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NANASE  作者: 白桜 ぴぴ
15/63

PARTY

 満天の星の下、クリーム色の外壁を薄墨色に染めてその三階立ての家はひっそりと立っていた。一階の窓にかけられたカーテンの隙間から金色の灯火が漏れている。私達はメ門の前に自転車を止めるとカーポートをくぐり、玄関脇のインターホンを押した。そうしてしばらく待っていると、ぱたぱたという軽やかな足音と共にドアから町田綾美が飛び出して来た。綾美は七瀬の姿を確認すると、

「どこ行ってたのよ、ナナチン。心配したんだからあ!」

 と、鼻にかかった声で叫んで抱きついた。七瀬は、いきなり自分の中に飛び込んで来た少女の姿に戸惑いながらも、

「うん、ちょっとね…それより、アヤミンまだ帰らないでいてくれたんだ」

 と、笑顔で答えた。その穏やかな姿からは、ついさっき公園で見せたあの激しさなど想像もつかない。

「だってぇ、ナナチンの無事な顔見なくちゃ帰れないよお。…ていうか、ずっと、電話待ってたんだけど…」

 綾美は舌足らずな声でそう言うと、くりっとこちらに顔を向け、水色のシャドウの下の真っ黒な瞳で責めるように私を見た。それで私は『七瀬を見つけた事』を綾美に知らせるのをすっかり忘れていたのに気付く。「ごめんね」と拝むような仕種で謝ると、綾美はプイっと視線を逸らし、逸らしたついでにそこにいた藤井に気付いて、驚いたようにもう一度私を見た。

「なんで、委員長がここに居るの?」

 しまった…! と思いつつ、私はモゴモゴと答えた。

「何でって…藤井…君が七瀬を見つけてくれたから」

「っていうか、なんで委員長がナナチンを探す事になったの? それが分からない」

「そ…それは、…」

 私達が付き合っている事は、一応…葛谷を除いては…秘密だったのだ。この場をどう切り抜けよう…。私は頭をフル回転させた。しかし、私が何か言うより綾美が納得する方が早かった。

「そういえば、クリスタルパークでも一緒にいたっけ…なるほどね、ふ~ん」

 タイムアウト、横目で藤井を見る。すると藤井が「ばれたか」って感じで肩をすくめた。こちらはあまりダメージを受けていないようだ。目の前では七瀬がこちらを見てニヤニヤと妖しい笑みをもらしている。私は顔が赤くなって来るのを感じた。それで話を逸らそうと、小型シャンデリアに照らされた廊下の奥を覗き込み、

「ね…ねえ、それよりおばあさんは? 久しぶりに会うから緊張してるんだけど…」

 と、4年前に会ったきりの上品な白髪の老婦人の気配を探した。ガラス戸の向こうのリビングはひっそりと静まり返っているようだ…。

 しかし、この、どうという事のない質問が綾美の表情をひどく曇らせた。不審に思って見ていると、ややあって、彼女は答えた。

「ナナチンのおばあさんなら、明日仕事が早いからってさっき帰って行ったよ」

「帰った?」

「うん。ナナチン見つけたら電話だけくれってさ」

 驚いて綾美の褐色の顔をまじまじと見つめる。いくらなんでもそれはないだろう? 七瀬はまだ退院一日目なのに…。綾美は私の視線に気付いて怒ったような顔をした。彼女も同じ事を思っていたのかも知れない。しかし私達の思いは、七瀬の妙にあっけらかんとした声にかき消された。

