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NANASE  作者: 白桜 ぴぴ
38/63

そしてこんな日常 02

       『緑の山の 頂きにぃ

        響く我らの 高き声~

        流れる大河の 飛沫さえ~

        我らの夢を 語り継ぐ

        ああ~ 白川の子ら 波のごとくぅに

        とめどなく走れ 進みゆけ~』


 放課後の教室に男性合唱団の声が響き渡る。教卓の上に置かれた古いCDラジカセを囲んで、私と藤井と葛谷と…なぜか小金井までもが、一様に眉を寄せ、腕組みをして、しきりに考え込んでいた。既に他の生徒は帰宅しており、教室には私達しかいない…いや、違う。一人だけ居る。さっき葛谷の案に真っ先に賛成した眼鏡の星野草太が、窓際後方の自分の席でずっと雑誌を読んでいるのだ。

 よくこの環境で本に集中できるものだ。しかし、何で帰らないんだろう? 家族とケンカでもしたのだろうか? 色々気になる事はあったが、星野はもともと変わり者だという噂を聞いているし、あまり考えない事にする。それより、この歌だ…。


        怒濤のごとき、人生よ~


 2番の歌詞が終った辺りで小金井が呟いた。

「冗談じゃねえって。こんなんで踊れるかよ。盆踊りだってできないって」

「その通りだな」

 藤井は『白川高等学校校歌』と書かれたCDケースを片手に頷いた。

「どう考えても、校歌で踊るのは無理だ」

「責任取れよ」

 小金井が葛谷の頭を叩く。

「ってえな」

 葛谷は殴られた所を押さえながら小金井を睨み付ける。そして、ふてくされながらも啖呵を切った。

「ああ。責任取るよ。取りますよ。取りゃあいいんだろ? ちくしょう」

 そう言って、藤井の手からCDジャケットを取り上げると、歌詞カードを睨み付け頭を抱える。その間にも、軍歌のようなメロディは続いていく。


        ああ~白川の子ら、シャケのごとく~

        荒波越えて、遡れ


「何なんだよ。この歌詞は。おれたちゃ、熊のエサか! 産卵か!」

 小金井が突っ込むと、葛谷が「ぶっ」と吹き出した。そして、頭を掻きむしり、

「ダメだ! 気が散って集中できねー!」

 と、STOPボタンを押した。にわかに教室が静かになる。

「でもさ、結構テンポのいい歌だし、なんとかなるんじゃない? クラブって言ったって別に決まった踊り方があるわけじゃないんでしょ?」

 見兼ねて私がフォローを入れると、

「テンポの良さの種類が違わないか?」

 と、藤井にあっさり反対される。いつもはどちらかといえば味方してくれる葛谷までもが、首を振った。

「けど、よっちゃん。例えばさ、クラブのダンスフロアでR&Bの曲で気持ちよく踊ってる所に、いきなり『怒濤のごとき人生よ~』とか流れて来たらひかない?」

 そう言われて、私は『club-U』で踊った時の事を思い出した。あの場で、もし、行進曲みたいな『校歌』が流れて来たら…

「そりゃ、そっか…」

 …かなり変な感じだ。

「ああ、せめて、テンポだけでも今風に変えられたらなあ~」

 葛谷がそう言って、再び毛を掻きむしる。と、その時だ。

 ガタリ…と、やけに大きな音を立てて星野が立ち上がった。彼は雑誌を小わきに抱え、同じ手で鞄を持って、こちらに向かって歩いて来る。…やっと帰るらしい。それにしても、わざわざ前から出ていかなくても…。後ろの出口の方が近いんじゃないの?… 見るともなしに見ていると、星野は、藤井の後ろを通り過ぎた辺りで、小脇に抱えていた雑誌をばさりと落とした。その動きが、私にはなんだかわざとらしく見えたのだが…。

「おい、落としたぞ」

 藤井は親切に雑誌を拾い上げて、星野を呼び止めた。葛谷と小金井が藤井の手元を覗き込む。

「DTM?」

 小金井が雑誌のタイトルを読み上げた。そして、見る見る表情を変える。それは、驚愕とも喜びともつかない、なんとも複雑な顔だった。

「おい。クズ。DTMって…」

「ああ」

 葛谷も同じような顔をしている。そして、

「お前、もしかして作曲とかしてるの?」

 と、星野に尋ねた。

 …え? 何? 何ですって?

