そしてこんな日常 01
火曜日の6時間目。HRの時間に、私と藤井は松岡先生の許可を得て、文化祭の出し物を決める事にした。
先週の金曜日に告知しておいたおかげもあってか、いつくかの案が割とあっさり出て来た。
1.喫茶店
2.合唱
3.バザー
4.お化け屋敷
5.ミュージカル
6.写真展
7.占い
「それじゃ、この中で決めていいか?」
アイディアが出きった頃合を見計らって、藤井が言うと、
「いいんじゃない?」
「さくさく決めちゃおうぜ」
最後尾の男子生徒2人が、めんどくさそうな声を上げる。藤井は彼等を睨み付けた。
「真面目に考えろよ。それじゃ、今から順番に聞くから、自分のやりたい物に挙手する事。1の喫茶店がやりたい奴、手を上げろ!」
まったく、藤井ほど委員長のポストが似合う人間を見た事がない。私は、チョーク片手にぼんやりと黒板の前で藤井に見とれていたが、ちらりとこちらを見た彼の視線で自分の役割を思い出し、バラバラと上げられた手の数を数えた。
「1、2、3、4…18人」
『喫茶店』と書かれたの横にチョークで『18』と書く。結構多い。これで決定なんじゃないかと思ったが、藤井は一応全部の案に挙手をさせた。
結果、
1.喫茶店 18
2.合唱 1
3.バザー 4
4.お化け屋敷 2
5.ミュージカル 3
6.写真展 5
7.占い 3
という事で、喫茶店に決まる。私は『18』の横に『決定』と書いて大きく丸で囲んだ。
とりあえず第一段階が決定したが、次はどんな喫茶店にするかを決めなければならない。
「自由に好きなアイディアを出してくれ!」
藤井の号令と共に、
「焼そば屋」
「たこやき屋」
「フランクフルト」
等など…口々に意見が出て来る。私はそれらを一つ一つ間違えないように黒板に書いていった。その時。
「どれも、イマイチだな。ありきたりすぎて、つまんねー!」
葛谷が大声で叫んだ。みんな一瞬その声の大きさに驚いてシンとなったが、すぐに、
「なんだよ。偉そうに」
と、誰かに突っ込まれる。あの声は、多分、いつも葛谷とつるんでいる小金井和彦だ。葛谷は声の主に言い返した。
「もっとさ、奇抜で、斬新で、目を引くアイディアないのかよ?」
本当に偉そうである。
「それじゃ、『漫画喫茶』っていうのはどう?」
男子生徒の声がする。
「それ、斬新か?」
「『ネット喫茶』っていうのはどうかしら?」
「パソコン買うのかよ」
「学校の借りればいいじゃない」
「けど、文化祭の間中パソコンの前に座り続ける人とかいそうで嫌」
「それは漫画喫茶も一緒だよな」
「じゃあさ、角度を変えて『女装カフェ』ってどう? 男子全員化粧してさ」
「女の子はどうするのよ?」
「っていうか、誰が来るんだよ? そんな店」
「おもしれえじゃん。オレ、一日入り浸るよ」
「お前が面白いだけだろ?」
だんだん、クラス中が入り乱れての大騒ぎになってくる。みんなおもしろがっているらしい。そこへ、我らが担任が果敢にも口を挟んだ。
「みなしゃん。あくまで、良識の範囲内、良識の範囲内で決めてくだしゃいね」
すると、余計に調子に乗った男子生徒が、「全員ヅラをかぶった、マゲカフェ」とか、「全員7、3分けで、眼鏡にスーツのサラリーマンカフェ」とか、変なアイディアばかり出して来る。藤井はうんざり気味になっていた。無理もない。私もいい加減手が疲れて来た。頭に来たので振り返って、
「ちょっと! 真面目に発言してよ!」
と文句を言うと、よせばいいのに葛谷が立ち上がって、
「そうだよ。真面目に考えろよ。お前ら、中坊かよ!」
と、妙な助け舟を出してくれるものだから、
「それじゃあ、お前が、真面目で、ありきたりじゃない提案してみろよ!」
案の定突っ込まれて、うろたえ気味になる。
「え?」
葛谷は目を白黒させ、大真面目に考え込んだ。
「真面目でありきたりじゃない提案? えーと…真面目、ありきたりじゃない…」
そして、さんざん考え込んだあげくにポンと手を叩き、