「仕方ないわよ。うちのおばあちゃんはお医者様だもの。忙しいのよ。今日来てくれただけでも凄い事なんだから。感謝しなきゃ…」


 その夜、ささやかながら「退院祝い」のパーティーをやった。

 半円型の木のテーブルの上に、お寿司と七瀬のおばあさんの手作りの唐揚げと煮物を並べ、カウンター側に七瀬と綾美、反対側の長椅子に私と藤井が座り、ウーロン茶で乾杯した。とはいえ、初めのうちはどうしようもなく空気が固かった。特に藤井は、七瀬や綾美とほとんど口をきこうとしなかった。無理もない。今まで彼等はほとんど接点が無かったのだ。私はむっつりと黙ったきりの藤井を見て不思議に思った。なんで藤井はここに加わってくれたんだろう? もちろん、加わるように頼んだのは私だけど、絶対断られると思っていたのに…。

 そんな中、時おり七瀬の笑い声が響いた。私はといえば、この気まずさをなんとかしようと、話題を途切れさせない事に終始していた。必死に喋りながら、こんな時葛谷がいてくれれば助かるのに…などと考えている自分に驚く。そういえば、なんでここに葛谷はいないんだろう?

 しばらくすると、七瀬が冷蔵庫からビールを出して来て、

「お父さんのだけど…内緒で飲んじゃおう」

 と、いいながらグラスに注いでくれた。

 私は一口で飲むのをやめたが、綾美も藤井も七瀬もコップ一杯をあっという間に飲み干してしまった。空き瓶が増えるにつれて徐々に空気が和み始め、気がつけば綾美のケラケラという笑い声がひっきりなしに続いている。横を見れば藤井と七瀬が真剣な顔で喋っておりそこに私も加わって、いつしか話題は例のオーディションの事になった。

「けど、七瀬。その足じゃ無理だよ。…気持ちは分かるけどさ」

「俺も、そう思う。オーディションなら他にいくらでもあるだろ? 今回は見送れよ」

「いや! どうしても受けたいの!」

 そんな押し問答を繰り返しているところに綾美が割り込んで来て、ハイテンションで叫ぶ。

「あんた達何も知らないのね! ナナチンはコーイチが好きなのよ! それで、同じチームに入るためにずっと頑張って来たんだからあ。このオーディションを受けなくちゃ意味無いのよねえ! ナナチンは!」

 綾美は、完全に酔っぱらっているようだ。

「そうなの? 七瀬?」

 私は、七瀬に聞いた。七瀬もうっすらと顔を紅く染めている。

「その通り! コーイチは私の命! 絶対離れたくないの!」

 やけくそのように大声で叫ぶ七瀬の姿を見て藤井が物凄く嫌な顔をした。藤井の方はコップ一杯でアルコールはやめたせいか、それほど酔っていないらしい。彼らしく、酔っ払い相手に、あくまでも真面目に問いただす姿がなんだか愛おしい。

「医者には、相談したのか?」

「したわ。あと、10日間は絶対安静っていわれたのよ…ふ~」

「10日間…てことは、今日が7日だから17日までか…オーディションが27日って事は、なんだ10日間も練習できるじゃないか」

「10日間じゃ、足りないわよ。カリスマコーイチが声をかけるんだもの。この辺りでもレベルの高い人ばっかり集まって来るに決まってるんだから! いまから、みっちりやらなくちゃ。みっちりよ。ズンタタ、ズンタタ…って!…ああ、踊りたいなあ、ズンタタ、ズンタタ…!」