 私には、まったく話が見えない。困惑したままキョロキョロ両者の間を窺っていると、星野が得意げに答えた。

「うん。まあ、作曲っていうか、音楽的な活動はやってるかな? 例えば、既成の曲をアレンジしたりとか…」

 アレンジ? その言葉で少しだけ話が見えて来る。…といっても、相変わらず DTMという言葉の意味は分からないが…。

「でも、それが、何か?」

 星野がしれと聞き返した。もし、今までの私達のやりとりを聞いていたのなら、葛谷達が何を言いたいのかすぐに分かりそうなものだが…。

「ちょっと、こっち来いよ」

 葛谷が星野を招き寄せ、再びCDプレーヤーの再生ボタンを押す。すると、例の男性テノールが響き始めた。


 緑の山の 頂きに~

 響く我らの…


 葛谷は星野のひょろっとした青白い顔を見上げて言った。

「じゃあ、これ、アレンジできるか?」

「どんな感じに?」

「そうだな…。踊れる感じの…クラブっぽい曲に…」

「クラブっぽい?…う~ん。出来ない事もないかな…」

「じゃあ、頼めるか?」

「いいよ」

 星野が待っていましたとばかりに頷く。

「よっしゃあ!」

 葛谷と小金井が、お互いの手をぱちんと叩いて叫んだ。


「ところでさ、その…アレンジってどうやるんだ?」

 葛谷が興味深げに質問すると、星野はすらすらと説明を始めた。

「そうだね、サンプリングしてリミックス…みたいな難しい事じゃなくて、例えばリズムパターンを組み換えるとか、テンポやピッチを変更するとか…その程度のカスタマイズなら、オーディオデータをMIDI変換して…」

「ちょっと、待ってくれ…」

 葛谷が真剣な顔でストップをかける。

「何を喋っているのか、さっぱり分からない」

 それは、おそらくのこの場にいる人間全て…もちろん星野は除く…が思っていた事だろう。が、星野は非常に心外そうな面持ちをした。しかし、やがてそれも仕方がないと諦めたのか、まるでそれが大変な譲歩であるかのように、もったいつけてこう言った。

「仕方がないなあ。だったら、うちに来る? 実際にやって見せてやるよ」

「え? マジ?」

 葛谷と小金井が、ほぼ同時に叫んだ。

「行く行く!」

 そう言って、葛谷がこちらを振り向く。

「もちろん、よっちゃんも行くだろ?」

 行くか、行かないか以前に、私には話の流れがさっぱり見えていなかった。おそらく、ここにいる誰よりも見えていないだろう。なにしろ『DTM』という言葉から既に分からないのだから…。しかし、私が答えるより先に藤井が口を出していた。

「ダメだ」

 すると葛谷は、わざとらしく首を傾げて聞き返した。

「あれ? おかしいなあ。君には聞いてないと思うんだけど?」

「マユには、まだ、打ち合わせの続きが残ってるんだ。部外者はさっさと帰ってくれ」

 藤井は無表情でそう答え、ノートを開く。

「あー?」

 葛谷が、藤井を睨み付けた。

 …また、始まった。

 溜め息をつきながら、私は葛谷をなだめた。

「葛谷君、ごめん。悪いけど、次の機会にまた誘って」

 そう言って手を合わせると、

「ほら、クズ。行くぞ。星野行っちまったぞ」

 と、いつの間にか2人分の鞄を持ってやって来た小金井が、葛谷の腕をひっぱった。葛谷は不満だらけの顔で小金井に引きずられながら、

「次は絶対だよ。よっちゃん。絶対、一緒に行こうね」

 と、叫び続け、そのまま教室から消えて行った。

 それで、にわかに教室が静かになる。グランドの野球部の掛け声や、音楽室のブラスバンドの演奏が、やけに大きく響いて来る。目と鼻の先に藤井の頭があって、ノートの中にひたすら何かを書き綴っている。手を動かすたびに、柔らかい

髪が揺れていた。

「ねえ、DTMって何なの?」

 その静寂を破るように、私は先程からの疑問を藤井にぶつけてみた。

「え? ああ…」

 藤井がノートから目を上げこちらを見た。

「…確か、デスクトップミュージックの略で、要するに、パソコン上で音楽を作る事だったと思う」

「パソコンって、ウィンドウズとか、マックとかの事?」

「そうそう」

 答えると、藤井は再びノートに目を落とした。何を書いているのかと、その手元を覗き込むと、『組織表』と書いた見出しの下に、『クラブチーム』『喫茶チーム』『会場チーム』という文字を線で繋いだ表のような物を作っていた。

「それって、文化祭の役割分担?」

「そ。大体この三つぐらいでいいと思うんだけど、マユはどう思う?」

「うん。そうね。私もそれでいいと思うな。そこから、もっと細かくするんでしょ?」

「ああ…」

 頷くと、また藤井はノートに集中し始めた。几帳面に定規まで出して線を引いている、なんだかそれが藤井らしい。しゅっしゅっと音を立てて線を引きながら、藤井は全然違う話を始めた。