「クラブ…とか、どうよ?」
と、言った。
葛谷の言葉に、教室内がシーンとなった。水を打ったような沈黙の中、私は黒板に「クラブ」という文字を書く。
「クラブって、あのクラブか? 踊る方の…」
小金井が聞き返した。
「そ、部活じゃねーぞ」
「間違えねえよ。そんなん」
小金井と同じく、葛谷といつもつるんでいる真下雅幸が横やりを入れる。
「おもしろいなあ。それ。賛成、賛成」
先程『漫画喫茶』のアイディアを出した、眼鏡で小柄な星野草太が拍手した。
「けど、それ喫茶店か?」
小金井が再び口を挟むと、
「だから…ドリンク専門の喫茶店てことにしてさ、後は音楽かけて御自由にお踊り下さい…て、どうよ? このアイディア」
初めは明らかに口からでまかせだったようだが、話しているうち本気になってきたらしい。葛谷の言葉に熱がこもって来る。
「場所はさ、視聴覚室とか…それよりもっと広い場所がいいな。…そうだ。旧校舎一階のオリエンテーション室とかで、エミネムとかガンガンにかけて激しく踊るのさ」
「いいじゃん。それ、おもしろそうじゃん。やろうぜ」
さっきから、しきりと話をまとめたがっていた一番後ろの席の男子生徒…山本将司がドスのきいた声で言う。
「だろだろ? 踊り方はオレがレクチャーするし」
葛谷が嬉しそうに言うと、
「それは、いらねえ」
と、クレームがつく。
「ってか、クズ踊れるの?」
「クラブって、どんなん踊るの?」
「HIP-HOPじゃないの?」
再び教室がガヤガヤし始めた。『クラブ』…その危なげで、怪しげな言葉の響きに、内心みんなワクワクしているようだ。
「俺、マジ踊れるって」
葛谷が立ったまま、誰にともなく主張する。
「はっきり言ってプロ級だし」
プロ級とまではいかないが、まあ、かなり上手い事は認めよう。
「けど、お前らついてるよ。この教室には、もっと上手い人がいるんだから…ねえ、よっちゃん」
いきなり名指しされて驚く。…何の話? 葛谷より上手い人? 何が? …ああ、ダンスか。
「おい、よせよ、葛谷」
藤井が咎めるように言った。その目が七瀬の方を見ている。
七瀬はといえば、頬杖をついて窓の方を向いていた。今の話、聞いていたんだろうか?
その時、唐突に小林ユキが口を開いた。
「バッカじゃねえ? クズに比べたら誰だって上手いだろ?」
葛谷がムッとして小林を見る。綾美まで一緒になって睨み付けていた。
「おい、ケンカするなよ。それじゃあ、評決取るぞ」
一触即発の雰囲気を藤井が強引にまとめる。
「クラブに賛成の奴。手を上げろ」
バラバラと手が上がる。私はそれを指差し数えた。「1、2、3、4…」
驚いた事に22名もいた、ギリギリ過半数だ。私は黒板に『25』と書いて藤井を見た。藤井が頷く。
「それじゃ、『クラブ』に決定という事で、松岡先生、いいですか?」
藤井が尋ねると、それまで腕組みをして目を閉じていた松岡先生はがばっと顔を上げ、
「あ…ハイ? 何に決まりましたか?」
と言った。
「クラブです」
藤井が白けきった顔で答えると、松岡先生の形相がにわかに変わった。
「クラブとは、デスコの事ではないですか? それは、いけましぇんよ。青少年が出入りできないような、そんないかがわしい場所を模倣した企画はダメでしゅ」
「クラブはディスコじゃありません」
綾美が言うと、
「そうだ、そうだ」
と葛谷が叫んだ。しかし、どちらにせよ青少年の立ち入りが禁止されているには変わりない。
「クラブがまずいなら、店の名前を『踊る喫茶店』かなんかにします。それにアルコールも出しませんし、音楽もなるべく健全なものを選びます。なんなら、校歌を使ってもいいですよ」
「はぁー?」
葛谷の言葉で一斉にブーイングが起きる。しかし、松岡先生は葛谷のアイディアに納得したらしく、「それなら、いいでしょう」と、頷いた。
こうして、激しいブーイングを受けながらも、我がクラスの出し物は『踊る喫茶店』に決定してしまった。