 七瀬は、焦点の合わない目で音楽を口ずさみながら、包帯を巻いた足でリズムを取り出す。ダメだ…完全に酔っぱらっている。

「コーイチって奴には相談したの?」

 藤井は辛抱強く質問を続ける。すると七瀬は、

「もちろん! そしたら、『あきらめろ』の一言で終わっちゃった~!」

 とケラケラと陽気に笑い、笑っていると思ったらいきなりぱたんと机の上に突っ伏してぐぅぐぅ眠ってしまった。藤井は、あきれたように首を振る。そして、立ち上がり、

「やってらんね。悪いけどそろそろ俺、帰るわ。まだ、電車あるだろ?」

 と、壁の時計を見た。時計の針は11時半を告げていた。

「うん。12時少し前に1本あるよ。送ろうか?」

「いいよ。俺より、町田と春日についていてやったら? もう、ダメだよこいつら」

「…そうだね」

 散らかった部屋を見回してしみじみと頷いた時、それまで床の上でぐったりとしていた綾美が、突然大声を上げて立ち上がった。

「ナナチン、可哀相! あんなに頑張ったのに。できれば、オーディションの日を延ばしてくれるように、コーイチに頼んであげたいぐらい!」

 私達は、びっくりして綾美に注目した。綾美は据わった目でこちらを見返したが、いきなり両手を組み、まるで天から啓示を頂いたかのように顔を輝かせて今のセリフを反復した。

「そうよ! オーディションの日を延ばしてもらえば…!」

 それから彼女はよたよたとこちらに近付いて来て、私と藤井の腕に両手をかけると、

「行きましょう! ナナチンの為に戦うのよ!」

 とハイテンションで叫び、ずるずると私達を引きずって行こうとした。しかし、すぐにガソリンの切れた車みたいに動かなくなってベタンと床に貼り付き、七瀬と同じく、こちらもすやすや眠ってしまった。

「話になんねーわ…」

 藤井は心の底からうんざりしたように呟いた。私は開けられたビール瓶を数える。…300?N缶が、3、4、5…誰がこんなに開けたんだろう…?

「じゃあ、悪いけど…後は頼むな」

 ひょいと自分の鞄を持ち上ると、藤井はすたすたと部屋から出て行った。その足音を聞きながら、私は安らかに寝息を立てている七瀬と綾美を見て「ふぅっ」と溜め息をついた。



 目覚めると、10:00を回っていた。夕べ3時頃まで眠れなかったせいで寝坊をしてしまったようだ。すぐ横では町田綾美がタオルケットを蹴飛ばし、すーすーと寝息を立てている。そうだ、ここは七瀬の家だった。あの後、片づけを済ませ、この二階の和室に布団をひき、七瀬と綾美を連れてきたりしていたら、結局1時過ぎになってしまったのでそのまま泊めてもらう事にしたんだっけ。

 起き上がって部屋の中を見回すと、七瀬の姿が消えていた。おそらく、もう起きたのだろう。レースのカーテンを開けて、部屋の中に朝日を取り込む。向いの家のオレンジの屋根が日ざしを受けて白く光っていた。

 布団をたたみ、足音を忍ばせて階下に降りて行く。しかし、リビングには誰もおらずひっそりと静まり返っていた。七瀬はどこに行ったんだろう? 買い物だろうか?

 洗面所をかりて顔を洗っていると。がちゃりと戸の開く音がして誰かが上がって来る気配を感じた。顔を拭き、廊下を覗くと、コンビニの袋を持った七瀬がひょこひょこと歩いて行くのが見えた。

「買い物行ってたの?」

 声をかけると、こちらに気付いて七瀬は笑って答えた。

「うん。お腹空いちゃって。朝ごはん用にパン買ってきたの。食べようよ」

「うん」

 私は頷くと、七瀬の後を追ってリビングに戻って行った。

 半月型のテーブルに、食パンを置き、トースターを持って来る。カウンター・キッチンの向こう側では、しゅうしゅうと湯気を出している赤いやかんの横で七瀬がコーヒーを用意している。銀色のトースターにパンを挟み込みスイッチを入れると、カチカチというタイマーの音がする。七瀬が出してくれたお皿やコップをテーブルの上に並べる。

 パンのこげる匂いと、陶器の触れあうかちゃかちゃという音に誘われたように、綾美が目をこすりながら降りて来た。そして、壁にかかった時計を見て「げっ」と呟く。「なんで、こんな時間なの?」