「そう…実はオレ、葛谷の奴にデートに誘われたんだけど」

「はあ?」

 あまりにも突拍子もない話題に私は一瞬驚いたが、すぐに藤井の言わんとしている事が分かった。藤井は片目だけでこちらを見て笑ってる。そして、冗談めかしてこう続けた。

「しかも…どこに誘われたと思う?」

「ディズニーランド? 新宿2丁目?」

 わざと私も冗談で返す。すると、

「外れ。なんと、ALIVEのコンサート」

 と、苦笑いしながら答えた。やっぱり…。数日前に渡されたビラの写真を思い出す。

「それって、コーイチさんの出るやつでしょ?」

「そうそう」

 藤井は、そう答えて顔を上げた。

「けど、行くかどうか迷ってる」

「なんで? コーイチさんのダンス見たくないの?」

「見たいけどさ…マユ、行かないんだろ?」

「うん。葛谷君達とは行けない。…綾美ちゃんの事もあるし…」

「やっぱり…」

 藤井の声が沈んだ。

「じゃあ、俺もやめておく…」

 その言葉で、私はちょっと嬉しくなった。だって、コンサートに行くメンバーの中には七瀬がいるのだから…。たとえ2人きりじゃないにしても、私の居ない所で七瀬と藤井が一緒にいるなんて、…本当は気が気じゃないんだ。けど、そんな風に考える自分が、一方ではとても醜く思えた。

 私は、まるで七瀬の事なんか微塵も気にしてないような顔をすると、話題を全く違う方へとシフトさせる。それはずっと心密かに抱いていた、ある計画だった。

「実はね、葛谷君達とは行けないけど、メグや紗知と一緒に行く事になってるの」

「え? そうなの?」

 藤井が驚いて私を見た。

「うん。…偶然なんだけど、そういう事になっちゃってさ。だから、藤井も葛谷君達と一緒に行きなよ。それでさ、みんなに内緒で、帰りだけこっそり2人で帰るの」

「でもなあ…」

 なおも渋ってる藤井を、私は強引に誘う。

「だって、藤井だって、コーイチさんの踊り見たいでしょ? あの『ALIVE』のバックで踊るのよ。こんなのが見れる機会、二度とないかもしれないじゃん。…それにさ、面白くない? 秘密の夜のデート…」

「…」

 藤井はあっけにとられて私を見ていたけど、やがて笑って答えた。

「分かったよ、お姫様」

「何? それ。バカにしてない?」

「してない。してない」

「してるよ、絶対」

「してない、してない。それより、ほら、これ」

 そう言って、藤井がノートを指差す。

「文化祭の話の続きしなきゃ、帰れねえぞ」

「ごまかして…」

 ふくれっつらで、ノートを覗く。

「この、3つのチームの中にさらに細かい役を入れてく訳だけど…」

 冷徹な委員長は、膨れっ面の副委員長の顔色など窺いもせずにさくさくと話を進めて行った。仕方なく私も藤井に協力して、各チームの役割をさらに細分化して行く。その話し合いの過程で、やはりダンスのレクチャーも多少は必要だろうと、藤井が提案した。そして、その役割はやはり、七瀬と葛谷に引き受けてもらうのが妥当だろうと…。私も、それに異論はなかったが、しかし…。

「七瀬が快く引き受けてくれるかな?」

 率直に疑問をぶつけてみる。七瀬の性格からして、クラスメートにダンスのレクチャーなどするようには思えない。

「どうだろう…? 無理かな?」

 首を傾げる藤井に、私は首を振りながら力説する。

「無理だと思う…あの子、昔からこういうイベント事大嫌いだし、クラスメートとだって、以前程じゃないけど…やっぱり上手くいってないし…。第一、他の人達にダンスやってる事知られたくないかもしれないよ」

「うん。俺もそれは思う…、」

 藤井はそこで言葉を切って、考え込んだ。

「…でも、もしやり遂げたとしたら、アイツにとっても凄くいいチャンスになると思うんだ…色々な意味で…」

「そりゃ…そうだけど…」

 藤井は、いまだに七瀬のコーチのつもりでいるのかしら…? まじまじと藤井の顔を見つめていると、その口から思いも寄らぬセリフが飛び出した。

「なあ。マユから、説得してみてくれないか?」

「え?」

 何で、私が…? 内心不服だったけど、ここで断ったら、藤井自らが説得すると言い兼ねないのでしぶしぶ頷く。

「サンキュ! さすが、有能なアシスタント!」

 嬉しそうに私の髪をくしゃくしゃと撫でる藤井の顔を見て、心秘かに呟いた。

 …やっぱり、ALIVEのコンサート行かせない方がよかったかもしれない…。


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