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NANASE  作者: 白桜 ぴぴ
19/63

彼は

 7月17日、やっと七瀬の包帯が取れた。

 まだ、多少リハビリが必要だという話だったが、とりあえず次の日の18日、 club-Uに行ったメンバーで七瀬の為に全快パーティーをやる事に決めた。発案者は綾美である。

 当日、七瀬以外の4人…つまり、私と藤井と葛谷と綾美は、4時30分に白川駅で待ち合わせて、線路向こうの和洋堂までパーティー用の食べ物を買いに行った。一階の食品売り場で、お寿司や唐揚げ、サラダにお菓子、ジュースなど各々が食べたいものを選び、皆でお金を出し合って買う。一緒に七瀬に渡すための花束と、お菓子の詰め合わせも買って、七瀬の家に向かった。

 パーティーは6時から七瀬の家でやる事に決めていた。荷物を自転車のカゴに乗せている時の時間が5時20分。まだ余裕で間に合う。

 入り切らなかった荷物を葛谷と藤井が手分けして持ち、私が自転車をひっぱり先頭を歩く。まだ明るい空の下を、汗を拭いながら私達は歩いて行った。

 七瀬の家に着くと、勝手に門を開けて中に入って行った。私が駐車場の隅に自転車を置いている間に、葛谷がインターホンを押してしまう。ガチャリ…と扉が開いた。自転車の鍵をかけながら『七瀬が出て来たらしい…』と思う。

 ところが、

「ナナさ~ん。お待た…」

 上機嫌に響き渡る葛谷のバカでかい声が、「お待たせ」の「た」の字でぷっつり途切れた。そして、それきり沈黙が走る。どうしたのかと思って顔だけそちらに向けると、葛谷が…そして、藤井と綾美までもが、顔をこわばらせて玄関の戸口を見ている。何に驚いているのか? 七瀬に何かあったのだろうか? こちらからは扉の影になり、葛谷達が何を見ているのかさっぱり分からない。

「どうしたのよ」

 私はカゴから出した荷物を抱えて、扉の向こうを覗き込んだ。そして、そこにいる人物を見て思わず叫んだ。

「おじさん!」

 …なんと、そこにいたのは七瀬ではなく、生え際を白く染めた中年の紳士…つまり、七瀬の父親だった。

 おじさんの方も、いきなり現れたバカでかい男に驚いたのか、険しい顔で葛谷を見ていたのだが、私に気がつくと安心したように

「ああ、真由美ちゃん。君も居たのか」

 と、目尻を下げた。私は、荷物を持ったままおじさんに駆け寄り、

「日本に帰ってたんですか?」

 と尋ねた。

「ああ。昨日の夜中にね。やっと仕事が一段落して、なんとか帰って来れたよ」

 おじさんはニコニコと答える。

「おい、マユ!」

 後ろから藤井がつついて来た。振り返ると、なにかしきりに目配せしている。

「あ、そうか」私は小さく呟いた。そして、3人におじさんを紹介した。

「えーと、こちらは七瀬のお父さんです」

「はじめまして」

 3人がばらばらに会釈した。今度は反対に3人をおじさんに紹介する。

「えーと、こちらは七瀬のクラスメートで、友人です。前から葛谷君、藤井君、町田さんです」

「友達?」

 おじさんがびっくりした。無理もない。七瀬が私以外の友達を家に連れて来るなんて、小学校以来なかった事なのだ。

「そうか。まあ、上がって…」

 おじさんは、気さくにそう言って手招きした。言葉に甘えて上がらせてもらう事にする。 

 私達が通されたのは、この間酒盛りをした1階のリビングだった。そこは、あの日のまんま、カウンター側に半円型の木のテーブルと、窓側にモスグリーンのレザーソファ。そして、大型テレビが置かれている。

 私達は、半円型のテーブルの向こうとこちらに2人、2人で別れて座った。壁側の長椅子に、私と綾美、ドア側に藤井と葛谷。そして、おじさんは紺色のポロシャツを着た恰幅のいい体をドシリとソファに埋め、にこにこと私達を見回す。