 AM11 : 00

 3人でテーブルを囲み、朝食とも昼食ともいえない食事をとる。

 案の定…と、いうか、七瀬も綾美も夕べの事をよく覚えていないらしかった。それで私は、夕べの2人の行状を事細かに、一切脚色を加えず説明してあげた。しかし、2人とも…特に七瀬がコーイチを好きだと告白した事に関して…強硬に否定した。特に綾美は、自分がそれをうっかり喋ってしまったという事実を絶対認めようとしなかった。でも、どっちにしろ七瀬がコーイチを好きだという事は私や藤井にばれてしまったわけだし、私と藤井の事だって七瀬達にばれたわけだから、これでおあいこって事になる。

「それより、町田さんは彼氏とかいないの?」

 私は、意地悪く綾美に尋ねた。綾美は一瞬きょとんとしたあと、ニヤニヤと不可思議な笑いを浮かべて「秘密~」と、人さし指を唇に当てる。

「ずるい、自分の事も言わなきゃ!」

 思わずムキになった私を見て、また嬉しそうに、

「うん、そのうちね」

 と笑う。

「これは、いるネ」

 私は隣の七瀬に同意を求めた。すると七瀬が無言でニヤニヤと笑った。

 こんな感じで、だらだらと午前は過ぎて行った。


 私と綾美が七瀬の家を後にしたのは、結局その日の3時頃だった。バイトが有るから帰ると言う綾美を(彼女がこの辺の地理に疎いので)駅まで連れて行くため、自転車をひいて商店街を歩く。昼間の商店街は相変わらず閑散としていたが、子連れの主婦や、お菓子屋の前で自転車を何台も並べてたむろしている中学生ぐらいの少年達の姿が見られる。綾美は古い店々を珍し気に眺めながら、

「この道まで出るのが難しいのよね」

 と、言った。

「慣れるとそんな事ないよ」

 適当に相づちを打っているうちに、白川駅が見えて来た。

「ほら、あそこが駅だよ」

 指差したその先に木造の柱と緑の屋根が見えていて、5分もしないうち、そこに辿り着いた。コンクリートの階段を5段上がった所に小さな改札口が有り、屋根が落とす影の向こうの日なたに、碧南行きのホームがある。

 綾美は「ありがとう」といったん階段を登り、窓口の横の券売機で切符を買った。しばらくその姿を見守ってから、自転車をターンさせ帰ろうとした時、綾美が「あ、そうだ! 大事な事を忘れていた」と叫んだ。そして、階段をかけ降り私の真正面に立つと、やけに神妙な顔つきで、

「ねえ、マユちゃん。相談が有るんだけど…」

 と、私の顔を覗き込んだ。

「相談?」

 面喰らいながら聞き返すと、

「うん。ほら、さっき私が夕べ言った事教えてくれたじゃない。あのことでさ…」

「…? 七瀬がコーイチって人の事好きだって事?」

「ちがう、ちがう。オーディションの日を延ばすように頼んでみるって話よ。そのことでさ…」

「ああ」

 そういえば、そんな話もしたっけ…。すっかり忘れていた。

「酔っぱらった時に言った事だけどさ、我ながらいい考えだと思うんだ」

「え?」

 私は、まじまじと綾美の顔を覗き込んだ。嫌な予感がする。…まさか、本気でやるつもりとか言わないよね…? 綾美はそんな私の考えを見抜いたようにはっきりと頷いた。

「私、コーイチに頼んでみようと思うんだ。…このままじゃ、ナナチン可哀相すぎるじゃない。マユちゃんだって、ナナチンが可哀相だと思うでしょ?」

「そりゃ、可哀相だとは思うけど…」

 でも、それとこれとは話が別よ…と、言うより先に綾美が私の両手を握り激しく上下に振った。

「じゃあ、決定! 一緒について来てね!」

「ちょ…ちょっと…」

 引き止める間もなく、茶色に染めた髪をなびかせて綾美は駆け出して行った。そして、改札の前でくるりと振り向くと、

「それじゃ、詳しい日にち決めたら、またメールするから」

 と叫び、手を振って改札の向こうに消えて行った。

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