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NANASE  作者: 白桜 ぴぴ
27/63

そして彼女は扉を開く 04

「ほら、あそこにいるのコーイチさんじゃない?」

 そう言って、私が窓ガラスを指差すと、小さな声で「師匠…!」と叫び、七瀬はパタパタと走り出した。そして蝶のように、膝の上で手を組みうつむいてじっと何かを考え込んでいるコーイチに駆け寄り、

「師匠!」

 と、彼に直接呼び掛けた。コーイチが驚いて顔を上げる。

「ナナ…!」

「遅刻だよ、師匠。社会人失格!」

「お前…来たのか?」

「ったり前でしょう。師匠のチームに入るためなら、何でもするって」

「足は…?」

「足? ああもう、全然大丈夫。治った。治った」

 そう言ってぴょんぴょんと飛び跳ねる七瀬の腕を、コーイチはぐっと掴み、体ごと自分の方に引き寄せた。「あ…」と七瀬が小さく声を上げる。その光景に、私は思わずドキッとした。

 コーイチは、七瀬の腰を抱きかかえると、開いている方の手で彼女のズボンの裾を掴み、そっとまくり上げた。七瀬の細い足がむき出しになる。そしてコーイチは、膝の下に貼られた湿布を見て顔をキッと七瀬を睨んだ。

「バレたか。カッコ悪ー」

 七瀬が誤魔化すように笑う。しかしコーイチは笑わなかった。彼は責めるように七瀬を見たまま、

「バカ…!」

 本気で怒っている。

 私と綾美は、部屋の入り口で固唾を飲んで成りゆきを見守っていた。なぜか、私達は部屋の中に入る事ができなかった…まるでそこが彼女だけの聖域に思われ、踏み込む事をためらわれたからだ。

 すると…

「入れば?」

 ふいに背後から声をかけられる。振り向くとそこに、レイナが立っていた。

 彼女はボーダーのベアトップにデニムのパンツをはき、片手にカップコーヒーを持っている。そして、

「入らないなら、通してくれないかな?」

 と、私と綾美の間を無理矢理通り抜け、紫のサンダルをカツカツ鳴らして部屋の中に入って行った。コーイチと七瀬がレイナを見る。レイナは、黒い機材の一つに軽く手を乗せ、

「それで…考えはまとまった?」

 と、艶やかに笑った。コーイチは七瀬から手を離すと、完全にレイナに向き直った。そして、レイナの差し出したコーヒーを受け取り、

「いいや…。まとまる寸前にお客さんが来てね」

 と、苦笑する。『お客さん』とは、七瀬の事らしい…。なんだか、招かれざる者みたいな言われ方に、七瀬が面白くなさそうな顔をする。レイナは、コーイチに言われてはじめて七瀬の存在に気付いたみたいな口ぶりで、

「あら、居たんだ。家で休んでいるかと思ってた」

 と、七瀬を見下ろし、わざとらしく髪をかきあげた。

「そっちこそ何しに来たんですか? 部外者は立ち入り禁止の筈なんですけど…」

 七瀬が言い返す。「やった…!」と綾美が小さく手を叩いた。が…、

「あたしが来るのは当然でしょ? こう見えても一応『リバース』のメンバーなんだし…」

「なんですって?」

 思いもよらないレイナの言葉に、七瀬が…そして部外者の私と綾美までもが驚いた。…あの人がリバースのメンバーですって? とてもダンサーには見えないのに…

 さすがの七瀬も顔色を変えている。そしてコーイチに食ってかかった。

「そんなの、聞いてないよ!」

「ったり前だろ? なんで、内部の事までイチイチてめーに言わなきゃなんないの?」

「…!」

 七瀬が雷を受けたみたいな顔をする。まさか、コーイチからそんな冷たい答が返って来るとは思ってもみなかったんだろう…。レイナは勝ち誇ったような目で七瀬を見て、

「コーイチ、そろそろ行きましょう。時間よ」

 と、コーイチを促した。

「ああ…」

 コーイチは、コーヒーを飲み干し立ち上がると、七瀬に目もくれずさっさと歩き出した。あんまりにも冷たすぎる。これが、七瀬の尊敬する『師匠』の態度だなんて…。通り過ぎ様に、私はコーイチの横顔を睨み付けた。コーイチは気にとめる事もなく、私と綾美の間を通り抜け行ってしまう。

 そして、部屋の中、ぽつんと置き去りにされた七瀬にレイナが歩み寄り、腰をかがめて囁いた。

「あんたも、さっさと行った方がいいわよ。遅刻は理由のいかんを問わず、減点対象なんだから…」

 七瀬は顔を上げようとしない。無反応の七瀬に、レイナは白けたような表情を浮かべた。そして、さっさと立ち上がると髪を翻しコーイチの後を追いかけて行った…。



「ナナチン、あたしたちも行こうよ…」

 レイナが行ってしまうと、入り口に貼り付いたままの姿勢で、綾美が七瀬に向かって呼びかけた。

「七瀬…」

 同じ場所から私も声をかけた。つい先ほどまで、藤井の事でうじうじと思い悩んでいたのが嘘みたいに、今は七瀬に対する哀れみの気持ちで一杯だった。それは、一つには、あれだけ想いを寄せているコーイチに突き放された七瀬への同情によるものと、そして、この『綺麗な』七瀬でさえ振られる事があるのだという事実が、彼女に対する共感を呼んだからだと思われる。

 私は、部屋に入り、七瀬の元までそっと歩いて行った。そして、やさしく彼女の肩を叩き、こう言って慰めた。

「さあ、行こうよ。あの女には私も頭に来るけど、ダンスで見返してやればいいじゃん」

「…」

 その言葉に力付けられたのか、七瀬は強く頷いた。

「そうだね…。行かなくちゃ」


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