赤い靴 01
カーポートの向こうに見える空は、オレンジ色がコバルトに追われ、その境目に小さな星がぽつんと光っている。
午後6時23分。もう、日が落ちたころ。七瀬はまだ帰らない…
「ねえ、探しに行った方がいいんじゃない?」
私は、おそるおそる提案した。なぜおそるおそるなのかと言えば、みんな待ちくたびれて、ピリピリとした雰囲気が…特に藤井の周りから漂いはじめていたからだ。
「携帯は?」
藤井が、ぶっきらぼうに答えた。七瀬の携帯にかけてみろと言う事らしい。…またそれだ。私は、やれやれと溜め息をついた。
「だから…繋がらないってば」
既に、もう10回も七瀬の携帯にかけてみたのだ。それで、繋がらなかったのだから、携帯を持たずに出かけたと考えた方がいいと思うのだが…。
「いいから、もう一度かけてみろよ」
藤井がギロリと私を睨む。…怖い。仕方がないので、七瀬の番号を呼び出し、もう一度かけてみた。ルルルルル…。呼び出し音が響く。しかし、20回コールしても七瀬は出ない…。
突然、綾美が「あー!」っと叫んだ。
「どうした?」
藤井が叫ぶと、綾美は壁際に置いてあるゴミ箱の裏に手を入れて、ごそごそと何かを取り出した。ピカピカと七色の光を放って震えている、それは七瀬の携帯だ。マナーモードにしてあったため、音が聞こえなかったらしい。
「やっぱり…」
私は呟いて携帯を切る。
「携帯置いて出かける奴があるかよ!」
藤井が怒りの叫びをあげる。
「おいおい。そうピリピリすんなよ、藤井クン。禿げるぞ」
葛谷がソファの上に寝転がって、余裕の表情で言う。藤井が殺気立った目を葛谷に向けた。
「うるせえ、遅刻常習犯!」
「あ~?」
睨み合を始める葛谷と藤井の間に、綾美が割って入り、大きく手を打った。
「ねぇねぇ。もしかしてナナチン家出したんじゃない?」
「家出?」
藤井が据わった目で綾美を見る。
「うん。きっとパパとケンカして、プチ家出したんだよぉ。私、しょっちゅうあるもんそういう事」
「それだぁっ!」
葛谷が起き上がって綾美を指差した。
「間違いない! 俺もしょっちゅうやるもん」
自分を基準に考えるのはどうかと思うが、藤井は案外真剣に2人の話を受け止めたようだ。
「なるほど。けど、あのオヤジさんの様子からは、喧嘩したようには見えなかったが?」
「でも、おじさん言ってたじゃん。ナナチンが口きいてくれないって。それ、絶対切れてるよ。私がそうだもん」
説得力がある。藤井は、ふうんと頷いた。そして、
「じゃあ、町田。お前ならそういう時どこに行く?」
と綾美に質問した。すると、綾美は首を傾げ傾げ答えた。
「友達の家かなぁ?」
「友達?」
藤井がぐるりと私達を見回した。とりあえず、七瀬が頼れそうな友達は、みんなここに居るようだが…?
「分かった! コーイチさんとこだよ」
葛谷が膝を打って叫んだ。すると、藤井は葛谷のポケットの携帯を指差し、
「かけてみろ」
の一言。コーイチさんに電話しろと言う事らしい。…が、
「命令すんな! てめぇがかけてみろ」
真っ赤な顔で葛谷が怒る。無理もない。
すると、藤井が、
「かけたいのはやまやまだが、俺があの人の電話番号知るわけないだろ?」
と極めて冷静に答えた。その、答に葛谷は妙に感心して、
「そりゃあ、そうだ」
と頷くと、ポケットから携帯を出してカチカチとボタンを押した。つまり、葛谷はコーイチの電話番号を知っているということだ。いつの間にそんなに仲良くなったんだろう?
「つながるかなー?」
葛谷は、髑髏の模様の入った紫色の携帯を耳に当てて、不安気につぶやいた。しかし、それは取り越し苦労で、すぐにコーイチに繋がったらしい。
「あ! もしもし、コーイチさん? …そうです。葛谷です。すいません、いきなり。で、えーとですね。そちらに、ナナさん行ってません? …はい? ああ、ああ。そうですか。札幌ですか。分かりました。すいません…」
ピッ!
葛谷は携帯を切った。そして、こちらを見て言った。
「コーイチさん、今、札幌だって」
「ふぅーー」
一斉に溜め息をつく。そして、それきり全員無言になってしまった。私もだんだん腹が立って来る。…一体、あのバカどこに行っちゃったのかしら? まったく人に心配ばかりかけて…。
しばらくの沈黙の後、唐突に葛谷が叫んだ。
「あー! 踊りてぇ!」
あまりの声のでかさに圧倒され、藤井も、私も、綾美も、葛谷を見た。葛谷はソファの上で上半身だけ揺らしながら、
「煮詰まった時は踊りてエ! それが、ダンサー!」
と、ラップみたいな調子で言った。まったく、いつでもどこでも真面目さにかける奴…。けど、煮詰まった時は踊りたい? それがダンサー? 七瀬もダンサー…。
「あぁっ!」
そこまで考えて、私の頭に閃くものがあった。
「それよ!」
私は、葛谷を指差し叫ぶ。3人が一斉にこちらを見る。私は注目を浴びながら、興奮して叫んだ。
「七瀬はきっと、踊りに行ったのよ!」
「…そうか!」
葛谷が膝を叩いた。
「さすが、よっちゃん! きっと、そうさ!」
「けど、どこで?」
綾美が鼻に掛かった声で聞いて来る。それで、私は答えた。
「きっと、あの公園よ。10日前の夜、あの子が踊ってた…」
私の言葉が、終るか終らないかのうちに、藤井が部屋から駆け出していた。
「ちょっと、委員長!」
綾美が追いかけて行く。
「なんだ、なんだ?」
きょとんとしている葛谷に向かって私は叫んだ。
「いいからついて来て!」
そして、私も綾美達の後を追って部屋から飛び出して行った。