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NANASE  作者: 白桜 ぴぴ
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鏡の中の舞姫 02

 5分程踊ったところで、男性チームの審査が終る。彼等は踊り終ると一斉に審査員席に向かって頭を下げ、後ろの壁際に走って行った。シノブだけが審査員席に戻る。すると、スピーカーの横で腕組みをして立っていたレイナがフロア中央まで歩いて行って、女性ダンサー達を手招きした。

 七瀬を含めた10名が走ってレイナの回りに集合する。彼女は自分の回りに集ったダンサー達を、男性チームがそうしたようにVの字型に並べた。七瀬は右の一番前。つまり、レイナの斜後ろだ。何を基準に並び方を決めているんだろうか?と、ふと思う。

 七瀬は、頭の高いところで結ばれたレイナの黒髪を一瞬にらみつけ、すぐに視線を逸らした。審査に集中しようとしているのだろう。そして、レイナは…レイナは正面を見ている。まるで何かを凝視するように、瞬きもせずにじっと見ている。何を見てるんだろう? 私はレイナの視線を追った。そこにはコーイチが居た。彼女はコーイチを見ているんだろうか?

 やがて、女性ダンサー達は片手を上げて一斉に踊り出した。男性チームと同じ振り付けにもかかわらず、彼等より優しく軽やかなステップ。そんな中レイナだけが激しく、猛々しく踊る。

 炎のように舞うレイナの後ろに、水のように踊る七瀬がいる。好対照な2人の踊りが不思議な調和を生み出し、シノブとレイナが踊っていた時とはまったく違う旋律が、私の頭の中で響き出す。それは、波紋のように広がるシンセサイザーのメロディーと、激しく打つ鼓動のようなビート…。

 実際、技術的にはレイナの方が明らかに勝っていた。それでも七瀬は、十分にレイナに食らいついていたと思う。現に審査員の大多数はレイナではなく七瀬を見ていた。しかし、それは、とりわけ七瀬に華が有ったからというわけではない。いや、七瀬には確かに立っているだけで人を魅了する力がある。それは、私が七番よく知っている。けれど、今、私達の目がレイナではなく七瀬に引き寄せられるのは、むしろレイナが…レイナ自身が何かに気を取られ、彼女の踊りを踊りきっていない事に原因があるように思えた。

 そう、彼女は何かに気を奪われていた。そして、『それ』は、先ほどから彼女が凝視している一点にあった。七瀬とレイナの距離が、やけに縮まっていくと気付いた時、そして、彼女の視線をもう一度追いかけた時に、私はその正体に気付いた。

 レイナが凝視していた『そこ』には…審査員席中央にいるコーイチの、さらにその後ろには、鏡が…壁一杯の大きな鏡が貼ってあった。そして、おそらくそこには、七瀬の姿が映っていたのだ。


「あっ!」

 綾美が小さな声を上げた。

「危ない!」

 いつの間にか、髪が触れる程近付いて来たレイナのから距離を取ろうとしてか、七瀬は右足を無理に大きく横に動かし、踏ん張り切れずに大きく斜に傾いた。

…倒れる!

 次の瞬間、みじめに床に倒れる七瀬の姿を想像し、落胆とともにレイナへの怒りを感じる。これは、わざとだ…! レイナの視線の先を追った私には分かる。あの女は、鏡を見ながらわざと七瀬との距離を縮めていったんだ。七瀬を転倒させ、そして失格にさせるために。一瞬でもレイナを見直した自分がバカだった。

 …が、しかし。

 倒れるかと思ったその時、七瀬はそのまま大きく身を屈め、屈みきったところで、体をウェイブさせながら立ち上がった。そして、まるで初めからそういう振り付けだったみたいに、何くわぬ顔をして元のルーティンに戻る。そして、じりじりと後ろに下がりレイナとの距離をとっていく。レイナの卑怯な思惑は外れた!

「やった!」

 綾美が隣で拍手した。

「しっ!」

 綾美の手を押さえながらも驚嘆を漏らす。…七瀬。あんた、本当にすごいよ…!

 もしかして、彼女は夢を掴むかもしれない。あんなに強い彼女なら…。

 全ては、まるでおとぎ話しのようにうまくいっているような気がした。もしかして、今、一つの才能が世に出る瞬間に立ち会っているのかもしれないという、軽い高揚感が心の中に湧き上がって来る。

 私は、賞賛の眼差しを七瀬に送った。七瀬は平然と踊り続けているように見えた。平然と…。

「?」

 奇妙な違和感を覚えて、七瀬の顔を見る。一瞬…確か、今、右足を強く踏み込んだ時に…七瀬がとても苦しそうな顔をしたように思えたのだ。気のせいだったのかもしれない。なぜなら、まばたきをして目を開いたその後には、七瀬はやっぱり平然とした顔で踊っていたのだから…。


 波瀾含みの5分間が終り、審査結果を待つばかりになった。コーイチを初めとする審査員達は、黒いドアの向こうの部屋に消え、残された受験者達は、鏡の前に座り各々雑談を交わし始めている。今頃、あの扉の向こうで激論が交わされているのだろうと、コーイチ達の消えていったドアを見ながら思う。

「2人とも、受かるかな?」

 相変わらず廊下の椅子に座りながら、綾美が不安そうな顔で私に聞いて来た。

「うーん。どうかなあ?」

 そればかりは、分からない。

「ナナチン、振り付け間違えたもんね」

「でも、あれは転びかけたから仕方ないよ。むしろ、あの態勢から冷静に対処したのは評価されるんじゃないかなあ?」

 楽観的予測を述べてみる。

「クズはどうかな?」

「う~ん。葛谷君は最後まで間違えっぱなしだったからなあ…」

 私は、七瀬と喋ってる葛谷の横顔を見ながら答えた。…踊り自体は悪くなかったんだけどね…。


 時計の針の一刻み、一刻みがやけに長く感じる。

 あれから、随分時間が立ったが、まだ、結果が出ないのだろうか? 黒い扉は閉じられたきりだ。

 部屋の中の受験者達は不安なのかしきりに前を見ている。いつしか、喋るのをやめていた七瀬は、鏡にもたれ、額に手を当て、祈るようにしている。一方の葛谷は、ズボンに手を突っ込み、しきりに部屋の中をうろうろしていた。

「遅いね…」

「うん。どうなってるんだろうね」

 綾美の言葉に頷いた時、携帯がピリピリと鳴った。鞄から出して開けてみると、メールが来ている。

『悪い。遅くなった。今、スタジオの前に着いた。玄関前にいるけど、会場が分からない。悪いけど、ここまで来てくれないか?』

 それは、藤井からのメールだった…。

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