいた。夏のあのレッスンでの経験が、こんな所で役にたっている。


 その夜、メグから窺うようなメールが入った。

『ダンスの練習、本当に春日さんがやるの?』

 溜め息が出る。あまりにも予想通りのリアクションだからだ。

 気分は暗かったが、とりあえず、楽しげな返事を返した。

『そうだよ! あの子趣味でダンスやってるんだって! 葛谷が言ってたけどすっごく上手らしい! 月曜踊ってくれるはず☆=』

 しかし、それきりメグからの返信はなく、たまらなく不安になって来る。

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