「嬉しいね、七瀬にこんな友人がいるなんて…」

 濃い眉に、大きな目、意志の強そうな口元、人当たりの良さそうな笑顔。あまり、七瀬には似ていない。いや、そんな事よりも…

「あのー…ナナチンは?」

 おそるおそる、綾美が尋ねた。私も気になっていたのだ。さっきから、七瀬の姿が見えないようだが…。

「2階ですか?」

 着替えでもしているのかと思って聞いてみると、おじさんは首を振った。

「七瀬なら、出かけているよ」

「出かけている?」

 私達は4人で合唱した。

「どこへ行ったんですか?」

 藤井が尋ねる。

「さぁ…。何も言わずに、出て行ったんだ」

「僕達、今日の6時から、ここで七瀬さんの全快祝いをやる約束になっているんですけど…」

「6時?」

 おじさんは、壁に掛かった時計を見た。今、5時40分だ。後20分あるが…。

「君達と約束をしているなら、直に戻って来るだろう。それより、色々話を聞かせてくれないか? 私はめったに家に帰って来ないし、たまに帰って来ても、あの子は私に何も話してくれないし…そんな具合だから、七瀬が学校でどんな風に暮らしているのかがさっぱり分からないんだ…」

 そう言うと、おじさんは膝の上で手を組み、こちらに身を乗り出した。私達は、どうする?…というようにお互いの顔を窺う。しかし、ここはやはり自分だろうと、真っ先に決心して私は口を開いた。

「七瀬はちゃんとやってますよ。真面目に学校にも来てますよ」

 とりあえず、出だしは無難に決めておく。

 すると、私の言葉に誘われるように、綾美が、そして葛谷が、次々と喋りはじめた。とめどなく、話は続く。

 おじさんは、一つ一つの言葉を、真剣に、頷きながら聞いていた。話題は学校の事ばかりだったが、中でもおじさんが一番関心を持っていたのは、やはり、七瀬の怪我の原因だった。それに関しては、「嫉妬」だったと綾美が答える。

「ナナチンは美人だから妬まれやすいんです」

 綾美が言うと、おじさんは目尻を下げた。娘が褒められたのが嬉しかったらしい。

 こうして見ていると、おじさんは「あの女性」とは随分違うようだ。七瀬を大事に思っているらしきことが、ちゃんと伝わって来る。七瀬が母親を捨て、おじさんについて来た理由が分かるような気がする。…たとえ、ほとんど家に居ない父親だったとしてもだ…。

 そう、おじさんは、ほとんど家に居なかった。詳しい事は知らないが、商社に勤めていて、年中海外を渡り歩いているらしい。考えてみれば、こんなに近所に住んでいながら、私でさえ会うのは2年ぶりだった。

 ひとしきり学校の話が終ると、今度はうちのばあちゃんの話題になった。おじさんは、「葬式に出られなくて悪かった…」とか、「せめて、お墓参りはしておきたい」とか、しきりに言っていた。おばあちゃんの死んだ事がとてもショックだったようだ。なんでも、七瀬一家がここへ引っ越して来たばかりの頃、うちのばあちゃんがあれこれ世話をしたらしい。全然知らなかった。でも、あのお節介ばあちゃんなら十分あり得る話だ。

 そんな話をしていると、テーブルの上の黒い携帯がピリリリリ…と鳴った。おじさんが立ち上がり、「ごめん」と言って携帯に出る。

「おれだ。…うん、…うん、…何?」

 おじさんの表情が険しくなる。

「分かった。今から行く」

 おじさんは、難しい顔で携帯を切った。そして、私達を見て言った。

「悪いが、仕事が入ったから出かけなくちゃいけなくなった。君達は、ゆっくりしていってくれ」

「こんな時間から…ですか?」

 藤井が目を丸くした。

「仕事とは、そういうもんだよ」

 携帯をポケットに入れながら、おじさんは苦笑いする。そしてドアのノブに手をかけると、

「ありがとう。今日は、色々と七瀬の話が聞けて嬉しかったよ」

 と言って、がちゃり…と外に出て行った。

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